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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その3 カントリーロード
197/354

日々是精進

~承前






 ニューホライズンの空を飛ぶジーナの機内。

 テッド大佐は黙って腕を組み、ジッと機窓を見つめていた。


 その立ち姿には一部の隙も無いが、心は落ち着いていた。

 大気圏突入艇であるジーナの窓はそれほど大きくない。

 だが、その小さな窓一枚でも、有ると無いとでは大きな違いがある。


 テッドの見つめる先。

 窓の向こうには緑一色に染まった広大なリョーガー大陸があった。

 まだ夜のエリアも残っているが、その大地にシリウスの光が射し込んでいた。

 青い光だが、それでも大気による効果が効き、地上は黄色く染まるようだ。


 ふと、テッドは一つ溜息をついた。

 ガス交換を必要としないサイボーグだが、息を吸ったり吐いたりは出来る。

 そしてそれは、心の据わりを改善する効果をもたらす事もしばしばだ。


 そんなテッドをバードが気が付いた。

 大気圏を降下しつつ、装輪戦車の固定や武装の調整などで忙しかったのだが。


「光の色は違いますが、やはり朝は荘厳ですね」


 柔らかい言葉でそっと声を掛けたバード。

 そんなバードに気が付き、僅かに顔を向け微笑んだテッドが言った。


「希望の朝だ」

「希望の?」

「あぁ」


 一瞬の沈黙を挟み、テッドは遠い目をして言った。

 それは、既に遠い遠い日々となった地上での暮らしを思い出すものだ。


 日暮れまで牛を追い、面倒を見てから家に帰って食事して眠る。

 来る日も来る日も同じ事を繰り返しながら、日々を積み重ね暮らした頃だ。


「昨日よりも今日を良くしよう。明日はもっと良くしよう。それを積み重ねて来年が良い一年になるように、日々努力しよう。それがシリウスの毎日だ」


 テッドは静かな言葉でそう説明し、再び地上を見た。

 その胸に去来するものがなんで有るかをバードは良く分かっている。

 そう簡単に会えなくなった存在が手の届く距離にいる。


 その気になれば、なんとしても会いに行けるのだろう。

 だが、そこには見えないガラスの壁がある。

 2人を大きく隔てる厚い壁だ。


 身を斬る様な思いに焼かれつつ、テッドは任務を果たしていた。

 その強い心に、バードは胸が一杯になった。


 ――凄いなぁ……


 窓の外、遠くに見える光景は、多くの人々が積み重ねる小さな幸せの結晶だ。

 広大な穀倉地帯に射し込んだ光は、収穫期を迎えた麦畑を輝かせた。

 金色に染まる豊かな稔りの野には、早くから収穫を行う大型農業機械がいた。


 高度30キロ付近を順調に降下しているジーナは、カタカタと小刻みに揺れる。

 ニューホライズンの厚い大気を横切り、地上を目指して落下を続けている。


「奇麗だなぁ……」


 バードはただただ感心していた。

 地上教育の一環で見た開拓前のニューホライズンとは大きく姿が異なるからだ。


 ハイウェイが縦横に地上を結び、大規模輸送用の軌道輸送システムが見える。

 23世紀と地球文明では鉄道という交通機関が事実上死滅していた。


 ただ、陸路を行く大型で大規模な輸送システムは、やはり鉄道しかない。

 専用の軌道上を定められた経路で自動輸送するシステムは、地上の貨物船だ。

 長距離高速大量輸送のシステム。ただ、その役目もここ数日はお休みのようだ。


 キーリウスの重化学工業プラントは機能を停止し、車輌工場は休業中だ。

 戦争の継続に必要な産業は全て停止し、生活産業だけが盛んに稼動している。


 ――シリウス人もそろそろウンザリなんだ……


 コレだけ長く戦争状態が続けば、誰だってそんな気になるのだろう。

 作っては壊され、作っては壊され、それを延々と繰り返して今がある。

 勝たなければ意味は無いが、もはや負けても良いから終りにしたい。


 そんな空気が双方に存在していた。


「隊長。アレは何ですか?」


 リョーガー大陸の中央に、一際巨大な建築物が見える。

 大きなビルを横倒しにして幾つも積み重ねたような階段状の姿だ。


「あそこがサザンクロスだ。座標は昔と変わっちゃいない。ただ、実際に見ると随分大きくなっているな。まぁ、新たに建設された政府機関向け施設だろう」


 テッドはニヤッと笑ってバードを見た。

 そして、小さく付け加えた。


「古い施設はエディと一緒に全部爆破したからな」

「え?」


 驚いたバードの表情が変わる。

 いきなり何を言い出すんだと驚くしかないのだが、テッドは楽しそうだ。


 身振り手振りを交えて説明するテッドの言葉には躍動感があった。

 楽しかった日々の残照を思い出すように、テッドは雄弁だった。


「サザンクロス攻防戦の時にな、あの中にシリウス軍を引き込んで纏めて爆破してやったのさ。ガラスとコンクリートの瓦礫に相当埋まったはずだ。もっとも、その大半がレプリの兵士だったが――」


 そんなテッドの雄弁がスッと影を潜め、遠い目をして地上を見た。

 何か嫌な光景でも思い出したのか、その表情が渋いものに変わっていった。


「――あの戦いの時は、まだ俺も生身の身体だった。走り回って汗を掻いて、酷いものだった。あの時に見たエディの恩師である将軍は立派な人間だった」


 テッドの言葉を聞いたバードは、『ロイエンタール卿ですか?』と言った。

 小さな声で呟いたのは、すぐ近くにいたエディへの気遣いだ。


 テッドから聞いたその青春時代には、エディの武勇伝が頻出している。

 それは頻出などというレベルでは無く、もはやエディの物語だ。


 もう一人の父と言い切ったエディにとって、老将軍への敬慕は果てしないもの。

 そんなロイエンタール卿の仇討ちとして飛び回った話しこそ、テッドの青春だ。


「隊長が経験を積んだって言われたものですね?」

「まぁ、それも実際間違い無いが、本当に経験を積んだのは――」


 再びバードを見たテッドは、その姿をジッと見た。

 この日は増加装甲の代わりに装甲の殆どない野戦ポンチョを被っている。


 サイボーグとは言え、その中身は年頃の娘だ。

 心情的に裸姿は嫌なのだろうとテッドは思った。


「――きっとグリーゼに行った時だな」

「グリーゼ?」

「あぁ」


 バードは一瞬だけデータベースを探し回った。

 テッド隊長からグリーゼの話しを聞いたことが無かったからだ。


「グリーゼって。グリーゼ宙域連星群ですか?」

「そうだ…… ん? 話をしてなかったかな」

「はい」

「そうか。じゃぁ機会あれば話をしておこう」


 もう一度ニヤリと笑って地上を見たテッド。

 一瞬たりとも目を切るのが惜しいのかも知れない。


 機窓に展開されるその光景は、雄大で美しいものだ。

 風に揺れる小麦の海は、キラキラと光りながらうねっている。


 ただ、この大地も一度は艦砲射撃で焼き払われたらしい。

 戦闘詳報を読んだバードは、幾度も言葉を失ったものだ。

 都市圏への無差別砲撃に始まり、穀倉地帯を焼き払い、工場群を焼き払った。

 戦略的な継戦能力の除去を目的とした、血も涙もない無差別攻撃を行ったのだ。


 ただ、結果としてそれは、地球への憎悪を煽る結果に終わった。

 そして、巨大は反撃作戦が立案され、シリウスによる地球侵攻作戦に繋がった。

 地球人類史に残る大規模な戦闘の記憶は、おそらくこれが始まりだろう。


 ――衛星爆弾だものね……


 シリウス側が行ったのは、宇宙を漂う小惑星を巨大な弾頭に見立てた攻撃だ。

 とんでもない速度で太陽を周回する小惑星の軌道をずらし、地球へ落とすのだ。


 疲弊しきったシリウスは、地球側のように大規模な艦隊を揃えられなかった。

 だが、自由な発想と柔軟なアイデアは、艦砲射撃を越えるものを見つけた。

 毎月一発ずつ、大きめの衛星を地球に落とすのだ。


 巻き上げられた莫大な土砂が太陽光線を遮り、地球は寒冷化を始めた。

 人工的な氷河期が到来し、高緯度の穀倉地帯は大打撃を受けた。

 そして、それが地球上における大混乱の始まりだった……


「黄昏るには早いぞテッド。そろそろ地上だ」


 アレコレと考えていたバードは、エディの声で我に返った。

 振り返った先には、立派な身形に変貌しているエディ大将がいた。


「あぁ。そうだな」


 渋い声音で返答したテッドは緩やかに笑った。

 提督帽を被り将軍の外套を肩に掛けたその姿は、威厳に満ちていた。


「一瞬、ロイエンタール卿かと思ったよ」

「そうか?」


 テッドの言葉はエディの表情を満面の笑みに変えた。

 そんなやり取りに、バードはエディにとってのロイエンタールを思った。


 どこまで行ってもやはり、エディだって人の子なのだ。

 ビギンズと。或いは、始まりの子。無限の祝福を受けた存在と。

 そんなプレッシャーの中でエディは育ったのだろう。


 だからこそ、ロイエンタール卿の存在は大きかったのだとバードは思った。

 一人の人間として、甘えたり、悩みを打ち明けられる存在だったのだ。


 そんな人物を獄死させた連中を、エディは相当惨い方法で殺した。

 復讐と言うには余りに非道な手段での報復だった。

 そして、ある意味でシリウスと地球の関係がこじれた要因にもなった。

 だが……


 ――その全てを背負ってでも目的を果たしたんだ……

 ――恨まれることも詰られることも承知の上で……


 改めて深い思考を積み重ねたバードは、エディの真実に幾つも気が付いた。

 先に書いた膨大な戦死通告書は、最後に必ずエディ・マーキュリーと署名した。

 戦死した兵士の母親は、その名前を決して忘れないだろう。


 だがいつか、自分がビギンズだとカミングアウトする時が来るはず。

 その時、地球人の兵士を見殺しにしたシリウスの王と呼ばれる事になる。

 或いはその戦死した両親から恨まれる事になる。それも、深い恨みを……


 つまり。エディはその身を持ってバードを指導していた。

 自分の行いについての責任を取ると言うことをだ。


「しかし、なんだな。バードクラスな適応率が使うと、そのT-500も滑らかに動くな。少々を通り越してかなり驚くよ」


 半ば罰ゲームでT-500を宛がったエディは、そんな他人事の言葉を吐いた。

 スペアとしてG20系列を使う事も出来たと聞いたのは、つい最近だ。


 エディにはエディの思惑がある。

 バードはそう思って割り切るしかなかったのだが。


「正直に言えば、じろじろ見られることも多くて恥ずかしいです」

「……そうだろうな。思えばロクサーヌも慣れるまで10年は掛かった」

「ロクサーヌ……」


 バードは初めてハッとした表情を浮かべロクサーヌを思い出した。

 彼女は自分以上にメタル外装なアンドロイドその物だった。


 今のバードもかなりスタイルが良い姿だが、ロクサーヌはそれ以上だった。

 様々な戦闘に対応するべくオプションマウントを多く持っていた。

 それ故か、ロクサーヌの顔は表情が一切ない、陶器のような風合いだった。


「ロクサーヌも最初はかなり荒れていた。望まぬ姿だったからな」

「……はい」

「全てを受け入れて強く振る舞うんだ。君にはそれが出来る」


 意味深な言葉を残し、エディは歩み去った。

 その後ろ姿を見送ったバードは、ふと、ロクサーヌのチップを思い出した。


 ――そういえば……


 ロックから受け取ったあの記憶チップは、月面基地の私室に置いたままだ。

 何で持ってこなかったのか……と、今さら後悔したバード。

 取りに行ける距離でも無いし、中身を確かめるには生きて帰るしか無い。


 ――頑張らなきゃ……


 Gシリーズを使っている時なら小さく息を吐くことも出来た。

 だが、今のT-500ではそれも出来ないのだ。


 ――辛かったろうな……

 ――彼女も……


 同じ女だからこそ解る事がある。そして、ソロマチン大佐のことを思い出す。

 この戦役でバードが出会う女性は、みな強く逞しく、そして辛い人生だ。

 だが、それを殊更嘆いたり、同情を引こうとしてみたりと言う所がない。


 そんな彼女達と比べ、自分の弱さをバードは思う。

 ただ、それ自体がエディの思惑であるとは、まだ気が付いて居ないのだが……


「まぁ、なんだ。バーディーも下手な振る舞いはするんじゃ無いぞ?」

「はい」

「君の身の上を思えば仕方が無いと思う部分も多々ある。だがな――」


 エディの叱責には愛がある。バードは今それをはっきりと感じた。

 きっとこの人は、言葉に出来ない辛い経験を山ほど積み重ねたのだろう。

 絶対に表に出せない嫌な記憶が五万とあるのだろう。


 その全てを飲み込んで、同じ思いを次の世代が繰り返さないように。

 辛さも苦しさも出来れば避けて通れるように気を使っているのだろう。

 心配性な祖父の言葉を黙って聞くお転婆な孫娘は、薄笑いでそれを聞いていた。


「――失敗してからでは遅いんだぞ?」

「はい。いまそれを身に凍みて感じています」


 恥かしそうに笑って自分の腕をカチカチと叩いたバード。

 その姿がおかしくてエディもテッドもくすくすと笑った。


「それならよろしい。次は気をつけろ」

「はい。そうします」


 バードもまたニコリと花の様に笑った。

 エディの言葉が胸にしみこんでいた。


 ――――地上まで10キロ!

 ――――各員は着陸に備えてくれ


 パイロットからの機内アナウンスが掛かり、バードは所定の座席へと座った。

 重量のあるT-500だからか、椅子がギシリと音を立てた。

 僅かに嫌な顔をしたのだが、今の自分を客観的に見つめれば仕方が無い。


「さて、楽しみだな」


 同じように席に着いたエディはそう呟いた。

 そして、その隣ではテッドが黙ったまま、何度も首肯していた。

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