表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
206/358

再起動

~承前






 ――あちゃぁ……


 一瞬だけだが、それでもバードは本気で焦った。

 全ての感覚が喪失し、自分自身を認識するものは自分の意識だけになった。

 そしてその意識が生死のどちらかに属するのかは、本人にもわからない。


 死に掛けた事は何度もあったが、まだちゃんと死んだ事は無い。

 臨死体験もして無いし、それを経験した者から話を聞いた事も無い。

 とりあえず言える事は、自分自身を認識がある限り自分は自分と言う思いだ。


 ――やってくれたわ……


 ほぼ大気圏外というエリアでの核爆発は強い電磁パルスを放射する。

 電磁パルス兵器の恐ろしいところは、全ての電子機器が事実上即死することだ。


 コイルなどだけでなく、高密度集積回路などは特にその影響が強く出る。

 対抗措置のない電子機器は、その回路に強いサージ電流を生じるからだ。

 そして、その電流が電子回路を破壊してしまう。

 高密度で高精度になればなるほど脆弱になると言う皮肉……


 ――参ったなぁ……


 バードは自分自身が好むと好まざるとに関わらず、電気製品なんだと痛感した。

 そして同時に、この機体には対策の甘い部分が有ることを許せなかった。

 サイボーグは機体に命を預けているのだから、強力な対抗措置は必須な筈だ。


 ――しかしまぁ……

 ――向こうも必死ってことね……


 そう。

 地球側とシリウス側との間で交わした戦争協定は有効な筈。

 そのなかには、戦場における電磁パルス兵器の使用の禁止が明記されていた。

 敵味方の境目なく、宇宙における強力なEMP兵器は影響が大きいからだ。


 だが、この場合、少なくとも戦場にはシリウス軍の姿がない。

 従って戦場における交戦規定を満たしてないとも言える。

 トンだ詭弁でしかないが、解釈論に委ねられる以上は仕方がないことだ。


 ――とりあえず……

 ――どうしよう


 恐らくは完全にハングアップしているはず。

 一切の行動が取れないだけでなく、場合によっては脳殻部の生命維持が危ない。


 脳殻の生命維持を掌る制御系は、身体を制御するサブコンとは別にある。

 そこが機能している限り短時間での死は無いだろうとバードは思った。

 視界の中に最期の300秒を示す数字が表示されてもいないのだ。


 ――大丈夫……かな?


 幸いにして、まだバードの意識はハッキリしていた。

 ただ、どんな状態でも最悪の予想をするのが士官の務めだ。

 バードはここに至り、初めて自らの死を明確に意識した。


 場合によっては全ての機能が停止しているのかもしれない。

 脳殻内部の酸素を消費しきって、人生の終点を迎えるかも知れない。


 ――まいったわね……

 ――ここで終りなのかなぁ


 恐らくはシェルのAIが最優先でハンフリーへの自動帰還を選択するはず。

 戦列艦の艦砲射撃を受け流す磁気バリアの放電にも耐えられるのだ。

 きっとこの程度のEMP兵器なら、問題なく防護してくれるだろう。


 問題は自分自身だ。

 まさかこれ程までに弱いとは思っても見なかった……


 ――もう少し生かしておいて欲しかったわね


 外部からの情報が全てとまっている状態だ。

 何も出来ないバードは、一番最初のサイボーグ構造学を思い出していた。

 現状、ブリッジチップに直結したサブコンが機能停止している可能性が高い。

 つまり、脳だけが起きていて、それ以外は眠っている状態だ。


 バードはそんな予測を立てたのだが、それを確かめる術も無い。

 偶然にも再起動するか、さもなくば回収されて強制再起動を掛けるか……


 ――ん?


 突然視界の中にコマンドラインが流れ始めた。

 それはG30系列特有のシステム再起動画面だ。


 ――再起動した??


 視界の中を高速で文字列が流れて行く。サブコン関係の機能チェックだ。

 バードはなんとなく、その文字列をボンヤリと眺めていた。

 幸いにして機能的な欠損は全く無い状態だった。


「あっ」


 無意識に声が漏れた。身体の制御系が返ってきて、発声できたのだ。

 そして、それと同時に視界が回復した。周辺の国連軍艦艇は平穏無事だった。


 ――降下艇!


 仲間よりも先に降下艇を心配したバード。

 自分が自動回復したのだから、仲間も自動回復したはずと思ったのだ。


 ――――戦域管制指令よりBチーム各機!

 ――――現状を報告せよ!


 無線の中で空域管制がガナリ立てている。

 どうやらEMP攻撃で一時的に混乱しているらしい。


「こちらバード少尉! 機体ならびに自分自身共に正常に回復。戦闘可能です」


 手短にそう報告したバードだが、その時点で改めて武装のチェックを始めた。

 荷電粒子砲が完全に機能を失っていると気が付いたのはこの時だ。


 ――えっと……


 荷電粒子砲の制御系がEMP兵器の影響で沈黙するとは考えにくい。

 この砲自体が強力な電磁波を放射するのだから、自爆する代物と言う事になる。


 つまり、何らかの要因で機能不全に陥った。

 ……と言う事は、技術担当が頭を抱える事になる。


 ――これは大変だ……


 コックピットの中でニヤリと笑ったバードは、仲間の様子を始めて探した。


「こちらロック少尉。再起動を完了。システムチェック良好」

「ライアン少尉より管制。問題なし」

「スミス中尉。問題なし」

「ビル中尉。いたって正常」


 仲間達が続々と報告をあげる中、隊長であるドリーの声が聞こえなかった。

 バードは何の根拠もなく、自分よりも先に回復したと思った。


 だが、戦域管制はドリーの名を呼んだ。

 この時点でバードはドリーの異常を把握した。


「ドリー大尉! ドリー大尉! 応答してください! ドリー大尉!」


 ――うそっ!


 バードは無意識にシェルをスピンさせ、全域スキャンを掛けた。

 ドリー機の反応を探す為のスピンだったが、返ってくるのはゴーストばかりだ。

 強いEMP兵器の影響で、戦域に残っている残骸が帯電していたのだ。


「ドリー……」


 EMP兵器の爆発前状況を探したバードは、ドリーの居たエリアを計算した。

 ざっくり言えば縦横数百キロに及ぶ広大なエリアだ。


「ドリーは心配ない。まもなく回収する。全員持ち場を離れるな」


 無線の中へ唐突に響いたテッド大佐の声は、バードをしてホッとするモノだ。

 酷いゴーストの中を探したバードは、少し離れたエリアで回収されるシェルを見つけていた。そこに居たのは、純白の機体に黒とグレーのファイヤーマークを書き込んだシェルだった。


 ――ブラックバーン……


 かつてテッド自身から聞いたエピソードをバードは思い出した。

 501中隊の隊長軍団にとって宿敵とも言えるワルキューレの描いたものだ。

 全てを塗りつぶして燃え上がる黒い炎は、テッド大佐の生き様そのものだ。


 ――テッド隊長……


 バードにとってその存在が特別なものなのは言うまでも無い。

 そのテッドはドリー機を抱えてハンフリーへと移動して行きつつあった。


「ジャクソン。一時、隊を預ける。持ち場を離れるな」

「イエッサー!」

「ペイトン! ジャックをサポートしろ。スミス。雑魚を近づけるな」

「イエッサー」

「ロック! ダニー! ライアン! バーディー! 周辺を警戒しろ」


 テッドの澱みない指示が飛び、バードは一際大きな声でイエッサーを答える。

 その後、テッドはアナ達3人にも指示を出しハンフリーへと引き上げた。

 ジャクソンとペイトンをサポートしろと言う指示だった。


「ドリーはどうしたんだ??」


 ライアンは心配そうな声音でそう言った。

 それに答えたのはダニーだ。


「推定だが、ドリーのサーバーゾーンがサージでやられたんじゃないかな」

「そうだろうな。高密度集積回路にしてみりゃ、EMPは天敵レベルだからな」


 ペイトンはコンピューター関係の専門家としての所見を述べた。

 そしてそれは、実際の話としてドリーの身に起きた事の全てだ。


 電磁パルスの強烈な一撃は、体内に複数のサーバーを持つドリーを直撃した。

 ブリッジルーターが機能不全を起こし、正常な作動を妨げていたのだ。


「大丈夫かなぁ」

「生命維持機能は独立している。ちょいちょいと修理してやれば問題ない」


 不安げな声で心配したバード。ダニーは明るい声で答えた。


「……そうだけどさぁ」


 ドリーの常態も気になるが、それよりも、同じ一撃を喰らわないかが心配だ。

 今回の再起動が偶然のものかどうかはわからない。

 だが少なくとも、EMPは厄介な存在である事に些かの疑いも無い。


 ――――ジュザ攻略隊の諸君!

 ――――EMP兵器による損害はそれほどでもないから心配は要らない


 唐突に流れたエディの言葉は、戦域にいる国連軍を安心させるモノだ。

 状況を落ち着かせるため、エディは自らにマイクを握ったようだ。

 そして、その影ではテッド大佐が奔走している。


 2人の磐石な関係は、バードをして安心感を覚えるモノだった。

 何より、テッドがまだ戦場にいつでも出てくると言う安心感があるのだ。


 ――――コレはシリウス軍の挨拶みたいなモノだ!

 ――――向こうもやる気だと言う事だ!

 ――――しっかりと応えていこうじゃないか!

 ――――先ずは礼砲のお返しといこう!


 エディは良く通る声で高らかに宣言した。

 同時に、地上へ向けた激しい砲撃が再開された。

 各戦列艦の浮遊砲塔は、持てる有質量弾頭のすべてを吐き出しつつある。

 そしてその激しい砲撃は、地表に容赦なく降り注ぎ続けていた。


 ――まるでジュザを削り取ろうとしているみたい……


 砲撃を眺めていたバードは、そんな印象を持っていた。

 想像を絶する迫力で、雨あられのように砲弾を降らせた。


 ジュザ大陸は、ざっくりと言えばアフリカ大陸ほどの広さだ。

 その大陸の頑強な抵抗拠点となりうる場所に向け、激しい砲撃は続行された。

 降下艇は続々と地上を目指して降下していく。もはや止められそうにもない。


 なんとなくだがバードは思った。この戦いが自分の手からこぼれたのだ……と。

 そして、この戦い自体が、もはや一介の兵士が左右出来る物ではなくなったと。


 きっとこれが歴史というものだろう。

 歴史の授業で教えられた物事と同じなのだ。

 いつかやがて、未来の者達が学ぶ教科書の1ページになるのだ。


 その時、自分達はどう記録されるだろうか。勇敢に戦ったと書かれるだろうか。

 未来の歴史家たちがひどいことを書かないように、せめて自分くらいは……

 ふと、そんな事をバードは思った。


 そして、いつかどこかの平和な街で、自分の人生を振り返った時の為に。

 自分自身の子孫たちに、胸を張って語れるようにしておきたい。

 平和を為し得たシリウスでも地球でも、同じように。


 そんな事を思いつつ、気が付けばバードはコックピットで笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ