特別な任務
「おい……」
その一言を漏らしたきり、ロックは黙ってしまった。
ハンフリーのガンルームにやって来たバードを見てロックは固まっているのだ。
「え? どうしたの?」
先の戦闘で大破したG30系統の身体は修理が出来ないらしい。
ハンフリーのメンテナンスデッキでそう知らされたロックだが……
「なんだ…… それ」
最新型のG30代わりに使ってるのはDチーム向けのT-500だ。
そもそもがAIで自立駆動する人型戦闘兵器のボディだったもので、軽金属とエンプラで作られた、アンドロイドその物と言える姿だ。
そして、人間が使うことを考慮されてないので、ボディの表面から直接放熱する仕組みなのだが、その関係で衣類を身に纏うには大幅な制限が掛かる。ボディに密着する衣類だとオーバーヒートの危険があるのだ。
それ故、バードは裸でいることを余儀なくされた。
事実上ヌードボディなので羞恥心が振り切るほどに恥ずかしい。
本質的には全く正しくないが、概念としては裸姿と一緒だった。
そんな状態で幾度か戦闘降下を行ったバードは、面倒臭さを感じていたのだ。
苦戦している戦線のサポートに付くべくBチームは緊急降下戦闘を行なった。
だが、熱対策の関係でバードは分厚いボディアーマーを着る事が出来ないのだ。
幾ら丈夫なT-500とはいえ、事実上丸裸で白兵戦は出来ない。
そのため、バードは仕方が無くT-500向け増加装甲を取り付けていた。
距離500までなら、対物狙撃ライフルの直撃をも熱に変換する代物だ。
運動エネルギーを熱に変え、その力を逃がして中身を護る仕組み。
だが、その場合は専用のヘルメットを被り頭部保護を厳重に行う必要がある。
増加装甲のデータはヘルメットの内側に直接表示されるからだ。
最初は面倒がったバードだが、慣れてくるとこれはこれで便利だった。
ただ、ロボットのような姿になってしまう羞恥心は200%アップだった。
「似合う?」
そんな軽口を叩いてバードはターンした。
小さく息を吐きつつ『おいおい』とロックがこぼすほどに……だ。
今日のバードは各所にスリットメッシュの入った皮のスキニーをはいていた。
そして上半身はレースの飾りが付いたメッシュのタイトウェア。
通気性が良く、放熱の助けになるモノだ。
黒一色なゴスロリ系のファッションに、ロックは呆れて言葉が無い。
傍目に見ればバカっぽい仕草の二人だが、チームメイトはゲラゲラと笑うだけ。
最後に部屋に張ったドリーまでもが頭を抑えて『おいおい』と漏らす。
ただ、その表情が緩いと言う事は、酷い出撃では無さそうだった……
――――――――3000年6月19日 午前7時
強襲降下揚陸艦 ハンフリー ガンルーム
「とりあえず今朝の戦況からだ」
ドリーは手持ちの資料をモニターに表示して説明を始めた。
気がつけばドリーの隊長業務も板に付いてきて、今はなんの違和感も無い。
肩書きが人を育てると言うが、テッド隊長の元で鍛えられたドリーも一流だ。
チームを上手く導き、犠牲を最小限に減らし、必要な結果を得ている。
そのやり方はエディから叱責されたバードにとって生きた教材そのものだ。
学ぶところは余りに大きく、自らの至らなさを痛感することも多々ある。
だが、それに気が付くと言う事もまた成長だ。
――凄いなぁ……
率直に感心しているバードは、自分の足を指先で弾いた。
G30を使っている時とは全く違う感触に、バードは羞恥心を覚えた。
自分自身のバカさ加減からこうなったのだから、その責任は自分にある。
ただ、頭でどれほど理解していても、それを受け流す事など出来やしない。
恥ずかしいモノは恥ずかしいし、出来るものならあまり人に見られたくも無い。
そんなバードを全部承知で降下させるエディとテッドは恨めしい限りだ。
「リョーガー大陸の全域で大規模な戦闘はほぼ終結した。駐留していたシリウス軍は大幅に後退し、主力である第7軍団と第8軍団はジュザ大陸へ移動を確認した」
モニターに表示される最大の大陸リョーガーは、地球のアフリカ大陸を横倒しにしたような姿をしていた。そして、その面積は二回り以上大きく、その大半が豊かな穀倉地帯で占められていた。
「撃ち漏らしたシリウス軍は凡そ70万の大軍団だ。コレは後で面倒の種になるだろうが、今は支配地域の拡大を喜んでおこう」
ドリーの緩い物言いに全員が失笑を漏らした。
後になって相当苦労するのが目に見えているのだから、喜ぶべき事では無い。
その尻拭いの激戦で馬車馬のように使われる運命はよく解っているからだ。
「リョーガー大陸に残って抵抗を続けているシリウス軍はおよそ5万。これは各所に分散展開しているので少々面倒だ。各部で強力に掃討戦を繰り返していて、人口10万以上の大都市では、制圧率90%を越え、今朝の速報値で97%に至った」
明るいニュースには全員が『おぉ~』と感嘆し、小さく拍手する。
パチパチと言う音に混じり、バードの手がカチャカチャと機械的な音を立てた。
「バードの手はカスタネットだな」
遠慮なく弄るジャクソンの言葉に、バードは舌を出して『ベー』の表情だ。
口さがない、気の置けない、そんな仲間達の振る舞いは、恥かしくも楽しい。
そうやって少しずつ羞恥心を紛らわせようと気を使う仲間にバードは感謝する。
「ただ、困った事に、地球側の勢力下に入ったいくつかの都市で、暫定自治を強行に求める勢力が存在している。シリウス連邦からは離脱したが、ここは地球ではなくニューホライズンと言う惑星だと主張している。で……だ――」
ドリーはスクリーンの表示を切り替え、リョーガー大陸の詳細地図を出だした。
広大なその大陸の中央政府が存在したのは、サザンクロスと言う街。
ここは人口500万に達する巨大な街だったらしい。
「――力で押さえつける事は容易いが、後々になって暴発されても困る。その為、宣撫工作と言う事で専門セクションが使われる事になった。何故かと言えば、この後に控えているこっちが問題なんだ」
ドリーはスクリーンの地図をスクロールさせた。
サザンクロスの街から放射状に広がる幹線道路に沿って、衛星都市が幾つも存在しているが、そのサザンクロスから東へ5000キロほどの所にはキーリウスと言う街が存在していた。
リョーガー大陸最大の工業都市であり、またシリウス地上軍に向けて武器武装を供給する一大拠点だ。重化学工業や巨大な機械工場を要するその都市は、地球軍もシリウス軍も全く手付かずの状態で残されていた。
「ここはシリウス軍が焦土作戦をやる事すら躊躇している都市だ。もし焼き払ってしまったら、ここまで積み上げたものがパーになるって事だな。そして、この都市は中立を宣言し、状況を見守っている。地球側もこの街は出来る限り無傷で手に入れたいと言うことだ」
ドリーの説明に全員が首肯した。その理由が手に取るようにわかるからだ。
この戦役が終ったとき、シリウス復興の道具を作るのに必要と言うことだ。
そしてもちろん、シリウス軍側とて兵器供給と言う面から見れば、ギリギリまで機能を残しておきたいのだろう。なにより、一般民衆にとって働く場所を残しておく事が重要だ。それこそが宣撫工作の肝なのだった。
「その為、まずはリョーガーのいくつかの都市で宣撫工作を開始する。自治団の強いところを含め、いくつかの都市で専門セクションスタッフが活動を開始した。戦闘でなら2週間で完全制圧だろうが、宣撫工作では2ヶ月3ヶ月と言うスパンが必要だ。ただし、銃弾は飛ばず、人も死なない平和な戦争だな」
ドリーの言葉に再び全員が失笑した。
鉄火場専門で使われるBチームにしてみれば拍子抜けだ。
サイボーグの兵士は生身の兵士が無駄に死なないように使われる。
極めつけの死地へ送り込まれ、大暴れして敵を弱体化させるのが仕事だ。
弱体化させた後、生身の兵士が入って行って最後のトドメをさす。
その下準備の為にサイボーグは存在する。
宣撫工作はその対極に存在する組織だ。
心理戦や神経戦と言ったムード作りと大衆への宣伝工作を行う。
そして、一発の銃弾を放つ事なく必要な結果を得るのだ。
「我々にすれば余り面白くは無いが、それこそ好きこのんでドンパチばかりやるのも不毛って事だ。そうだよな?バーディー」
ここで話を振るか!とドリーに苦笑いをこぼすバード。
それを見て仲間達がゲラゲラと笑う。
チーム一番のウォーモンガーなバードに懇々と言って聞かせる作戦。
その戦闘狂ぶりに手を焼いたテッド隊長とエディ大将の指令でもあった。
「で、まぁ、要するに、その宣撫工作班が入る前に我々の仕事が発生した。先にこっそりと降下して、地上を走る事になっている。かれこれ50年前にも同じ事をエディがやったと聞いてきた。シェルじゃダメなんだよ」
そのドリーの言葉に、全員が面倒な中身を夢想した。
――――面倒を押し付けられるのでは?
そんな危惧したのだが、その面倒の中身が問題になりつつあった。
要するに、手を抜いても良いかどうかが問題なのだ。
「地上人と同じ目線でニューホライズンの大地を見て、風を感じて、そして、人々の本音を酌み取るって事だ。地上で反地球派と呼ばれる狼藉集団がいればそれを排除し、暴力的かつ反社会的な集団がいれば、それに鉄槌を下す」
――あぁ……
――そうか……
バードはロックと視線を交わして確認し合った。
いつか聞いたテッド隊長とソロマチン大佐の話だ。
リョーガー大陸の地上でエディと出会ったジョニー少年が、やがて経験を積み、困難を乗り越え、言葉では説明出来ない艱難辛苦を踏み越えていく物語。
いまは、敵からも味方からもブラックバーンと呼ばれるに至った、一人の男の物語。その発端、となったのは、同じ任務で降下したエディ少佐だった。
「で、俺たちはどこに降りろって?」
話しの続きをせがんだスミスに対し、ドリーはスクリーン表示を変えつつ言う。
そのスクリーンには、リョーガー最大の都市サザンクロスから200キロ離れた衛星都市の一つ、ルドウ市が表示されている。
そして、地図が更に拡大され、そのルドウから更に離れた小さな街が衛星画像で表示されていた。
「街の名はタイシャン。サザンクロスからシリウス合衆国の国道186号線を走って行って、凡そ3日の距離だ。この街の近郊に降下し、周辺都市をグルッと一回りすることになっている。降下するのは我々Bチームの他に、テッド隊長と――
そう説明したドリーだが、その言葉を遮ってジャクソンが言った。
「おぃおぃドリー。今の隊長はアンタだぜ」
ジャクソンの言葉で新入り三人組を除くメンバーが再び大爆笑した。
もちろん、ドリー隊長も大笑いした。それこそ、腹を抱えてだ。
「そうだ、その通りだな」
「だろ?」
畳み掛けるジャクソンの言葉に再び笑い、ひと仕切りしてドリーが再開した。
スクリーンにはタイシャンの他にグレータウンの文字があった。
「俺たちの他にテッド大佐と、あと、ODSTの第2作戦グループから選抜した30名ほどが同行する。まぁ、派手にドンパチしようって事じゃないからこれで良いんだろう。ついでに言うと、調整が付けばエディも行きたいと言っているが――
ドリーはニヤリと笑ってスクリーンの表示を変えた。
そこには随分若い姿のエディと共に、驚く程若いテッド大佐の姿があった。
「――2245年にエディ少佐もこの辺りを走っているらしい。だから、出来れば行きたいと言う話しだ。俺たちは精々エディの使いっ走りでこき使われよう。そうしておけば、あとで休暇の申請もしやすくなる」
ドリーの微妙なジョークに軽く失笑し、バードは上目遣いでロックを見た。
一瞬だけロックの目がキラキラと光ったので、慌てて赤外のポートを開けた。
【エディとテッド隊長の青春時代だね】
【あぁ。おまけにソロマチン少佐と暮らした平和な時代の記憶も有るんだろうさ】
【何も無きゃ良いね】
【あの二人が行くのに、平穏無事って事はあるめぇ……】
僅かに肩を竦めて見せたロック。
バードは肩頬だけ大きく歪ませて笑った。
金属外装なT-500は柔軟な動きが出来ない。
だからこそ、表情豊かに振る舞いたくもなるのだった。
「さて、ロックとバーディーの内緒話も済んだことだし――
再び遠慮無く煽ったジャクソンだが、ロックもバードも照れ笑いだ。
そんな状態で、副隊長であるジャクソンは立ち上がり手を叩いた。
「準備しようぜ。テッド大佐の顔に泥を塗らねぇように」
その言葉に触発され、全員が一斉に立ち上がって準備を始めた。
ハンフリーの艦内ではジーナのスタンバイも終わっている。
あとは地上での戦闘装備さえ調えれば良い。
「ドリー隊長!」
大袈裟な物言いでライアンが言う。
その言葉にも皆が笑っている。
「どうした?」
「地上はどう移動するんだ?」
「あぁ、言うのを忘れた」
忘れたと言う言葉に、皆がおいおいとこぼす。
最も、聞かなくとも内情は見て取れる。
「地上では8輪装甲車を使う。地上軍向けのM113兵員輸送車だ。借り物だから壊さないようにな。上手く使おう」
ドリーはそう説明したが、バードは一瞬考え込んだ。
M113なんて聞いたのは、ODSTスクール以来だからだ。
――なんだっけ?
一瞬だけ思案し、そのまま軍のデータベースへとアクセス。
わずかに間を開けて視界の片隅に大型の砲塔を乗せた装輪装甲車が姿を現す。
――あぁ……
――これか……
話しに聞いていたニューホライズンの物語に頻出する車輌だ。
そして、この車輌を介した様々な戦闘がテッド大佐の青春だ。
敵も味方も死んだり殺したりしながら、人生経験を積み重ねた。
苦痛も憎悪も悲しみも積み重ね、テッド隊長はサイボーグになった。
――何が起きるのかな……
気が付けばバードもそんな事を考える余裕を持つに至っていたのだった。