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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その3 カントリーロード
201/358

I'll be Back(行ってくる)

~承前






「グレータウンでダニエル爺さんに捕まったよ」


 クククと笑ったテッドは、わざわざ小さな声で『ダニエル爺さん』と言い直す。

 その僅かな振る舞いに、二人にとってダニエル翁が特別な存在だと皆が知った。


「トニーも良い年になったしね」

「あぁ、ダニエル爺さんに良い孫が出来てたな」

「ウィルでしょ?」

「あぁ。若い頃のトニーそっくりだ」


 リディア・ソロマチン大佐の存在と正体を知るのは、バードとロックだけ。

 スミスなどは怒るべきか受け入れるべきかで逡巡するような顔になっていた。


「あの頃のままね」

「……あぁ」


 そんな空気を読んだのか、テッドはニヤリと笑ってスミスを見た。

 困った様な顔のスミスが狼狽えるも、テッドは遠慮無く言い切った。


「紹介しよう。俺の女房だ。もっとも、ちょっと立場が特殊だがな」

「初めましてって言うべきかしらね。もっとも、一回は出会ってるけど……」


 妖艶に笑ったリディアは、いつの間にか悪い魔女のようになっていた。

 そしていまは、今この時は、純粋に恋する乙女に戻っている。


「……いえ。その節は部下がお世話になりました」


 ドリーは目の前にいるシリウス軍士官が誰だか気が付いた。

 あの超高機動型シェルを乗りこなしていたソロマチン大佐だと気が付いたのだ。


「少しは出来る様になった? 次は遠慮無く撃墜するわよ?」


 ウフフと妖艶に笑ったリディアは、遠慮無くテッドに抱きついていた。

 その時、初めてリディアの右肩部にあるマークを全員が見た。


 ラッパを持ったピエロのマーク。

 そして、黒いローブに身を包む女性のシルエット。


 このリディア・ソロマチン大佐が、あのワルキューレに所属する者だと。

 なにより、501中隊の隊長軍団以外に太刀打ちできない存在だと知った。

 そして、この女性が、クラックウィドウだと言う事も。


 ただ、スミスでさえもそれに腹を立てる事が無かった。

 リディアの表情には、安心しきった女の顔が張り付いていたのだ。


「リディア。すまないが皆にコーヒーを振る舞ってくれるか? あの時のように」


 空気を変えようとしたのか、エディはそんな事を言い出した。

 ただ、それを聞いていたリディアは、平然と首肯していた。


「えぇ。そうなると思って、もう淹れてあります」


 リディアが手招きすると、あの女性が納屋へとやって来た。

 その手には大きなトレーがあって、そこには14個のコーヒーカップがあった。


「ケイト。外の人達にもね」

「はいママ」

「頼んだわよ?」


 ニコリと笑ったリディアは、ケイトと呼んだ女性を送り出した。

 その背中を見送ったテッドは、ジッとリディアを見た。


 ――疑ってる……


 バードはそう直感した。


 ――今この納屋を…… 

 ――いや……家を出ていったケイトと呼ばれた女性は……


「娘か?」

「そうよ。いい子でしょ?」

「そうか……」


 その手短な会話の中に、沢山の省略された言葉があった。

 リディアが娘だと言ったケイトは、トニーの息子ウィルに嫁いでいた。


 だが、その姿は似ても似付かぬ姿だ。浅黒い肌と黒い髪、虹彩は濃い茶色。

 スラブ系人種でデザインされているリディアだが、ケイトは地中海系人種だ。


 そしてそもそも、レプリカントに生理は来ないし、卵巣体は未発達のまま。

 また、仮に排卵剤等で強引に排卵させても、人の精子とは受精しない。


 つまり、何らかの卵子バンクを使った事になる……


「良い男か?」


 テッドは何かを確かめるようにそう言った。

 子を成すほどに強く惹かれあった存在がリディアの近くに居たと言うことだ。


 そして、バードの耳に届いたその言葉は、男の嫉妬だとは到底思えないものだ。

 その言葉と声音は、テッドの心からの祝福のようだった。


「もちろん。あなたの次に良い男」


 リディアもリディアで一切悪びれる事無くそう言いきった。

 ただ、それに応えたテッドと言葉は意外なものだった。


「おいおい、俺の次はエディだぞ?」


 テッドの言葉は冗談ではない。それを聞いていた誰もがそう思った。

 ただ、その言葉を聞いたエディだけが不本意そうに笑って腕を組んだ。


「ダメよ。エディは次元が違うの」


 その通りだ。エディはビギンズなのだ。

 シリウスの王であり、生まれながらにして支配者だ。


 テッドやリディアにとって、その存在は特別なはず。

 ただ、そんなエディの存在とその正体を知るのはロックとバードだけだ。


「その男に会えるか?」

「……もう、死んだわ」

「そうか。残念だな」


 リディアの言葉にテッドの表情が曇る。

 ただ、そんなテッドにリディアは言う。


「50年よ?」

「それもわかってる。ただ、礼のひとつも言いたかった」


 テッドは再びリディアを抱き締めた。サイボーグ故に力を加減してだが。

 2人の間には磐石を越える信頼関係がある。それをまざまざと見せつけられた。


「良くしてくれたか?」

「あの子を見れば分かるでしょ?」

「……良い娘に育っているな」

「でしょ? 自慢の子よ。ただ、あの子は養子だと思っているけど」


 たわいも無い会話だが、バードはそれを見ていられなかった。

 それを聞くのが苦痛で苦痛で仕方が無かった。


 今の自分にはそれが出来ないと気が付いたからだ。

 どれ程望んでも祈りを捧げても、絶対に届かない願い……


「俺の娘は随分とお転婆に成ってしまったよ」

「ウフフ…… そうね」


 リディアの目がバードに注がれた。その澄んだ瞳には愛がある。

 バードを見つめるリディアの目は優しいのだ。


「聞いたわよ。対空タワーを一つ潰したんですって?」


 恥かしそうにはにかんで首肯したバード。

 そんなバードにリディアも笑った。


「ただ、そのザマはいただけないわね。コーヒーも飲めないんでしょ?」

「……全て御見通しなんですね」

「もう70年も人生やってるとね。相手を見れば大体わかるわよ」


 70年と言う言葉に全員がピクリと反応する。

 どう見たってそこに居るのは、女ざかりな40の人間だ。

 男盛りの50過ぎな年齢設定になっているテッドと比べ良いバランスだ。


「もっとも、私も20年くらい、時の魔女に食べられちゃったけど」

「なんだ。俺と大して変わらないじゃないか」

「そうなの? じゃぁ――」


 再びギュッと抱き付いて、リディアは嬉しそうに笑った。


「バランス取れてて良いわね」


 そのあまりに嬉しそうな姿に、バードは自らの惨めさを忘れていた。

 逢いたいと願って願って、更に願って。それでも届かなかったのだろう。

 だからこそ、このリディア・ソロマチンと言う『女性』は――


 ――準備し続けたんだ……


 リディアは十全を尽くして待った。待ち続けていた。

 いつ再会しても良い様に、常に自分を磨き続けた。

 逢えない可能性を会えて無視して、常に支度していた。

 そんな女のいじらしさに、グッと来ない男など居ないだろう。


 ――良い女……


 ふと、バードはそんな言葉を思い浮かべた。

 そして、どうやらそれはチームメイトたち全員が同じ事を思ったらしい。

 ふと辺りを見た時、チームの誰もが同じような表情でリディアを見ていた。


 正義を体現し続ける鉄の意志の男。

 テッド大佐に見合うだけの良い女だ。


「バード少尉。いつだったかも言ったけど……」


 リディアの眼差しが少しきつくなった。

 それは、子供を叱る母親の目だとバードは思った。


 テッドが手塩に掛けて育てた子供たちは、彼女にとっても同じ意味。

 そう気が付いたとき、バードは表情をグッと厳しくしていた。


「あなた、そのままじゃ大事な彼の足手纏いよ?」

「はい」

「もっと…… 良い女になりなさい」


 女にはなれないよ……

 内心でそう思ったバードは、表情を曇らせる。

 ただ、そんなバードの背をロックがポンと叩いた。


「バード。意地を張れよ。向こうっ気の強いいつものバードは何処行った?」


 闘犬を嗾けるようなロックの言葉に、曇っていたバードの表情が変わった。

 僅かにムッとしたような、奥歯をグッと噛んだ負けん気の溢れる顔だ。


「良い顔じゃない。まだ全然若いんだから、小さくまとまっちゃダメ」


 テッドに身体を預けウフフと笑っているリディア。

 そんなリディアにエディが声を掛けた。


「ところで、なぜここに?」

「この人に逢いに来たんですよ。この人と、娘の様子を見に」

「あとは?」


 全部御見通しだと言わんばかりに続きを促したエディ。

 リディアも『やっぱり一枚上手だわ』とこぼしつつ、表情を変えた。


「足りないものがあって降りてきたんです」

「え? なんだって??」

「……どうやら、おかげさまでまだ把握されて無い基地が有るようですね」


 ニタリと悪い表情になったリディアは、人差し指を自分の口に重ねた。

 その仕草だけは、年月を重ねた老練な人間のそれだ。

 相手を見透かすように、謀るように、ただただ、黙って相手の実力を見極める。


「……大気圏外か?」

「一応、ノーコメントで」


 エディやテッドと親しげなソロマチン大佐だが、馴れ合っているわけではない。

 極々僅かな会話の中で、Bチームのメンバーはそれを知った。


「……まぁ、そうだろうな」

「私もいまは、背負うものが重くなりましたから」


 そんな言葉を吐き、目をつぶってしまったリディア。


 目は口ほどにモノを言う。

 それ故に、エディの尋問へ情報を漏らさぬように……


「今の俺にはヒーヒー言わせて問い詰める事も出来ないしな」

「私も頚椎バス取っちゃったしね」


 気安い会話をしているようで、ギリギリのせめぎ合いを続けている。

 その様子が手に取るようにわかるだけに、バードは歯痒く、また辛かった。


 全部喋って亡命でもしたなら、もうずっと一緒に居られる筈だ。

 だが、それをしないソロマチン大佐は、きっと何か別の問題がある……


「さて、予定を練り直さなきゃ成らんな」

「それをオススメします。最高のタイミングで、一番弱いところを攻めなきゃ」

「あいつの口癖だったな」

「本当は一緒に来れたら良かったんですが……」


 肩を竦めて笑ったリディア。

 エディの口から漏れた『あいつ』の意味が分かるのは、ロックとバードだけだ。


 ふと窓の外を見たエディは、兵士たちがコーヒーで盛り上がっているのを見た。

 一杯のコーヒーで酒が抜けるとは思えないが、だいぶ正気に戻るだろう。


「さて、道草終了だ。先を急ぐか」

「そうだな」


 リディアを抱き締めていたテッドは、ふと、その腕を緩めた。

 その腕に手を添えて、暖かな布団を手放したくないと言うようにしたリディア。

 テッドはもう一度抱き寄せて、そっとキスした。


「また逢おう」

「……そうね」


 トレーを持ち、全員のコーヒーカップを回収したリディア。

 その一部始終を見ていたアナスタシアが漏らした。


「あの、宇宙で遭遇した時に言われた基地の件って……」

「そう言う事はね、気が付いても口にしちゃダメよ」


 アナにも釘を刺したリディアは、納屋のような家の裏口から出て行った。

 Bチームだけが残された部屋の中で、テッドは小さく息を吐いた。


「さて、仕事に戻るか」

「そうだな。シェリフはパトロールに行かなきゃならん。ピースメーカーだろ?」


 エディの言葉にテッドは銃を抜いて中を確かめた。

 コルト・シングルアクションアーミーは、今日も鈍く光っている。


「俺も…… コレが似合う人間にならなきゃな」


 遠い日、この部屋の中でエディがやったように、テッドはガンスピンを決めた。

 そしてそのままホルスターへと収め、部屋の扉を開いた。


「今でも十分似合ってます」


 バードは家を出て行くテッドの背中にそう言った。

 肩越しに振り返ったテッドがニヤリと笑った。

 その笑顔にはカケラも寂しさが無い。


 ――凄いなぁ……


 テッドの見せた意志の強さに、バードはただただ痺れるだけだった。


「大佐! 作戦本部から緊急連絡です!」


 M113の車列に戻ったとき、番をしていた曹長が声を上げた。

 1号車の広域戦況パネルには重要情報と更新情報が点滅していた。


「なんか碌な話じゃ無さそうだな」


 テッドの背をポンと叩き、エディはテッドと並んでそれを見た。

 緊急案件が発生し、宇宙へ戻って来いと言う指示だった。


「だってよ……」


 遠めに見ていたジャクソンが嘯く。スミスとビルは顔を見合わせ渋い表情だ。

 小さく溜息をこぼしたアナは、残念そうな表情でバードを見た。


 ここで宇宙に戻って来いなんて、絶対ろくな話しじゃない。

 それがわかるだけに、全員がブルーだった。


「やはり大佐は宇宙が似合いますな」


 ODST曹長の軽口にテッドが苦笑いを浮かべる。

 ただ、指令は指令だ。従わざるを得ない。


「まぁ…… なんだ――」


 一つ息をついたテッドは振り返って、あの納屋を見た。

 みすぼらしい姿だが、それでもあれは、懐かしい我が家だった。


「――俺は(I'll)帰ってくるさ( be Back)


 そう呟き、出発を命じた。

 後ろを振り返る事無く、回収ポイントへ向け隊列は再び移動を開始した。

 『行ってくるよ……』と、心の中で呟きながら。











 幕間劇 その3 カントリーロード



  ――了――



 第16話 オーバーロード作戦 へと続く

第16話 オーバーロード作戦は11月28日から公開します

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