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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第15話 オペレーション・スレッジハンマー
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ガイノイド

~承前






 ハンフリーのサイボーグメンテデッキはかなりの重整備が行なえる。

 高度精密機器で尚且つ生命の担保とする機材をメンテナンスするのだ。

 その設備が整っているのは、ある意味当たり前だとも言えるのだが。


「しかし…… 手酷くやられたな。バーディー」


 テッドは半ば呆れた声でそう言った。

 だが、その目は優しく笑っている。


 ウェイドの手によってハンフリーへと帰還したバードは、このメンテナンスデッキで応急修理を始めていた。

 実際問題として自立行動が取れない上に、リアクターを失ってしまったとあっては機能停止も時間の問題だ。今は外部電源を引き込み活動しているから良いが、電源を失えば生体であるバードの脳を維持する事が出来なくなる。


 ただ、その応急修理には少々問題があった。太陽系の基地で換装したG30シリーズの補修部品が届いてないのだ。その為、バードはありあわせのパーツを使って補修を行なう事になるのだが、そのありあわせのパーツと言うのは……


「お恥かしい限りです」


 恥かしそうに笑っているバードは、残っている上半身を作業台のトラスマウントに直接連結した状態で立っていた。身体に纏っていたもの全てを剥ぎ取られているのだが、その上半身には装甲服はもとより、その下に着ているはずの戦闘服や下着はおろか、高密度耐熱シリコンをベースにした人工皮膚まで剥ぎ取られている。

 つまり、機械で出来たその礎体がそっくり露わになっている状態だ。


「恥かしがるのは良いが、もう少し加減したまえ。我々は国連軍予算をバカ食いする邪魔者だと思う奴も多いんだからな」


 テッドの隣にたって様子を伺っていたエディは、バードの頭をこつんと小突きつつもあっさりとした声でそう言った。仮にも国連軍大将に当る人物直々の叱責ゆえに、地球から一緒にやって来たメンテナンススタッフは緊張の度合いを強め、そして見て見ぬ振りを決め込んでいる。


 だが、その実態は要するに、上級大将や作戦部長と言ったお歴々の監視下で余計な緊張を強いられていると言ったところなのだろう。


「……はい。申し訳ありません」

「本当にわかってるのかい?」


 嗾けるような笑いの混じった声でエディは言った。

 しょうがない奴だ……と、溜息混じりの声でテッドも言う。


「まだG30シリーズの補修パーツはシリウスまで届いてないからな。生身なら痛いのも辛いのも自分持ちで負傷が癒えるのを待つもんだが、バーディーは……」


 チラリを脇に目をやったテッド。バードやエディも釣られてそっちを見る。

 そこには大型の3Dプリンターが設置されていて、溶けた軽金属を少しずつ形にしつつある状態だ。


 そこには、柔らかな女性的曲線を描く人間の胴体部分が出来上がりつつあり、その形状はバードの機械構造体より一回り大きく作られていた。


「しばらく恥ずかしい思いをしてもらうようだな」

「……はい。仕方が無いです」


 僅かに落ち込んだような沈んだ声がバードの口から漏れた。

 その間に着々と新しい身体の建造が進んでいて、超硬質プラスティックと軽金属に覆われた両手や両脚が露わになった、Dチームの使うようなアンドロイド的ボディが出来上がりつつあった。

 その前面。柔らかな乳房の膨らみまで再現された3Dプリンタの作品は、レーザーにより幾つも裁断され、僅かずつ重なるようにボディへと重ねて貼り付けられていく。それは、胴体部分の柔軟な動きを実現する為の、いわば可動装甲として装着されていた。


「バーディーの使っている上半身と回収した下半身は地球へ送り返して修理だ。半年ほどコレを使う事になるが…… まぁ、こんな事を言いたくないが不可抗力ペナルティだ」

「はい……」


 小さな声で答えたバードだが、その脇で女性のスタッフが『外しますよ』と囁いた。残っていた上半身部分から電源サポートを受けた状態で、サブコンと頚椎トラスが抜き取られ、脳殻部分を新しいボディへと装着する作業が開始された。


 僅かな静電気でチップがやられる為、非常に気を使う繊細な作業だ。ただ、仮にも女性であるからして、こんなシーンを見られるのは本来恥辱と言うべきことだ。


「すぐに完了しますから」


 女性のスタッフはそう囁いて手早く作業を進めて行く。

 しかしながら、バードの場合はそもそもに身体が石の様になって行く病だったが為か、こんな行為にあまり抵抗が無いのだった。


「少尉。電源を切り替えます。内蔵電源に切り替えてください」

「オーケー」


 Dチームのサポートに付いていたエンジニアに促され、バードはサブコン部分にあった内蔵電源に切り替え外部電源の遮断に供えた。こうすればブラックアウトの不快感を感じないで済むのだ。


「切り替えた」

「はい。では、T500のメイン電源を入れます。安定したら自動で切り替わります。少しだけお待ちを」


 サイボーグ向けのGシリーズと違い、基本的にDチームの使う身体はアンドロイドや自立戦闘兵器向けに作られたT型と呼ばれるモノだ。

 より高性能で高反応なその機体は、AIにより運用されるのを前提にされた外部からのコントロールを受けない仕組みといえるものだ。


 つまり、バードはDチーム向けの身体を使う事になるのだが……


「私もDチームに転籍ですか?」


 務めて明るい声で言ったバードだが、その声には不自然な緊張があった。

 あまり嬉しくないと言う内心を露わにしたかのような声音だが、実際にはアンドロイドの…… いや、女性型故にガイノイドのボディを装着した事による人口音声への切り替えだ。


 殆ど抑揚の無い情感に乏しい音声は、アンドロイドやガイノイドユーザーが初期に経験することの一つだった。使い込んで行く内にいくらかマシになるのだが、使い始めの頃ならば仕方が無い現象だ。


「バーディーがウチのチームに来るなら歓迎するが、運用上はちょっと不便だな」


 軽い調子でそう言ったウェイドは、データ端末の前に陣取りデータの整理を続けていた。T型の初期設定は多岐にわたり、細かなセッティング出しが欠かせないものだ。ある意味では欠陥システムだが、逆に言えば全自動ではまだまだカバーしきれない職人の勘が要求され、介在する余地を残しているのだった。


「まぁ、移籍したいなら辞令を書くが、どうする?」


 ウェイドの言葉を聞いたエディは、笑いながらそう言った。

 まだ自分の意志では動かぬ身体をもどかしく思いながらもバードは言った。


「正直に言えばBチームが良いです」

「だろうな。俺もそう思う」


 バードに相槌を打ったテッドは、にやりと笑いながらウェイドを見た。

 その表情は娘を心配する父親そのモノだった。


「そんな訳で、俺の娘はやれないな。悪いが」

「やれやれ。あの跳ね返りの糞ガキもすっかり父親の顔だぜ」


 みなでヘラヘラと笑う中、バードも恥かしそうに笑みを浮かべた。

 光沢のあるシルバーの身体は、各所のアクチュエーターに通電が始まりピクピクと動き始めた。ややあって、痙攣のようなその動きが収まると、バードが意図する前に身体が勝手に動き始め、作業台の上から降りて立ち上がった。


「メインコントロールシステムスタート。データコンバータースタート。自動学習システム、レベル5で記録を開始。メインリアクター及びバッテリーシステムのコントロール正常。脳殻カロリー補給システム正常。コントロールをお返しします」


 立ち上がったバードの口から全く違う女性の声が流れた。

 バード自身が驚く中、すぐ傍らに立っていたシステム担当将校であるアリシア少将が笑っていた。


「私の新しい作品が巣立ったわね」

「……作品ですか?」

「そうよ」


 白衣を身に纏ったアリシアはニコリと笑ってバードを見た。


「私が直接手を掛けた子の内、100人目の子供は始めての女の子だわ」


 その言葉を理解出来ないバードがポカンとした表情でアリシアを見ている。

 ガイノイドのボディとはいえ、首部分から上はサイボーグなので表情は豊かだ。

 その様子が面白かったのか、テッドは笑いながらも言った。


「アリシアは国連軍がまだ連邦軍と呼ばれていた頃からのサイボーグ技師だ。生命機械工学の権威で地球側技師では一番のヴェテランだ」


 得心したように感心した表情を浮かべたバード。

 そんなバードを見ていたエディは、静かに付け加えた。


「ついでに言えば、私もこのテッドもウェイドも、みなアリシアの手でサイボーグ化処置を受けている。つまりはサイボーグの母だ」


 ――へぇ……


 驚くより他ないバードだが、ふと気が付いて指を折り数えた。

 その手は完全に機械化されていて、表面の柔軟性が殆ど無い硬質素材だ。

 多少の柔軟性を与える為にラバー素材の様な物でコーティングされているが……


「では、アリシア閣下のご年齢は――


 何かを言い掛けたバードの頭を再び何かがぱちりと叩いた。

 一瞬何が起きたのか理解できず頭を上げたバードは、アリシアの手が頭を叩いた事を知った。


「女の歳は数えちゃダメよ?」


 諭すように言ったアリシアは、妖艶な笑みを浮かべた。

 単純に考えて百歳近いはずだが……


「連邦軍七不思議のひとつだったんだ。それ以上は追求するな」


 ニヤリと笑ったエディはそれ以上の事を言わなかった。

 飲み込むしかない理不尽を辛いとは思わないが、真実を追究したい気持ちくらいはバードにだって存在する。ただ、世の中全てが善悪や白黒で分けられない事も理解はしているつもりだ。


「解りました」


 バードはもう一度自分の手を見た。

 かすかなモーター音を響かせ、両手が滑らかに動くシーンだ。


 そこから視線を動かしていけば、全身を軽金属に覆われたメタルな質感の身体が視界に入る。身体のスリーサイズは今まで使っていたG30と変わらないモノだ。

 だが、その質感と重量感は今までとは大きく違う……


「バード少尉」

「……はい」


 アリシアに呼びかけられ、再び顔を上げたバード。

 その顎先に指を添えたアリシアは、倣岸な笑みを浮かべていた。


「Tシリーズは金属性の表面自体が放熱板を兼ねていて、全身から余熱を放出しているの。だから、密着系の服は着ちゃダメよ? 放熱不良になってオーバーヒートしかねないから……」


 僅かに驚いた表情で『はい』と答えたバード。

 だが、それと同時にあれ?と訝しがる表情を浮かべた。


「木星の衛星の基地で紹介された新人はアンドロイドボディだと聞いてましたが、彼は第一種士官服で入ってきました。あれはどうやって……」


 首をかしげたバードに対し、アリシアは笑みの深みを増して答えた。


「話しは最後まで聞きなさい」

「……はい」


 軽金属性の胸をコンコンと叩かれたバードは、その打撃音に改めて驚いた。そして、自分自身が完全に機械になった事への絶望感ではなく、どこまで出来るのだろうと言う興味が沸き起こってきたのだ。


「その身体の表面に密着する素材で無ければ服を着ても良し。ただし、風通しを良くし、3枚以上重ね着しない事。それと、異種金属接触腐食はわかるね?」


 バードの興味を見透かしたのか、アリシアは気を引くような話を始めた。

 異なる種類の金属を密着させると、イオン化傾向の差で接触面にさびが浮く。


「はい。教育を受けました」


 基本的には科学の授業で習う常識レベルの話しだ。

 ただ、普段意識しなければ、そんな事はすぐに忘れてしまうもの。


 サイボーグならば自らの身体を形作る素材について知識を求められるのだから、イヤでもそれについて注意深く振る舞わねばならない。


「……なら。話は早いわね」


 ニコリと笑ったアリシアは、纏っていた白衣のボタン部分を捲って見せた。

 そこには小さな金属片で補強されたスナップロックのマウントがあった。


「この表面金属は基本的にアルミ合金だから、電解腐食しないように着るものには注意して。ボタンの裏留め部分からさびが浮くのは定番だからキチンと絶縁するのよ? 良いわね」


 小さく『はい』と応えたバード。

 流石の彼女もこの事実上の裸体で過ごすのには羞恥心を覚えていた。


 ごつごつとした戦闘服の表面のように、身体のラインを完全に消してしまって外から見えなければ良いのだろう。だが、いまのバードは一糸まとわぬ裸の女がそのままアルミ合金メッキされたようなモノだ。


 ――この姿を見て良いのはロックだけ……


 なんとなくそんな心境にもなったバードは、自らがやらかした不始末の懲罰だと割り切る努力をするしか無かった。


「さて、身体の方はもう良いだろう。ここから先は上官と部下の話だ」


 エディは話しを切り替えてアリシアに離れる事を促した。

 その空気を読んだアリシアは部屋を出たのだが、そこにはフレディとバーンズが来ていた。


「二人ともここに入りたまえ」

「失礼致します」「恐縮です」


 背筋を伸ばしたバーンズとフレディは、ガラリと装いを変えたバードに驚いた。

 少なくとも、こんな姿のサイボーグを見たのは初めてだ。


 なにか安いSF映画に出てくるガイノイドをイメージし、バーンズは小さく溜息をこぼす。だが、その直後にエディの声音が変わっていた。


「バード少尉。そして、リチャード・バーンズ曹長。フレデリック・ブーン曹長」


 低く響くその声に『ヤバイ……』とバードは直感した。

 遠い日、父親に叱られた夜を思い出し、両手をキュッと握る。


「支援砲撃が命中してしまった不運は致し方ない。それは当直士官の不手際もあるが、概ね運が悪かった事だ。そして、戦闘中の事については罪には問わないのが慣例だ。君らには不運だったが、それによって救われた将兵も多いのだからね」


 エディの言葉にはきつい棘が有り、容赦無く背中を打つ鞭のような撓りがある。

 だが、その言葉を聞いているバードには、言葉の間に愛を感じるモノだった。


「その乱戦の中で兵を助け脱出を計り、地上を目指したバード少尉の行動には全く非が無い。だが、あくまで結果論として、あのトーチカ戦闘によって凡そ30名の死傷者が出た。これは減らせる犠牲だった筈だ。バード。君はどう思うかね」


 ――あっ……


 バードは辛そうな表情を浮かべつつ『その通りです』と応えた。

 地上にたどり着けなかった兵卒も居たというのに、バードはそれをすり減らしてしまったのだ。


 戦闘中に感じた『これで良いのか?』の疑問は不正解だったらしい。


「地上へと到達した時点で救助を要請し、その場において最大限生き残る努力をするべきだった。目の前の困難を排除したくなる気持ちは良くわかる。だがね、バード少尉。君は少々猪突猛進の傾向が強すぎる」


 ビシッと音が立つようにバードを指さしたエディ。

 その表情は怒りを噛み殺す父親のそれだった。

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