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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第15話 オペレーション・スレッジハンマー
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天からの一撃

~承前






「下をフォローして! 退路を確保!」


 半ば絶叫に近い声でバードは指示を出す。

 ふと――迂闊だった――と後悔が過ぎった。


 救出を待つべきだったか。

 それとも、安全な場所を探して後退するべきだったか。

 この高原地帯全てが戦略目標である以上、安全な場所など無い。


 ならば前進あるのみだ。

 死中に活ありは如何なる戦場でも有効なのだから。


「イエッサー!」


 フレディとバーンズが通路へと戻って行く。

 場数を踏んだヴェテラン兵士故に無様な結果にはなら無いだろう。


 少なくとも重機材を使えるような通路では無い。

 事実上の白兵戦で一進一退の攻防となる筈だ。


 ――どうしようか……


 無様に擱座しているのは自分のほうだ。

 少しでも役に立たねばテッド隊長に合わせる顔が無いし、ドリー隊長の顔にも泥を塗りかねない。精強無比を持って鳴るBチームのメンバーなのだ。必要なのは出来なかった言い訳ではなく結果。その為には……


 ――もうちょっと頑張らないとね


 右手一本で20ミリへともたれ掛かったバード。その目が捉えたのは、幾つも直撃弾を喰らってもぎ取られ掛かっている20ミリ砲の機関部だ。幸いにして砲身やチャンバー周りに目立った損傷は無い。


「取れるかな……」


 手を伸ばしたバードはグッと力を入れて、それをマウントから引き剥がした。

 一瞬だけ生まれた射撃の合間がありがたいと感じるも、必要なのは手際の良さだと割り切りだった。

 マガジンを確かめ、まだ10発少々残っているのを確認すると、その機関部を肩へと担ぎ上げた。砲身に腕を掛け適当に狙いを定める。あとはどうやって発射するかだが……


「……これしか無いよね」


 一度肩から降ろし、機関部に付いている作用てこ部分へあり合わせのケーブルを引っかけた。目の前に転がっていた自分の下半身から引き抜いた、何かの導線となるメタルケーブルだ。

 ヘルメットの前を開け、そのケーブルを口にくわえてもう一度機関砲を担ぐ。万が一にも機関砲の機関部にダメージがあれば、間違い無く吹っ飛ぶだろう。そうすれば、逃げる間も無く自分の頭も吹っ飛んでしまう。


 ――即死か……


 それも悪くない。なんとなくバードはそんな事を思った。

 残された人は困るだろうが、死んでしまえばそれも大した問題では無い。


 ただ、間違い無くロックは荒れ狂うだろう。なんとなくそんなシーンを想像し、バードは微笑んだ。狂った様に喚き散らしながら、ロックが嘆き悲しむ。

 なんとなく手に取るようにイメージ出来るそのシーンに、バードは愛されている自分を夢想して幸福感に包まれた。愛された事など記憶に無いのだから、優しく名前を呼んでもらっただけでもバードは満足なのだが……


 ――バカやってる暇は無いよね……


 生きて帰らなきゃ!とさっき思ったばかりだというのに、バードの心理はグルグルと揺れ動いていた。ただ、階下から聞こえてくる射撃音は断続的に続いていて、部下達が必死の抵抗をしているのが解った。


 ――お願いだから……


 爆発するなと祈りを込めて狙いを定め、ケーブルを口で引いた。

 ドンッ!と鈍い音が響き、右肩に担いでいた機関部が砲弾を一発はなった。

 右耳に当たる部分の聴覚センサーが機能不全を訴えているが、当たり前の話しなのでそれは無視した。それよりも問題なのは、機関砲である筈なのに、一発撃ったあとで次弾の再装填が自動で行われない事だった。


「ぶっ壊れてるじゃん!」


 ついカッとなってヒステリックに叫んだバード。

 極限状態では愚痴や文句は素直に言うのが良いとされているからだ。


 どんなに心が強い人間でも、極限状態のストレスに晒されれば心は壊れてしまうもの。そうならな為にも、積極的に文句は言うべきとされている。ただし、対人関係や信頼を壊さない程度という条件付きだが。


「まったくもう!」


 グズグズと文句を言いつつ、再び肩から機関部を降ろしたバード。

 たった一度の射撃だが、砲身は随分と熱を帯びていて、装甲服越しに熱を感じていた。サイボーグの身体であれば火傷する事などあり得ないが、熱いモノは熱い。


 ――痛覚カットこっちも自動でやって欲しいわ……


 グズグズとそんな事を思いつつも、肩から降ろした機関部に繋がるボルトを力一杯に引いた。壊れない程度に引いたつもりだが、豪快な音と共に空っぽの薬莢が吐き出され、次の弾がチャンバーに送り込まれた。


「爆発しないでね!」


 叫ぶように語りかけたバードは再び肩へと担いだ。

 照準もクソも有ったモノでは無く、この辺りだと狙いを定めているだけだ。

 ただ、二発目の射撃では向かいの砲座の防循を直接叩く事が出来た。


「いけるいける!」


 自分自身を奮い立たせるようにもう一度肩から降ろしてボルトを引く。

 面倒だと思いつつも、これをしなければ射撃は出来ないのだ。


 三度目の正直で肩に担いだバードは、再びアバウトな狙いを定め撃った。

 3発目の一撃は防循を貫通したらしく、その向こうに居たらしい誰かが赤い血をまき散らして吹っ飛ぶのが見えた。


「よっしゃよっしゃ!」


 オッサン臭い言葉を吐いて再びボルトを引いたバード。

 傍目に見れば恐ろしい光景その物だ。



 下半身を失った女性が右手一本で巨大な機関砲を操作している。

 その砲は100メートル近く向こうにある別の砲座のクルーを叩き殺している。


「ドンドン行ってみよー!」


 再び肩に担ぎ上げた機関砲で狙いを定める。

 余り余裕のある状態では無いが、ここで怯むわけには行かないのだ。


 現実問題として、階下の通路にネクサスⅩⅢが来れば、生身の兵士で格闘戦など出来っこない。それ故に、僅かな可能性であっても屋上からの退路を確保しておきたいのだ。


 ――なんで撃ってこないんだろう?


 ふと、バードはそんな事を思った。

 向こうから見れば、頭が半分だけ見えている状態のバードだから狙いが付けにくいのも解る。だが、僅かでも可能性があれば撃ってしまうのが兵士の本能。

 確実に見えるはずなのに撃ってこないのを不思議に思ったバードは、ふと、既に無人と言う可能性に思い至った。そして、弾を撃ち尽くしていて、現場を放棄した可能性も……


「まさか!」


 機関砲をコンクリート製の堡塁上に降ろし、バードは右手一本で身体を持ち上げて視界を確保した。遠くに見える砲座には人が居るように見えるのだが、撃ってこないのだ。


 ――なんで?


 その理由を必死で考えるも、バードは結論に至れないでいる。

 ただ、その思考の過程の中で、やってはいけない事を彼女は忘れてしまった。

 大きく上半身をのり出し、少しでも視界を確保しようとしてしまったのだ。


「……あ」


 小さく呟いた時、既に逆サイドの機関砲は発砲していた。

 周囲に音速を超える砲弾が幾つも降り注ぎ、その衝撃波にバードは飛ばされた。

 ヘルメットのバイザーを閉め忘れていたのに気が付き、そこへ手を伸ばした。

 だが、伸ばした右手は手首から先が無く、関節部分で小さなスパークが飛んでいる状態だった。


「……………………」


 頭と胸に当たらなかっただけラッキーかも知れない。

 だが、これで最低限の戦闘力も失われた事になる。


 ――バカねぇ……


 自嘲しつつも、もう一度機関砲を担ぎ上げたバード。ケーブルを口でくわえてグイと引いたのだが、機関砲は発砲しなかった。腕一本で器用に降ろし、手首部分でボルトを引いて再装填する。

 そして、もう一度担ぎ上げて、ケーブルをグイと引いた。だが、やはり砲弾は発射されなかった。


「……………………」


 一時的な感情の麻痺だと自分でも思っていた。そしてそれは、初めてキャンプアームストロングへと配属された時、ブルの訓練の最中に経験した事だった。


 サブコンに装備された機能の一つで、恐慌状態や興奮状態を強制的に沈静化させるものだ。心を持たぬマシーンのように、どこまでも冷徹に振る舞えるように、そんなふうに自分を縛ってしまうモノだ。


 怒りも憎しみも哀しみも無く、また、恐怖や狼狽といった感情的な平静を失わせるモノも無く、バードはただただマシーンの様に同じ動作を繰り返した。


「……………………」


 機関砲を担ぎ上げ、7回目の射撃を行おうとした。

 ボルトを引いた時には、砲弾の先端が残った状態で薬莢が排出された。

 マガジンは自動で外れ落ち、これが最後の弾丸だと教えてくれた。


 ただ、バードには何の感情も無い。

 ただただ、機関砲を担ぎ上げ、肩に乗せて狙いを定めただけだ。


 そして、ケーブルをグイと引っ張って作動テコを動かした。

 機関部の中から小さく『カタン』と音が響いた。


 最後の射撃機会はそれで終わった。


「ドウシヨウ……」


 一瞬、全ての動きが止まった。

 サブコンの中で戦闘支援AIが判断出来なくなったのだ。

 ただ、その次の瞬間、向かいの対空砲座が突然大爆発を起こした。


 次の一手を判断出来なくなったサブコンが空白に陥って、感情の全てをバードへと返した瞬間だった。


「えっ?」


 その大爆発は常識では計れない次元だった。

 対空砲タワーが根底から完全に破壊され、激しい土煙を巻き上げると同時に紅蓮の炎に包まれた。強靱無比な構造である対空砲塔の基部から完全に崩れ去り、巨大なクラックが幾つも入った状態で連鎖的に崩れていった。


「何が起きたんですか!」

「というか、これなんですか!」


 バードの周囲には狼狽するフレディやバーンズが集まってきた。

 通路での戦闘中に激しい震動を感じ、慌てて飛び出してきたのだろう。

 そんな彼らが見たのは、見事に大破しているバードだ。


「バード少尉!」

「ちょっとブザマな姿だから恥ずかしいわね」


 精一杯の強がりを吐いて見たバードだが、実際自分ではもうどうしようも無い。

 ただ、そんな恥ずかしい部分を誤魔化すように空を見上げた時、晴れた空の彼方に幾つも光る点が見えていた。それは、戦列艦が持つ対地砲撃警告の光学装置だ。


「対地支援砲撃!」

「ここにも着弾する危険があります!」


 フレディもバーンズも悲鳴に近い言葉を吐いている。

 バードの戦闘力を根こそぎ奪い去った対空砲は、その基部から完全に粉砕されるレベルでダメージを受けたらしい。

 衛星軌道上にいた戦列艦からの支援砲撃が降り注ぎ、その直撃を受けたのだ。あの強力無比かつ完全無慈悲な一撃を受けても耐えられる建築物など存在しない。


「ジタバタするだけ無駄よ。せっかくの砲撃ショーなんだから、特等席で観戦しようじゃない!」


 毀れた様に笑ったバードは、精一杯に強がりな言葉を吐いた。

 もはや手も足も出ないし、物理的にも出来ない状態だ。

 開き直るしか無いのだから、バードの言葉も自棄気味となる。


「それもそうですな!」


 へらっと笑ったフレディがそう言った。

 もうどうしようも無い。状況はチェックメイトだ。


 衛星軌道上からの砲撃誤差は凡そ半径100メートル程になる。

 大気圏外から落ちてくる大質量弾頭ならば、その威力は冗談のようなレベルだ。


 それだけに、それ以上の命中精度は求められなかったし、必要ないのだ。

 この辺りへ着弾すれば良い。それで全てが終る。

 隕石級な威力を持つ兵器。それこそが艦砲射撃の本当の怖さだった。


「ですが、今の一撃は完璧な着弾でしたね」


 バーンズは何かに気が付いたようにそう呟いた。

 その言葉にバードもハッと気が付く。


「まるでサジタリアスの一撃ね」

「少尉の表現は知的で詩的ですね」


 バーンズは嬉しそうに言うのだが、バードはニコリと笑みを返しただけで、この不思議な現象を冷静に考えていた。

 大気圏外から落ちてきた砲弾は、完璧な角度で対空砲を撃ち抜き、その地下から完全に破壊する威力を発揮している。針の穴を通すような精度での一撃は、従来の艦砲射撃ではありえないモノだ。


 少なくとも、バードの経験した数少ない支援砲撃では大きく砲撃誤差圏内から脱出していたし、話しに聞くような砲撃下の状況でも同じようなモノだった。


「光りました!」


 フレディが叫んだ。それとほぼ同時、何か眩いものが大気圏外に輝いた。

 キラキラと光るそれがなんで有るかは論を待たない。


「日頃の行いの悪さなら自信があるから諦めて」


 ボソッと言ったバードの言葉に全員が大爆笑を始めた。

 好きこのんで鉄火場に出かけて行って、斬った張ったの大喧嘩だ。


 海兵隊に行いが良い人間などいるわけが無い。

 当の本人たちがそれを嫌と言うほど自覚しているのだが……


「来ましたね」


 発砲から着弾まで凡そ10分掛かるらしい。その間に色んな事を考えたバードだが、不思議と通路上での戦闘が大人しくなっていた。アレだけいた兵士がどこに行ったのだろう?と考えた。


 ――巻き込まれた?

 ――いや、それは考えにくい……


 あれこれと可能性を考えるのだが、その間に猛烈な空裂音が響いた。

 そして、それとほぼ同時に対角線上の砲座があったタワーが消し飛んだ。

 先ほどと同じように猛烈な土煙が舞い上がり、紅蓮の炎に包まれる。


「すげぇ……」

「たまんねぇな」


 その冗談のような威力を見たODSTの兵士たちは、唖然として立ち尽くした。

 コンクリートの塊であるタワーが一瞬でただの瓦礫に変わったのだ。

 しかもそれは、自分がいるこのタワーに落ちてきかねない代物でもある。


「次はここですかね?」


 平然と軽口を叩いたバーンズは、バードを抱きかかえて、視界の良いところへと持ち上げた。重量の嵩むサイボーグな筈だが、最も質量の大きいリアクターを下半身ごと失ってしまえば、存外に軽いといえるのだ。


「覚悟しておきましょう。あの世にもシリウス軍が居るはずだから」


 バードの叩いた軽口にクスクスと失笑が漏れた。

 ただ、そんなバードの脳裏には、ソードをもって暴れまわるロックの後姿が浮かび上がっていた……

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