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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第16話 オペレーション・オーバーロード
202/358

終りの始まりに向けて

「あまーい!」


 口一杯にショートケーキを頬張ったバードは、子供のように歓声を上げた。

 行儀が悪いのは承知の上で、さらにケーキを口の中へ押し込む。

 舌の上で広がる生クリームの甘さと作り物ではないイチゴの酸っぱさ。

 その二つがスポンジケーキの上で見事なハーモニーを奏でていた。


「まるでリスだな」


 少し呆れたようにぼやいたロックは、向かいでコーヒーを啜っている。

 ただその表情は楽しげで、バードの様子を見ているだけで笑いが溢れていた。


「へん?」

「あぁ。超へんだ。おまけに下品だ」


 いつもならロックに下品だと小言を言う立場のバード。

 だが、今日ばかりは下品と言われようと……


「案外ショック強いね」

「まぁ、仕方ねぇだろうな」


 ポットのコーヒーを注ぎながらロックは笑った。

 あの対空陣地を潰した戦闘以来、約半年。

 バードの身体はやっとこさ修理が完了したのだ。


 前と同じく、G30シリーズのバード向けスペシャルなワンオフだ。

 ついでに言えばアクセサレーターのセッティングを追い込み改善してある。


「食べられるって、それだけで幸せ」

「だろうな。よくわかる」


 流動食暮らしを4年もやったロックだ。

 物を味わって食べられるというのは、それだけで幸福なんだと知っていた。


「でも、次の作戦に間に合ってよかった」

「……だよな」


 この日。ドリーは朝の点呼に顔を出さず打ち合わせに出かけていた。

 約半年を掛けて実行されたスレッジハンマー作戦はほぼ完了している。


 この二ヶ月は、戦闘前提降下も威嚇的な大気圏内行動も行っていない。

 ただただ、ニューホライズンをぐるぐる回る毎日だった。


「正直、そろそろ降りたいね」

「あぁ。全くだ。精神的に疲れてきた」


 艦内が不便とか手狭ということではない。

 ただただ、地上に降りたいだけなのだ。


「次の作戦、なんだっけ?」

「ジュザのか?」

「そう」


 ドリーから聞いた事前内示ではジュザ大陸の抵抗拠点を攻略するということだ。

 そして、それだけでなく、惑星全体の抵抗拠点を次々に攻略するという。

 要するに、一気にカタをつけようという欲張りな計画だ。


 その中身はまだ参謀本部で検討が続いているのだろう。

 地球の連邦軍本部で立案されたとて、シリウスまでは遠すぎる。

 現場で立案し、現場の戦力で実行される。


 その結果だけを本部は聞く事になるのだが、その論功行賞は本部の裁量だ。

 報告を送って更迭されないよう、現場は慎重にものを進めるのだろう。

 ただ、その差配を行うのはエディ上級大将そのひとだ。


 その正体を知る者にすれば、成功しても失敗しても損の無いことといえる。

 最終的にはシリウスとの連合政府にする方針は変わらない。

 それゆえに、エディを上手く使うことが地球における人民の代表の仕事だった。


「オーバーロード作戦だっけか」

「シリウス軍の対処能力オーバーを狙うって話だな」

「実際、現状でもオーバーロードだと思うけど……」


 ケーキを食べきって口の周りについた生クリームを舐めたバード。

 アンドロイド型の身体にはできなかった事が嬉しい。


「まぁ、俺たちはぺーぺーだからな」

「指示された事をするだけだね」

「今度はやり過ぎんなよ?」

「……うん」


 はにかみながら答えたバード。

 そのコケティッシュな表情に、ロックはグッと来ている。

 

 気のせいかも知れないがバードは前よりもスリムになった。

 サイボーグがダイエットなど出来るはずもないが、確実に細いのだ。

 手首足首だけでなく、その首だって細く繊細になった気がする。


 バードの本体が収まっている頭蓋部の脳殻自体もコンパクトになっていた。

 スタイルだけなら一流ファッションモデル並みの姿になっている。


「ところでさ」

「なに?」

「身体、細くなってねぇ?」


 ロックの言葉にバードはニヤリと笑った。

 そして、自分の手首に反対の手を回して見せた。

 指で作った輪っかの中で手首が遊んでいる状態だ。


ワンピース(  ※1 )のサイズが一つ小さくなったよ」

「やっぱりなぁ」

「なんで?」

「前より細く見える」

「早く地上に行って見せびらかしたい」


 バードは残っていたコーヒーを飲み切ってからそう言った。

 満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにしながら。







 作戦ファイル0009ー015ー01

 Opelation:OVERLOAD

 作戦名『過負荷』






 ――――――――2300年9月15日 午前9時

           ニューホライズン 周回軌道上 高度800キロ

           戦闘指揮艦 ジョンポールジョーンズ バトルルーム











「……で、話は変わるが」


 戦闘指揮艦ジョンポールジョーンズのバトルルーム。

 ここに陣取るエディ・マーキュリー上級大将は、モニターを見ながら言った。


「ざっくり言えばリョーガーの99%が強行派の影響圏から脱出した。そろそろ政治家の仕事に移って良いと思うが、諸君らはどう思うか?」


 居並ぶ参謀達を前に、エディは軍による暫定統治状態の解消を提案した。

 3月初頭から始まったスレッジハンマー作戦は一定の成果を見せている。

 すでにリョーガー各地の抵抗拠点は機能を失い、強行派はジュザへ移動した。


「概ね問題ないかと思います。あとは警察機構の整備で事足りるでしょう」


 アリョーシャ少将は資料を眺めながらそんな言葉を吐いた。

 実際、いつまでも軍が支配しているようでは困るのだ。


 シリウスの人民は自治意識が強く、ややもすれば自主独立しかねない気性だ。

 だがそれは、どこかに属する事を拒絶するのでは無く、緩やかな連係だ。

 地球政府に属する1地方自治体でも構わないから自治させてくれ。


 それこそがシリウス側の本音だった。


「実際、リョーガーはもう手を離れたと思って良いと思うな」


 マイクもそんな言葉を口にした。この数週間は組織的な抵抗も無い状態だ。

 その気になれば大規模な掃討戦を仕掛けることも出来るだけの戦力はある。

 だが、それをしてしまえば、せっかくの信頼関係が失われてしまうだろう。


 現状では不思議な信頼関係が住民たちとの間に存在する。

 この関係は微妙なパワーバランスと紳士協定で保たれていた。

 つまり、地球軍側が住民を信用する限り、住民側は抵抗しないというものだ。


 それが甘い認識であることなど百も承知のエディ。

 だが、力で押さえつけるよりはよほど良いことだ。


「今のうちにリョーガーへ恒久基地を建設するべきでは?」


 少将へと昇格したジョン・ティアマットはそう提案した。

 それ自体は、全く間違った事ではない。

 だが。


「出来れば住民を刺激したくない。彼等とは紳士協定だからな」


 エディは静かな口調でそう言った。

 実際問題として、住民を完璧に懐柔できているとは言い難い。

 僅かなほころびから瓦解することだってあり得るのだ。


 地上の住人達に、地球軍は信用に値すると信じ込ませる事。

 そして、暫定統治の間に安定と安心を植え付ける事。

 この二つを徹底し、独立闘争委員会と絶縁させるのが到達目標だ。


「スレッジハンマー作戦の後を受けるオーバーロード作戦は失敗できない。作戦は基本的になんでも同じだが、この作戦は特にだ」


 一度、間を切ったエディは全体の意識を引き締め直した。

 全員の視線がエディに集まり、満足そうに軽く首肯する。


「オーバーロード作戦のキモは、シリウス側の対処能力を大きく超える戦力での飽和攻撃だ。従って、三軍の情報を全てが共有し、一糸乱れぬ統制が必要だ」


 その言葉に見え隠れするのは、圧倒的戦力で押し包み撃破出来る自信だ。

 そのために遠路はるばる地球から冗談のような戦力を連れてきた。

 正直に言えば、ニューホライズンの地上を7回は焼き払えるだけの力がある。


 ただし、それはシリウスの滅亡を目指すものではない。

 あくまで抵抗勢力の戦力を粉砕し、その意思を砕くのが目的だ。


「そしてもう一つある。やり過ぎ注意だ」


 その言葉に全員が乾いた笑いをこぼした。

 実際、その気になれば皆殺しだって出来るのだから。


「ドリー。難しいとは思うがバードの首にはしっかり鈴をつけておけよ?」


 そんな軽口を漏らしたマイクだが、半分は本音だ。

 バードが完全なイノシシ系なのは論を待たない。

 慎重で大胆とは言うが、思い切りの良さと褒めるにはいささか度が過ぎる。


 ウォーモンガー


 そんな印象を持つケースも多々るが、それ以上にバードは死にたがりだ。

 死への恐怖が希薄とでもいうのだろうか、そんな調子なのだ。


「バーディーはなんとかしますが、あんまり無茶は振らないでください」


 ドリーは苦笑いしながらそうこたえた。

 実際問題として、バードの切り込みや献身的働きはひつようなことだ。

 難しい局面でそれをどう御するか。


「ドリーも経験を積めるな」


 まるで他人事のように言ったエディは、静かに笑っていた。

 誰しもこうやって場数を踏んでいき、物事は上達していくのだ。

 困難が人を鍛えるのは不変の定理だった。


「さて、話を戻そうか」


 テッドはそれとなくドリーに助け舟を出し、エディはテッドに笑みを見せる。

 それと同時、アリョーシャに作戦説明を指示した。


「総じて言うとだ、このオーバーロード作戦は三つの作戦の同時進行がキモになっている。言うなればオーバーロード計画と称するべき物だが、作戦として一括りになっているわけだ」


 アリョーシャはモニター表示を切り替えた。

 そこには複数のフローチャートが絡み合いながら進行している様が出ていた。


「まず、クロマイト作戦。これは非暴力独立派であるラウ大陸国家群に対し、過激派基地を叩いてから穏健派による統一会派の立ち上げを促すものだ」


 モニターには地上に存在する過激派組織の規模が表示されている。

 そのどれもが、ちょっとした軍閥状態になっていて、手強い事が予想された。


「そして同時進行でトーチ作戦を実行する。ジュザ大陸の過激派拠点を徹底的に力で叩く。完膚なきまでに叩き潰し、実力の違いを見せつける」


 時系列に沿って流れるフローチャートは、時点時点での到達目標が出ていた。

 どれ位の戦果を上げて、どれ位のエリアを制圧するべきがが表示される。


 アリョーシャは反応を確かめる事無く、説明を続けた。

 文字通り、時間が惜しいと言わんばかりに、先を急いでいるように……だ。


「その上で、クロマイト作戦実行中エリアには、大幅な譲歩と懐柔策を見せる。ここで重要なのは、双方に情報の行き来を行う手段を残しておくことだ。彼ら自身が疑心暗鬼にかられ、投降するのを選択肢の一つとして意識させることが重要だ。」


 立て板に水の勢いで説明したアリョーシャは、表示を切り替え説明を続けた。

 ここまでの経過が余りに順調過ぎて、些か拍子抜けな気がするくらいなのだが。


「余り時間を掛けたくない」


 エディはボソッと呟いた。

 全員の視線が一斉に集まる中、エディは全員を見回して言った。


「一気に勝ちきる事が重要だ。膠着状態になれば向こうが有利だからな」


 その言葉を意味は、戦略学を受講した者なら誰だって理解出来た。

 なんだかんだ言って補給と生産とを一本化出来る側は強いのだ。


「大戦力で相手を混乱させ、立ち直る時間を与えず、何がなんだか解らないうちに事が終わっている。そんな状態が望ましい」


 エディは静かな口調で全体の意義を説明した。

 やはり地に足のついている連中は強い。それは否定できない事だ。

 だからこそ、一気呵成に事をなす必要がある。最大の敵は時間なのだ。


「作戦趣旨説明は明日の士官総会で行う。ただし、情報封鎖の都合で資料は配れない。各自頭に叩き込んでくれ。シリウス側も相当警戒しているだろうからな」


 遠路はるばるやって来た国連軍は、遂に総力戦を行える状況になった。

 この大戦力をどう使うかは、文字通りエディに一任されていると言って良い。


 この特権を得るためにエディは100年を費やして準備してきたのだ。

 汚れ仕事も皆が嫌がる仕事も進んで引き受けてきた。手痛い犠牲も許容した。


 全ては、信頼と実績を積み上げる為の必要な努力だ。

 だからこそ、今のエディはフリーハンドでシリウス攻略を任されている。


「全ては人民の為に。民衆の為に。それを忘れないでくれ。戦争を終わらせよう」


 参謀総会の席へ集まっていた凡そ50人の高級将校が全員揃って返事を返した。

 過去幾度も行ってきた大規模作戦の準備と経験が試される時が来たのだった。

※1:この場合のワンピースは、おしゃれ着ではなく上下ワンピースになった戦闘服のこと

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