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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第15話 オペレーション・スレッジハンマー
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鋼鉄の天使

~承前






「FUCK!」


 誰かが大声で叫んだ。

 その声で我に返ったバードは、再び空を見上げた。


「あぁ…… ダメね」


 上空には一際眩く輝く光の点がある。

 それは、既に大気圏内へ突入を始めた有質量弾だ。

 猛烈な速度で突入してくるその砲弾は、断熱圧縮を受けて眩く輝いていた。


「無駄な努力かも知れないけど、精一杯脱出を試みるのも一興よ?」

「脱出っていったって、何処へ逃げるんですか」


 バードの言葉にフレディが笑って応えた。

 そして、残り18人ほどになっているODST全員がヘラヘラと笑っている。


 現実問題として、どんな手段を使ってもここから脱出する前に着弾するだろう。

 全てを破壊する強力な一撃を前にすれば、無駄な努力すらする気になれない。


 そもそも、最高のスリルと達成感を求めてODSTとなった男たちだ。

 彼らはその人生の終点が近づいているが、後悔するような部分は余りない。


 自らが選んだ道の果てに辿り着いた結末は、無情で非情だが辛くは無い。

 全てが一瞬で終わると確信出来る結末なのだ。痛みを感じる前に蒸発する……


 だがその時、耳を疑う音が聞こえた。


 ――え?


 一瞬バードは真っ白になっていた。一時的な虚脱と言うべきだろうか。

 ザザッ!と耳障りなノイズ音と共に、無線から声が漏れているのだった。


『――えるか? ODST第4中隊! 聞こえるか? 応答しろ!』


 一瞬だけ誰の声だ?と考えたバードだが、その前に応答が先だ。

 相手が誰かは解らないが、言われる事は分かっている。

 早急に脱出しろと言う指令だ。


『こちらバード少尉。現在スパイク高原南部エリア。グリッドD-9エリア。対空戦闘向けトーチカです』


 幸いにして上半身に装備されている戦域無線はまだ生きていた。

 近接無線を経由して接続する戦域無線は、かなりの高出力波を捉えていた。


『良かった良かった! さすがテッドの教え子だな!』


 言葉の理解をできなかったバードだが、この声には聞き覚えがあった。

 必死になって思い出そうとするが、どうしたって顔が出てこないのだ。


 だが、逆説的に思い当たる人物が出て来た。

 たった一人しかいない、顔を思い出せない人物だ。


『ウェイド大佐!』

『よく覚えてたな。上出来だ。ただ、大佐は要らないよ。私は既に架空の人間で、実態は連邦軍…… じゃないな。国連軍の重機材の一つでしかない』


 無線の向こうでヘラヘラと笑う声がする。

 正直に言えば笑っている場合ではないのだが、笑うしかない状況でもあった。


『最期に話ができて良かったです。現在トーチカ天面にいますが、まもなく艦砲射撃できれいさっぱり蒸発するかと思います。申し訳ありませんが、チームメイトに伝言をお願いします』


 バードは出来るだけ柔らかい声を意識し、真面目な声で言った。

 自分の人生の終わりをこうやって冷静に迎えられるのだ。

 これを幸福と言わずしてなんと言おうかと、そんな心境だ。


 過去幾度も見てきた様々な人々の唐突な死を思えば、それこそ、心の準備が出来るだけ幸せなのかもしれない。だからこそ、こうやって…… こうやって……


 ――はいっ?


 ポカンとした表情で見上げたバード。

 バーンズもフレディも同じように見上げた。

 そこにいたのは、あの金星の戦闘で見た、大型のシェルだ。


 通常のシェルは全高7~8メートル程度のモノだと認識している。

 高機動で高速飛行を可能とするシェルにとって、自分自身の大きさがそれを阻害しない最大寸法と言えた。


 だが、この大型シェルはその基本的文法を大きく逸脱するものだ。

 推定で15メートルか、もしくは17メートル程度はあろうかという驚くべきサイズで、ややもすれば、もう少し大きいのかも知れないとも感じられるモノだ。


『ウェイド大佐。あの……』

『だから大佐は要らないと言ってるだろ?』


 再び笑ったウェイドは、バード達が陣取る対空砲座とは違う砲座へと左腕を向けていた。その腕には何らかの機材が装備されている。


『あっちの砲座へと着弾させるから心配ない』

『……レーザー誘導ですか?』

『そうだよ。今から来るのはリニアドライバーで加速されたバンカーバスターだ』


 てっきり通常の有質量弾頭だと思っていたバードだが、実はバンカーバスターだったようだ。通常よりも遙かに強靱な弾体を持つ、拠点破壊用の兵器。それを大気圏外から超音速を遙かに超える第二宇宙速度で落下させると言う代物なのだから、これに耐えられる構造物など惑星上には存在し得ないと言いきれる。

 そもそも、惑星上に巨大なクレーターを残す隕石とて、所詮は数メートルのサイズでしか無いのだ。それと同じ寸法か、やや大きなバンカーバスターを隕石の半分程度の速度で地上に落下させる。これならば、ある程度は地上被害をコントロール出来るのだった。


『君が着上陸後に報告した座標から割り出して降りて来たのさ。エディもテッドも支援砲撃を行った当直士官相手に怒り狂ってたよ』


 ハハハと笑うウェイドの声にバードは一瞬だけイラッとしてしまう。

 ウェイドの声ではなく、支援砲撃の誤射誤爆という事実にざわつくのだ。


『……えっと。誤射ですか?』

『誤射ではなく被射界計算が甘かったって事だな。まぁ要するに運が悪かった』


 運だけはどうしようもない。

 諦めるしかないが、それにしたって……


『まぁ積もる話はあとだ。そろそろ来るぞ。身を隠した方がいい』

『そうなんですが、自力で動けないもので……』


 バードは自らの視界に映るシーンを無線の中へ転送した。

 自らの下半身が完全に破断され、左腕は肘上から絶ち切られている状態だ。

 生身なら完全に即死と言える状態だが、サイボーグは死なずに済む。


 これを僥幸と取るか、それとも不運と考えるか。

 それはきっと、人生経験や、潜った修羅場の数に比例するのだろう。

 だが、これを見たウェイドは一笑に付した。いや、正直笑うしかないのだ。


『いやいや、手酷くやられたね。即死できないサイボーグは損だと思わないか?』


 ウェイドの放った酷い言葉に、バードは一瞬だけムッとむくれてしまった。

 士官にあるまじき事に冷静な思考を忘れてしまったのだ。


 兵卒を率いる士官たる者は、常に冷静に物事を考えねばならない。

 自らを勘定に入れず氷のように冷静に、まるで他人事のように考えるのだ。


 だが、そうあるべきバードは、その冷静な思考を忘れてしまっていた。

 冷静に考えれば、アンドロイドのようにプラスチックと軽金属で覆われたウェイドは、より酷い事態を体験している筈だ。


 素直に死んで後腐れなくこの世を去っていれば、こんな苦労をしなくても済んでいたのかも知れない。だが、幸か不幸か生き残っただけでなく、更にサイボーグになってこき使われている……


『悪い意味に取らないでくれ。何せ俺は2度も死んでいる人間だからな』


 ――あっ……


 バードはこの時点で、やっと言葉の意味を理解した。

 要するに、ウェイドは既に存在しない存在なのだ。

 だが、存在しないはずの存在がここに居て、命令でこき使われている。


 ――本当に……

 ――私もまだまだダメね……


 自嘲する意識があるうちは大丈夫。

 そんな気休めをふと思いだしバードは苦笑いを浮かべる。


「全員身を隠して!」


 自分の仕事を思い出したバードは、生き残りに身を隠させた。

 18名ほどのODST隊員が物陰に身を隠すなか、バードは苦笑いで空を見上げていた。実際、あとは着弾するだけ。それで全てが終わる。ここへ落ちてくるバンカーバスターの威力は、考えるまでも無い事だった。


「そりゃ少尉もですぜ!」


 唐突に声を掛けられ、何の返答もバードは出来なかった。

 そして、後ろからバーンズに抱きかかえられて防塁の影へと隠れた。

 自分の意志で動けないと言うのは本当に不便だと痛感する。


「これも内緒にして置いてください!」


 バーンズは苦笑しつつもそんな事を言った。一瞬だけ『何のこと?』と考えたバードだが、すぐに不機嫌そうなロックの顔が出てきた。


「そうね。そうしないと三枚に卸されるわね」


 ショートソードを抜いて『てめぇ!』と子供のように怒るロック。

 男の子には絶対に譲れないモノがある事をバードはなんとなく理解していた。


 惚れた女が自分以外の男に後ろから抱えられている。

 それを見て嬉しいと感じる男はそういないだろう。


「……それ、なんですか?」

「魚の食べ方よ」

「へぇ……」


 民族が違えば食習慣も違う。

 バードはそんな当たり前の事実にも頭が廻っていなかった。

 まともでは無い育ち方をした代償は、こんなところにも出ていたのだった。


「きますっ!」


 フレディが叫ぶとほぼ同時。

 再び猛烈な振動と共に土煙が上がった。そして、紅蓮の炎もだ。

 バンカーバスターの強烈な一撃による威力は、すべての対空砲塔を叩き潰した。


『脱出できるかい? バード少尉!』


 巻き上げられた土砂やら瓦礫やらがバラバラと降り注ぐなか、ウェイドは軽い調子でバードに声を掛けた。こんな時はことさらに深刻な話をするべきではなく、気楽に接せられる様な状態が望ましいのだった。


 厳しい局面で頑張ったのだから、そこはそれ、気休めと言われても肩の荷を下ろしてやることが大切なのだ。そして、バードにとっての手本となるようなモノであり、正しい振る舞いの見本でもあった。


『解りません。部下に面倒をかければ可能かと』

『そうか。そうだったな』


 巨大なシェルが塔へと歩み寄って手を差し出した。

 その姿はあのテッド隊長が使う最初のシェルをそのまま大きくしたようだ。


『第4中隊の諸君は無線を聞いているか?』

『勿論であります! ウェイド大佐殿!』


 最初に応えたのはフレディだった。

 いつかの金星と同じく、フレディはバードの召使いのように振る舞っていた。


『おいおい。随分気合入ってるじゃ無いか』


 ヘラヘラと笑うウェイドは、伸ばしたシェルの指をチョイチョイと動かした。

 自由自在に動くその指は、文字通り身体の一部になっている証拠だった。


『では大佐、少尉をお願いします』

『あぁ、預かるよ』


 ODSTの隊員達は3人がかりでバードを運び上げた。

 下半身と左腕を失ったとは言え、それでもまた60キロからの重量があった。


「ごめんね。もうちょっとダイエットするから」


 両脇を抱えられシェルの手に乗ったバードは、手近なマウント部分にワイヤーを使って身体を固定された。こう言う部分を自在にこなせるようになって、初めてODST一人前と言う所だ。


「ダメですよ少尉。これ以上は目の毒です」


 サラッと凄い事を言ったフレディ。

 その隣ではバーンズも笑っていた。


「……酷い環境だからねぇ。ブスでもチヤホヤされて女冥利よ」

「東洋系は若く見えると言いますが、少尉は特別です」


 フレディだけで無くバーンズまでそんな事を言い出した。

 なんとなく居たたまれない空気を感じ、バードはそっぽを向いてはにかんだ。


『バーディー。そろそろ行こうか』

『はい大佐。ですが、彼らは』

『あぁ。彼らにはタクシーを呼んでおいた。もう来るだろう』


 ウェイドの言葉が終わる前に降下艇がやって来た。

 側面にはシャマルの文字があるそれは、第3中隊のモノだった。


『バード!』

『……ロック?』

『大丈夫か??』

『また手ひどくやられちゃった。てへ』

『てへじゃねぇ!』


 シャマルは降下ハッチを開けたままタワーに接近している。

 その降下艇の降下ハッチど真ん中にロックがいた。

 仁王立ちになって腕を組んだ姿だった。


『大佐! ちょいと失礼します!』

『惚れた女に良い所見せろよ少尉』

『へいっ!』


 まだ距離がある状態だが、ロックは大きく後退したあとで艇内を走っていき、一気に加速し空中へと躍り出た。空中を走るように両脚を動かしたロックは、空中でソードを抜いてタワーの上に着地した。


『バーンズ! フレディ! 後退しろ!』


 戦域無線の中にそう叫んだロックは、次の瞬間に何かを袈裟懸けに斬った。

 真っ白い血が噴き出し、その刃の先にはレプリカントがいた。

 生き残っていた最後のレプリが、生存本能に従ってタワーに姿を現したのだ。


『シャマル! ODSTを回収しろ!』


 そんな指示を出したロックは、二本目のソードを抜いてタワーの上で舞った。

 通路から階段を駆け上がってくるレプリカントを容赦無く斬るその姿は、文字通り鬼神のような冷徹なものだった。


『少尉! 回収を終了します!』

『こっちもおそらく看板だ! 撤収する!』


 最後に飛び出してきたレプリを難なく斬り倒したロック。

 無敵の剣士と呼ぶようなそのデタラメな強さにODST達が溜息をこぼした。


 もっとも、その強さに最も驚いていたのはロック本人だ。

 あの渋谷のタワーの中で斬り合ったネクサスⅩⅢには思わぬ苦戦を強いられた。


 接近戦では刃物を使った戦闘が最も有利だが、ネクサスシリーズは太刀筋を見きって躱す程度の事など朝飯前に行う。だが、そのネクサスをまるで膾でも切るかのようにバッサバッサと斬ったのだ。


 自分自身の技量が向上したのを差し引いても、反応速度や単純なアクチュエーター出力の向上が大きいと痛感している。


『構わず飛べ! 空中で追いつく!』

『イエッサー!』


 塔を離れた降下艇は、空中で向きを変え始めた。

 最後の一体を斬り殺したロックは、ソードの血糊を払って鞘に戻し、それから再び走って加速を付けた。そして空中に舞い上がった降下艇のデッキへと飛び、見事に着地を決める。


 その一部始終を見てたバードは、なんとなく美しいと感じた。

 そして、その向こうに傾き始めたシリウスの光を見ていた。

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