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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第1話 オペレーション・ブラックライトニング
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火星降下作戦


 太陽系第四惑星 火星


 地球人類が知るこの惑星の本来は、赤く乾いた砂漠の星だった。だが、二十一世紀後半から始まった大規模な惑星改造(テラフォーミング)はこの惑星の姿を大きく変えた。


 乾いた大地の北半分は大きな海へと様子を変え、その光景は人類の母なる大地、地球の大洋の様にも見えている。北極洋から繋がるイシディス湾とヘラス海に挟まれた高地地帯には、赤道線を横切るシュバルツバルト樹林帯が大きく広がっていて、周回軌道上から見下ろすそれはエリシウム島の浮かぶアマゾニス海域の青々とした景色と対になった美しいコントラストを見せていた。


 テラフォーミング作業時、平均気温が低い火星をどうやって温めるかは技術者達の悩みの種だった。その中で太陽光を集めて気温の上昇をアシストするプランが出たのは、当然の帰結といえよう。


 地球上で出来る限り黒い樹木を探した結果、ドイツトウヒの品種改良種が選ばれ遺伝子レベルで改良された樹木が地球から持ち込まれた。そして、気の遠くなるような植林作業を繰り返す事によって誕生した巨大樹林帯は、技術者達の思惑通り火星の温度上昇に大きく寄与したのだった。

 

 そのシュバルツバルト上空350キロ。


 国連宇宙軍海兵隊に所属するモンスーア級強襲降下揚陸艦の2番艦ハンフリーは火星周回軌道を巡航していた。アクティブステルスモードのまま、海兵隊最強の軌道降下強襲コマンド(ODST)を乗せて。











 作戦ファイル 981121ー01 

 Operation:Black Lightning

 作戦名『黒い稲妻』











 ―――――――― 西暦2298年11月21日

            火星標準時間1100








 シュバルツバルトに隣接する火星屈指の巨大工業都市。

 オリンポスグラード。


 アマゾニス海を望むこの街は、人口百万を超えるタルシス州の州都だ。

 そして、レプリカント製造の最大手、タイレル社の企業城下町でもある。。


 地球上で産業としてのレプリ製造が禁じられて早50年になるが、この工場はメインベルト内側のレプリ需要を一手に引き受け成長してきた。そして、その恩恵でこの街は大きく発展を遂げていた。


 年間十万体前後の生産量を維持する関係で、レプリカント関連は火星の主要産業となっていた。どんな分野でもそうだが、業界最大手と言う存在は大きな富を生み出し恩恵を振りまくものだ。


 しかし、一週間程前。

 この巨大工場に突如災難が降りかかった。


 レプリの不法入手を目論むテロリストから襲撃を受けたのだ。その手際の良さは特筆に値するレベルで、警備に当っていた約百名程の民間軍事会社スタッフを僅か数時間でほぼ全滅させている。


 そして同時に装甲車など軽戦闘車両合計8輌を奪い、工場の中の未完成レプリを事実上の人質にして立て篭もり、安全な脱出と未起動レプリカントの運び出しを一方的に要求してきた。


 火星のローカル政府がその対応を巡り混乱する中、国連宇宙軍の火星展開軍作戦本部はすぐさま隷下各軍団に非常招集を掛けた。火星駐屯地上軍を使い、直接オリンポスグラードへの侵攻を計画したのだった。


 だが、国連軍統合参謀本部から出た武力使用準備完了の通告に対し、火星のローカル政府はオリンポスグラードでの大規模戦闘を拒否。工場を襲ったテロリストだけを制圧し出荷前レプリの回収を期待したいとの返答が非公式に出された。


 その舞台裏では、自社最大の工場に影響が出る事を懸念するタイレル社がローカル政府へ穏便な解決を要求し、大規模な戦闘となって工場が損壊した場合は工場を放棄し撤退を強く示唆した事が遠因だった。


 次の選挙を見据える政治家達にすれば、失業者の大量発生は歓迎しない。また大規模地上戦ともなれば、戦死者の発生は避けられない。火星で生まれ育った火星人が多くを占める地上軍を動員するのは好ましくないのだ。


 もっと言うなら、火星はまだまだ気候改良の真っ最中である。気象改良の原動力である森を傷つける大規模戦闘は出来る限り避けたい。そんな思惑に付けこまれた急襲なのは火を見るより明らかなのに……だ。


 現実は非情であり、攻める側には失う物は何も無い。事態の解決は急を要し、統合作戦本部はすぐさま次善策の検討に入った。


 手間をかけず地上環境の負荷が低く、そして、解放作戦の達成率が高く、予算もそれほど必要とせず、万事上手く収まるような魔法の手立て。そんな無茶な可能性を模索し、すぐにひとつの結論に達する。



 ――――ODSTを降下させてテロリストを全滅させよう



 月面に展開中だったODSTのサイボーグ中隊からBチームの派遣がすぐさま決定した。月面に待機していた彼らBチームは、統合作戦本部から発令されたオーダーに従い、僅か8時間で火星へと到達した。


 彼らBチームと共に火星へやって来たのは、海兵隊第一遠征師団麾下のODST第102大隊と第131戦闘集団。海兵隊の予備戦力として編成されつつある131戦闘集団は海兵隊学校を出たばかりのポリウォッグ(おたまじゃくし)フィッシュ(戦闘処女)ばかり。


 最初はチョロい(弱い)相手に実戦経験積んで来い!と、月面にある海兵隊第一遠征師団のフレディ司令が気を使った部分も有るようだ。


 そして現状。火星周回軌道上のハンフリーは側面の大型ハッチを開放し、いつでも降下艇が火星大気圏へ突入する段階だ。上甲板に有る戦闘支援GPSが補助アンテナを展開し、地上の目標へピンポイントで降下する体制を整えている。


 やや有って、そのハッチから降下艇が出発した。誘導電波に導かれすぐさまオレンジの摩擦炎を引き、火星大気圏へ戦闘モードでの降下突入を開始した。大気圏へ突入する降下艇の側面には、激しく燃え上がる黒い炎が描かれている。


 それは、一騎当千の強者が揃うODSTの中でもサイボーグの士官だけで構成された最強チームであるB中隊、ブラックバーンズのシンボルマーク。彼らの乗った降下艇は一気に高度を下げて大森林帯の上空へと到達した。





 ――――降下準備!





 降下艇は大気圏突入フェーズから大気圏内巡航モードへ遷った。逆噴射でガタガタと震えはじめ、時々上下に激しくシェイクされている。その艇内では戦闘処女な131戦闘集団の新兵達は胃袋まで吐き出さんばかりに吐いていた。


 そしてその姿を眺めながら黙々と準備しているのは、ODST102大隊の隊員達。危険な強襲降下(アサルトエアボーン)を幾度も経験し恐怖すら麻痺しているヘルジャンパー達は戦闘手順を説明している下士官と新兵達を眺めていた。





「いいか! よく聞け!! ポリウォッグ!」





 顔に大きな傷のある兵曹長が怒鳴り始めた。

 その恐ろしいまでの迫力に新兵が言葉を失っていた。


 彼ら戦闘処女な新兵達は戦闘中にパニックを起こして闇雲に走り出すケースが多々ある。経験の浅さが引き起こすパニックは冷静な対処を忘れさせるからだ。


 その為、新兵にビーコン発信機を取り付け、識別する仕組みになっている。これをレシーバー越しに見ると、身体の後ろに残像を引いて動くのが見える。その姿がまるで尻尾の取れていないオタマジャクシのように見えるのだ。


 だから初参加の新兵はポリウォッグ(おたまじゃくし)と呼ばれていた。


 逆に戦闘慣れしてきたベテランは、電波ビーコンを装備しなくなる。すると傍目には装甲服の背中がちゃんと見えるようになるのだ。それがまるで甲羅を背負った亀に見える事から、ベテランの事をシェルバック(甲羅)と呼ぶのだった。


 戦闘のヴェテランを意味するシェルバック。

 それは、海兵隊のどこのチームへ行っても重宝される存在だった。


「地上へ降りたら一目散に障害物の陰へ飛び込め! 仲間が倒れようが手足が吹っ飛ぼうがだ! 降下艇は総身がでかい! テロリストは遠慮無く攻撃してくるから帰って危険だ!」


 真っ青な顔で話を聞いている新兵達の表情から覇気が消えている。過酷な訓練の果てに任官した現場なのだが、白目をむいて恐怖している若い男が幾人かいる。そんな者達が兵曹長に数発殴られて気合いを注入されていた。


「1人より5人が危ない! 5人より10人が危ない! 固まっていたらそこを狙われる! 群れるな! 固まるな! どんなに怖くてもバラバラに走れ!」


 飛び出し口へ向かって列の間を歩きながら、兵曹長は尚も怒鳴り続ける。ガタガタと震える新兵達の恐怖を吹き飛ばそうと、つばを飛ばしながら怒鳴っている。


「帰ってママのオッパイにむしゃぶり付きたかっら! 勝手に死ぬんじゃない!」


 恐怖に怯え緊張に震える新兵に、再び二~三発の手荒い気合いを入れている。


「お前らは最終降下班だ。地獄へはシェルバックが先に降りている! そもそも、ODSTのサイボーグが最初に降りて消毒してくれている! 空中戦車ともやりあえる最強の存在が地上を安全にしておいてくれる! 危ない事は何も無い! 優雅に地上まで降りて良いんだ! 心配するな! 幼稚園バスから降りるように出て行けば良いんだ! とにかく勝手に死ぬな! 迷ったらシェルバックに聞け! 遮蔽物の無い所で絶対立ち止まるな! 良いな!」


 緊張のあまりアーマーベストのチャックを上手く閉められない者がいた。そこへやって来た兵曹長は再び手荒い気合いを遠慮無く注入。地上降下する前にその新兵は負傷者リストに載るほどの出血をみている。


「ヤバイと思っても絶対に立ち止まるな! 走り続けろ! 止まったら撃たれる! 分かったか!」


 全く返事が無い。極限の緊張で小便を漏らしてるのに気が付かない新兵集団。ガチガチと音を立てて顎を震わせる者すらいる。そんな新兵を兵曹長が殴っている。白目を剥くほどに緊張している関係で痛みすら感じていないようだった。


「どうした! 野郎ども! いくぞ!」

「サァー イエッサ……・」


 誰かが弱々しく答えた。そう応えた新兵の胸倉を掴んで、今度はグーで気合いが注入される。壁際まで吹っ飛んで頭を打ち付け、ややグロッキー気味だった。


「もういっぺんだ! いいかやろうども!」


 一瞬の静寂。

 そして


「地上最低のウジ虫ども! カチコミだぁ! いいか!」

「サァー! イエッサー!!!」


 自らの恐怖を紛らわすように、新兵が雄たけびを上げた。

 喉まで広げて轟くように吼える声、猿叫が響く。


 腹の底から絞り出す大声は一時的に感情を麻痺させ恐怖を忘れさせる。

 そうならなければ結果的に死ぬ。だからこその愛情を込めた大声だった。


「死にそうな時は俺に俺に向かって『死んでも良いですか?』と必ず声を掛けろ」


「サァー! イエッサー!!!」


「それまで勝手に死ぬ事は許さん!命令違反は後で懲罰会議送りだ!いいな!」


「サァー! イエッサー!!!」


「生きて帰った奴はポートプサンの慰安所で粉が出るまで女を抱かせてやる!勝手に死ぬんじゃねーぞ!」


「サァー! イエッサー!!!」


 新兵達は雄叫びを上げて恐怖をごかましている。

 そんな中、今回の作戦での降下隊長が姿を現した。


 喧嘩屋マットの異名を取る海兵隊切っての武闘派。降下突入499回のベテラン。ジョン・ティアマット大佐。ダブルリーフ/シングルスターの猛者。そして驚くべき事にティアマットは生身だった。


「おい小僧ども。俺にとっちゃ記念すべき五百回目の降下突入だ。しくじりましたなんて言ったら恥だからな。しっかり頼むぞ!」


「サァー! イエッサー!!!!」


 恐怖に血の気を失って居る新兵の頬を、大佐はペチペチと叩いていく。

 列をぬって歩きながら、一人ずつ軽く叩いて気合を入れていく。


「これが俺のおまじないさ! 生きて家に帰った奴は、大体俺の班だ! ウソじゃねぇ!」


 そんな初降下の儀式が続く様を眺めながら、何で自分がこんな所に居るんだろう?と、何とも今さらな自問自答を繰り返しているBチームの女性士官がいた。言うまでも無く彼女は戦闘用サイボーグだ。


 艇内へ響く大声で気合を入れているシーンを遠めに眺め、彼女は安い戦争映画のワンシーンでも見てるような気になっていた。


 ……ーど! バード! おぃ!」


「あ! ゴメン! 考え事してた」


 急に声を掛けられ、彼女――バード――はハッと我に返った。

 ペロッと舌を出して笑った彼女が振り向くと、そこにはドリーが立っていた。

 ふたりとも一般兵卒とは比べものにならない重装備姿だった。


 大口径の自動小銃を装備し、腰には複数のパンツァーファウストがある。背中のパラシュートユニット脇にはドラムマガジンを装備した拳銃を装着。サイボーグとは言え、線の細い女性に抱えきれる様な装備じゃ無い。


 何も知らぬ無知な人が見れば、度肝を抜かれる姿だった。


「おいおい。しっかりしてくれよ」


 Bチームの副長であるドリーは笑いながらそう言った。

 優し気で可愛げのある陽気なブラウンアフリカンだ。


「大丈夫! ただ、なんかね。凄い所へ来ちゃったなぁって」


 少し呆れる様な声音でそう言ったバード。

 ただ、そこには多分に本音が混じっていた。


「ハハハ! そりゃしょーがねぇさ。諦めるしかない。俺たちゃ馬車馬よりこき使われる運命だ」


 肩をすぼめながらドリーはそう言った。

 そんな言葉に『だよね』とバードも応えていた。

 もう逃げられない。そんな土壇場に彼女は立っているのだった。


「そろそろこっちも出番だ。準備良いか?」


 それを言うドリーはバードを上回る程に重そうな完全武装の姿で立っていた。大口径自動小銃を持ち、背中にはスペアの銃をマウントしてある。腰周りには二十個近くのスペアマガジン。さらにはパンツァーファウストの弾頭部分を一ダースほどぶら下げていた。


 そもそもに太っちょな印象のドリーだ。

 相撲レスラーと冷やかされる事もあるくらいだ。


「ウン! 大丈夫! ばっちり!」

「大丈夫そうには見えねーなぁ」


 ニコリと笑って応えたバード。

 だが、ドリーは少しだけ真顔になって言った。


「やっぱり?」

「実は俺も怖くてしょーがねー だけど、俺達はさ」


 ハッハッハ!と笑っていつものようにニコニコとしたドリー。実際、このドリーもバードも戦闘用の高性能サイボーグだ。その気になって走れば地上を時速三百キロで走り、様々な専門兵科装備で活躍する。



 ――――見かけによらず



 と言うのは戦闘用に限らずサイボーグに共通することなのだが、このドリーもまた無知な人々の度肝を抜くだけの能力持っている。個人の恐怖や緊張といった感情を一切考慮されないのだが。


「うん、分かってる。顔色も変わらないし、冷や汗もかかないし」

「ブルって小便漏らすのもねぇ 損だよなぁ」

「ほんとに」


 ニコッと笑ったバードの笑顔が引きつっている。感情を表す顔の表情機能はサイボーグエンジニア達が拘りに拘ったものだ。しかし、偶さかそれが仇になろうとは彼らも思いもしなかった事だろう。


「だけど心配すんなって!俺はもう二千百回は跳んでるし、それに――


 ドリーがこっそり指差した。

 新兵達の頬をペチペチと叩きながらリラックスさせているマット大佐が見える。


――あの人は。マット大佐は生身だけど五百回だ」


 ニコリと笑ったドリー。

 そこには間違いなく尊敬の念があった。


「凄いよねぇ…… 尊敬しちゃう」


 バードは素直な言葉でそう呟いていた。

 その姿を見ていたドリーは、少しだけ怪訝な顔になっていた。


「だろ? お前がちゃんと帰れるように俺がフォローするさ。だけど……


 ちょっと俯いて上目遣いに怪訝な笑顔。

 ドリーのちょっと意地悪っぽい顔にバードも笑った。


 ――俺がやばい時は助けてくれよ。訓練の時みたいに……」


 何かを言いかけて飲み込んだドリー。

 そこにどんなストーリーがあったのかは推して知るべしだ。


「うん!大丈夫! 今度は今度はちゃんと…… ()るから」


 そう応えたバードの顔には諦観の色があった。もう引き返せないという部分。そして、誰かの命を奪う事になる自分の運命を呪う静かな怒り。


 ドリーはそれを読み取り、少しばかり硬い笑みになってバードの左腕に手を伸ばした。そこには初降下を示す黄色いバンダナがあり、それをそっと縛り直して確かめる。ODSTにおいて特殊な意味を持つ隠語『フィッシュ』の象徴だ。


「あんまり無理すんなよ。時には弱音を吐いたって良いんだ。今回の降下でブレードランナーはバードだけだが、なんでも抱え込むとサイボーグだって病むから」


 ドリーが心配するのは、新兵病とも呼ばれる精神的な疲労と葛藤から来る鬱症状だった。だからこそベテランは新人に気を使う。戦場では相互の信頼とカバーが必要だから。


 その意味でもこの黄色いバンダナは深い意味を持っていた。ベテランから見た多分に侮蔑の意を含んだあまり良い意味とは言えない……いや、良い扱いとは言えない意味を持つもの。



  フィッシュ



 それは、釣り上げられた魚がバタバタと暴れまわって自分から傷つく様に、戦闘初心者が戦場で落ち着き無く動き回って、勝手に見つかり死んでしまう事から付けられた、実に不名誉なスラングだ。


 その黄色いバンダナにグローブ越しで手に触れたバード。無言の重圧と葛藤の中で、彼女は士官として自らを律する義務と戦っていた。不安と恐怖と後悔の中で自分を見失わないように気合を入れる。


 そんな時、すぐ近くから唐突に声を掛けられバードは少し驚いた。


「そうか。少尉も初めての降下か」


 気が付けばバードのすぐ近くまでマット大佐が来ていた。

 とっさに何を言って良いか分からず、バードはモジモジしていた。


「うちの隊のバード(小鳥ちゃん)はバージンなんでさぁ 優しくしてやってください」


 さすがベテランになりつつあるドリーは、軽口を叩きつつ話を打ち返している。並の女性ならば普通は怒る様な事を言われているのだが、バードは知らずに笑い出していた。


「そうなんです。初めてだから、優しくしてね♪」

「なんだ余裕じゃ無いか! 心配して損したな! アッハハハハ!!!」


 新兵達に聞こえるように、わざと大声で笑った大佐。

 だが、その目は全く笑って無い。



 ――――やっぱり大佐も緊張してるんだ!



 ふと、バードはそう思った。

 そして……



                       ――――ピーッ!



 機内アラームがけたたましく鳴った。


『海兵隊降下準備! 神のご加護が皆にあらん事を!』


 降下艇のパイロットが叫んだ。

 緩んでいた大佐の表情がスッと締まった。


「また、君達を先に飛ばす事になる」


 マット大佐の手がドリーとバードの肩に乗せられた。


「安い言葉じゃ表現し切れないくらい感謝しているよ。いつもすまない」


 バードはちらっとだけドリーを見て笑った。ドリーも笑って頷いた。

 その言葉だけでもありがたいとバードは思った。


「死ぬなよ少尉。必ず生きて帰るんだ。君達は機械じゃ無い。人間なんだ」

「……はい。有り難うございます。ちょっと嬉しいです」


 ウンウンと頷きながらマット大佐は振り返って大声を張り上げた。


最先任上級兵曹長(マスターチーフ)!」


 その声に気が付いたのか、同時進行で新兵に気合いを入れていた兵曹長が走ってきた。どこかで見た人だなとバードは思っていたのだけど、近くまで来て思い出した。


「……あ!」

「ん? 少尉? どうした?」


 ティアマット大佐が僅かに首を傾げる。

 走ってきた兵曹長を見ながら、バードは嬉しそうに笑っていた。


「私は兵曹長とあった事があります」

「そうか。どこでだ?」


 バードの緊張をほぐそうとティアマット大佐が気を使っている。

 だが、当のバードは楽しそうに笑うだけだった。


 初めての戦闘降下前だというのに、笑っているのだった。

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