ただいま
~承前
エディ以下の一行は、午後になってからパブを出た。
淡々と国道を走っているM113の車内には、単調なエンジンの音が響く。
その音は、エールを振る舞われた兵士には随分と眠気を誘う音らしい。
士官の前だというのに、だらしなく眠りこける者が続出していた。
「まぁ、仕方ないな」
そう呟いたエディは、シートのクッションを持ってM113の屋根に出た。
そして、そのシートクッションを枕に昼寝体制へと移行した。
「ロック。バードもだ。周辺を警戒しろ」
「イエッサー」
それは、エディが見せた気配りだ。
部下である兵士たちが士官に遠慮無く居眠り出来るように……
それに合わせエディの代わりにコマンダーシートへとテッドが座った。
風を受けて走れば、生身ならば目も乾くのだろうが、サイボーグには関係ない。
遠くを見つめ黄昏ているテッドの姿には、哀愁が漂っていた。
ロックとバードの2人は、テッドの異変に気付いた。
「……ねぇ」
「あぁ……」
怪訝な顔でロックの顔を見たバード。
そのロックもまた微妙な表情でバードを見てからテッドを見た。
その目は、ジッと遠くを見ていた。距離ではなく、遠い昔を見るように。
「テッド隊長」
我慢ならずバードは声を掛けた。
「ん? どうした?」
「いえ、あの…… どうしたんですか?」
バードの真っ直ぐな質問に、テッドは僅かに笑って見せた。
そして、ヒョイヒョイと手招きして、バードにもそれを見せた。
「あ……」
オープントップにしたM113の屋根部分にはエディが寝転がっていた。
揺れる装甲車の上だが、エディはシリウスの光を全身に受けていた。
鷹揚として余裕有る姿は、指揮官の手本のようだ。
「……そろそろだな、テッド」
「あぁ……」
2人の不思議な会話に、バードはこの先に何かが有ると気が付いたのだ。
ただ、まさかそれが、その何かが、コレほどまでに胸を打つとは思わなかった。
バードにとっても言葉を失うに十分なものが現れたのだ。
「あれ?」
遠くに見えるのは大きく立派な家だ。
緩やかな丘陵地帯の中を国道は一直線に抜けて行く。
そんな国道からそれた広大な麦畑の中辺りにその家はあった。
大きな家の奥には高いフェンスに囲まれた牧場が見える。
そして、家の隣には粗末な納屋があった。
「見えてきたな」
エディの言葉にテッドは小さく『あの頃のままだ』と答えた。
そして、万感の思いで胸が一杯になり、押し黙っていた。
ただ、バードは気が付いた。その家の前あたりに人が立っている。
それは、先ほどのパブの中でウィルと呼ばれた男性と居た女性。
いつの間にか先回りして帰ったらしいのだが……
「寄り道…… するだろ?」
どこか嗾ける調子でエディが言った。バードはまだ話しが繋がっていない。
テッドは遠慮がちに言った。どこか申し訳なさそうに、控えた声音で……だ。
「……いいのか?」
「ついでだよ。ついで」
コマンダーシートに座るテッドの背をポンと叩き、エディは笑った。
それもまたエディなりの気遣いだとバードは気が付いた。
「どーせ時間はある。心配する事は無い」
身体を起こしたエディは、運転席にハンドルを切れと命じた。
舗装路を走っていたM113は国道をそれ、砂利道へと入って行く。
砂塵を濛々と上げつつ、あの遠くに見えた家の前にやって来たエディ。
改めて見れば、見上げるような大きな家だ。平原と言う事で地下室もある。
ジッとその家を見ていたテッドは、そのまま納屋をジッと見ていた。
粗末なガラス窓のはめ込まれた、今にも崩れそうな建物だ。
「たいちょ――
テッドに声を掛けようとしたバード。
エディはそれを手で制し、Bチームにもそこで待機とハンドサインを出した。
チームメイト達は三々五々と遠目にテッドを見るように出てきた。
「……本当にそのままだな」
ボソリと呟いたテッドは、何も言わずに大きな家と納屋の間へと入って行く。
エディに制されたバードはロックと顔を見合わせ、もう一度エディを見た。
そのエディはニコリと笑い、クイッと顎を振って『追いかけろ』と指示した。
柔和なその表情には、まるで少年のようないたずら心の笑みがあった。
――なんだろう……
慌ててテッドを追ったバードとロック。
同じようにBチームの面々がテッドを追った。
大きな家と納屋の隙間を抜けた先には、広大な放牧場がある。
その放牧場のフェンス沿いに進んで行き、家を見下ろす丘に出た。
丘と行ってもその高さは大した事がないもので、精々10メートルほどだ。
地形老化が進むリョーガー大陸は峻険な地形が少ない。
どこまで言ってもなだらかな地形が続くのだ。
そんな中、なんら迷う事無く進んで行ったテッドは、丘の上で足を止めた。
大きく育ったシリウス杉の木の下。そこには十字架を模った墓があった。
――あっ!
バードはそこで気が付いた。
その十字架には星のマークの頂点に輝きを乗せたマークがあった。
そして、ニューアメリカ州政府任命の保安官を示す文字。
テッドはその前で片膝を付いた。
「……久しぶりだな」
その十字架に刻まれた文字には、セオドア・ガーランドの文字があった。
ここで初めて、バードは全てが繋がった。
ここに。この丘の上にテッドの父が眠っているのだ。
「隊長……」
ドリーに声を掛けられ、テッドはゆっくりと振り返った。
そこにはBチームが全員揃っていた。
「親父の墓だ」
手短にそう呟き、そして、十字架の下にあった大きなプレートに手を載せた。
そこには保安官を任命された日に誓った言葉が書かれていた。
――――法と秩序と正義を護る為
――――この身果てるまで職務を全うする事を誓う
そのプレートは、光沢のある石の板だった。
綺麗に磨き上げられたその板には、大きな手形が残っていた。
「親父の名は、セオドア・ガーランド。シリウス歴2200年にこの地で生まれた男だった。そして、俺の本名はジョン・ガーランド。シリウス歴2228年にここで生まれた。この地で…… 牛を追って生きてきた、三代続く牧場の小倅だ」
テッドは誰に聞かせるというでも無く、淡々と語っていた。
今の今まで、謎の多かったテッドという男の真実。
チームの誰もが知りたかった隊長の過去を、本人が語り始めた。
「シリウス歴2245年の冬。地球連邦軍のエディ・マーキュリー特務少佐とこの地で出会った。今回の我々と同じように、先遣隊として地上に降りてきていた。そして…… 俺の旅は始まった。遠く果てしない旅だ。改めて数えてみれば、俺はもう300光年を旅し、20年を時に喰われた。そして、帰ってきたんだよ。遠い日、悪党と戦って力尽きた親父との約束を果たす為に……」
テッドはその石のプレートの下へ指を挟んだ。
そして、グッと腰を入れて、そのプレートを持ち上げた。
プレートの下には小さな空間があり、そこには金色に光るものが入っていた。
――バッジだ……
バードはそのバッジから目を切る事が出来なかった。
それはシリウスをシンボライズした輝く星であり、また、己の胸に光る信念だ。
法と秩序と正義を護る為に、如何なる艱難辛苦をも厭わず戦うと誓ったものだ。
「誰に任命された訳でもない。言われたわけでも無い。ただ、俺は誓う」
そのバッジをジッと見たテッド。
しみじみと感傷に浸る男の背中に、信念を貫く侠気が滲んでいた。
「俺は今日この日から――『ジョニー。ちょっと待て』
何故止めたと言わんばかりなテッドだが、エディはそんなテッドの隣に立った。
「勲はその胸に、心の胸に刻め。そして、裏切るな」
光輝く保安官のバッジを、ジッとテッドは見た。
そして、誰からも見えない上着の内ポケットへとしまった。
「いま、この胸に刻まれた」
「あぁ……」
立ち上がったテッドは、父の墓をジッと見た。
その背中にはあふれる自信があった。歩んできた旅路がそれを支えていた。
「全てのシリウス人民の為に」
小さな声でそう呟いたテッド。その姿には、見る者を唸らせる威があった。
そして、ふと気が付いた時、バードはその背に敬礼を送ってた。
バードだけでなく、Bチームの誰もが同じように敬礼していた。
全てを捧げてなお努力し続けてきた男の生き様に、敬礼したのだった。
「すまん…… 個人的な事で時間を取らせた」
振り返ったテッドが敬礼を返し、全員が手を下ろした。
誰もが笑顔だった。それも、我が事のように喜んでの笑顔だった。
「さぁ行きましょう。保安官」
ドリーはスッとそう言った。誰もがそこにドリーの思いを見た。
今日ここで、やっとテッドはBチームの隊長を卒業したのだ。
「……そうだな」
僅かに笑って歩き出したテッド。その背中をエディが押した。
並んで歩く二人の姿に、バードは二人の人生の苛酷さを思った。
ただ、それと同時に、なにかこう言葉に出来ない違和感を覚える。
心の中にある何かのセンサーが大声で異常を訴えていた。
――なんだろう……
それを思案しつつ丘を降り、あの大きな家と納屋の間を通り過ぎた時だ。
納屋の中に人の気配を感じたバードは、瞬時に精神が戦闘態勢となった。
先ほどまでいたあの女性はいない。M113の中の兵士たちに異常は無い。
――なんだこれ……
言葉に出来ない違和感が益々強くなった。
そして、助けを求める様に目をやったロックは、腰の拳銃を確かめていた。
同じ違和感を覚えているのだと気が付いたのだが……
「さて、一休みしていくか」
ニヤリと笑ったエディは、テッドの背を押して歩いた。
ただ、その押した先は、牧場の家では無く、隣の納屋だった。
――あっ!
バードはやっとここで気が付いた。
なんの違和感もなく納屋の戸を開けて中に入るテッドを見ながらだ。
――ここがテッド隊長の家だったんだ!
バードはテッドの背中を追って納屋に入った。
中には薄汚れたソファーと小汚いテーブルが合った。
粗末で貧しいリビング。だが、これこそがシリウスの現実だったのだ。
「懐かしいな」
「あぁ。本当に懐かしい」
エディとテッドは万感の思いを込めた言葉を交わした。
それ以上の言葉が無かったし、それ以上を言う必要もなかった。
スッと進み出たテッドは、慎重にソファーへと腰を下ろした。
サイボーグの重量を支えられるか確かめる様に、慎重に慎重に。
そして、問題ないと解ったらしく、フッと息を抜いて背中を預けた。
その時だった――
「コーヒーでも飲む?」
突然、部屋の中に女の声が響いた。
全員が一斉にバッと動いて銃を抜きそうになり、エディがそれを手で制した。
驚いて見つめる先には、シリウス軍の女性士官がいた。それも、大佐の士官だ。
「……うそだろ」
テッドだけが驚きの顔になっていた。
その眼差しの先にはリディアが居た。
「本物よ?」
「リョーガーだぞ…… ここは」
「ここもニューホライズンよ? だから変な事じゃないでしょ?」
シリウス軍士官向けの制服に身を包んだソロマチン大佐がそこにいた。
全員が銃を向ける中、リディアはニコリと笑ってエディを見ていた。
「そうだな。その通りだ」
「随分遅かったじゃない。ずっと待ってたのよ?」
ソファーを立ち上がったテッドは、そっとリディアに歩み寄って抱き締めた。
リディアもまたテッドの背に手を伸ばし、ギュッと抱き締めた。
「おかえりなさい」
土間でしかない納屋の中、二人は固く抱き締め合った。
その姿には、長年の別離を取り戻そうとする熱があった。
見つめ合ったテッドとリディアは、チームの面々が見てる前で唇を重ねた。
何度かそのラリーが続き、ジッと見つめるリディアにテッドが言った。
「……ただいま」




