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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
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おばちゃん だれ?


~承前






 人間では無い。

 目の前にいるディケーはハッキリとそう言いきった。

 誰もが言葉を飲み込み、事態の推移を見守っている。


「質問の回答になってないんですが」


 ホーリーはやや不機嫌な調子でそう言った。

 質問に質問で返すのは不躾な事だが、的外れな回答もまた然りだ。

 幾通りにも解釈出来る抽象的な表現での回答は、危険な言質を取られかねない。


「ですから、私たちは人間ではありません。もちろん、レプリカントでもありません。私たち自身も、自分がどういう存在であるかを理解出来ません。ただ、普通の人間には出来ない事が出来るのです。例えば……」


 ディケーは手を前へ差し出し、掌を上に向けて開いた。

 皆が見つめる眼差しの先、ディケーの掌にはどこからか水が集まり始めた。

 明らかな量の液体が溜まり、それを床へとこぼして見せた。


「……室内の湿気を集めたのか」


 ボソリと呟いたのは、エンツァだった。

 その言葉を聞いたディケーは、少女らしい無邪気な笑みを浮かべて首肯した。


「どう表現して良いのか私たちも解りませんが――」


 ディケーが左右へと視線を送ると、並んでいたふたりもニコリと笑った。

 年の頃なら13か14か、そんな姿にも見える少女達だ。

 だが、そんな彼女らの浮かべる笑みには、悪魔の喝采のような棘が有った。


 最もシンプルな表現をするなら、それは支配者の傲岸な笑みだった。


「――心で願った事を実行出来ます。魔法のようにも見えますが、そんな物理法則はありません。ですが、確実に出来るのです」


 ディケーの言葉に続き、エウノミアーが言った。

 同じような、少女の声だった。


「私たちの誰一人として、それを望んだ訳では無いのですが……」


 彼女達が見せたその本音に、バードはどこか親近感を覚えた。

 表現的に正しくないのは承知しているが、自分と同じだと直感したのだ。


 いきなりとんでもない戦闘能力を持つサイボーグの身体を与えられたバード。

 死にかけていた少女は、問答無用で兵士へと育て上げられた。

 それも、幾多の荒くれを引き連れ大暴れする、士官に……だ。


「つらいね……」


 ボソリと呟いたバードの声にホーリーが微妙な表情をうかべた。

 ただ、そのホーリーだってまともな人生を送っていたとは言い難い。


 複雑な身の上で望まない転身を遂げていた者ばかりのサイボーグチーム。

 そんな彼女達は、ディケーの言葉に妙な親近感を持った。


「他人の心が見えるって辛いだろうね」


 バードの言葉にアシェがそう応えた。そして、その言葉に皆が共感を覚えた。

 人の心が見えるという事は、容赦のない言葉に晒されるということだ。


 表には出さぬ本音の全てが見えてしまう。

 怖い。恐ろしい。気持ち悪い。そして、信じられない。

 言葉の暴力が傷付けるものは、薬では癒せない心そのものだ。


「宿命って一言で片付けられても困るよね」

「そう産まれてしまったのを恨むしかない」


 エンツァとミシュリーヌはそんな言葉を交わしていた。

 ヘカトンケイルの一人としてこの世に生を受けたはずなのだが……


「おそらく、何らかの実験の一環だったのでしょう。そちらのルーシー准将と同じく、私達もまたビギンズと始まりの8人達の思惑に振り回されていますから」


 ディケーの隣に居たエウノミアーは、静かな声音でそう言った。

 だが、その言葉を聞いたバードは、総毛だったような表情になっていた。

 この永遠の少女の3人とルーシーが同じかも知れないと言う一言だったからだ。


 ――ビギンズと始まりの8人の思惑……


 そこにどんな意志があるのかは解らない。

 だが、少なくとも余り良い事ではなさそうだ。


「それは……


 ホーリーがなにかを言いかけた時、建物の外から大きな爆発音が聞こえた。

 それなりに強靱な作りの筈なのだが、その音と共に強い震動が来た。


 ――艦砲射撃!


 何の根拠も無くバードはそう直感した。

 そして、広域戦況図を呼び出した。


「えっ?」


 最初にその言葉を言ったのが誰なのかは解らない。

 だが、誰も側が目を疑うのは間違い無い。


 広域戦況図に示されていたのは、ジュザ軍を取り囲む国連軍の劣勢だ。

 施設を包囲していた国連軍は、更のその外側からジュザ軍に包囲されてた。

 敵味方が折り重なるミルフィーユ状の戦線は、外部からの猛攻に曝されていた。


「どういう事?」


 理解しがたい状況と言う事で、さすがのルーシーも僅かに浮き足立つ。

 だが、そんな中にあってミシュリーヌは冷静に本部を呼び出していた。


ガーダー(本部)! ガーダー(本部)! 状況を!』


 無線の出力を上げて呼びかけたミシュリーヌ。

 その問いかけに返ってきたのは、ステンマルク大佐の声だった。


『ミシュリー! ジュザはやる気だ! 広域からの戦力をひっかき集めてきた!』


 ――はぁ?


 そんな表情の皆が視線をルーシーへと集めた。

 どうするんだ?と、その判断を求めた形だ。


『ワルキューレは出撃を拒否している。ヘカトンケイルに問題が発生しない限り、地上での戦闘には介入しないと通告してきたようだ』


 言われてみればその通りの話で、ワルキューレはあくまで親衛隊でしか無い。

 ヘカトンケイルの身に問題が発生したなら、救出に全力を挙げる筈だが……


『ワルキューレの隊長は、ジュザ軍内部における児童監禁施設について防衛義務を負わないと通告したらしい。そして同時に、その様な施設の存在も関知しないと言ってきた。つまり』


 ――粛正の対象だ!


 バードはその大義名分の臭いを感じ取った。

 人民を護る筈の軍隊が、人民の児童を拉致監禁している筈が無い。

 また、そんな事をしているならば、ヘカトンケイルの名代として粛正する。


 つまり、ジュザ軍の上層部にしてみれば、自力で問題を解決するしか無い。

 もし解決できないときは、それこそ施設ごと焼き払うしか無い。


 証拠を残さず、施設など存在しなかった……と言い切る。

 それがどれ程に無理筋な事だったとしてもだ。


「あれ?」


 やや甲高い声で何かに気が付いたアシェリがバードを見た。

 二人の視線が絡んだ時、アシェはディケーを指さした。


「彼女達はどうするの?」


 この3人の処遇についての矛盾は全く解消出来ていない。

 ワルキューレは施設について関知しないと通告してきたのだ。


 ジュザ軍はヘカトンケイルを保護しつつ、子供達の処分を図る必要がある。

 ヘカトンケイルに弓引けば、ジュザ側はシリウスにおいて決定的に孤立する。


「……ジュザに花を持たせた形ですか?」


 余り言葉を発していなかったメイファがそう言った。

 ジュザ軍は地上にいるヘカトンケイルを()()しにやって来た。

 施設を取り囲んでいる地球軍を撃破しての救出だ。


 ジュザにしてみれば、大きな大きなポイント稼ぎとも言える。

 ただ、逆の見方をすれば、その為に正面戦力を削って送り込む必要がある。

 つまり、戦線を接しているシリウス軍と地球軍の均衡が崩れる。


 バランスを崩した両軍の戦線正面に起きる事など、古来から一つしか無い。

 何処かの防衛点が突破され、電撃戦が行われるのだろう。

 縦深突破強攻戦術は戦力のアンバランスさが成功の秘訣だ。


「幾重にも張り巡らされた罠って事ね」

「こっちも頑張らないといけないみたいよ?」


 ミシュリーヌの近くにいたヴェルディアーナとエレンがそんな言葉を交わす。

 サイボーグチームの無敵モードを遺憾なく発揮しなければ勝ち目が無い。

 逆に言えば、僅かな戦力でジュザ戦力を効率よく削り取る事が出来る。


 攻撃は最大の防御だが、攻勢に出る時は防御力が落ちるもの。

 塹壕から飛び出した兵士は機関銃で撃たれるのが近代戦における現実だ。


「さて、じゃぁ出番かしらね」


 娘クレアを抱き締めていたルーシーは『ここに居なさい』と一言残し離れた。

 不安そうにルーシーを見ているクレアだが、既にルーシーの顔が変わっていた。


「第1グループは子供達を移動。この円筒形の建物に収容して砲火を躱す。第2グループは正門辺りに土嚢を積んで火線を敷いて。飛び込んできたら遠慮無く撃てるようにね。あと、エンツァとホーリーは狙撃点を探して。出来ればこの施設の全てが二人でカバー出来るように」


 テキパキと指示を出したルーシーは、肩に掛けていたC-26の降ろした。

 そして、慣れた手つきで加速器の電源を入れると、小さな高周波音が漏れた。

 加速器のグリーンランプが明かりを点し、射撃体勢になった事を示した。。


「こんな地上戦は久しぶりだから、しっかり踊ろうじゃない」


 ルーシーは右手を前に振って掛かれを示した。

 その動きを見た瞬間、第2グループの女達が先に動き出した。


 ――やっぱりエディそのものだ……


 バードもまたC-26の電源をスタンバイさせつつ建物を飛び出した。

 目指すはヘカトンケイル向け施設である円筒形の建物の隣だ。


 大量の子供達を収容させているコの字型の施設には、夥しい数の窓がある。

 その窓には不安そうな子供たちの顔が幾つも並んでいるのだった。


「アナ! アシェ! メイファ! スマイル!スマイル!」


 バードはそう声をかけ、窓に向かって手を振った。

 肩に掛かるほどの髪をほどいて見せて、女である事をアピールしつつだ。


「バーディー! ダメ! 鍵が掛かってる!」


 一足早くメインゲートへと達したアシェは、扉に手をかけ開こうとした。

 だが、その扉はビクともせず、ガッチリと鍵が掛かっていた。


「どうする?」

「鍵は何処だろう?」


 顔を見合わせたメイファとアシェ。

 アナも『鍵を撃つ訳には行かないですね』と漏らす。

 ドアの向こうに子供たちがいれば、流れ弾に当りかねないからだ。


「これ、電子錠だわ」


 何かに気がついたメイファがポケットの中から小さな機材を取り出す。

 そして、その機材からケーブルを延ばし、片方を自らの頚椎バスへと繋いだ。


「クラッキングしてみます」


 無線型の非接触式ドアロック部分に機材を当てたメイファ。

 その姿を見ていたバードは『彼女、ハッカーなんだ』と驚いた。


 頸椎バスに繋いだケーブル部分が通信中を示す点滅状態になっている。

 だが、その速度が余りに速いので、バードは思わず息を呑んだ。

 Bチームには指折りのハッカーが2人もいるのだが、それに負けない才能だ。


 小さな声で『うーん』と呟いたメイファ。

 それからほんの10秒少々で『あら、単純な鍵ね』と呟いて鍵を開けた。

 カチャリと軽い音が響き、その直後に重々しい音を放ってドアが開いた。


 ――あちゃぁ……


 ドアを開けた瞬間、バードは率直にそう思った。

 メインホールへと繋がっているドアの向こう側には夥しい数の子供達。

 そのつぶらな瞳が一斉にバード達へと降り注いだのだ。


「みんな、怪我は無い?」


 最初に声を出したのはアシェだった。

 彼女は元々にして海兵隊暮らしが長かったのかも知れない。

 それ故に、こんなシーンでの対処には長けているのかも……


 一瞬の間に様々な事を考えたバードは、子供達の目を見た。

 年の頃なら5歳か6歳が最低線で、上は15歳かそれ位の年齢層だろう。

 あどけなさの残る女の子と少女が揃っている。


 ――恐いんだ


 バード達を見ている目は、そのどれもが怯えの色を孕んでいた。

 恐怖と躊躇いとが渾然一体となって溢れている状態だ。


 どうするべきかを一瞬だけ考えたのだが、その前に子供が動いた。

 名も知らぬ少女が背中を支えていた幼い子だ。

 ただ、意志の強そうな、気の強そうな、そんな眼差しをしている。


 ――この子は……強い


 理屈では無く直感としてバードはそう思った。

 施設を取り囲む外壁の向こうでは、激しい爆発音が連続していた。


 ――何とかしなきゃ!


「みんな! ここは危険だから向こうの建物に移動して!」


 アシェの言葉が建物の中に響く。

 だが、子供達は困惑の表情で動こうとはしていない。


「どうしたんだろう?」


 メイファが首を傾げた。

 そんなメイファにアナが言った。


「知らない人が来て怖がっているんじゃ無いかしら」


 言われてみればその通りだとバードも思う。警戒心の強い年齢と言えるのだ。

 そして、恐らくはまともな扱いをされていない。


「みんなを助けに来ました。お父さんお母さんのところに帰りましょう」


 バードは優しい声音でそう呼びかけた。

 コレが一番速いのだと、そう思ったのだ。だが……


「おばちゃん。だれ?」


 バードの心の中にあった何かが大きな音を立てて崩れていった。


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