王を讃える唄
~承前
「まずはこれを見てほしい」
修理を終えた戦闘指揮艦ネルソンの艦内。
エディ上級大将は自ら巨大モニターの前に立ち、指揮棒で説明を行った。
その惚れ惚れするような威厳ある立ち姿に、バードの胸が高鳴っていた。
「凄いね」
「マジで王様って感じだぜ」
ロックまでもが唸るその姿。ここにシリウスの王がいる。
バードはバーニー少将に見せたいとすら思った。
その王は自らの領地を取り返そうとしているのだった。
ふと、バードの脳裏に唄が流れた。透明感のある清んだ声の王を讃える唄。
いつかどこかで聞いた、若い女性が伸びやかに唄歌が、頭のなかを流れた。
――――花よ咲け 鐘よ唄え
――――流れる水よ風を呼べ 吹く風よ炎を栄えさせよ
――――あまねく大地を照らす太陽のお渡りぞ
――――蒼く気貴く光るセイリオスの化身が降臨される
「……おぃバード、聞いてるか?」
「え?」
にこりと笑ったバードは、幾度か首肯した。そんな仕草にロックまでもが笑う。
だが、その直後に二人とも真面目な顔になった。
「すごい作戦だね」
「あぁ。ちょっとビビるぜ」
巨大なフローチャートには、攻略目標が明記されていた。
独立強硬派の本拠地ジュザ大陸各所の基地は、そのどれもが針ネズミのようだ。
強硬な抵抗が予想される各所の基地へは艦砲射撃が行われる。
『全て焼き払う』
理想や綺麗事を一切抜きにした、強硬かつ猛烈な一撃を叩き込むのだ。
相手の戦意を完膚なきまでに叩き潰し、その心を折るのが目的だ。
それに対して、どちらかと言えば穏健な独立派の住むラウ大陸は穏やかだ。
各所の大都市圏へ軍事進行をちらつかせ投降を呼び掛け、非武装中立化を図る。
抵抗するなら容赦はしないが、穏やかに話し合いの席につくなら殺しはしない。
地球側とて皆殺しが非効率の極みであることは重々承知だ。
ここまで投資したシリウスを巧く使いたい。それが本音なのだ。
「俺たち、どっちにいくと思う?」
「どっちも行かないと思う」
「……なんで?」
バードは微妙な表情で呟いた。
その表情は困惑と言うより悲壮なモノだった。
「ソロマチン大佐が……」
「……あぁ、そうか」
そう。あの時のリディア・ソロマチンは基地があると言明した。
大気圏外に未知の基地がある可能性が高いのだ。
しかもそれは、あのワルキューレが存在している公算が高い。
隊長軍団以外で善戦できるのはBチームだけ。
勝つ見込みは無く、無様に負けない程度な、善戦するだろうと言う程度だ。
最後の切り札とまでは行かなくとも、あの集団に対する時間稼ぎ位にはなる。
その間に、各所へ分散展開している隊長軍団を召集するのだろう。
「俺たちの存在は時間稼ぎってか」
「多分ね」
首を振って嫌そうに表情を曇らせたロック。
バードは資料の束を眺めながらエディの言葉に耳を傾けた。
「諸君らも知っているとおり、強行に抵抗する集団は多くて五個軍団程度だ。総戦力として20万ないし30万の人員と、100万強のレプリによる突撃隊が存在するようだ」
エディはスクリーンの表示を変えた。
ここまでの合戦で得られた情報を元に、抵抗戦力の首魁を図式化している。
「彼らは何よりも名誉を重んじる。どちらかと言えば地球派であったリョーガー各地ですら、基地単位での投降を行なう際には十分な戦力で退治する事を要求されている。無駄な抵抗だと誰もがわかる状態にせねばならないと言うことだ」
そんなエディの言葉にBチームの面々が表情を曇らせた。
この2ヶ月こそ暇ではあるが、その前までは完全武装での空振り降下を続けた。
――――降伏するに足るだけの絶望を与えてくれ
投降を呼びかけた地球側に対し、シリウス軍はそんな要求を繰り返した。
100人ほどが立て篭もるレーダー基地に対し10個師団を投入した事もある。
ザリシャグラード徒言う街の補給廠の明け渡しでは、Bチームが出動した。
全てのシリウス人に対し、振り上げた拳を下ろす為の大義名分を与えること。
エディが行なっている行為の全ては、結局ここへと結びつく。
「さて、話しを先に進めよう」
スクリーンの表示を変えたエディは、ラウ大陸とジュザ大陸の画像を出した。
それぞれの大陸に存在する強硬派の派閥一覧と予想人員が表示されている。
「はっきり言うが、ジュザに関しては穏便な方法は考えていない。もはや感情論での抵抗を行なっている関係で、どんな理屈も理念も通じない。文字通り、死んでも嫌だと言う状態だ。だから死んでもらう。懐柔策は通用しない――」
エディの声が僅かに冷たくなった。
そんなエディに言葉に、バードは背筋を寒くした。
「……汚れ仕事やるようだね」
「歓迎しねぇけどな……」
「だけど、必要なことだよ」
バードもロックも溜息をこぼした。
感情論に駆られた者は、損得勘定を無視する事がある。
客観的に見て、間違いなく死ぬと言う状況になっても抵抗し続けるのだ。
投降しなければ死んでしまうとわかっていて、それでも抵抗を続ける者たち。
死んでも良い。投降はしない。
そう割り切った場合、それ解くのは不可能だ。
人間の感情はロジックに割り切れるモノではない。
下手な人道論や博愛主義的に保護しても、その後で世を腐らす毒になる。
地球に恭順する者ですら敵とみなし、社会を混乱させようとするのだ。
「自分たちの正当性について一切疑わないんだよね……」
民衆は騙されているのだから、目を覚ましてやらなければいけない。
本気でそう考えてしまう者達は、人類史を紐解けばいくらでもいる。
そして、狂気に駆られたテロを行ない続け、民衆を殺し続ける。
その結果として民衆からの指示を失った時、彼らは留まる事無く先鋭化する。
つまり、世を滅ぼしてでも、自分たちが正当だと認めさせたくなるのだ。
これを狂気の産物を言わずしてなんと言うのか。
人権や権利と言った言葉を隠れ蓑にした、ただの我儘。
最終的にこの手のキチガイは殺してしまった方が早い。
23世紀の社会では、そう言うコンセンサスが出来上がっていた。
「……皆殺しだろうな」
心底嫌そうに吐き捨てたロック。
その言葉を受けるバードも渋い表情だ。
「下手に生き残り作ると…… テロ屋の供給源になるだけ」
「……だな」
そんなテロ屋でも商売相手としては美味しい存在だ。
爆発物でも銃火器でも、言い値で買ってくれるし補給品も売り続けられる。
死の商人たちにしてみれば、金払いが良い上客以外の何者でもない。
「――彼らは独立闘争委員会の手駒でも構成員でもない。同じ思想に共鳴し、同じ目標を共有し、そして、迎える結果に付いて意識を向ける事が無い。全てが終ってこのニューホライズンの大地が赤茶けきって、生物の住み得ない死の星になったとしても。そこで命ながら得られる事が無く、地獄の苦しみを味わって死ぬ事になってでも。地球に対し降伏するなら死んだ方がマシだと狂信している状態だ」
エディの言葉に会場のアチコチから溜息と嘆き節が聞こえた。
よく言われるように、責任の無いリベラル思想は2歳児の見せるイヤイヤ期だ。
タダ単純に感情論だけで『絶対に嫌だ』を大の大人が行なっているに過ぎない。
故に、歩み寄る余地など無いし、むしろ存在してはいけない。
そこで譲歩を見せれば、それは子供の我儘を振りかざす者達の成功体験になる。
故に、それはもうとにかく、厳格な方針を持って全滅させるしかない。
理屈ではなく『殺すか、殺されるか』それだけだ。
「彼らは洗練された組織ではない。系統だった指揮命令系統があるわけでも無い。独立闘争委員会の太古持ちだったり、或いは幇間だったりした方がよほど対応が楽と言う事だ。彼らはその存在一人一人が同じ思想と言う身体を持つヒュドラだ。全ての頭を潰さない限り、彼らは死ぬ事が無い。つまり……」
エディも溜息をこぼしながら肩を落とした。
これから言おうとしている事は、相当酷い内容だ。
それを察したバードは、隣に座るロックの手を無意識に握っていた。
熱を発しない筈の手だが、握られたロックのセンサーは間違いなく熱を捉えた。
「我々は人倫に悖る行為を承知で、虐殺を行なわなければならない。生き残りを作れば後で災いの種になる。後に非難を浴びるだろうが、それは軍人の宿命だと割り切るしかない。新たに生まれてくる子等の為に、我々はこの手を汚す事になる」
エディは辛そうな表情でそれに続く言葉を飲み込んだ。
その内容はロックもバードも、今さら言葉にせずとも分かっている。
希望の星であるビギンズが、そのシリウス人を殺せと言っているのだ。
全てのシリウス人を救うべき存在のエディが、それを否定しているのだ。
それがどれほど辛い事かは、もはや言葉に出来ない次元だった……
「そして、こっち。ラウ大陸についてだが……」
エディは表示を切り替え、ラウ大陸各所の基地情報を示した。
シリウス最大の都市人口を誇る巨大ベッドタウンのファルコニア。
巨大重工業都市として君臨するノースレインボー。
衛星軌道上から見れば、一面が灰色に見える電子産業都市ビッグアップル。
そのどれもが、どちらかと言えば穏健的に独立志向だと言う。
「こちらは包囲し圧力を掛けつつ、ジュザ大陸侵攻作戦の様子をキャッチさせ、降伏を勧める作戦だ。銃を撃ち、砲を浴びせかける必要は無い。多少は必要になるかも知れないが、手厳しい方法での追いこみはかけない。特に、人口の多いエリアでは懐柔策を取る事が重要だ」
何も攻める事ばかりが戦争ではない。
時には攻める姿勢を見せつつ、懐柔する事も大事だ。
犠牲を減らし、敵執心を抑え、負けた後の回復に手を貸してやる。
そして、最終的には穏やかな連合へと舵を切る。
到達目標として示されているその一連の流れをバードは眺めた。
「ジュザ大陸へ展開する方はトーチ作戦。ラウ大陸へ展開する方はクロマイト作戦。両作戦は双方を実行する軍団同士の情報交換と意思疎通が何よりも重要になる。作戦期間は凡そ半年だ。コレが終ってから、いよいよ最終段階となるが、まずはこの作戦をしっかりと行なおう」
モニターの上には降下目標地点と、その後の軍団侵攻計画が示された。
アニメーションの矢印で示されるそれは、乾いた床に水をこぼす様なものだ。
宇宙から次々と降下、着上陸を行い、後から後から戦力を補強していく。
そして、最終的にジュザの全てを焼き払い、灰燼に帰する事になる。
ラウ大陸はその機能の多くを温存させ、シリウス復興の足掛かりとする。
何とも虫のいい話ではあるが、現状ではコレがベストなのだろう。
あとは、これを実行する面々の努力と頑張りに掛かっているのだ。
「さて、質疑応答はトルストイ少将に頼もう。選手交代だ」
拍手に送られ壇上から降りるエディは右手を上げて歓声に答えた。
その後を受けたアリョーシャは、指揮官となる各員に作戦の説明を始めた。
だが、その裏では、エディによる無線の指示が飛んでいた。
サイボーグ中隊である501中隊の第1第2作戦グループが動き出した。
『ヴァルター率いる第2作戦グループはジュザの地上に降りろ。生身の連中を支援して、強硬な抵抗拠点には鉄槌を下せ。実力の違いを見せ付けるのが役目だ』
その言葉にヴァルター隊長は『了解しました』と応えた。
一瞬の間が開き、エディは気を取りなおしたように言う。
『先行降下し、とにかく地上を焼き払え。予め艦砲射撃で徹底的に地上を攻撃し、そこへ降下してもらう。向こうの反撃があるだろうが、その全てを撃退し、実力で橋頭堡を築け。細かい事は考える必要は無い。力による粉砕だ。一つだけ注文をつけるとしたら――』
エディは随分ともったいぶった言い方をする。
ふとそんな事を思ったバードだが、『なんすか?』と気の抜けた声が聞こえた。
それがロナルド隊長の声だと気が付き、バードは小さくプッと吹き出す。
『――第2グループから一人の犠牲も出してくれるな。求められる作戦結果は一つだけ。ようするに完勝だ。それ以外は必要ない。そして、地上戦力が整ったら宇宙へ引き上げろ。いいな』
ヴァルターがイエッサーを返し、バードは宇宙へ返る意味に付いて考えた。
だが、その意味をなんとなく思い浮かんだ直後に、再びエディが喋った。
『テッドの第1作戦グループはラウ担当だ。ただ、こっちは艦砲射撃なしだ。地上における犠牲を余り出したくない。手痛い反撃が予想されるが、余り派手にやりたくない。したがってジュザの直後に降下してもらう事になる。つまり――』
この言葉にロックとバードは同時に『あっ……』と呟く。
作戦の中味が想像付いたのだ。つまり、増援部隊を降下していって叩け。
ラウ大陸から出て行くシリウス軍をラウ大陸の上空で撃滅すると言う事だ。
『――ジュザへの救援部隊を叩いてもらう』
『中々痺れるミッションだな』
テッドがそう漏らすと、無線の中に細波が沸き起こった。
ただ、あくまで予想の範囲なのだから、それ以上の反応は無かった。
『それと、ドリーのBチームは宇宙へ残れ。重要な任務だ』
『……解ってます。時間稼ぎですね』
『そう言う事だ』
予想通りの展開が来た。
ロックの手を握り締めていたバードは、グッと力を増した。
史上最大の作戦といわれる武力降下作戦は、懸案事項がとにかく多い。
だが、バードは思った。自分がスカウトされたのは終りの始まりに過ぎない。
この作戦は、終りの終りに向けたその始まりで、最終楽章のプレリュード。
つまり、失敗すれば全体計画が狂うし、テンポが狂えば当世が乱れてしまう。
しかも、邪魔してやろうとワルキューレが控えているのは間違いない。
最高のタイミングで横っ面を引っぱたきにやって来るのだろう。
それに抵抗せねばならない。敵は手強く、勝てる見込みは無い。
背筋にゾクリと寒気が走り、恐怖の余りに脳が思考を拒否する。
だが同時に、バードは薄笑いなど浮かべていた。
自分がどれ程上達したのかを知るいい機会だと、そう思ったのだ。
「楽しみだね」
「……バカ言ってんじゃねぇ」
ロックですらも呆れるほどの笑みを浮かべ、バードはモニターを見ていた。




