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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
212/358

緊急ミッション


~承前






「さて、役者が揃ったところで、そろそろ始めようか」


 バードがシェルデッキに一歩足を踏み入れた時、唐突にそんな声が響いた。

 ミーティングに顔を出したBチームの面々は、訓練を切り上げての参加だ。

 ハンフリーのシェルデッキには、501中隊のサイボーグが結集していた。


 ――凄い……


 室内にいる人間は全てサイボーグ。その事実にバードの心が震えた。

 ただ、想像していたよりも頭数が少なく感じてもいた。


 画像解析アプリの出した数字は、全部で100人に満たない数だ。

 金星戦闘で大きく数を減らしたのは、第1作戦グループだけでは無いらしい。

 バードは以前より、第2作戦グループも同じような規模と聞いていた。

 だが、今は大した数では無く、その総数は第1作戦グループと変わらない。


 ただ、今このシェルデッキには、エディ麾下のサイボーグが結集している。

 Bチームのホームであるハンフリーの館内に全てが顔をそろえていた。

 長年行動を共にしてきた隊長たちは気楽な調子だが、バードはやや緊張気味だ。


 第2グループの女性型サイボーグにはモンゴロイドが見当たらない。

 アジア系の女性型はバードの他にはアシェリと新人のメイファだけだ。


 随分と変わってしまった。

 あの、金星の上空で見た第1作戦グループのフルメンバーから見れば……


 ――別の中隊みたいだ


 バードは率直にそう考えていた。

 そして、作戦説明を行うのはエディでもアリョーシャでもブルでもなかった。


「諸君に集まってもらったのは他でも無い。我々にしか出来ないミッションを急遽行う事になり、その為の打ち合わせが必要になったって訳さ。だが、その前に大事な件があるな」


 声音を変えて話題を変えたステンマルク。

 その様子にテッド大佐とウッディ大佐が顔を見合わせ笑っていた。


「先ずは自己紹介からだ。私はステンマルク。長らく第2作戦グループの作戦指令というポジションだった関係で第1作戦グループには余り馴染みが無いかも知れないな。まぁ、指令と書いて<ざつようがかり>と読むポジションだが――」


 ステンマルクは軽い調子でそんな言葉を吐いた。

 その言葉に微妙な笑いがこぼれ、笑いをとりに行ってすべり気味のようだった。


「――私も同じようにサイボーグだ。そして、エディの下でニューホライズン撤退戦の頃から経験を積み重ねてきた。気楽にやろう。無駄に気を使わなくて良い」


 隊長軍団の中で何度か見ていたステンマルク大佐は、北欧系特有の顔立ちだ。

 そんな大佐は気楽な様子でモニターの隣に立っていた。

 エディほどではないが、やはり細身の長身で手足が長い。


 サイボーグは宿命的な問題として、手足のデザインが長くなりがちだ。

 それは、各関節部に収めたアクチュエーターの作動スペースをとる為だ。

 ただ、それを差し引いても、ステンマルク大佐は手足が長く見える。


「ミッションの内容は簡単だ。諸君らも知っての通り――」


 ステンマルクはモニターのスイッチを入れ、画面を切り替えた。

 そこには、かつて徹底的にやり込められたラッパを持つピエロの絵があった。


「――宇宙のどこかにいる筈のワルキューレを引きずり出し、コレを殲滅する」


 ――マジ?


 さすがに面食らったバードは、横目でロックを見た。

 そのロックもやや唖然とした表情でモニターを見ていた。


 現状のワルキューレは、大気圏外に残る僅かな戦力でしかない。

 だが、その戦闘能力は侮れないとか無視出来ないとか、そんな存在ではない。

 一言で言うなら、最強無敵の殺し屋が武器を持って隠れている状態だ。


 そのため、宇宙に展開している国連軍は、常に警戒と対策を取っている。

 ひとたび襲撃を受けたなら、言うまでも無くただでは済まない相手なのだ。

 宇宙艦艇の何れかが被弾した時点で、無事だった船は全力で逃げるしかない。


「ワルキューレを叩く意義は簡単だ。現状で抵抗を続けるジュザやラウの拠点に対し、精神的揺さぶりを掛けるのが主眼と言う事に成る。彼らにとって最後の切り札であり、また精神的な最後の支え。それがワルキューレだ」


 モニターの上には概念図としてのフローチャートが表示された。

 ここに出てくるのは面倒な意義や概念では無く、ただの達成目標リストだった。


「現状では地上の約77%が抵抗を放棄し、地球派の勢力圏になっている。残る23%のうち、ラウの各地に残るジュザ系基地を焼滅ぼす事無く武装解除する為の算段と言う事だ。皆殺しにするには手間が掛かるので、精神的にへし折るのさ」


 その通りだとバードは思った。

 救援にやって来る。支援がやって来る。増援が到着する。

 そんな希望があれば、残された兵は死力を尽くしてでも戦うだろう。


 だが、逆に言えば救援や支援や増援の見込みが無い戦場など、悪夢の一言だ。

 人の心を支えるものは、いつの時代だって夢と希望なのだろう。

 夢が叶うという希望があれば、人は少々厳しくとも頑張り抜けるというもの。


 その心の支えとも言うべきワルキューレを殲滅する。

 作戦の主眼は、つまりそう言う事なのだとバードは理解した。


「そして、ワルキューレ撃退と同時にもう一つ重要なミッションがある」


 軽い調子で言ったステンマルクだが、同時にモニターが切り替わった。

 そこに表示されたのは、地上のどこかにいるヘカトンケイルの面々だ。


 シリウス人民にとっての象徴であり、精神的な支柱である彼らは総勢で50人。

 そのうちの10人近くがジュザの各所に存在するらしいのだ。


「地上のジュザ支配地域にいるヘカトンケイルを保護し、シリウス人民を懐柔するってな算段だ。ヘカトンケイルはシリウスの象徴。我々はそのヘカトンケイルを保護し、シリウスの支配者として、管理者として、なにより、人民の指導者として立つ事を支援し、それによってシリウス人民を懐柔するのさ」


 ――えげつ無い手を使うな……


 何の遠慮も無く、バードはそう考えていた。

 人の心を懐柔する為に、こっちが有利な条件になるよう戦闘を繰り広げる。


 心を支える存在をへし折り、精神的な支柱を裏支えし、人民を安心させる。

 そして、彼らが戦争を求めないように、終戦に向けた工作を開始する。

 戦後を見据えた工作が始まったのだと実感出来るような、そんな作戦だ。


「手順はこうだ。まず、地上のジュザにあるヘカトンケイル向けの施設を我々の選抜メンバーが急襲する。と言っても、叩くのはヘカトンケイルでは無く、それを監視しているジュザの地上軍だ」


 ステンマルクはモニターの表示を変え、ジュザの地上にある施設を表示した。

 大きなコの字型の建物と円筒形の巨大な構造物だ。

 それはまるでコロシアムのようにも見える構造で、内部には住居があった。


 かなり大きな施設にも見えるが、問題はそこでは無い。

 その施設を取り囲むようにして、夥しい地上軍が駐屯している事だった。


「ジュザが強行的な独立派国家という事は諸君らも知っている事と思うが――」


 ステンマルクは表情を余り変えずに中隊の面々を見渡した。

 皆が真剣な表情で説明を聞いている事に安堵し、話を進めた。


「――このヘカトンケイルの施設は、そのジュザの指導部が兵士や国民達から子供達を引き剥がし、ここへ収容して人質にしている監禁施設だ」


 ――うへぇ……


 バードは思わず隣に居たロックを見た。

 その視線に反応しロックが目を返してくる。


 いつもなら力強くも優しい眼差しでバードを見つめるロック。

 だが、その表情には冷え冷えとした殺気が満ちあふれていた。


「我々はこの施設を取り囲むジュザの地上軍相手に大暴れし、戦闘能力の違いを見せつけ、相手の戦意を挫くのが目的だ。そして、戦後にはヘカトンケイルと子供達を収容し、子供達は親の元へ、ヘカトンケイルはその始まりの8人の元へ、それぞれ帰還させて配慮する姿勢をアピールする」


 モニターの上に表示されたイラストは、子供達を抱き締める母親の姿だ。

 バードは何故か、その姿を美しいと思った。理由など無く美しいと思ったのだ。


「良いシーンだね」


 バードはボソリと呟いた。

 親という存在に複雑な感情のあるバードとロックだ。

 素直に喜べなかったり、或いは、愛憎相反する思いに振り回されたりもする。


「あぁ、そうだな。美しいシーンだ」


 ロックはシンプルな言葉でそれに応えた。

 だが、バードにしてみたらロックの言葉は何よりも破壊力があった。

 美しいと思った自分と同じ印象をロックが感じている。


 つまり、同じものを見て同じ事を感じている。

 その事実に震えるほどの感動を覚えたのだ。


「だが……実際にはそれだけでは無い。先ずは事前に急襲する事を宣言しておき、彼らが必死の抵抗を見せるように仕向ける。当然、ジュザの戦闘本部はワルキューレにも支援を求めるだろう。彼女らがノコノコ出てきたら、まずそれを叩く」


 ステンマルクの言葉にバードは毒気を抜かれたような気がした。

 いや、毒を抜かれたのでは無く注入されたという方が正しい。


 抜け目なく抜かりなく、ポイントを稼いでヘイトを削る。

 来たる将来に向けた大事なアリバイ作りだ。


「ただ、1つ問題があるとすれば、この施設の中に収容されている子供達は大半が女の子。つまり――」


 言いにくそうにしているステンマルクは、意を決したように硬い表情になった。

 そして、チラリとテッドやヴァルターを見てから、渋い表情で言った。


「――時が経てば人間牧場に化ける公算が高い。そしてこの場合は、破れかぶれになったジュザ地上軍が『痴情軍化するってことですね』そうだ」


 ステンマルクの話に誰かが口を挟んだ。おそらく第2作戦グループの誰かだ。

 バードの場合、面識が無い相手には接しづらい部分がある。

 それ故、その声の主を考え無い事にした。


 牧場と言えば聞こえは良いが、要するに人間を増やす為の工場だ。

 そして、その増やす手段と言えば、それは古来からある通りの……


「何とも酷い話だが、実際には様々な歴史の断面で垣間見られる事の繰り返しに過ぎない訳で、なにも今始まった事では無い。地球では兵士など畑で取れると言い切った最低レベルの独裁者もいたそうだが、本質的には間違っていない」


 肩をすぼめて吐き捨てるように言ったステンマルク。

 だが、その言葉を聞いていた一同は、その誰もが本気で嫌そうな顔をしていた。


「第2次大戦中、ベルリンへなだれ込んだ赤軍により、10人中7人がレイプの被害に遭い、ウチ4人が望まぬ妊娠をして3人が出産した。戦後のドイツでは不可抗力ベビーブームだったそうで、食糧問題や衛生問題が噴出したそうだ」


 心底いやそうな表情を浮かべて言ったステンマルク。

 バードはふと、その理由を思い出した。シミュ上の学校で教えられた近代史だ。


 ――あぁ……

 ――北欧系だからか……


 ソヴィエト連邦が誕生する前から、北欧圏国家は死闘を繰り広げてきた。

 目の前にある超大国、大ロシアの強烈な圧力と……だ。


 ステンマルクは北欧圏文化を色濃く残している思考回路のようだ。

 そんな事を思ったバードは、無意識にビッキーを見た。

 北欧の北辺あたり。ラップランド出身なラップ人のヴィクティスだ。


 ――同じ顔してる……


 ウフフと笑ってもう一度ステンマルクを見たバード。

 コレだけ人種や文化が混交した現代でも、ロシアアレルギーが残っていた。


 ただ、戦争中における性の問題は、後々まで大きく尾を引くものだ。

 男と女の間の事ゆえに、動かぬ証拠が嫌でも残ってしまう。

 人類戦争史を紐解くまでも無く、そんな話しは掃いて棄てるほどあった。


「こっちはベトナム戦争中の案件だ。国連軍により行われた戦闘で村が幾つも焼かれたが、その中でまぁ、予想通りの事が起きた」


 ――ライタイハ……ン?


 モニターに表示された客観的な数値は、バードをして正視に耐えない物だった。

 平均して21名にレイプされ、そのレイプ被害者の半数がその場で殺された。

 戦場における夥しい蛮行は、血と涙と根深い差別が残されたのだった。


「人間の所行じゃ無いな……」


 そう吐き捨てたロックは、心底不機嫌そうな顔になった。

 機械の顔でもこんな表情が出来るのかと驚くしか無いのだが……


「あぁ…… だからだ」


 ボソリと言ったバード。

 ロックが『は?』と返してきた。


「実はさっき……」


 バードはトレーニング中にルーシーが来た事をロックへと告げた。

 驚くロックはバードの考察に膝を叩いた。


 つまり、施設に監禁されている女達を前に、男が現れるとパニックを起こす。

 施設の周辺に展開するジュザ軍が欲望を剥き出しにしているのは間違い無い。

 そんな施設へと行くなら、女が行くしか無い。


「……なるほどな」

「いくらサイボーグって言っても、信用しないでしょ」

「だよな。どうしたって、男は男だ」


 肩をすぼめて呆れた表情を浮かべるロック。

 バードはそんな姿に笑みを浮かべた。


「でだ。作戦の手順は簡単だ。持てる戦力全てを持って、この施設の周辺に展開するジュザ軍を叩く。ただし、艦砲射撃は誤差圏内に入るから使えない。地上へと降下し、重機材を使ってやり合う事に成る」


 モニターに表示されたのは、その戦力展開図だ。

 施設周辺の各チームが分散展開している。


「施設をバックに攻撃を加える事は出来ない。円筒形施設の周辺へ展開する部隊へは横から攻撃を加える事になる。距離を取り、火砲と荷電粒子砲を使って制圧を進めていく。段々と距離が近くなっていくので、暫時武器の種類を変更する。くれぐれも同士撃ち注意だ。我々だって荷電粒子砲を受ければ、嫌でも蒸発する」


 ステンマルクの言葉に乾いた笑いが漏れた。

 ここまで散々と激しい戦闘を経験した面々は、それを嫌と言うほど知っている。


「施設周辺の敵軍を叩き、救援信号が出たのを確認し、ジュザ各部から救援部隊が出たのを確認して艦砲射撃を加える。敵の能力を超える圧倒的な戦闘能力で一気に叩き潰すオーバーロード作戦の本質は何も変わっていない」


 再びモニターを切り替えたステンマルク。

 そこに表示されているのは、ワルキューレの戦力だ。


「彼女らがどこから来るのかもだいたいは解っている。だが、そこを急襲するのはあまり良い事では無い。この作戦の主眼は、要するに絶望を与えると言う事だ。相手の心を折りに行く作戦なのさ」


 説明を終えたステンマルクは質問を受け付け始めた。

 その応答を聞きながら、ついに出番が回ってきたとバードは思っていた。



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