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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その3 カントリーロード
198/358

拾いもの・再び


~承前






「ここが…… タイシャン」


 ジーナから降り立ったバードは、視界を記録しながら周囲をグルリと見ていた。

 高い空にはシリウスが蒼く気高く輝き、豊かな大地を照らしている。


 事前に酪農の盛んな地域だと予備知識を得ていたのだが、都市郊外には巨大なカントリーサイロが立ち並び、摩天楼のような景観を作っていた。

 その周辺には酪農支援施設となる巨大な建物が立ち並び、酪農だけでなく様々な農業関連産業が盛んに活動しているようだ。


「この辺りはサザンクロスの食料供給基地ってところだな」

「そうみたいね」


 バードと並んで立つロックは、野戦向けの戦闘服姿だ。

 しかし、その野戦服には録な装備がなく、腰に拳銃を下げている程度だ。


「なんか変だよね」

「あぁ、なんか落ち着かねぇ」


 ガチでやりあうのが本業のサイボーグだ。

 こんな静かな降下は逆に変なのだった。


「さて、まずは何処へ行くんだ?」

「わからないけど、さっきドリー隊長がテッド大佐と打合せしてた」

「……そうか」


 バードも周辺を確かめているが、その隣のロックはバードを見ていた。


「どうしたの?」

「あ、いや……」

「なんか変?」


 地上に降りたバードはカーボンアラミド繊維で作られた簡易装甲服を着ていた。

 全身を包むオーバーオール状態なのだが、その装甲服は漆黒の仕上がりだ。

 そして、戦闘服だけに身体のラインが浮き出るほどピッタリの仕上がり。

 その姿はまるでタイトラインなドレス姿だった。


「ちょっと目のやり場に困る」

「ロックならどこを見てても怒らないよ」

「そうだけどさ、ここにゃ…… ほら」


 クイッと顎を降ったロック。その先には下士官以下の兵士が動き回っている。

 彼等はそれとなくバードを見ていて、言うならば目の保養状態だ。


「……襲い掛かってこない限りはいいわよ。減るもんじゃないし」

「まぁ、そうだけどな」


 ロックにしてみれば面白くないのだが、そこはそれ、飲み込むしかない。

 惚れた女を独占したいのは、いつの時代でも男の性だ。


「ロック! バーディー! 出発だ!」


 支度を整えたライアンが叫ぶ。Bチームを含めた特務中隊が動き始めた。

 タイシャンから首都サザンクロスへと延びる国道は、すでに夏の陽気だ。

 ニューホライズンの赤道にほど近いこのエリアは、夏の暑さが厳しいらしい。


「なんか懐かしい暑さだな」

「……暑いの?」

「え?」


 あくまでT-500はアンドロイド向けのボディだ。

 その為、熱センサーは付いているが、それは放熱不能を警戒する為でしか無い。


「……温度センサーは反応するけど、暑い寒いって感覚はないから」

「そうか……」


 何とも複雑な表情で苦笑いのバードは、指先で自分の身体を叩いた。

 アラミド繊維の下にある軽金属がコンコンと音を立てた。


「ロクサーヌも最初は辛かったと思う」

「……ロクサーヌか」

「なんか悪い事したって、今は思う」

「悪い事?」

「うん」


 エンジンの掛かっているM113に向かって歩く二人。

 そのシルエットは共に人の姿をしているが、中身は全く別物だ。


「人間として死なせるべきだった。あれじゃただの擱座で機材放棄だから」

「……そうだな」

「ただ、多分だけどね」


 足を止めたバードは、寂しそうに笑って言った。


「最後はアレを受け入れてたと思うよ。力尽くで負けたんでしょ?」

「あぁ」

「じゃぁ、仕方ないもの」


 ロックは不意に、微妙な表情を浮かべるバードを抱き締めたくなった。

 兵士の手前それは出来ないが、バードの心がなんとなくAIの様に感じたのだ。


 思考を矯正され、自分自身に疑問を感じない姿。

 ただ、それ自体は生身にも起きる事だとも気が付いているのだが……


「ロック! バーディー! 1号車に乗れ!」


 2号車の車長席にいたジャクソンが声を掛けた。

 M113は全部で6両ほどで、その後ろに兵員輸送トラックが2両いる。

 12名いるBチームでロックとバードが1号車と言う事は……


 ロックとバードは顔を見合わせた。

 皆が1号車を敬遠する理由の察しが付いたのだ。


 ――仕方ないよね……


 バードも苦笑いでM113の後部ハッチを開けた。

 荷電粒子砲の砲塔が付いているとは言え、M113は所詮歩兵戦車でしかない。

 砲塔下には左右に分かれたベンチシートがあり、様々な支援機器が並んでいる。


 その一角に、エディとテッドがいた。

 地図を見ながらアレコレと話をしている状態だった。


「おぉ、バーディーが1号車か」

「暑くなりそうだな」


 テッドとエディは遠慮無く二人を冷やかし、見知らぬODSTの軍曹が笑った。

 はにかんだ表情で車内へと入るのだが、その車内は予想通り暑かった。


「オーバーヒートするなよ? 結構面倒だからな」

「危ない時は水にでも飛び込みます。一応完全防水ですし」

「そうだな。ただ、ギャラリーが多そうだ」


 エディは口さがなくそんな事を言い、同時に車長席へと腰を下ろした。

 電動でリフトする椅子は砲塔から上半身を乗りだし視界を良くする事も出来る。


「この視界も久しぶりだな。さて、出発しよう」

「サー!イエッサー!」


 運転席に座る軍曹が返答し、隊列が出発していく。

 風を受けながら走るM113のコマンダー席でエディは鼻歌など歌っていた。


 シリウスの青い光が降り注ぐ朝。

 地球ではなかなか見ないサイズの昆虫が飛ぶ長閑な昼下がりだ。

 丁寧に舗装された幹線道路は乗り心地も良く、ついつい眠気を覚えるもの。

 事実、車内の兵士たちに船を漕ぐ者が現れる。


『みんな眠そうだ』

『仕方ないさ。彼らは人一倍働くからな』


 無線の中へ呟いたテッドの言葉に、エディが軽い調子でそう答える。

 いつの時代もどんな軍隊も、様々な皺寄せは下の階級の者が努力して解決する。

 それを承知していなければ士官は勤まらず、また、グループの長たり得ない。


「思えばもう…… 55年か」

「随分と長い付き合いになったなテッド」

「あぁ。拾ってもらって俺はラッキーだったよ」


 バードは天蓋装甲を折りたたみ、M113をオープントップにした。

 車内で立ち上がれば肩口から上が露出する状態だ。


「どうしたバーディー」

「外を見たくなりました」

「外?」


 首を傾げたテッドだが、バードは笑って言った。

 その表情は穏やかで朗らかだ。


「はい。テッド隊長の生まれた地ですから」

「……そうだな。せっかくのシリウスだ」


 そんなバードの横にロックが立った。視界は広くクリアな世界だ。

 本当にこの大陸が激戦地だったのか?と不思議がるバード。

 だが、そんなバードを余所にエディはニコニコと笑っていた。


「ちょっと速度を落としてくれ」

「イエッサー!」


 ドライバーに声を掛けエディは行軍の速度を落とさせた。

 その隣にテッドが顔を出し、苦笑いしている。


「ここが若き日のジョニー青年と出会った場所だ」

「懐かしさに涙がこぼれそうだ。気分だけはな」

「全くだな。そのうち涙を流せる機体が登場するさ」


 エディのジョークにバードも苦笑いを浮かべる。

 一度は涙を流したバードだが、それ以降は同じ経験が無い。

 もっとも、泣きたいかと言えば、それはまた違う話でもあるが。


 それは、感情の発露としての機能だ。

 笑ったり怒ったりと一緒で、感動したり悲しんだりした時に作動する器官。

 そう言う感情を、心のうねりをより深く味わう為の道具の一つなのだろう……


「ん?」


 先に気が付いたのはテッドだ。

 そして、苦笑しつつ目をやったエディは、頭を掻きながら笑った。


「おいおい…… またか」


 行軍するM113の前方。路肩に寄せた車が一台止まっている。

 特に荒らされた形跡はないが、自走出来そうな雰囲気でもない。


「さて、出番だぞテッド」

「……仕方ないな」


 車のやや手前で停止したM113のハッチを開け、テッドは身なりを整え出た。

 その車は決してボロ車では無く、また、整備不良と言う事でも無い。


「どうかされましたか?」


 テッドは一人だけで車に近づいた。

 大勢では相手も警戒するだろうからと、そんな発想だ。


「……あっ」


 その車の中から出てきたのは若い女性だった。

 明らかに警戒している様が見て取れるその姿には、露骨な敵意があった。

 テッドは一瞬思案し、M113へと戻って、拳銃を車内に置き丸腰になった。


「大丈夫だ。武器は持ってない」

「……地球軍の方ですか?」

「あぁ。そうだ」


 正直に応えたテッドだが、その言葉に女性の警戒は一層厳しくなった。

 ただ、だからといって立ち去るわけにはいかない。


 かつては何度も走った州道86号線だ。

 どこまで行くのかは知らないが、道中が決して楽な街道でもない……


「どちらへ行かれる?」

「……グレータウン」


 一瞬躊躇した女性は、小さな声でグレータウンと答えた。

 その言葉にテッドの表情がふっと緩む。


「そうか…… グレータウンか……」

「ご存じなのですか?」

「あぁ、良く知っているよ」


 柔らかく笑みを浮かべたテッドは、ふと遠くを見てから言った。

 独り言のようにも聞こえるものだが、その声には張りがあった。


「と言っても、50年も前だけどね」

「え?」

「私はシリウス人だから……」


 それ以上の言葉を言わなかったテッド。

 だが、女性は小さく『あっ!』と声を漏らした。


「……帰還演説した地球軍の人だ!」

「そう。その通り」

「テッド・マーキュリーさんですよね?」

「よくご存じですね」

「はい! もちろん!」


 ニコニコと笑う女性は、喜んでテッドに近寄った。

 先程の露骨な警戒は何処かへ消え失せ、女性は踊る様にテッドの手を取った。

 そして、本当に踊る様に飛び回った後で、テッドに言った。


「テッドさん! あなたを待っている人が沢山います!」

「ん? どういう事?」

「あなたの演説を聴いて、首を長くして待ってる人が沢山いるんです」


 女性の言葉を聞いてみたものの、テッドにはその実態が想像も付かない。

 ただ、少なくともこの女性はウソを言っているようには見えない。

 本当に嬉しそうにしているし、軽やかにステップを刻んでいる。


「早速行きましょう!」

「……どこへ?」

「グレータウンです」


 女性はそこで小さく『あっ……』と漏らした。

 そして困った様に振り返る。


「でも、生憎、車がガス欠で……」

「なんだ、そんな事か。おやすいご用だ」


 テッドは振り返って最後尾の兵員輸送車を呼んだ。

 車体の後部には予備の燃料タンクがある。


「それをこの車に入れよう」


 驚く女性を余所に、あっという間で仕度が調う。

 こう言う部分での軍隊は、やはり素早さが取り柄だ。


「すいません…… 燃料を」

「いやいや、これ位は大丈夫」

「よろしかったら私の車に乗りませんか? いえ、むしろ……」


 女性ははにかんだ笑みで言った。


「乗ってください」


 一瞬だけ真剣な表情になった女性に、テッドは内心で警戒レベルを上げた。

 上手く行っている時は罠だ。そんなネガティブ思考も、身を護る知恵。

 だが、そのやり取りをテッド経由で聞いていたエディは遠慮無く言った。


「テッド。据え膳喰わぬはなんとやらだ。グレータウンまで行けば良いさ」

「……あぁ。そうしよう」

「ついでにモニターしているからな」


 エディ下世話な言葉に皆が大爆笑した。

 思わぬ拾いものをした中隊の車列が再び動き出した。

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