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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
209/358

暫定停戦パーティーは騒乱の予兆(前)


 シリウス最大の大陸、リョーガー。

 そこは、地球で言えば、ユーラシア大陸およそ二枚分の面積を持つ地だ。


 地形的に穏やかなエリアが多く、比較的高温多湿な気象条件の地域が多い。

 その関係で水の弁が良く、開拓当初から広大な穀倉地帯を抱えていた。

 やがてここは、莫大な生産量を誇るシリウスの食料庫と呼ばれるに至った。


 そんなリョーガー大陸は、シリウスにとって政治的に重要な場所でもある。

 かつてはニューホライズンの穏健的独立派国家のリョーガー合衆国が存在した。


 だが、長引く戦役と無益な報復合戦が続き、穏健的独立派も疲弊していた。

 やがて、一定の自治権が有れば地球に恭順しても良いという空気が生まれた。


 民衆は疲れたのだ。戦乱を勝ち越す為、総動員体制になっていた社会に。

 ありもしない大義名分を盾に、犠牲を強いる独立派の横暴に。

 なにより、地球による猛烈な報復と、その結果の死に怯える恐怖に。 


 リョーガー建国から30年。


 穏健派国家だったこの国は、いつの間にか恭順派に鞍替えしていた。

 穏便な平和的選挙による国家指導者のすげ替えが行われ軌道修正が進んだ。


 そして、シリウス連邦の一環でありつつ、独立を求めない国家が出来上がった。

 ニューホライズン最大国家、リョーガー合衆国はシリウス合衆国へと変貌した。

 いかなる民族でも宗教信奉者でも、平和と安定を求める者ならば歓迎する。

 そんな平和的国家だ。


 ただ、シリウス合衆国建国に当たり、地球からの独立を求めた層は存在した。

 政治的ではなく感情的な要求は、選挙では乗り越えられない大きな壁だ。

 選挙という民主的システムは、所詮ただの統計的なものでしか無いのだ。


 そして、そんな彼らはリョーガーの東部にあるラウ大陸へ移り住んだ。

 リョーガーからの莫大な支援投資により、彼らはそこにラウ合衆国を建国した。

 独立派求めるが戦争は求めないというスタンスな、シリウス合衆国の友邦国だ。


 なにも剣を交え槍を交え、血を流して戦う事だけが闘争では無い。

 論戦と民衆の自治と、なにより、横暴には服従しないと言う強い意志が武器だ。

 2つの合衆国はシリウス全体に影響し、小さな国家が次々と併合されていった。


 そして、2300年の現在では、シリウス連邦は5つの国家に集約された。

 強行的独立派のシリウス人民共和国。一般的にはジュザ共和国と呼ばれる国だ。

 恭順派の集まりであるシリウス合衆国。その中間に位置するラウ合衆国。


 この他に、非暴力非服従を掲げるホロケウ自由国家連合が存在した。

 ニューホライズンは地球と同じく、北半球側に大陸が偏る極端な構造だ。

 そんな惑星の広大な南半球海洋地帯には、孤立大陸ヲセカイが浮いている。


 ニューホライズンの地質学上でもっとも謎とされる地域だ。

 ヲセカイの周辺には小さな島嶼国家が幾つも存在し、グループを形成している。

 シリウスへ最初に降り立った始まりの人々が見つけた巨大遺跡のある所だ。


 このヲセカイには、星都と呼ばれる地がある。

 セント・ゼロと名付けられたその街は、始まりの地と呼ばれている。

 そして、その街はヘカトンケイルの多くが暮らす小さな都市国家だ。

 地球で言うバチカン市国と同じように、1つの街が国家になっていた。


 そんな国家群において、3001年の元旦を機に2つの動きがあった。

 まず1つ。シリウス合衆国がシリウス連邦の離脱を宣言した。

 国民投票で70%を越える賛成票を集め、民族自決の精神を持って宣言した。


 ジュザからは猛烈な反対論が沸き起こったが、それを制したのはラウだった。

 国連軍降下による小規模な戦闘と、ジュザで起きている大規模戦闘が引き金だ。

 ラウ合衆国指導部は、11月20日付けで、全ての戦闘行為を停止した。


 暫定停戦に合意し、地球側は武装解除を求めなかった。

 帯剣での交渉という名誉を得たラウは、戦闘停止の完全履行を約束した。

 つまり、ジュザはハシゴを外された形になった。


 それから一週間が経過した11月27日。

 シリウス合衆国の首都サザンクロスでは、大規模な式典が開催されていた。

 戦闘の停止と、平和の到来を歓迎する大きなイヴェントだ。


 その護衛と警備という大義名分で、Bチームは地上に降りていた。

 数ヶ月ぶりの上陸だったが、任務が存在するので浮かれては居られない。

 ただ、そんな大義名分が有名無実なことなど、言うまでも無かった。












 ――――――――2300年11月28日 午前7時

           シリウス合衆国 首都サザンクロス 中心部

           ホテル セイリオス レストラン












 巨大都市。サザンクロス。


 かつての第一次独立戦争時には、両軍による激戦が繰り広げられた街だ。

 瓦礫と残骸と夥しい死体で埋め尽くされた街だが、もはやその痕跡も無い。


 この街の中心部は、地球系シリウス系両方の企業が集積し、繁栄を究めていた。

 人が集まれば産業が栄え、産業が栄えれば街が栄え、そしてまた人が集まる。


 途切れる事無く車輌が行き交う幹線道路は、中心部から放射状に延びている。

 天を突くような道沿いの高層ビルには様々なテナントが入り、街を彩っている。

 ネオンが瞬き、大型スクリーンには広告が流れ、巨大電光掲示板は輝き続けた。


 人とモノと情報と金が集まり、様々な軋轢を内包しつつ栄える街。

 巨大都市サザンクロスはこの日、朝から篠付く雨が降っていた。


 本来ならば乾燥性気候だが、冬場の偏西風が強い寒気を呼び込んでいた。

 そしてその寒気は、この街を囲む4つの内陸湖からの水蒸気を雨に換えていた。

 この街はそもそも、4つの内陸湖に囲まれた巨大な沖積地なのだった。


「おはよ~」


 サザンクロス中心部にあるシティホテルの朝食会場。

 予定時刻から5分遅れてやって来たバードは、寝ぼけたような声で挨拶した。

 一般利用客もいる関係で、軍服ではなく平服だった。


「バーディーの遅刻は珍しいな」


 バードを指さしてビルが笑う。

 それに釣られてバードも笑いながら言った。


「今日は良いかなって思って」

「そうだな。作戦って訳じゃ無いしな」


 優雅にアイスクリームなど舐めているビルは、窓の外に目をやった。

 窓を叩く程では無いが、それでも優しい雨が降っていた。


「地上で見る雨ってのは風流なもんだな」


 ビルの近くでパンをかじっていたスミスが呟く。

 地中海の乾燥性気候地域で育った男なのだ。

 雨というモノに特別な思い入れがあるのかも知れない。


「雨の多い国育ちだと、また違う印象だろうさ」

「……そうかも知れないな。俺の生まれた国は雨が降ると大騒ぎしたモンさ」


 ビルの言葉にスミスが笑った。

 なんとなく気怠い朝。なんとなく楽しい日常。


 士官では無く、ただの客としてチェックインしているのだから朝食はセルフ。

 食べたいメニューを用意して席に着いたバードは、起き抜けのコーヒーからだ。


 まだ起きてこないロックを待っていようか、どうしようか……

 そんな事を熟々と考えながら、キャロットピクルスを摘んでいた。


「まだ眠い……」


 バードはボソリと本音をこぼした。

 前夜は久しぶりに羽目を外してのどんちゃん騒ぎだった。

 停戦記念パーティーとは言うが、サザンクロスでは事実上終戦記念式典だった。


 ただ、その中身はなんだって良いのだ。

 飽き飽きとしていた艦内の生活から解放され、地上へと降りた。

 全ての船乗りにとって、上陸する事以上の楽しみなど存在し得ないのだ。


「まぁ、これで少しは落ち着いてくれると良いな」

「全くだな」


 ジャクソンとスミスが顔をあわせてそう笑った。

 その話を聞いていたビッキーがボソリと呟く。


「定期的に降りられるとありがたいんですが……ねぇ」


 まだまだ不慣れな部分があり、艦内生活が続くと気分も滅入るものだ。

 宇宙船は巨大な潜水艦のようなものなのだから、精神的にもキツイ。

 ただ、コレばかりは本人の適性的な部分があり、全く問題にしない者もいる。


 サイボーグであれば仮想空間の中に入って気分転換と言う事も出来る。

 ただ、どれ程仮想空間の作りこみが良くとも、物足りないのだった。

 そしてそんな感情は、ログアウトして現実に戻った瞬間に増幅される。


 だからこそ、こうやってシリウス合衆国が地球側に付いてくれる事は重要だ。

 このリョーガーの大地がオアシスの様に機能してくれればありがたいのだ。


「こうやって二つの合衆国が地球に付いてくれるのをジュザに見せるって訳か」


 いつの間にか朝食会場に入っていたライアンは、遠慮なく朝からケーキだ。

 実は案外に甘党なんだとビッキーは驚いているが、バードたちには普通の光景。


「変か?」


 二個目のショートケーキを食べきったライアンは、三つ目に取りかかった。

 生クリームではなく、レアチーズの乗ったケーキだ。


「……甘党っすね」

「俺のストレス解消方! ……ってな」


 ヘラヘラと笑うライアンは、そのケーキをペロリと平らげテレビをつけた。

 モニターの中ではリョーガーのローカル局がニュースを流していた。

 新たな増援の船団が地球から到着し、戦力は再び増強されたというニュースだ。


 リョーガー大陸のジュザよりには、もう使われていない基地が幾つもあった。

 50年前には地球連邦軍が使っていた恒久的な補給基地だ。

 その基地跡を再び整備し、ジュザへの前線基地として使われていると言う。


 夥しい数のテントが並び、地上軍向けに酒補設備が整えられていた。

 着々と建物の再整備も進んでおり、この日は基地に明かりが灯ったという。

 約50年ぶりの明かりが灯った基地は、一つの産業になるとニュースは伝える。


 何の産業も無い地域では、軍基地の存在それ自体が産業になるのだ。

 そして、人とモノが往来すれば地域は発展する。

 雇用と生活の安定は、国家の安定そのモノだった。


「おいおい。リョーガーから溢れちまうぜ」


 食後のコーヒーを飲みつつ、ジャクソンはヘラヘラと笑う。

 直接戦力だけで200万を越える戦力が降下を完了しているのだ。


 そしてなお、大気圏外に待機している戦力は100万を軽く越えていた。

 そこへやって来た輸送船団は、直接戦力の10万を更に補充する。


 戦闘兵器だけでなく、後方支援となる様々な機器や設備や、そのオペレーター。

 そう言った戦闘支援要員まで含めれば、地球からの遠征者は凄まじい数だ。


「そろそろ総数で一千万に達しそうだな」


 ボソリと呟いたビルは、日刊紙であるサザンクロスタイムスを読んでいた。

 どんなにニュースサイトが便利になっても、一覧化できる新聞は便利なのだ。

 見出しに踊るその文字は、地球国連軍の展開に付いてだった。


「地上の直接戦力は220万ちょい。大気圏外の予備兵力が170万ちょい」

「オマケに、一ヵ月後にゃ更に10万が到着するぜ」

「そろそろ地上に降ろさねぇとやべぇってな」


 ペイトンとライアンは相変わらず良いコンビだ。

 モニターに表示されているニュースを見ながら、そんな事を言っていた。


 ここからはリョーガーを前線基地にし、ジュザへ侵攻して行く作戦だ。

 ジワジワとニューホライズンの地上を国連軍が侵食している。

 強硬派や反地球派の版図は着々と蚕食され、支配地域は減少していた。


「大気圏外に置き留めると食料が持たねぇな」

「いくら食糧生産コロニーが有るって言ってもな」


 苦笑しつつも蜂蜜を塗ったワッフルをライアンが頬張った。

 その姿がおかしくて、皆がヘラヘラと笑った。

 同じタイミングでホテルの朝食会場に聞き覚えのある声が響いた。

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