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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
213/358

臨時スペシャルチーム編成


~承前






「そろそろ説明しろって顔に書いてあるわね」

「……スイマセン」

「良いのよ。それはバーディーの良い所。まぁ、今回はちょっと面倒よね」


 ウフフと笑ったルーシーは、本当に可愛い女性だとバードは思う。

 少々ブスでも愛嬌があれば可愛い女と言われるもの。それは普遍の定理だ。


 だが、ルーシーは基本的に可愛いでは無く綺麗と呼ばれる顔立ちだった。

 そして、振る舞いや行いといった基本的人格の部分でも、可愛げのある女だ。


 ――この(ひと)には勝てない……


 如何なる理屈を持ってしてもバードには説明の付かない確信があった。

 ルーシー・ハミルトンと言う女性は、ある意味でバードの目標だった。


「今回は宮殿じゃ無くて回廊の方が舞台になりそうだわ」


 歩きながら説明を続けるルーシーの後ろをバードとアナスタシアが歩く。

 3人が話をしているのは、ニューホライズンを周回中の船の中だ。


 戦闘支援艦種の一つ、広域通信支援艦『クラウン』の艦内に二人は居た。

 近代における戦闘では、各兵器間における情報通信が戦闘を左右する。

 そして、パイロットやオペレーターに戦闘情報を供給する事も重要だ。


 そんな部分における戦闘支援を一手に引き受ける広域通信の管理センター。

 通信支援艦は戦闘支援艦艇の中で重要なポジションの1つだった。


「そもそも宮殿と回廊の違いってなんですか?」


 アナスタシアは素直な言葉を吐いた。

 それは、バード自身も時々わからなくなることだ。


 ヘカトンケイル向けの施設は2種類あり、宮殿とか回廊とか呼ばれている。

 その使い分けがいまいち掴み難いのだ。


「宮殿はね、始まりの8人では無く、その8人によって作られたクローンの8人が寝起きするところなの。正確には」

「クローンの8人……ですか?」

「そう。始まりの8人だったり16人だったりすることが無い?」


 ルーシーの言葉にバードはハッと表情を変えた。

 いつぞや、もう随分と前にテッド隊長から聞いた言葉だ。

 最初にシリウスへと残った宇宙飛行士は、全部で16人だった……と。


 そのうち、地球からの往還船再訪問時まで生き残っていたのは8人だけ。

 残りの8人は様々な理由で死んでいたらしい。


「シリウスに残った始まりの8人は、先に死んでしまった仲間の細胞からクローンを作ったのよ。来るべき未来の研究材料として、貴重なサンプルとしての存在だったってわけ。シリウス病を研究する上で、起点となる地球人オリジナルデータを残したかったんだろうね」


 曲がり角を折れ、そのまま進んで行くルーシー。

 その立ち振る舞いも歩く姿も本当に()()になっている。


「天のウラノス。大地のガイア。愛のエロス。奈落のタルタロス。光のアイテル。闇のエレボス。昼のヘメラ。夜のニュクス。みんなギリシア神話から取られた名付けの者達。彼らは全員がマシンチャイルドって言われている」


 ルーシーの言葉に首を傾げたバードは、思わず聞き返した。


「マシンチャイルドって……?」

「そのまんまの意味よ」


 まだなんとなく意味を掴みきれないバードは、やや歩く速度を落とし考えた。


 ――マシンチャイルド……

 ――機械の子供……


 バードが最初にイメージしたのは、完全な機械状態な子供達だ。

 だが、冷静に考えればそれはただのサイボーグに過ぎない。

 ならば、マシンチャイルドという以上は機械に育まれた子供……


「要するにね。古い表現で言うなら試験管ベイビーって奴よ。最初に入植した者の生殖細胞を使ってクローンにしているの。だから、正確に言うと第1世代だけど事実上は第2世代。だから彼らは1.5世代と呼ばれている。そして、そんな者達は完璧に調整された回廊と呼ばれる施設の中から一歩も外には出られないの」


 何とも酷い話だ……

 バードの顔にそんな色が浮かんだ。


 だが、ルーシーは何ら遠慮する事無く本音をズバズバと続けた。

 そこには、情け容赦ない本音が混じっていた。


「外の苛酷な環境へ逃げられない地球人オリジナル遺伝子を持つ存在が必要だったのね。シリウスへ入植した者達は、凄い数の予防接種を受けた結果としての遺伝子改変が進んじゃって、まぁ、簡単に言えばモルモットが必要だった。ニューホライズンの地上で生き延びる為の様々な生物学的実験を行なう土台になったわけ。その結果として、彼等彼女等の子孫は生殖能力を失ったのね」


 冷酷にそう言い切ったルーシーだが、バードはほくそ笑みつつ言う。


「私たちと変わりませんね」

「そうね」


 それは、女性型サイボーグ特有のアイデンティティ的な悩みなのかも知れない。

 女性が持つ新しい生命のゆりかご能力は、個としての重要な意味を持つ。


 その能力の無い女性型は、結果論として男性型と同じ結果を求められるのだ。

 つまり、子供を産み育てられない女に存在意義は無い……と、そう言う事だ。


「話が脱線したけど、まぁ、掻い摘んで言うとね。回廊はその実験となる宮殿へ続く支援施設って事。ただ、最近はその中身も随分と変容しているようで――」


 いくつかの扉を越えて進むルーシーは、背の側に居るバード達に語り続けた。


「――いまでは回廊と宮殿の中身がそっくり入れ代わってるらしいのよ。で、いま問題になっているのは子供たちの宮殿と呼ばれている施設。あの施設に収容されている子供たちは、ざっくり言えば1000人ほどね」


 振り返ったルーシーはアナスタシアに微笑みかけた。

 アナスタシアもスラブ系美人だが、ルーシーには敵わない。


「まぁ、話の続きは全員集まってからね」


 再びウフフと笑ってクラウンの一室へと入ったルーシー。

 その後ろに続いて部屋に入ったバードアナは、一斉に視線を浴びた。


 ――あ、これ、駄目なパターン……


 その視線に敵意が有るか無いかを問わず、バードは今でも視線が苦手だ。

 士官である以上は部下統率の関係で必要な時もあるにも関わらず……だ。


「みんな、集まってくれてありがとう。感謝するわ」


 開口第一声にそう言ったルーシーは、室内をグルリと見回した。

 501中隊各チームに所属する女性型ばかりが室内にいた。


 ステンマルクの作戦説明が終った後、ルーシーは女性型ばかりを呼び出した。

 それぞれのチーム隊長には話をしてあるから、遊び道具を持って集まれ……と。


「バーディー! アナ! こっちこっち!」


 ホーリーが気が付いたらしい。

 座席を用意して待っていた彼女はバードを呼んだ。

 ホーリーの近くにはアシェとメイファがいる。

 モンゴロイド系フィメールサイボーグの3人が揃った。


「ロックとは最近どうなの?」


 やや年上なアシェは遠慮なく一撃を叩き込んできた。

 いきなりそこを聞くか?と表情を変えたバードだが……


「……良くもなく悪くもなく、現状維持ね」


 はにかんでそう応えたバード。ホーリーの表情がまるで悪い魔女だ。

 基本的に口が軽くておしゃべりなホーリーの事だ。隠し事など出来やしない。

 自分とロックの事も洗いざらい喋っているだろう事はすぐにわかる。


「まぁ、白馬の王子様付きなのはともかくさ――」


 どこか悔しげな言葉でもあるがホーリーは笑っていた。

 ラックバディの信頼関係は盤石なのだ。


「――とりあえず、何をするか聞いてる?」

「……いや、私も聞いてない。ただ、面倒な事とは言われたけど」


 クラウンへとやって来る道すがら、バードはルーシーに訊ねた。

 いったい、何をするのですか?と。だが、ルーシーは答えなかった。

 まだ情報を封鎖中という事で、全体像は回答出来なかったのだ。


「まぁ、話を聞くしか無いね」

「……そうだけどね」


 他でもないBチームのバードが中身を聞いていない。

 ホーリーはその事実にわずかな懸念を持った。


「さて、じゃぁ私たちの任務に付いて説明しましょうか」


 ホーリーは思わずバードを見た。そのバードの表情を確かめたかったのだ。

 僅かでも表情が動けば、それはなにかを隠しているサイン。

 疑っている訳ではなく、守秘義務の範囲で黙っていざるを得なかった可能性だ。


 ルーシーから呼び出されだ各チームの女性型サイボーグは全部で11名。

 改めてその顔ぶれを見れば、バードは始めて見る隊員ばかりに驚く。

 このメンバーで旧知なのはホーリーとアシェ。そしてアナスタシアだけだった。


「地上掃討はステンマルク大佐の説明通り、新生Dチームが中心になって大型の地上戦向けシェルを使う事に成ってる。私たちはその鉄火場の最中に施設へHALOを行い、内部へと入って侵入を試みるジュザ軍を撃退する。要するにそれだけ」


 ホーリーがモニターを操作すると、画面にジュザの地上状況が表示された。

 広範囲な戦線のその後方には、ポッカリと空白状態となった場所があった。


「誰が呼んだか、子供達の宮殿と呼ばれる施設で、さっき聞いた通り、ここには人質の子供達がざっくり千人程押し込まれてるって事なんだけど――」


 ルーシーの操作により、モニターの拡大率がグンと上がった。

 ジュザ大陸南西地域。広大なステップ地帯のど真ん中にある巨大な施設だ。


「――そもそもここは、ヘカトンケイルのメンバーであるエウノミアー、ディケー、エイレーネーの3人の為に作られた実験施設と言う事らしい。詳細は未公開なんで不明だけど、要するに実態としてはヘカトンケイルの居住施設ね」


 ――――なんでその小娘3人に専用施設が?


 第2作戦グループの女が質問を発し、バードも同じ事を思っていた。

 シリウスで最も特権階級にある者達だ。専用宮殿があってもおかしくは無い。


 だが、それにしたって余りに贅沢すぎると言える施設だ。

 たった3人の為にしては、その施設が大規模すぎる。


「まぁ、そう思うわよね」


 ルーシーも承知の上のようで、モニターの表示を変えた。

 モニターに表示された少女たちは、年の頃なら13か15か、その程度だ。

 だが、前述の3人は永遠にその姿でいる不老不死の存在と言う事らしい。


「この3人はヘカトンケイルの中でも特別な存在で、この宮殿本来の意味は、この3人が絶対に死なないようにする為の物らしいのだけど――」


 ルーシーが再びモニターを操作すると、施設周辺が荒れ果てている画像が出た。

 その荒れ具合は常軌を逸脱しており、バードはそれが艦砲射撃の跡だと思った。


「かつての連邦軍が行なった対地砲撃は、シリウスの地上を大きく焼き払い、まぁとにかくとんでもない事態になった事があるんだけど、その時の戦災孤児を大量収容し、養育する為の施設として大きく造築されたらしい」


 再びモニターの表示を切り替えたルーシー。

 そこに表示されたのは、衛星による空撮だった。


「そして、困った事に今ではラウがジュザを裏切って独立しない為の、いわば人質として子供たちが捕らえられている施設になり下がっているの」


 ルーシーはモニターの表示を再び変更した。

 衛星空撮の最大拡大画像が表示されるモニターには、多数の人影が見える。

 そのどれもが半裸に近い姿だった。


「……ヌーディストビーチにしちゃ品がないわね」


 フフンと鼻をならした女は、上品な声でそう言った。

 袖を通している上着の背中には、火の玉マークが入っていた。


 ――Fチーム…… きれいな人……


 テッド大佐の親友とも言うべきヴァルター大佐が率いるフー・ファイターズ。

 FチームはBチームと同じく作戦グループの中の要核と言うべき所だ。

 そのチームから来た女性型は、バードが軽く嫉妬する美貌だった。


「いったいなんの為に? 人質だけ独立して管理なんて面倒なのに」


 Fチームではない女性型が口を開く。

 改めて気が付いたバードは、小さな声で『あっ……』と呟く。

 どう見ても、その顔は見覚えのあるあの女だ。


 ――ロクサーヌ……


 金星の空中拠点ジェフリーに残してきた旧Dチームの紅一点。

 全ての女性型の開発ベースだったロクサーヌと瓜二つなのだ。


「まぁ、普通はそう考えるよね」


 ルーシーはモニターを切り替えつつ説明を続けた。

 画面に表示されたのは、シリウスにおける絶望的な現実の改善状況だった。


「全土で約12億が死んだ艦砲射撃だけど、その穴を埋める為に、産めよ増やせよって奨励した名残……と、そういえばわかるかしら?」


 子供を兵士にするのは協定違反であり、また、人道的にも許されないことだ。

 人類普遍の定理として、それはどんな国家でも持っている不文律だ。


 だが、その子供達をバトルドールに仕立て上げ、消耗品に使った連中がいる。

 他でも無い女性型サイボーグ達にとっては、それが腹立たしい事だった。


 だが、それ以上にバードはその女性型が気になった。

 肩のチームワッペンには大きなEのマークがあった。


 ――Eチーム……

 ――オーリス隊長の居たチームだ……


 シリウスへの遠征直前に行われた再配置により、Eチームは消滅していた。

 だが、彼女は未だにEチームのワッペンを背負っている。


 ――エキセントリック・エレメンターズ……


 エキセントリックが意味する通り、奇人や傾奇者と言った意味が強い筈。

 だが、その実は要するに、何でも出来る集まり。逆に言えば器用貧乏。

 つまり、自分の生き方をしっかりと持った集まりとも言えるのだろう。


「……で、私たちが行うのは、この宮殿へ真夜中にこっそり降下し、破れかぶれになったバカ男が逃げ込んできた時には実力排除するって寸法よ」


 室内に居た女達が一斉に『は?』と言った表情を浮かべた。

 その顔を見たルーシーは、してやったりと満足げな表情だ。


「ただね、実際の任務はもっとシンプルよ。要するに、子供達とヘカトンケイルを安全な場所へ避難させる為、施設の中で救出準備を進めるって事。いきなり行って早く逃げなさいって言っても信用しないでしょ?」


 『どう?』と、そんな表情のルーシーに皆が苦笑いだ。

 ただ、バードはこの任務にはやりがいがあると直感した。

 子供達を助けると言う大義名分に、熱いものを感じるのだった。



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