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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
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実力差

~承前






 どこかで何か大きな音が響いた。

 その直後、立っていられないほどの震動が襲い掛かってきた。

 視界の中に姿勢制御介入報告が現れ、バードはハッと我に返った。


 時間にすれば本当に極々僅かなものだろう。

 だが、無意識レベルで精神だけがクロックアップしている状態だった。

 身体を動かすサブコンがそれについて行けず、フリーズしたような状態だ。


 ――そうよね……


 誤魔化しても仕方が無い。

 事実は受け入れるしか無い。


 あの子達から見れば、今の私はただのオバサンだ。

 どこか優しげな笑みなど浮かべ、バードは子供達を見た。


「私は地球から来たのよ。ヘカトンケイルとあなた達みんなを助ける為に」


 ウソとは、それがばれた時に一番の被害を被る。

 だからこそ、ウソがばれないようにウソを塗り重ねる。

 そしてそれは、傷口を自分で押し広げて行く行為に他ならない。


 だからこそ、包み隠さず本当の事を言う。

 真実を語っていれば取り繕う必要などないのだ。

 そして、誠心誠意とは積み重ねてこそ意味があるものだった。


「ほんとに?」

「ホントよ」


 まだ信用していないで有ろう子供達を前に、一歩進んだバードは両膝を突いた。

 そして『おいで』と言わんばかりに両手を広げた。


「……おばちゃんは痛い事しない?」


 ――あぁ……

 ――そうか……


 その一言が雄弁に語る真実。

 この子達は定常的に暴力の犠牲となっている。


 それは、ジュザの軍人と言うだけでは無いのだろう。

 ヘカトンケイルと、そして、この施設の中の管理者達。

 その者達が極限環境の中で荒んだ精神状態となっている。


 どれ程に人間が出来ていたとしても、荒んでささくれた心はそれ自体が凶器。

 慢性的なストレスの中で自己抑制の限界を超えた時、そのはけ口は……


「しないよ。本当に。大丈夫。大丈夫」


 バードは満面の笑みを浮かべて両手を大きく広げた。

 何度もな何度も頷きながら、『大丈夫』を繰り返した。


 誰だってこんな時は恐い。暴力の恐怖に身を堅くしていたのだから余計だ。

 怯え躊躇いながらも数歩進み出た子供は、逡巡を繰り返しつつバードへと歩く。

 そして、手を伸ばせば届く距離で立ち止まった。


「おいで。大丈夫だから」


 ニコリと笑って子供をみたバード。

 その女の子は、勇気を振り絞って最後の一歩を進み出た。


「ね? 大丈夫でしょ?」


 バードの目の前に立った子供は、恐る恐るにバードの手を取った。

 そして、驚きの表情を浮かべたまま、ボソリと言った。


「おばちゃんの手、冷たい」

「……そうね。でも、仕方ないの」


 サイボーグの手には体温など無い。

 だが、バードはその子を抱き寄せて、ギュッと抱き締めた。

 心のどこかにホンワリとした温もりを感じ、子供の頭に頬を寄せた。


「ほら、大丈夫でしょ?」

「……うん」


 バードが再び目を奥へと向けた時、そこには僅かにホッとした子供達がいた。

 誤差レベルかも知れないが、明らかに警戒心の水準を下げているのが解った。


 ――学ばなきゃ……


 ふと、バードはそんな事を思った。

 ルーシーにエディの影を感じたバードは、その向こうにエディの思惑を感じた。

 先の地上戦では、自らが大きく勘違いし思い上がっていた事を知った。


 今回もきっとエディは何らかの思惑で自分をここへと送り込んでいる。

 自分だけで無く、501中隊の女達が全員担ぎ出されている。

 しかも、そのリーダーはルーシーだ。


 ――間違い無い……


「さぁ、移動するわよ。みんな一緒に来てね」


 抱き締めていた子供を抱えたままバードはスクッと立ち上がった。

 重量をそれなりに感じるが、サイボーグの膂力では問題にしない程度だ。


「私も!」


 どこかからそんな声が響いた。

 驚いて視線を下げたバードは、羨ましそうに見ている子を見つけた。

 薄汚れた顔で沈んだ目をしている少女……いや、幼女だ。


 ――親の愛に飢えてるんだ……


 ふと、士官教育にあった近代史の中で繰り返し出てくる赤化革命を思い出す。

 この政策を考えた者の頭は、心底から腐りきって狂っているとバードは思う。


 あの愚かな思想に取り付かれた者達は、必ず同じ事を繰り返していた。

 それは、原始共産主義的な農村生活にこそ真実があると言う狂った発想。

 共同生活体としての巨大な村社会こそ、正しい社会だと信じてしまうのだ。


 ――抱っこして欲しいのね……


 幼い子供が成長する為には、食事と睡眠だけでは無く親の愛情が必要だ。

 それは、何歳までと言う事では無く、独り立ちまで必要なのだ。


 そんな世代の子供達が親元を離され、原始的な共生社会の中へと放り込まれた。

 親の愛情が絶対的に必要な子供達が強制的に引き離されていた。

 バードはそれを我が事として理解していた。


「はいはい、じゃぁこっちね」


 右腕一本で先に抱えた子を保持し、左腕で見上げていた幼女を抱えたバード。

 それなりに重量はあるが、サイボーグの膂力はそんなものを問題にしない。


 一瞬は強張った表情だった幼女ふたりは、その直後に花の様な笑みを浮かべた。

 それを見ていたバードもまた、柔らかに笑っていた。


「楽しい?」


 そう問いかけたバードに、恥じらいながらも首肯して見せた子供二人。

 バードはそのまま一歩建物の外に踏み出して移動を開始した。


「ゆっくりで良いから怪我をしないようにね。慌てちゃダメよ。小さい子は大きい子が手を牽いてあげて」


 バードを先頭にアシェリとアナが左右について歩いた。

 その数たるや恐ろしい量で、行けども行けども数は減りそうに無い。


 ――こんなに居るんだ……


 振り返っては驚くバードだが、そのまま円筒形の建物へと子供達を誘導する。

 その入り口で振り返り、子供達の流れを見届けるのだが、やや不安を覚えた。

 この建物に入りきるかと思ったのだ。


『大丈夫かな?』


 無線の中に不安の言葉を漏らしたバード。

 その言葉に返ってきたのは、ホーリーの一言だ。


『大丈夫にしないと駄目みたい』


 地上を歩く子供達を見下ろしながら、ホーリーもボソリと無線に呟いていた。

 彼女は今、ヘカトンケイル向け施設のアンテナ塔に陣取っていた。


 この宮殿の外壁内部ほぼ全てを射界に納めた素晴らしい場所だ。

 どこから侵入してきても、確実に射殺出来ると確信出来る。


『え? どうしたの?』


 ホーリーの声を聞いたアシェリが反応を示した。

 疑う様な声音だったホーリーだ。誰だって何かあったと思うものだ。


『外が酷い事になり始めたよ』


 ホーリーは説明するより速いと思ったのか、自らの視界と全員に転送し始めた。

 彼女の見ている世界は、あの金星で見た地上戦向け大型シェルの戦闘姿だ。


 両手で抱えている巨大な火炎放射器は、もの凄い威力で地上を焼いている。

 炎の長さは軽く500メートルに達していて、それは巨大な炎の舌だった。


 地上を舐めるように移動していくその炎の舌は、全てを焼き払っていた。

 次々と連鎖爆発が発生し、ジュザ軍が為す術も無く焼き払われていた。


『……凄いなぁ』


 アナがボソリと呟いた言葉は、全員の共通した反応だ。

 ザッと12機ほどの地上戦向け大型シェルは、そのうちの4機が同じ装備だ。


 まるで芝刈り機を動かすかのように、地上の全てを掃討しているシェル。

 そのシェルの左肩に描かれているのは、飛び上がっているブリキの人形だ。


『デッドエンドダイバーズの復活だね』


 ホーリーがそう呟くと、バードが『そうだね』と返した。

 あの金星の激戦で大幅に数を減らし、事実上壊滅したDチーム復活の日だ。


 そして、上空にはキーンと高周波音を響かせるものが飛んでいる。

 空を見上げたバードは、視界をズームアップして音の主を探した。

 まだかなりの高度があるが、それは間違い無くオージンだった。


『シェルって大気圏内運用出来るんだ……』


 アシェはボソリと呟いた。

 だが、その言葉を聞いたバードは思わず吹き出していた。


『中国で見たじゃ無い!』

『……そう言えばそうだね』

『もっとも、あの時は私もドジ踏んだけど』


 あの致命的な失敗を思い出したバードは、恥ずかしさに身悶える思いだ。

 だが、同時にハッと気が付いて、視界の中にアシェを探した。


 あの時。あの墜落していた降下艇の中で死にかけていたウメハラ少尉。

 彼女こそがアシェそのものだからだ……


『私は人生の転機だったけどね』


 ウフフと軽快に笑いながら言ったアシェ。

 その声音はバードを気遣ったものだと皆が思った。


『それより…… なんか変よ?』


 聞き覚えの無い声が流れ、その声の主がエンツァだとバードは気が付いた。

 ホーリーと同じくスナイパーらしいエンツァもまた、高い所に陣取っていた。


『エンツァ。どうしたのさ』


 この声はミシュリーヌだ。

 まだ慣れない第2グループの声に戸惑いつつ、バードは聞き耳を立てていた。


『ジュザ軍。全く組織的な抵抗をしていない』

『……抵抗していない?』

『そう。見た限り、反撃らしい反撃が全く無い。それどころか……』


 エンツァはホーリーと同じように自らの視界を共有した。

 そこには大型地上戦向けシェルの火炎放射器に焼かれる陣地が映っていた。


 だが、その陣地に人影らしきものは一切ないのだ。

 集積された弾薬が誘爆するばかりで、爆発こそ派手だが人的被害は無い。

 所々で騒いでいる者は居るが……


『あれ、コミッサールか?』


 やや低い声が流れ、その特徴からそれがヴェルディアーナだと気が付く。

 だが、バードの脳裏にはコミッサールの実態がリフレインしていた。

 あのテッド隊長の妻であるリディア・ソロマチンと言う女を陥れた奴らだ。


『コミッサールだけは赦せません』


 バードは落ち着いた声音でそう言った。

 強い意志を感じさせる声だった。


『何があったかは聞かないけど――』


 無線の中にルーシーの声が流れた。

 やや緊張気味なその声に、バードは警戒レベルを上げた。


『――状況を進めて。臨機応変よ』


 そうだ。その通りだ。

 海兵隊の本分は臨機応変で、状況に応じ勝利のみを希求するのが本義だ。

 面倒は後回しにして、先ずは勝つ事を最優先に求めるもの。


 それならば……


 バードは子供達を運びながら、ヘカトンケイル向けの施設に入った。

 施設の内部ではあのヘカトンケイルの三姉妹が子供達を誘導していた。

 続々と建物の奥へ入っていく子供達の列を見送り、抱えていた子供を降ろす。


「さぁ、奥へ入っていくのよ」


 二人の幼女はコクリと頷き、建物へと消えていった。

 その背中を見送り、建物に子供達が全部収まったのを見届け、扉を閉めた。


「そっちに残りは?」


 指を指したバードがアナに尋ねた。

 元々子供立ち退いた場所の中を一回りしたアナが大きくサムアップした。


「大丈夫です!」


 よしよし……

 何度か頷いてふと見上げた空には、随分と高度を降ろしたシェルが居た。

 大気圏内向けのエンジンに換装したらしいオージンが幾つも舞っていた。


『地上をフライパスするのかね?』


 同じように空を見上げていたエンツァが言う。

 それは、彼女達第2グループには経験の無い事だった。


『地上掃討ならその方が速いですよ』

『そうなの?』


 バードの声にミシュリーヌが反応した。

 やや疑問系なその言葉に、バードはウフフと小さく笑った。


『金星の地上や地球で何度かやってますから』


 バードの言い放った言葉に第2グループの女達からどよめきが沸く。

 そのどよめきにほくそ笑みつつ空を見上げたバード。

 青い空には急降下してくるシェルが幾つも見えていた。



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