エクストリーム・エアボーン
――――アメリカ合衆国 国連宇宙軍中央情報本部
東部標準時間 1100
北米大陸中央部。
強靱な岩盤をくりぬいて作られた地下式の巨大な国連軍中央情報センターは、一時間程前から継続的に正体不明のハッキングを受けていた。
高速な衛星回線を経由してやって来る見えない敵は、次々と国連軍のデータサーバーを浸食し続けていた。最も重要なデータ群のサーバーこそネットワークから物理的に隔離し、ネットワークからの侵入手段は完全に絶ったものの、周辺の様々なデータサーバーが次々とウィルスに感染し続ける事態に陥っていた。
ただ、姿無き侵入者が求める最重要データは物理的遮断してしまった以上、拠点へ直接出向いてアクセスするしか無い訳で、それならば周辺サーバーへウィルスを仕込み回線復旧後にデータをごっそり頂こうと尚食い下がる何者かと、その通信先の割り出しを急ぐ情報部局員は、互いの姿が見えない中で一進一退の攻防をくり消していた。
物理的に遮断してしまえばアクセスする方法は無い。しかし、そこへ向けてネズミを送り込み、物理回線復活時に少しずつデーターを抜き取る手法は、一見地味だがどんなに時代が進んでも有効なのだった。
そも、データを扱うポジションというのは、ハッキングされているからと言って完全に貝になる事は出来ない。生きている現場へデータを送り出し続ける義務を帯びている、いわば情報の心臓だ。
それ故、情報機関というのは対抗組織を壊滅させるより存続させてコントロールすると言う一見非合理な対応策をとる事が多い。どれほど潰しても虫が湧き続けるように、抵抗組織、攻性組織の最終的解決には都合がいい。どこに司令部があるのか。どこに指導部が潜んでいるのか。いったい何を考えているのか。そんな見えない意図を探し出すきっかけは多い方が良い。
だが、巨大組織である国連軍は様々な組織の思惑に翻弄されるのが宿命だ。彼らが割り出したイリーガル通信の交信先は、北京にある小汚い雑居ビルの一室。そして、そのハッキングの介入点になっているのは、カナダにあるアンテナ2236。
暗号化済みの一報がODST情報将校へ届いたのはハッキング開始からおよそ30分後で、それを読んだアリョーシャの表情が一気に険しくなったのだが……
「諸君。状況が更新された」
手短に切り出したアリョーシャの言葉に、Bチームの皆が身を堅くした。
作戦検討室でコーヒーを飲みながら事態の進行を眺めていたのだが。
「単なるハッカーでは無さそうだ。どうやら敵の正体は地球上に居るらしいが、我々にはアンタッチャブルな者のようだ」
言いにくい事をオブラートに包んで話す。核心を言わずに臭わせておいて、その中で相手に真相を伝える。アリョーシャは今回の作戦で最大のバニシングポイントへとさしかかった。
「国連政府に批判的立場な某国家が今回は手引きをしているらしい。おそらく水面下でシリウスサイドと繋がっているのだろう。敵の敵は味方と言うからな。だが、地球人類という視点では立派な裏切り者だ。今回彼らが流した情報で我々は不利益を被るだろう」
ウォールームの中に妙な緊張が漂う。
「状況は更新され、作戦は変更される。今回の作戦目標はルナⅡではなくカナダ西部の山荘だ。幸か不幸か現地は吹雪。普通の方法で接近する事は出来ない。エアボーンで一気に降りて水漏れ修理だ。まさか中継アンテナに枝を付けているとは思わなかった」
よどみなく言い切ったアリョーシャの声だが、Bチームの反応は芳しくない。
「なぁアリョーシャ。水漏れ修理でもドブ浚いでも良いけどよ、せめて吹雪が終わってからにしようぜ。こんなコンディションでエアボーンは勘弁してくれ。雪さえやんでくれれば便所掃除でも喜んでやるからさぁ」
心底うんざりな言葉がペイトンから漏れた。そしてその言葉に皆がウンウンとうなずく。モニターに表示されている現地情報をバードはチェックした。普通に考えてパラで降下できる条件じゃ無い。
「平均風速15メートルを越えてます。瞬間最大風速40メートルだから小規模なハリケーンです」
バードの不安そうな言葉が皆の気持ちを代弁した。バードは本音をつい漏らしてしまった。正直言えば怖いのだと。出来れば言わないで済ませたかった弱気の虫だ。
「皆の不安はわかるが…… 実際問題として、雪が収まってから降下すればレーダーや赤外で侵入がバレる。国連政府に非協力的な国家の横槍だから、出来ればこっそり片付けたい。なんせ、こんな吹雪で強風じゃ車ですらも近づけないからな」
高度1メートル程度を浮いて走るエアカーだと、横風や吹雪の影響を受けてしまう。だからこの時代でも幅広キャタピラを履いた雪上車が使われている。
「多少危険だが吹雪に紛れ降下し、水漏れ部分を修理してから足跡を残さず撤収。最後はNORADへ続く地下トンネルで脱出だ。情報を抜き取っていた側にニセ情報を流し続ける機器を設置してだ。そうすれば向こうはニセ情報に踊り続ける事になる」
酷い事を言っていると自覚があるのだろうか、アリョーシャは肩を窄めて控えめに表現した。だが、エアボーンするのに瞬間最大風速40メートルは狂気の沙汰だ。狙った場所へ降下する以前に、まともに降下する事自体不可能だ。
「向こうにしてみればこんな条件で降りて来る訳が無いと思うだろう。そんな条件で降下するから意味がある。そして、この作戦は君らしか出来ない。逆説的かつ消去法的にはこれしかないんだ。吹雪は推定あと二時間ほどで収まってくるはずだ。一時間後に降下し、十五分ほどで仕事を片付け撤収する。それでどうだろうか」
高級将校であるアリョーシャが随分と下手に出るな……
バードは不思議な疑念を持った。
アリョーシャが受けた報告には、まだ何らかの裏がある。
ふと、そんな事を思ったのだが。
「アリョーシャ?」
「……最終判断は君に任せる。テッド」
Bチームに丸投げされたような状態だが、テッド隊長もある意味慣れっこだと見える。事態の進展を黙って眺めていたバードを含め、チームのメンバーがジッと指示を待った。
「さて、どうしたもんかな」
さぁ意見を言え。
そんな意味に取れるテッド隊長の言葉。
「基本的には反対だなぁ。だけど、降りられるのはおれ達だけでしょうね」
副長であるドリーが口火を切った。
「降下しろって命令なら降りますけどね。無理して俺たちが降りる意味は? 吹雪に巻かれて訳わかんねー所に落っこちて全員遭難とかに成ったら、山荘に居る連中にも感謝されんじゃないですかね」
相変わらずちょっと不機嫌そうなジョンソン。
棘のある言い回しで暗にアリョーシャを批判している。
「トンネルがあんなら、最初からトンネル侵入すりゃ良いんじゃねすか? トンネルの位置口なら雪は無いかもしれないし、電源さえあれば俺達なら下手な車より早く走れるし」
ちょっと南部訛りっぽいライアンの意見は尤もだ。
声は出さないけど、ウンウンと頷く者が多い。
「危険を冒して突入するにゃ仕事がショボイです。何人立て籠もってるか知りませんけど、良いところ十人位ですよね。百人斬りでもするんなら行きますけど、俺は反対っすね」
ロックは迷わず言い切った。ODSTの仕事とは思えないと突っぱねた形だ。
仮にも高性能サイボーグの身体を使ってる士官である以上は、役不足も良いところだと不機嫌ですらある。
「纏めてぶっ飛ばしに行くなら降りますけど、便所掃除に行かされるんじゃ俺も嫌だなぁ ブルトーザーでも使って州兵送り込んだ方が良いですよ」
リーナーがウンザリした口調で言う。
そして、重い沈黙。
ふと、アリョーシャの目がバードを見た。
何か言えと圧力を掛けられているとバードは感じた。
「こんな厳しい条件で降下した事はありません。怖いから嫌です」
ちょっとコケティッシュな表情と上目遣いで、波風を立たないようにして。
最大限に気を使ってバードも反対した。チームの皆がプッと吹き出した。
「概ね反対意見が多い。チームとしては反対意見だ」
話をまとめたテッド隊長は腕を組んだままだった。
「うーん……」
顎に手をやって擦りながら考えているアリョーシャ。作戦将校であるエディが来ていないため、命令と言う形で強行する権限が弱い。人の命を預かる立場なのだから、危険を冒す作戦の執行命令を出すには勇気が要る。
死んでこい。
そう命じるのにも等しい条件だ。多少安定してからの降下ならばともかく。ボリボリ頭を掻きながらアリョーシャはボソリとつぶやく。
「おそらく中に工作員がいる。シリウス内通者か、さもなくばシリウス人そのもの」
単なる物見遊山な降下では無いとアリョーシャが口を割った。
「ここに居るのはコードネーム"ディープフィッシュ"我々情報部が十年以上追跡している凄腕のハッカーだ。正体は一切不明。ありとあらゆる防壁やトラップをすりぬけ、もっとも重要なデータ領域をごっそり浚っていく。小ざかしい事に、自分が来たと必ず足跡を残してな。今回なにを狙ってハッキングしているのかは一切不明だが、あそこのデータセンターには君らサイボーグスコードロンの個人情報。どこの誰がどんな条件でサイボーグ化したのか。どんな機材を使っているのか。それだけじゃなく、姿かたちやDNA情報まで……全部記録されている。もっと言うと、君らだけじゃなく、全ての軍籍台帳に記録された個人情報や、様々な国家機関に潜り込んでいる工作員の情報まで入っているはずだ。つまり、人的資源情報が狙われていると我々は考えている。国連軍に強力的な政治家。非協力的な政治家の名前までね」
ボソボソとつぶやくように漏らした言葉に、Bチームのメンバーが言葉を失う。
「独り言だ。出来ればすぐに忘れてくれ」
難しい事を漏らしたんだと皆が瞬時に気が付く。地球連邦政府に対し非協力的な国家の人間か、シリウス人そのもの。それが山荘に立て籠もってハッキングしている。この条件では山荘からの撤収は難しいだろう。
つまり、そもそもこの作戦は一番面倒な奴をついに追い込んだのだけど、普通の方法じゃ捕まえられないから、当事者に行かせようと言う作戦だと気がついた。
全部承知で降りて行って皆殺しではなく、行ったら偶然そこに居た。こっそり工作に来た筈が、あらまぁこんな所でこんにちは。そしてさようなら。抵抗したんで射殺したけど、どこの国の人間でしょう? 名乗り出たなら一戦構え、名乗り出ないなら闇に葬ろう。
結局はそんなところだ。
「そこに居るのは本当にシリウス人か?」
スミスが鋭い口調で反応した。剣呑な言葉が漏れた。
いつも何処か怒りっぽい人間だが、肌が粟立つような殺気を漏らしている。
「シリウス野郎がそこに居るなら俺は一人で降りてもいい」
スミスの顔付きが変わった。何をそんなに……とバードは訝しがる。
だが、いつの間にかチームの面々も顔色が変わっていた。
「そう言う事なら降下しない理由は無いな」
テッド隊長がメンバーを見回す。
「地上側から生身の連中を送り込むのも無理だ。一気に降りて害虫退治」
不意にドリーがバードを見た。
「嫌なら残ってもいいぞバード。まだ十回も飛んでないバードじゃ……」
経験の浅い部分を考慮してドリーは助け舟を出した。
だけど、ここで飛ばなきゃ経験を積めないのは解っている。
「シリウス系でしょ? ブレードランナー無しで仕事になるの?」
ニコッと笑ってドリーを見た。
少しだけ嬉しそうな声のジョンソンの声が流れる。
「たいした奴だ。女にしておくのが勿体無い」
ハハハと控えめに笑う仲間達。だけど、バードは心中で後悔していた。つい言ってしまった負けん気な言葉。吹雪の中の降下をイメージして、僅かに震えていた。
――――それから約一時間後
カナダ西部 ブリティッシュコロンビア上空
「さて。いつもの事だが用意は良いか?」
淡々とした口調のテッド隊長が見回した。シェル装備で月を出発したはずなのに、なぜか降下装備で待機しているバード。今回の降下では巨大なスノーシューを持って降りる。サイボーグの身体を支えてくれる大きな物。だけど、たぶんこれでも雪に埋まるのは間違いない。
フルサイズのアサルトライフルではなく、全長の短いカービンをフォアグリップにサイレンサー付きで装備。通常のマガジンを押し込んだ拳銃は腰に。そしてパンツァーファウストは無し。手榴弾も三個しか持っていない。いつもと違う接近戦装備で支度を整え、装甲服すら着ていない超軽装で極限の軽量化を狙ったけど、多分あまり意味は無いだろう。
小型のパラシュートを複数持ち、暗視機能強化型のヘルメットを被った。こから先。チーム内の会話は全て無線になる。
「全員聞こえるか?」
皆が一斉にサムアップで応えた。
「久しぶりに痺れるような降下だ。神のご加護を期待しよう」
降下艇のハッチが開いた。激しい吹雪が吹き荒れる山荘の上空20キロ付近だ。成層圏に入っているエリアだけに横風の影響は全く無い。
ここから一気に急降下して行って、ギリギリで急制動。乱流に巻き込まれる高度があるうちにパラを広げるのは自殺行為。だけど、ギリギリまで待てはダウンバーストの影響で減速せずに激突死。雪原に降着だから多少はクッションが期待できるけど……
「バード 絶対に目をつぶるなよ」
「うん。大丈夫。シェルの着艦も無事に出来たし、今日はツイてる」
少し脅えている風なバードへリーナーが声を掛けた。前々からバードは思っていたのだけど、基本的にリーナーは感情が薄い。恐怖も興奮も感動も。喜怒哀楽の全てが薄いように思う。
「バード 雪は何であんなにまっ平らに積もるか知ってるか?」
抜き身のナイフの刃先を確かめていたビルは、背中越しにバードへ話しかけた。
「え? わからない」
「雪はな、自分が落ちてるって思ってないんだよ」
「落っこちる?」
「そう。落ちてるんじゃない。自分達は舞ってると思ってるのさ」
「あぁ。そう言うことね」
バードがサムアップしながらビルを見た。
心を軽くしようとしたその心遣いにバードは嬉しくなる。
カタパルトは無し。ハッチから順繰りに走って行って降下だ。
「いくぞ! 降下開始!」
隊長の声に押し出されるようにしてバードはハッチから飛び降りた。まるでプールへ飛び込むように、頭からフワッと舞い落ちる。大気密度の低い高空だから降下速度がグンと増してくる。眼下遠くには、まがまがしいまでに発達している分厚い雪雲が見える。
落下速度は水平速度換算時速400キロ少々。装甲服ではないけど保温回路が入っている降下服のお陰で身体が凍りつく事は無い。
「推定高度15キロ」
バードは手短に無線で呼びかけた。すぐさまジャクソンから補正が入る。
「GPSデータに因れば誤差800メートルだ。まもなく高度13キロ」
高度に暗号化された状態で会話しながら高度を落としていく。だんだんと緊張が増し始めた頃、バードの視界にダミーモード移行準備の警告が見えた。ちょっと拙いと感じ始めるのだけど、恐慌状態に陥るのは不可効力な部分もある。どうしよう……
「じ… ジャクソン! 今日は一発ネタないの?」
ちょっと不自然にどもったバード。
その言葉にバードの心情を慮ったのかどうかは知らないが、努めて明るい口調なジャクソンは、軽い調子で言葉を返した。
「いっけね! 何もネタ用意してこなかった」
どこか棒読みな台詞回しが無線に流れ、バードもまたジャクソンの緊張を感じ取った。怖いのは自分だけじゃ無いと気が付いて、変な部分で親近感を感じる。
「雪原降下だからスノーマンとかだったな」
ただ、それで恐怖を忘れる訳じゃ無い。でも……
「ところでバード 今日のパンツは青にしてきたか?」
いきなり素っ頓狂な事をライアンが言い始めた。
恐怖に頭が麻痺してるのか?とも思うのだけど。
「WHY?」とバードは聞き返した。
他に何も出来ないと言う方が正しい。
「だって今日のラッキーカラーは青だろ?」
あ!今朝のアレだ!と気が付いてバードは苦笑いする。
メンバーもそれぞれに失笑している。
「パンツはブルーじゃ無いけど気分はブルーよ!」
「なんでだよ。さっきはノリノリだったじゃ無いか」
「それを後悔してるからブルーなの! 軍艦で待ってれば良かった!」
本音を無線の中で喚いたバード。その言葉に皆が大笑いする。
言いたい事を言ってちょっとスッキリした様な気がしたバード。
「もう手遅れだ。諦めろ」
ドリーの声が無線に流れ、もう一度皆が笑う。
それと同時に雪雲の中へズボッと音を立てるようにして突入した。
視界が全く無い上に、雲中の雪が身体にまとわりついてくる。
「GPSによれば降下速度は200キロ前後。高度8キロだ」
ジャクソンが冷静に読み上げた。
風の影響を受けないように、出来る限り身体を小さくして落ちていく。
「高度5キロで予備減速開始だ。水平方向誤差に気をつけろ」
テッド隊長の言葉が響き再び僅かに緊張し始める。
だけど、実際は緊張するよりも警戒の方が強い。
「高度6キロ 既に目標点から西へ500メートルほどずれてる」
ジャクソンの冷静な読み上げが再び流れた。出来る限り身体を大きく伸ばして風を大きく受け、速度を殺す努力を始める。完全な雪雲の中なので速度感覚は完全に麻痺している。
だけど、気圧変動率から対地距離は確実に減っているのが解る。身体を斜めにひねって、空気抵抗で位置を修正。風上側へ大きく動いてからパラを広げる作戦だ。
「高度3500!」
ジャクソンの声がうわずった。バードはGPSレシーバーを呼び出して視界の片隅へ常時表示に切り替えた。普通はこんな事しなくてもレーザー計測機能で対地距離を測れるバードだが雪雲で全く視界が効かないのだから止むを得ない。
対地距離2000メートルでパラシュート展開の安全装置を解除。これでいつでも展開できる。ただ、展開してから突風を受けると大変だ。最大風速40メートルを数秒受けるだけで2~300メートルは明後日の方向へずれてくれる。
「いまドップラーレーダーで解析したが、風は収まらないな」
ジャクソンのウンザリする声が聞こえた。
チームのメンバーが一斉にウヘェと悪態を漏らす。
「全員地上へ降りたら識別ビーコンを出せ。無線封鎖とか言ってる場合じゃ無い」
テッド隊長の言葉にバードはいっそう身を堅くした。高度500メートルを切った所で予備パラシュートを展開。グッと速度が落ちる。そしてこの時点でバードは気が付く。仲間の姿が殆ど見えないという事実に。
「視程30メートル!」
仲間に向けてレーザー測距してみたらこんな数字だった。自分の頭がパニックを起こしかけ、寸前で止まったのを褒めて欲しいとすら思った。強烈な横風がやって来て、Gを感じる程に横へとずれる。速度を殺しすぎると危ないと気が付いて、パラの空気を僅かに抜いた。
「ジャクソン着地!」
「ペイトン着地!」
「ライアン着地!」
仲間が続々と着地している。自分のパラ展開が早すぎたと気が付く。だけど、努めて冷静にパラシュートを操作。視界の隅に何かを捉えたと思ったら木の枝だった。レッドウッドの森へと割り込んだら風が収まった。
一瞬チラリと地面が見えたと思ったら、雪を載せた木の枝だったりする。忌々しげに脚で蹴って雪を落として、そのストリームを目で追う。
――――あそこが地面か
グッとパラの引き紐を引いて速度を殺し着地。そのまま胸近くまで雪に埋まった。
「バード着地!」
急いでパラを畳んで収納し、雪から脱出する努力をする。しかし、サイボーグの重量を支えてくれる程、この地域の雪原に抗力はない。最高の雪質を誇るカナディアンロッキーの森の中だ。両足で地面を踏み固めようと思っても、ずぼずぼと足下をかき回すだけ。掘り返せば掘り返す程、身体が沈んでいく。
「バード 動けるか?」
リーナーが声を掛けてきた。
「着地は出来たけど雪から脱出できない!」
かなり困った声で応えたら、珍しくリーナーの笑い声が聞こえた。
「落ち着けバード まずはパラを広げてその上に寝転がれ」
「……接地面積の問題?」
「そう」
「でもまずここから脱出しなきゃ」
モゾモゾと頑張るのだけど、結局、肩まですっぽり埋まって身動き取れない。スノーリゾートだとか、その手の管理された積雪地では無い、本当の山の中。こんな場所で雪原を彷徨うなんて事を、普通の人間はやった事が無いし、シミュレーターの訓練でやった雪原訓練でも経験が無い。
「バード 垂直軸で回転しろ 手を動かせるようになれば多少はマシだ」
「あぁ、なるほど、やってみる」
雪の中で身体を左右に回転させてみると、円筒形の空間が出来た。
その状態でパラのロックを外して足下に強化繊維の幕を広げる。
――――あ、こういうことね
気が付けば対応は早い。そのまま両手両足を使って雪から這い出る。
だけど、雪面に立つ事は出来ない。どうしようか? と辺りを見回すのだが。
「集合しろ!」
テッド隊長の声が無線に響いた。エリアマップを呼び出したら、バードだけ降着地点から大きく外れている。
「急ぎます!」
ハッと気が付いてスノーシューを装着。接地面積が随分と巨大なシューだけに、身体が沈み込むのは最小限だ。少々ブザマな歩き方だけど、身体が雪原に潜るよりはマシ。サクサクと雪を踏んで集合地点へと急いだ。バードの遅れでタイムテーブルから10分遅れになりつつあった。
「遅くなりました!」
集合地点が見えてきた。気ばかり焦るが移動速度は上がらない。少しイライラしながら前進している時、バードは不用意に樹に触れた。その僅かな振動で頭上の枝からまとまった量の雪が落ちる。頭から見事に被ってちょっとした雪だるまになるバード。
「大丈夫か?」と一斉に声が掛かるのだけど。
「400メートルほどしかズレてないな。無視界降下で難しい条件だったが上出来だ」
あえてそれには触れないテッド隊長が褒めた。ちょっとだけ嬉しいバード。
だが、そこで調子に乗ると危ないのは何となく解る。
「次はもっと上手く降ります」
真面目な声でバードは答える。
「そうだな。こればかりは経験有るのみだ」
テッド隊長は勤めて冷静な声だった。笑いをかみ殺していると言う気もするが。
だけど、どんな時にも皮肉を忘れないジョンソンは、ロンドン訛りでぼやく。
「雪のドレスも似合ってるぜ。綺麗だ」
無線の中にハハハと笑い声が流れた。




