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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
207/358

地上戦進行中/待機続行中


 シリウス協定時間、午前6時。

 相変わらずニューホライズンをぐるぐるとハンフリーは朝を迎えた。

 ただ、その朝は艦内の基準時刻だけが朝を指すだけでしかない。

 実際には凡そ4時間程でニューホライズンを周回していた。


 それ故、ハンフリーは1日に6回、日の出と日没を拝むのだ。

 4ヶ月の周回で1年を過ごせる。そんなジョークが漏れるのも仕方がない。

 宇宙とはその名前ほどにロマンのある場所ではないのだった。


 この日、バードは何時もより1時間ほど早く目を覚ました。

 出撃の予定はないが、無意識に気が逸っている状態だ。


 そのまま仕度を整え、ハンフリーのウォードルームへ顔を出す。

 一番乗りで来たと思っていたのに、士官室には既に先客が居た。

 厳しい表情でモニターを見つめるジャクソンとスミスのふたりだ。

 一様に厳しい表情で、ジッとモニターを見つめていた。 


「……おはよう。やっぱり気になるよね」

「あたりまえさ」「気になって仕方がねぇ」


 バードの言葉にはジャクソンもスミスも鋭く反応する。

 ややあってチームの面々が集まり始め、気が付けばドリー以外がそこにいた。


「で、地上はどうなった?」


 モニターを除きこむライアンは、怪訝な顔でジッと見ている。

 半径50キロ程の円を描いたエリアは、完全に安全が確保できる支配地域だ。


 だが、その外延部から凡そ50キロほどのエリアは、敵味方が混交している。

 トーチ作戦の発動から2週間が経過し、地上へは百万の兵士が降り立っていた。

 酷い戦闘が続き、一進一退の攻防が繰り広げられているのだった。


「これじゃ艦砲射撃も出来ませんね」


 辛そうな声音でアナが呟く。実際、砲撃誤差圏内には敵より味方の方が多い。

 シリウス軍側は降伏と言う選択肢を見せず、最後の一兵まで徹底抗戦を貫いた。

 後続の軍団は地上降下と同時に進軍を開始し、巨大なストリームを形成する。


「史上最大の電撃戦だな」

「こんな戦闘をするとは思わなかったぜ」


 ビルとペイトンがボソボソと会話している。

 地上軍の進む先へは艦砲射撃が降り注ぎ、地上で待ち構える側を焼き払う。

 一切の容赦を見せずに降り注ぐ有質量弾は、超高速で落ちてくる隕石そのもの。


「あれに耐えられる構造物なんかねぇよな」


 ダブが漏らした言葉は、新人3人だけ出なくチームの誰もが首肯した。

 ぶ厚いコンクリートの掩体壕をぶち抜くだけではない。

 着弾した瞬間に30メートル以上下まで掘り返してしまう一撃だ。


 大量の土砂を巻き上げ、超高温と超高圧で地形その物を改変してしまう。

 塹壕も対戦車陣地も、対空砲座ですらも、全く意味が無い代物に成っていた。

 5トンを越える巨大な弾等は、天文学的な一撃を加え続けていた。


「……地震だ」


 バードは戦域データの緊急情報に目をやった。

 着弾し続けている地域の戦闘支援情報には、休眠断層の再活動警告が出た。

 次々と着弾する艦砲射撃の一撃は、岩盤そのものを揺らし続けたのだ。


 そして……


「震度7ってな……」


 世界中の地震の3割が起きる日本育ちのロックは、心底嫌そうに吐き捨てた。

 防衛側が築き上げた陣地が根底から破壊されていき、ハンガーの平面が波打つ。

 それでも強烈な一撃は収まる事を知らず、その鉄火に焼かれ続けている。


「あっ!」


 だれかが短く鋭く呟いた。画面の中に眩いばかりの光が伸びた。

 その光の原因がなんであるかは解らないが、少なくとも反応系のモノだ。


 戦争協定で禁じられている核弾頭系平気の公算が高い。

 場合によってはEMP兵器になる中性子爆弾かも知れない。

 その威力は自らの身を持ってよく理解しているバードだ。


 頭の奥の疼痛は、まだ尾を引いている。

 ブリッジチップ辺りに起きた炎症は、抗生物質などの抗炎鎮痛剤が効かない。

 自然治癒を待つしかないとの見立てで、チームは出撃を見合わせているのだ。


「ひでぇな……」

「完全に焼き払う腹だぜ」


 ロックのボヤキにライアンが答えた。

 そして、息を呑んでいたビッキーが呟く。


「コレが本当の戦争なんですね」


 今まで経験したモノは、足を止めて殴りあう局地戦ばかりだ。

 だが、これは、この闘争は違う。違うのだ。相手の息の根を止めるためのもの。

 最初の一撃を最大効率で最高威力で叩き込み合うのだ。


「そろそろ降下命令が来そうだぜ?」

「覚悟しとけよ? こいつは極め付けにやべぇぞ?」


 スミスとジャクソンがビッキーを脅しに掛かった。

 それを聞いたビッキーは、苦虫を噛み潰したような表情だった。











 ――――――――2300年10月3日 午前7時

           ニューホライズン 周回軌道上 高度800キロ











 モニターの中に見える地上の光景には、赤と青のマスクが重ねられている。

 それは、両軍の優勢状況を示すマスクで、頑強な抵抗点には星マークがあった。


 次々と地上に到達する国連軍は、まるで床にこぼした水の如く広がっている。

 大きく輪が広がっていくようにその範囲は広がっていた。


「教科書どおりの電撃戦だな」


 ダニーはボソッと呟いた。

 頑強な抵抗拠点を後回しにし、とにかく前進していくのが電撃戦の肝だ。

 電撃戦戦術は、縦進突破を行う上での事前偵察と航空支援が肝だ。

 その為、この戦術が考案された時代から戦闘の中味が大きく変わっていた。


 騎士や騎兵が剣と槍とを構え、技術と名誉を掛けた戦いは終りを告げた。

 電撃戦の時代は、敵に投射する鉄量と、敵よりも高く早くが求められた。


 進軍する者は、歩兵ではなく機械化された戦車などの装甲つき車輌たち。

 それを支援するのは自力で前進出来る自走砲系の野砲と、そして航空機。

 敵よりも高いところから、敵の耐えられない攻撃を加えて障害物を粉砕する。

 そして、残敵を地上戦力が掃討し、占領地域を広げて行く。


 抵抗拠点は完全包囲してしまい、補給を絶ってから慎重に磨り潰す。

 餓えきって干殺しにされる辛さは、経験したものにしか理解出来ない。

 相当な恨みを買うが、突き詰めれば到達する目標は一緒だ。


 抵抗拠点を叩き潰し、抵抗戦力を撃滅し、負けた側を完全な支配下に置く。

 戦争の言う人類の行為の本質は、いつの時代だって全くぶれては居なかった。


「ところで、あれ何の意味があるんだろう?」


 バードは画面を指差して言った。

 モニターの中には金星で何度か見かけた地上戦用シェルが居た。

 大型のガンランチャーを抱えるシェルは、地上掃討に使われていた。


「超高速兵器としてのシェルとは全く異なる運用思想だな」


 呆れたような言葉を吐いたジャクソンは、不機嫌そうに吐き捨てた。

 少なくとも、あのシェルの戦闘に速度は関係ない。

 そして、敵の裏を掻くと言う駆け引きや、騙しあい/読みあいの要素が無い。


 単純な重装甲と重武装。打撃力以外に取柄がないらしい。

 動きは鈍重で、空中に舞い上がることすらないようだ。


「機動兵器としてのシェルとは別物だろうな」


 ロックもまた不機嫌そうだ。

 大気圏内を飛んだ事もあるのだが、実際には宇宙における戦闘兵器だろう。

 つまり、いまBチームが見ている地上戦型のシェルは、全く違う兵器だ。


「ただまぁ…… 攻撃力はたいしたものですね」


 ダブは明るい声でそう言った。

 ウォードルームの中に流れる冷え冷えとした空気を掻き混ぜたいらしい。


 そして実際、地上戦型シェルの攻撃力はたいしたモノだ。

 かなりの速度で前進し、艦砲射撃を生き残った戦闘車両を次々と撃破する。

 恐らくは大気圏外向けと同じ140ミリモーターカノンらしいのだが……


「しかしさぁ、地上戦をやるなら従来型戦闘車両の方が良いんじゃねぇかなぁ」

「俺もそう思うな。何だかんだ言って、やっぱり土壇場じゃ実績重視だぜ」


 ペイトンとライアンは顔を見合わせてそう言った。

 拙い事態になれば死に直結するのが軍隊の常なのだ。

 それ故に、使い慣れている従来型兵器の方が安全かも知れない。


 現場に出る兵士の直感として、ペイトンとライアンはそんな事場を口にした。

 それは決して大気圏外向けのシェルオペレーターが見せる嫉妬ではない。


「だが…… 見方によっちゃシェルの方が良いかも知れねぇぜ?」


 ロックはモニターに目を釘付けにしたまま、呟くように言った。


「シェルは汎用性が高いし、武装の交換が楽だ。モーターカノンを地べたに置いてすぐに次の武装が持てる。力があるから敵の戦車も持ち上げられる。放り投げれば地雷処理も早い。ヘリの攻撃力と戦車の機動力を併せ持ってる」


 ロックが淡々と語る見識に、バードは小さく『あっ』と漏らした。

 もう一つ重要なモノを見つけたからだ。


「ついでに言うとオペレーター(搭乗員)は1人だし、火器管制は自動だし」

「だな。撃破されたって人的犠牲は1人で済むんだから理にかなってる」


 地上戦型のシェルはズルズルと前進していく。

 その進路には、ハリネズミになって抵抗する拠点があった。

 周辺を完全に包囲され、もはや命脈尽きた状態なのだろう。


「降伏すれば良いのになぁ……」


 揉み手をしながらビッキーが呟いた。迎える結末は相当酷い事になるはずだ。

 だが、シリウス側は手持ちの火器を使って散々に撃ち掛け続けている。


「あの状況で持ち場を離れずに戦い続けるってのは…… 大したもんだ」


 スミスは複雑な表情でそう呟いた。

 抵抗拠点の周辺には、重武装な地上戦向けシェルが集まっている。

 率直に言えば、助かる見込みなど無い状況だ。


「そんなに戦って死にたいのかな……」


 ビッキーは既に奥歯を喰いしばっているような状態だ。

 その人生で何を見てきたのかは知らないが、辛そうな表情を浮かべていた。


「夢に殉じたいのさ」


 ビルは静かな口調でそう言った。

 その拠点の周辺には、地上戦型シェルが遊弋している状態だ。

 距離を取り、圧力を掛け、拠点から脱出出来ないように封じ込めている。


「最期…… どうすると思う?」


 いつの間にか自分の隣へ来ていたロックに対し、バードはそう問い掛けた。

 至近距離で顔を見合わせたロックは辛そうな表情になって言う。


「焼き払われるさ。アレで」


 ロックの指差した先。別のモニターには戦列艦が映っていた。

 展開している浮遊砲塔は、発電パネルを広げて砲撃体制になっている。


「一瞬で奇麗さっぱり無くなるさ。何も感じる事な――


 スミスの言葉が終る前、その砲塔は砲撃を開始した。

 最初は小さな照準砲を撃ち、誤差の再計算を行なって主弾等をぶっ放す。

 その砲弾は眩く輝きながら大気圏を撃ち抜き、地上へと到達した。


 皆が黙ったままだった。巨大な土煙が立ち上がり、きのこ雲になった。

 様々な色が溶け合ったその雲の色は、恨みの色なんだとバードは思った。

 そして、その抵抗拠点は地上から消え去った。永遠に……

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