トーチ作戦スタート
ニューホライズンの周回軌道上、高度800キロ付近。
地球に比べ重力の強いこの惑星では、墜落しないで済む高度はこの辺りだ。
その周回軌道上にシリウス軍の姿は無く、展開しているのは全て地球軍だ。
彼らはこれから始まる効果作戦に向け、まさに針ネズミの如き警戒体制だった。
夥しい数の降下艇は隊列を整え、一斉降下の合図を待っている。
それは、降下中の撃墜を避ける為の努力であり、数の暴力を発揮する体制だ。
猛烈な対空放火が予想される中、確率論的な部分での被弾率を下げる努力。
つまり、着上陸前の全滅を避ける努力だった。
「……来るかな?」
バードはどこか楽しそうに言葉を吐いた。
なにが来るかは言うまでもないことだ。
シリウス最高戦力としての存在は、確実に宇宙に存在している。
それに対応する為に、連合軍は戦力を割かざるを得ない。
そして、この日のBチームは、重武装のシェルで防空任務についていた。
戦略的にはシリウス側の勝利と言える事態だ。
何故なら、連合軍は戦力の集中投入が出来ないのだから。
モーターカノンだけではなく、荷電粒子砲を抱えての飛行はなかなか難しい。
質量のある砲を抱えているのだから、重心がズレるのだ。
ただ、少々距離が有っても当たれば一撃という武器は手放せない。
言うなれば、お守りのようなものでもあった。
「むしろ来ない理由を考えようぜ」
ライアンは緩い調子で笑っていた。
ただ、その言葉を聞いているアナ達は引き吊った表情だ。
サイボーグにもこんな表情が出来るのかと驚く者も多い。
だが、無意識とは言え、脳はしっかり仕事をしている。
無意識下の表情変化は紛れも無い本音の吐露だ。
「個人的には、あまり歓迎しません」
アナは正直な言葉を吐いた。こんな重武装は彼女も初めてだ。
手にしている荷電粒子砲の威力は、ちょっとした戦列艦並だ。
そして、それだけで無く、右腕の40ミリモーターカノンを65ミリに。
左腕の30ミリチェーンガンは40ミリにそれぞれ換装されている。
そして。その背中には140ミリモーターカノンが出番を待っていた。
背面マウントに二門並んでいるそれは、物理的攻撃力の切り札だ。
「まぁなんだ。神様にでもお祈りしとけ」
「居るか居ねぇかは知らねぇけどな」
スミスとジャクソンが軽い調子で笑った。
どんなに否定したところで、死ぬか生きるかの境目では、最後は運が物を言う。
そんな虚無感は全ての兵士に共通する事項で、だからこそ彼らは祈るのだろう。
どうか自分の頭の上に爆弾が落ちませんように。
胸や頭を銃弾が突き抜けませんように。
死ぬ時は楽に死ねますように。
兵士たちは、心を込めて、そう祈るしか無い。
「出来れば確定情報であって欲しいですね」
ビッキーは強がりを言うように笑った。
どんなに頑張っても神様には会えない。
だが、確率として死ぬか死なないかの境目が決まるのは、仕方がないことだ。
「日頃の行いの良さが運命を分けるさ」
確率論としての運命ではなく、日頃の行いを口にしたビル。
その言葉にチーム無線の中が失笑で埋め尽くされた。
誰がどう聞いたって、日頃の行いの悪さには自信がある。
極めつけの鉄火場に殴り込むのが本業のBチームなのだから、良いわけがない。
「日頃の行いの悪さなら自信があるんだけどなぁ」
カミングアウトするようにバードは言った。
誰が聞いたってその通りだと言うような内容だ。
あの、地球周回軌道上病院で死にかけていた少女は、もはや何処にも居ない。
いま連合軍艦艇の近くを飛ぶシェルに乗っているのは、血に飢えた狼だ。
「取り敢えずワルキューレが来ないことを祈っておこう」
ドリーはそんな言葉で場を〆た。
緊張は必要だが、締め上げすぎたって良い事など何もない。
適度に緩く、そして、適度なテンションがベストだ。
バードはモーターカノンをキックオフさせつつ、荷電粒子砲を確かめた。
何時でも発射できる体勢の荷電粒子砲は、シリウスの光を受けて鈍輝いた。
来たなら来たで戦うだけ。
勝てないのは解っているから、せめて頑強に抵抗したい。
結果が分かっているからと言って、ムザムザと殺されるつもりも無いのだ。
戦って死にたい。或いは、納得して死にたい。
いつの間にかバードは、そんな兵士の心境を理解していた。
――――――――2300年9月19日 午前9時
ニューホライズン 周回軌道上 高度800キロ
艦隊の中央にいる戦闘指揮艦ネルソンは、突如として信号弾を上げた。
その眩く光る光跡は、地上からも観測されるほどだ。
「見せつけるなぁ……」
ボソリと呟いたロックは、それっきり言葉を失った。
地上からも見える様に、嫌がらせのように光ったのだ。
「アレこそ嫌がらせの極地だな」
失笑のような言葉を吐いてジャクソンが笑った。
この作戦、『トーチ作戦』はニューホライズンの地上から見える事が重要だ。
「地上の連中は固唾を飲んでると言うことだな」
ダニーがそんな言葉を漏らす。
地上ではまさに言葉を失って待ち構えているのだろう。
つまりこれは、『今からお前を殺しに行く』という事前予告だ。
それを可能にするだけの、想像を絶する戦力が地上に降りようとしている。
シリウス軍が行った控えめな戦力比較ですら、シリウス全土を三回は焼け野原に出来るものだ。
「……まぁなんだ」
ドリーはどこか呆れた声で言った。
当の国連軍サイドにしたって、こんな戦力は見たことがなかった。
「大戦力で一基に叩き潰す。そんな戦いだな」
「面白くは無いが、確実な戦いだ」
ドリーの後を受けたジャクソンは、そんな言葉を吐いた。
それとほぼ同時、最初の斉射が地上を襲った。猛烈な砲撃の始まりだった。
「すげぇ!」
「なんだこりゃ!」
ライアンとペイトンが叫ぶ。
まばゆい光の柱が地上に降り注ぐ。
次々と着弾するその砲火は、確実に地上を焼いていた。
「このまま終わらねえかなぁ……」
ダブの言葉には、ぬぐいきれない本音が混じった。
どんな兵士だって、出来るものなら戦いたくない。
戦わずに済むなら、それに越したことはないのだ。
「そりゃ無理ってもんだぜダブ!」
「そうさ!その為に俺たちが居るのさ」
ライアンとペイトンは、そう言って笑った。
雨霰の如くに降り注ぐ眩い光は、ジュザ大陸の各所で光っている。
その光が眩く輝く都度に、夥しい数の死者が生まれているはずだった。
「……凄いですね」
アナは感心したように呟いた。
その光はまるで水たまりに降り注ぐ雨粒の波紋だ。
幾つも幾つも光っては、広がっていって消えていく。
「あの光一つで千人単位が蒸発してるってな……」
ジャクソンは、静かにそんな言葉を吐きつつ振り返った。
猛然と砲撃を続ける戦列艦の中央部には、戦闘指揮艦ネルソンがいる。
その艦内のどこかにテッド大佐がいるはずだ。
ニューホライズンの地上を焼き払っているシーンを見ながら、震えている筈。
ふと、ジャクソンはそんなテッドを思っていた。
内心でどれ程辛いのだろう……と、そう思いを馳せているのだった。
「しかし、改めて見るとジュザも広いな」
「面積としてはユーラシア大陸がすっぽり収まるらしいね」
ライアンとダニーがそんな言葉を交わす。
スーパーアースであるニューホライズンは、大陸の大きさもまた凄いのだ。
「向こうも準備中なんだよな?」
確認する様に言ったロックは、コックピットのモニターを調整した。
Bチームが飛び立ったハンフリーから凡そ3万キロの彼方を見たのだ。
ジュザ大陸から赤道を挟んで南西に1万キロ以上離れたラウ大陸の上空。
そこには第2作戦グループの強襲降下揚陸艦が展開している。
E,F,Gの各チームは、ラウ大陸効果へ向け準備を続けていた。
「こっちが降下をはじめてから向こうも行動開始だ」
ドリーは打ち合わせにあった内容を復唱した。
双方は緊密な連携を取っての作戦行動を行う事になっている。
「あとはシリウス軍のちょっかい待ちか……」
スミスは悔しそうな言葉を漏らして宇宙の深淵を見ていた。
どこにあるかは解らないシリウス軍秘密基地だが、確実に存在しているらしい。
実際、宇宙にはシリウス軍が使っている暗号無線が飛び交っている。
量子コンピューターによる暗号変換は、少々では解読出来ない厄介な物だ。
ただ、特定の周波数では電波が飛んでいるのは間違い無い。
つまり、シリウス軍は最高のタイミングで飛び出して来るのだろう。
地球国連軍の横っ面をひっぱたくべく、どこかでタイミングを計っている……
「まぁ、来たら来たで返り討ちにしてやろうぜ」
ヘラヘラと笑ったジャクソンは、荷電粒子砲のスイッチを入れた。
加速器が起動し、砲口は鈍く光り始める。
――あれ?
ジャクソンの行動を理解出来なかったバード。
だが、同じようにスイッチを入れた時、強襲降下揚陸艦から降下艇が出発した。
「おっ! 行動開始だぜ!」
「こりゃまたスゲェ数だな」
ライアンとペイトンは相変わらずだ。
そんな事を思ったバードも、降下艇の群れを眺めていた。
少なく見積もっても100艇以上の降下艇が大気圏へ突入していった。
「作戦スタートだな」
「あぁ」
副長であるジャクソンがそう言い、ドリーは首肯で応えた。
真っ白にひかる突入のプラズマ光を見つつ、バードは祈るしかなかった。
無事に地上まで行けますように……
祈る事は、もうそれのみだった。




