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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
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ヘカトンケイルの少女達


~承前






 白み始めた空を見上げバードは、この事態の核心を遂に知った。

 さすがにこの時間は攻め手の側も攻撃を控えているらしい。

 砲火の音が途絶え、各所から衛生兵を呼ぶ声が響いていた。


「感動の再会の、そのお膳立てって事だったんですね」


 余り感情を感じさせないアナの言葉は、ややもすれば不機嫌にも取れる。

 こんな事に狩り出しやがって、面倒なんだよと、悪態のひとつもと言う奴だ。


「ルーシーだって色々あったんだね」


 バードの隣で腕を組んで立っていたホーリーは、微妙な表情だった。

 アナやバードやホーリーだけで無く、一緒に降下した女達が見ていた。

 その眼差しの先に居たのは、少女とは言い難いながらもまだ若い身空の女だ。


「クレア……ね」


 ボソリと呟いたミシュリーヌは、眺める女達を代表するように言った。

 ルーシーが抱き締めていたまだうら若い女は、みすぼらしい姿のままだった。


「逢いたかったわ……」

「……私も。ママに逢いたかった」


 ヘカトンケイルの一人、ディケーが案内したのは宮殿職員の官房だった。

 そして、そこに居たのはルーシーの娘であるクレアと言う名の女だった。


「まさか、あの()の救出作戦って事じゃ無いよね?」


 ホーリーの言葉には隠しきれない鋭さがあった。

 それは怒りや落胆では無く、これから始まるパーティーへの期待だ。


 降下前に聞いた話では、間違い無くヘカトンケイルの救出という話だった。

 シリウス人民の象徴であるヘカトンケイルを地球側が保護する。

 それは、これから続くシリウス開放作戦において、宣撫工作の重要なイベント。

 つまり、彼らを監視監禁していたジュザを悪の象徴とする為のものだ。


「どっちかというと、ルーシーの都合を実現する為には『都合が良かった?』


 バードの言葉にホーリーが返す。そして、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 燻る煙の向こうに白み始めていた空は、黎明の輝きを持ち始めていた。


『先に言うべきだったわね』


 ひとしきり娘を抱き締めていたルーシーが無線の中に言葉を流した。

 それを聞いていた全員が、ふと表情を変えてルーシーを見た。


『この子、私の実子なのよ』


 サイボーグであるルーシーの実子。それも、腹を痛めて産んだ実子だという。

 と言う事は、ルーシーもあまりサイボーグ歴が長くないと言う事だ。


『父親は?』


 一瞬の間を狙って言葉を浴びせたのはミシュリーヌだ。

 それは、女なら誰だって興味がある事かも知れない。


 そして或いは、サイボーグならではの、他人の幸せへの嫉妬と羨望。

 懐妊し出産という女の一大イベントを経験しているルーシーへの複雑な感情だ。


『それは…… 内緒』


 内緒だと言い切ったルーシー。

 だが、それを聞いていた女達は、それが意地悪などでは無いと知っている。

 合衆国ペンタゴン所属で出向という形で国連軍に来ているルーシーだ。


 彼女の正体はディズニーランドイー(国防総省)ストなどではない。

 実は、カリフォルニアのラングレー(CIA)かも知れない。

 若しくは、メリーランドのフォート・ジョージ(NSA)かも。


 つまり、必要な情報を得る為なら敵の男とだって喜んで寝る。

 家族のフリをして重要な情報を聞き出す為なら、結婚も出産も厭わない。


 ビッチと呼ばれ蔑まれても平然とそれをする女。

 諜報機関に所属するものならば、それ位はお手の物なのだろう。


 ただそれでも、やはり実子となれば情も移ると言うもの。

 娘を保護する為にあれこれと手練手管を尽くした結果、このザマになった……


 ――ルーシーも大変だったんだ


 バードは勝手にそんなストーリーを建てていた。

 だが、実際にはそんな妄想など軽く飛び越えていく事態だったのだ。


「ビギンズの直系子孫だとはっきり仰ればよろしいのでは?」


 ――へっ?


 その声に警戒感の緩みきったバードは、内心でそんな声を発した。

 表に出さなかっただけ大したもんだと褒めて欲しいとすら思った。


「それ、どういう事??」


 鋭い声を発したのはエレン中尉だ。

 同じブレードランナーである筈の中尉は、そこに違和感を感じ取ったらしい。


 だが、女の声とは言え、鋭い言葉はそれ自体が凶器となる。

 事実として、それを問いかけられたクレアは怯えた表情になっていた。


「ビギンズの隠し子?」

「って事は、その子の父親が?」

「やるじゃな~い!」


 口さがない女達の軽口が続き、バードは呆気にとられて事態の推移を見守った。

 少なくとも、そこには配慮とか遠慮とか、そう言った心配りが欠片も無い。

 遠慮では無く容赦の無い言葉の攻撃が続いているのだった。


「まったく…… あんた達もう少し恥じらいってもんがないのかねぇ」


 不機嫌そうな顔で振り返ったミシュリーヌは、心底嫌そうな口調で吐き捨てた。

 その言葉だけは年齢相応に場数を踏んだ人間のそれだった。


 ――ビギンズの隠し子って……


 バードが思ったのは、何処かで保存されていたエディの胤の存在だ。

 少なくとも、2250年の段階では既にエディがサイボーグなのは知っている。

 武人の蛮用に耐えうる高性能な戦闘用サイボーグとしてはかなり初期だ。


 2200年生まれなビギンズは、かなり早い段階でレプリ体へと乗り換えた。

 その後にサイボーグへと切り替わり、今に至るはず。だが……


「核心を知る方はいらっしゃいません。ビギンズの真実を知る方はルーシー以外ですと1名だけです。コレでは疑念を持たれます」


 ディケーは事も無げにそう言い切って、同時に冷徹な眼差しを向けた。

 その眼差しの先にいるルーシーの顔が僅かに変わったのをバードは見ていた。


「疑念は不信を呼び、不信は敵意へと繋がります。何ごとも真実を詳らかにしていれば、嘘を塗り重ねる必要はありません」


 その通りだ……

 感心したバードは、次の瞬間にハッと気が付く。


 ――核心を知る者はいない……


 ヘカトンケイルという存在が超常の者達だというのは、知識として知っている。

 だが、このディケーが発した言葉には、通常ならば見落とす罠があった。


 ――心を読まれ……た?


 いくら何でもそんなはずは無い。

 事前に持っているデータから導き出した言葉だとバードは考えた。。

 普通ならそう考えるだろうし、そこに何の疑念も無い。


 だが、ディケーは言明した。

 ビギンズの真実を知る方はルーシー以外ですと1名だけ……だと。


 ――私は知っている……


 その全てを詳らかに心得ている訳では無い。

 しかし、少なくともエディの正体と、そしてテッドとのアレコレは知っている。

 ここに至るまで、どのような苦労を積み重ねてきたのか。


 艱難辛苦を乗り越え。身を斬るような後悔に苛まれ。

 筆舌に尽くしがたい思いを積み重ね、エディ達はここへ来た。

 いや、帰ってきたはずだ……


「そうです。あなたです。想像した通りです」


 ディケーの言葉が再び響き、バードは僅かに表情を変えた。

 だが、そんなバードをディケーの眼が見つめていた。


「あなたは…… そうですか。あなたでしたか」


 この時点で特別チームの女達はディケーが誰を見ているのか知った。

 ディケーの目が捉えたバードは、而して必死に平常を取り繕っていた。


「……何のことでしょうか?」


 追い詰めたレプリとの問答で、バードの会話力は相当に鍛えられている。

 俗に軍人文学とも言われる難解な言い回しの指令書や書類をも読み解ける。

 そんな風に成長したバードは、瞬時に『とぼける』という選択をした。


「あなたは知っていますね?」

「申し訳ありません。お話の意味が解りかねます」


 ニコリと笑ってそう応えたバード。

 ディケーの眼差しが僅かに変わったのをバードが気が付く。

 全員が訝しがったのだが、その裏でホーリーがちょっかいを出していた。


『どういう事? ねぇ? 何の話?』


 正直、言うのが憚られる内容ばかりだ。

 エディとバーニーやテッドとリディアの関係は言えないし、言いたくない。

 それに、この作戦自体がエディとバーニーの打ち合わせ案件かも知れない。


 全部予定通りの事で、ひとつずつステップを踏んでいるのかも知れない。

 宇宙の秘密基地で出番を待つワルキューレだって、そんなのはただの方便。

 実際はシリウス側最強戦力を戦線に使わない為の言い訳なのかも知れない。


 思慮をめぐらし、配慮を積み重ね、慎重に振舞う。

 バードはそれを学んでいたからこそ、言いたく無いことだった。


『ゴメン、私も全然解らない』

『知ってるんでしょ?』

『いや、ほんとだって。カマ掛けられてる』

『……ウソね』


 ホーリーの言葉が冷たくなった。

 彼女はバードが何かを知っていて隠していると気が付いていた。

 ただし、立場的に言えない事もあるのだとも知っている。


 バードの言葉にホーリーは冷たい言葉を返した。

 少なくとも士官である以上は、機密秘匿の義務があるのは理解している。

 そしてそれは、良心と道徳観により担保される危ういものでもあった。


『言えない事? それとも、言いたく無い事?』


 ホーリーの純粋な興味が、士官としての矜持に勝った。

 バードの隠す何らかの情報に興味を持ったのだ。


『……テッド隊長から色々と若い頃の話しを聞いたけど』

『けど?』

『いったいどの話を指しているのかわからないし、それに……』


 バードは一瞬だけ横目になってホーリーを見た。

 そして、赤外モードに切り替えて言葉を送った。


【無線を聞かれていたら拙いでしょ】


『え? 無線を傍受されてるってこと?』


 ホーリーは赤外に切り替える事無くそのまま無線へ言葉を流した。

 彼女は自分のしでかした油断に全く気が付いていない。

 そんなホーリーの油断を見たバードは、エディが自分を褒める理由を知った。

 テッドをして、自分がBチームの後継者であると言う理由も……だ。


 極々単純な事ではあるが、それに気付くか気付かないかは大きな違いなのだ。

 慎重に振る舞い、矛盾や油断を見逃さず、念には念を入れて振る舞う事。

 それを無意識レベルで出来る様にならなければ、チームリーダーは勤まらない。


「そうですね…… いや、その通りですね」


 勝手に了解したようにディケーは話を切った。

 この会話を傍受されていたとしか思えないバードは、驚愕の眼差しだ。

 その眼差しの先にいるホーリーは、自分の油断と稚拙な振る舞いを知った。


「ただ一つ、訂正をお願いします。私は無線を傍受しているのではなく――」


 ニコリと笑ったディケーの姿は、花のような少女そのものだ。

 だが、その少女の姿には、有無を言わせぬ凄まじい迫力があった。


「――相手の心を読むのです。どれ程に心を閉ざしても、私には見えます」


 その言葉に全員が黙った。もちろん、ルーシーまで含めてだ。

 ホーリーはやや俯き、バードを見て赤外ポートを開いた。


スキッズフィニア(統合失調症)?】


 ホーリーの一言にバードは更なる思案を重ねた。

 いつかエディが見せた奇跡の技は、水をウィスキーに代えていた。


 ヘカトンケイルの子孫であるエディですら出来るのだ。

 このディケーが超常の力を持っていても、何ら不思議では無い。


 この世界には余人の想像など及びも付かない奇蹟がある。

 それを知っているバードだからこそ、ディケーの言葉に衝撃を受けていた。


【解らない…… けど、ヘカトンケイルは普通の人間じゃないと思う】

【……普通じゃないのは解るけど】


 赤外を使った内緒話だが、その直後にホーリーは驚愕する。

 唐突に口を開いたディケーは、自らに降り掛かる疑いの火の粉を払ったのだ。


「統合失調症でも精神分裂症でもありません。私は人の思考にシンクロ出来るのです。ですから、隠し事をしている相手を見抜けるのです。ホーリー少尉。いえ、ホーリーではなく本名は――」


 ディケーはジッとホーリーを見たまま口だけを動かしていた。


「――ジェニファー。ジェニファー・ブランドル」


 バードだけでなく、アナスタシアやメイファや、皆がホーリーを見た。

 その視線を一身に集めたホーリーは、小さな声で『正解』と答えた。


「ねぇ、このトリックのタネを教えてくれないかしら」


 ホーリーはこれをトリックだと信じて疑っていない。

 事前にネタ合わせをしておき、度肝を抜いたのだ。


 だが、そんなホーリーを見つめるディケーは薄笑いで言った。

 ある意味で、皆の想像を遙かに超える一言を……だ。


「そうですね……まぁ……一言で言えば――」


 ディケーの隣にもう1人、少女が姿を現した。

 事前情報にあったヘカトンケイルの1人、エウノミアーだった。

 その直後、更に1人が姿を現した、やや長身の少女はエイレーネーだ。

 ヘカトンケイルが3人揃った。バードは思わず息を呑んだ。


「――私達は人間ですらないのですから」


 ディケーは事も無げに、そう言い切っていた。



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