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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第15話 オペレーション・スレッジハンマー
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エディの叱責

~承前






 エディの身体には隠しきれない怒りが滲み出ている。

 だが、その自らの感情を噛み殺し、エディは言葉を選んでいた。

 それは部下を指導する上官であり、娘を導く父親の仕事だ。


 また、人前で叱るのは、それを聞く部下達への叱責でもあった。


 君らが止めればこうはならなかった。

 止まるか止まらないかは問題ではない。

 その努力をしたかどうかが、重要だ。


 そして、最も重要な事。それは、人前では誉めないことだ。

 公衆の面前で自分以外の誰が称賛を受ければ、誰だって心に波風が立つ。

 どんなに優れた人格者でも、そうなのだ。


 エディはエディで困難な闘いをしている。

 人を育て導く事は、如何なる難敵とやり合うよりも難しい。

 バードはまるで他人事のようにそんな事を思った。


 ただ、そんなバードの心を直接打ち据えるエディの叱責は重く、きつかった。


「時には戦わず後退する勇気も必要だ。君の部下となった兵卒のうち、30名程の若者が死んでしまった。中には妻子が居た者もあろう。戦闘に参加する事自体安全とは言いがたいが、それでも死なずに済む様に安全を旨とする努力は出来る筈だ」


 小さな声で『はい』と応え、バードは真っ直ぐにエディを見ていた。

 声を荒げ叱責するのでは無く、一つ一つ噛み砕いて言い含めるように叱っている姿は、父親のようであり王のようでもあった。


「君は君のウチにある獰猛な心を解き放ってしまった。生き物を殺すのが面白いと感じる嗜虐心は、人間ならば誰しもが等しく持っているモノだ。虫も殺せぬ顔をした聖女とて、キッチンを徘徊するゴキブリは遠慮無く叩き潰すのと一緒だ」


 僅かに首を傾げバードを見ていたエディ。

 優しく厳しい言葉が次々とバードの心を打ち据えた。


「だが、それに付き合わされ、望まぬ戦いに駆り立てられる者達を、次は顧みるのだよ。そして、時には戦いを避け、救助をまち、一人でも犠牲が少なくなるように算段してから戦闘に及ぶ事も大事だ。我々は鉄火場を専門とする人類最強の殴り込み集団だ。だが、殴り込む事と集団自殺する事は意味が違う」


 戦闘を自殺と言い換えたエディだが、バードはその本質を理解していた。

 無茶や無謀と勇気は違う。時には撤退しチャンスを待つことも大切。


 何故なら、どんなに鍛えても努力してもサイボーグに生身は追い付けない。

 所詮は機械であるサイボーグなのだ。疲れも苦痛も完全に無視できるのだ。

 そんな存在に付き合わされる生身に注意と愛情を注げ。


 エディが静かに叱責しているその内容を、バードはそう理解した。

 おおむね間違っていない解釈は、バードなりの教訓として刻まれるのだった。


「スリルジャンキーを今以上にやりたければ、君をもっと違うポジションに移動させよう。だがね、私は個人的な主観として君には期待している。そしてもちろん、フレディ曹長やバーンズ曹長にも期待をしている。今回は君らにバード少尉を止めて欲しかったと言うのが率直な所だ」


 なんら容赦することなくエディは厳しい言葉を曹長二人に浴びせかけた。


 軍隊とは完全なる上意下達の垂直組織だ。

 だが、エディはそれを止めろと言った。


 上官への反抗はすぐさま軍法違反の危険を孕んでいるし、処分の対象になる。

 だが、エディはそのリスクを踏み越えろと言い切った。


 下士官が士官に意見するなど本来はあり得ないことだか、エディはそれをやれと言い切った。


 ――部下の意見は素直に聞けってことね


 指桑罵槐の意味をバードははじめて理解した。

 こう言うことかと体験したのだ。


「いずれにせよ、死んだ者はもう戻ってこない。運が良ければサイボーグ化だが、あの戦場ではそれも無理な話だ。地球で無事な帰りを待つ家族には、彼らの代わりに従軍神父と法務担当将校が訪れる事になる。くだらない文言と幾ばくかの慰労金や御見舞金が支給され、笑いも喜びもしないただのメダルが支給される事になる。勘違いするな。それが下らないと言っているのではない。そんな下らないものに形を変えさせてしまったのは…… 君だ」


 エディの言葉がバードの胸に突き刺さった。

 驚くほどの威力をもってバードの心を強くうち据えた。

 赤い血ではない何かを流し、心がその痛みに震えて泣いた。


「バード。君も見ただろう。月面のアームストロング宇宙港とデッキで涙ながらに家族を見送った人々を」


 エディはまっすぐにバードを見ていた。

 ややもすれば、それは睨み付けている状態だ。


 だが、その強い眼差しをバードはまっすぐに受けていた。

 自らの不始末の結果なのだから、逃げる事は出来なかった。


「君の戦闘によって30名程の未来ある若者が倒れた。幸いにして、それは完全なる無駄な死ではない。君らのトーチカ戦闘により、予告地域のシリウス軍は動揺を来たし、その迎撃戦力に統制の乱れを生じさせた。結果、降下班はその大半が無事に着上陸を果たし、予定を大幅に繰り上げる形で戦略目標の制圧を完了した。言い方を変えれば、たった30名強の犠牲でより多くの犠牲を防ぐことができた。だが、それは戦闘をしなくとも得られた結果なのだよ。つまり……」


 叱責にもオーバーキルがある。

 最後の最後でふと弛めてやる事も叱責には大事なことだ。

 そうすれば、言いたいことがより染み込むし、欲しい結果に近づく。


 これもまた熟練のわざだった。


「次はうまくやれ。犠牲を減らし、必要な結果をあげ、最終目標に効率良く近づこう。君らにはその能力がある。君らの成長に期待している。いいね?」


 バードは短く『イエッサー』を返した。

 小さく答えたバードに対し、エディは静かに笑みを浮かべた。

 珍しく殊勝な受け答えにも見えるモノだが、バードなりの反省でもあった。


 手痛い失敗と逃れられない苦痛の中からこそ人は学ぶ。

 大切なのは同じ失敗をしないことだ。


「未経験で思慮浅い失敗はやむを得ない。ただ、それを繰り返す事は宜しくない。二度と失敗するな。それこそが、今回死んだ者達への何よりの供物だ」

「良い勉強になりました。戦死した者には聞き捨てなら無い言葉でしょうけど」


 何気なく口にしたバードの、その反省の弁。

 だが、その言葉がエディの逆鱗に触れた事をバードはまだ理解していなかった。


 まるで他人事のように言ってしまったバードには、もっと反省が必要だ……

 極々僅かだが、エディの表情が変わったのを見抜いたのはテッドだけだった。


「……バード。君は戦死者の家族に届く手紙を見た事があるかい?」

「いえ」

「そうか。なら、良い機会だ。今からそれを読み上げる。心に刻んでおくと良い」


 エディは懐の中から封筒に入った手紙の束を取り出した。

 そして、その中から一つを取りだし、ゆっくりとそれを広げる。


 その文面に視線を走らせたあと、エディはバードに一瞥をくれてから、静かに切り出した。


「親愛なる奥様。シリウス派遣軍総局より、報告が送られて参りました。シリウスへと派遣されたご子息が、遠き異郷の地で…… 名誉の戦死を遂げられました」


 静かな口調で読んでいたエディは、射貫くような眼差しでバードを見た。

 その鋭い眼差しはバードの心に突き刺さり、見えない血を流し始めた……


「如何なる言葉や栄誉を以てしても、奥様の深い悲しみと嘆きを癒やす事は叶わないでしょう。しかし、地球の平和と安全の為に命を捧げられたご子息に、我々は深い感謝と敬意を捧げます」


 間を仕切り直すように軽く咳払いをしたエディ。

 その目はバードを見ずに、ジッと手紙の紙面を見ていた。


「そして願わくば、あなたの信ずる神があなたの悲しみを和らげ、幸せな日々の思い出だけをあなたに遺し給いますように、謹んでお祈り申し上げます。自由と平等の祭壇に捧げられた、貴い犠牲。どうか、これを誇りとして下さい。心からの敬意と感謝を込めて……」


 軽金属で作り上げられたバードの手がギュッと握られた。

 わずかに震えるその手には、想像を絶する力が込められていた。


 バードは気付いた。

 サイボーグになってもなお生きながらえられた己の幸運に。

 今、エディが読み上げた手紙を受け取る人の息子は、もうコレも出来ないのだ。


 目を伏せてわずかに震えるバードは、奥歯をギュッと噛んでいた。

 自分のしでかした事の本質をやっと理解したのだ。


 自分が悔しいとか悲しいとか、そう言うものでは無い。

 誰かの大切な存在を思慮浅くすり潰してしまった事の意味を理解したのだ。


「シリウス派遣軍上級大将。エディ・マーキュリー」


 エディが最後に付け加えた言葉にバードはハッと顔を上げた。

 戦死した若者の母親へと送られる手紙の署名は、エディの名前だ。


 これを読み軍を恨む母親の怨嗟を、エディは一身に受ける事に成る。

 それを承知で、エディは最後の最後にサインを入れているのだった。


「なにか、参考になる事はあるかい?」


 あくまで優しい口調でエディは言った。

 だが、バードは自分の口を突いて出た言葉がどう失敗だったのかを悟った。

 そして、エディは怒りと悲しみとを同時に味わっているのだとも。


「バード。済まないが、一つ頼まれてくれ」

「はい」

「君が地上で率いた30名の若者の両親へもこれが届くだろう。だが、それは無味乾燥な機械印刷のものになる筈だ」


 消え入りそうな声で『はい』と応えたバード。

 エディは小さくて招きしバードを呼んだ。


 一歩進み出て近くへとよったバードにエディはその手紙を差し出す。

 両手を差し出し、エディの手からその手紙を受け取ったバードはそれを眺めた。

 そこにあるのは本当に無味乾燥な印刷文字その物だ。


「そしてここに、私が直筆で書いたモノが有る」


 もう一枚の手紙を見せたエディはバードに手に乗っていた手紙を取り、その直筆の手紙と入れ替えた。バードの手の上には、万年筆を使って滑らかな筆跡で書かれた『生きた文字』が並んでいた。


「バード。ちょっと面倒だが、それを30枚。書き増ししてくれ。いくら何でもこんな無味乾燥なただの紙切れを家族の元へ送りつけるのは…… 失礼というものだろう。そうは思わないか?」


 エディが何を思ってバードにそれをさせるのか。

 テッドやウェイドだけで無く、フレディもバーンズもそれを理解した。

 そしてもちろん、バード自身もだ。


「もちろん、最後の署名は私自身の手で書き加えるから心配ない。ただし、文末には代理記述として、バード。君の名を書いておいてくれ」


 小さな声で『イエッサー』を応えたバード。

 だが、エディはそれでも容赦しなかった。


 手元に返ってきたその機械印刷の手紙を勢い良く破り、ばら撒いた。

 床にこぼれた手紙の紙片は、まるで飛び散った死体の肉片だとバードは思った。


 唇を噛み、痛切な思いを抱えて床を眺め、押し黙ってしまった。

 エディはその姿をジッと見据え、黙ってバードの言葉を待っていた。


「……心を込めて、書かせてもらいます」

「そうだな。それが良い」


 きつい叱責を終えたエディは、バードの肩をポンと叩き、処置室を出て行った。

 その後をテッドやウェイドが続き、バードはその手紙をジッと見ていた。


 ――これは私自身の罰なんだ……


 エディが何を思ってそれを命じたのかをバードはバードなりに理解した。

 そして、ただ戦えば良いと言うものでは無く、計算深く振る舞う事を知った。


「……少尉」


 バーンズに声を掛けられバードはハッと顔を上げた。

 不自然なくらいに緊張した表情で立っていたバーンズは黙って頭を下げた。


「申し訳ありません。進言するべきでした」

「同じく、自分もで有ります。功を焦った己の浅はかさを呪いたくなります」


 バーンズに続きフレディもそう言った。

 ODSTは海兵隊の中でも好戦的な者が集まる組織だ。

 戦うか逃げるかと言われれば、喜んで戦う方を選ぶ者ばかりだ。


「いえ。これは私の責任です。むしろ、これが私の責任で無いなら、私は士官たり得ませんし、責任者失格ですね」


 黙って首を振ったバードは、柔らかに微笑んで顔を上げた。

 その柔和な表情にこそ、フレディもバーンズもバードの悔しさを感じていた。


「私は…… もっと成長せねばなりません。今回失った30名の隊員のためにも、もっともっと成長せねばなりません。そうしなければ、本当に犬死にになってしまいますからね」


 バードの口を突いて出た言葉は、ある意味で二人の曹長が想像したものを軽く飛び越えていった。


「もし、次の機会があったら、その時は遠慮無く私を諫めてください」


 柔らかな口調でバードは言った。

 バーンズとフレディの二人は、揃って『サー!イエッサー!』を答えた。


 地上ではまだスレッジハンマー作戦の激しい戦闘が続いている。

 だが、橋頭堡を確保するに当っての最も激しい戦いは国連軍の勝利に終った。


 これにより続々と重機材が地上に降ろされ、国連軍の勝利は確定的になった。

 まるで宇宙から零れ落ちる滝の様に、地上の戦力は膨れ上がり続けている。

 恐ろしい勢いで投入されていた戦力は、常数効果的に戦果を上げるだろう。


 ここからしばらく、サイボーグは予備戦力として留め置かれる事になる。

 どれ程に兵器が進化し戦術が向上し戦略が発展したとて、最後は人が大切だ。


 都市へと進軍する国連軍を、敵はなんとしてでも阻むだろう。

 その難敵に対し使われるのがサイボーグでありODSTだ。


 地上都市へ国連軍の旗を立て、シリウス合衆国を地球派国家として独立させる。

 その努力を宇宙にいて眺める事になるバードは、このつかの間の時間を持って自らを向上させねば為らないと痛感するのだった。











 第15話 オペレーション・スレッジハンマー



  ――了――



 幕間劇 その3 カントリーロード に続く


次回更新は11月8日になります

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