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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第15話 オペレーション・スレッジハンマー
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直撃弾

~承前






「……うそ」


 この出撃で何度目かのクロックアップが起きた。

 バードの見ている世界すべてがスローモーに流れる。


 ――叫ばなきゃ……

 ――命令しなきゃ……

 ――逃がさなきゃ……


 様々な思考が頭の中をグルグルと駆け回る。

 鍛えに鍛えられた鉄の意志が動き出す。


 士官として教育されてきた全てがバードを突き動かそうとしている。


 ただ、身体が動かなかった。

 全くと言って良いほどに動かなかった。

 自らの意志に反抗するような機械の身体がもどかしい。


 ただ、バードはすぐにそれが『動かない』のではなく、意識を集中しすぎていた結果として、身体制御の作動クロックを越える精神の集中状態になっていたと理解した。


 ――動いて!

 ――動いて私の身体!


 心の中で絶叫をあげつつ、反応の鈍い機械の身体に振り返れと声を掛けていた。

 しかし、身体が動き始めたと思った時には、何かが砲座周辺に降り注いでいた。


DUCK(伏せろ)!」


 砲座周辺に上がっていた10人ほどのODSTは、狭い場所を譲り合うようにしていっせいに屈んだ。極々僅かなコンクリートの壁に隠れるようにしてだ。

 だが、本当に極僅かでしかない時間差でその周辺の砲から何かが降り注いだ。


 ――間に合わなかった!


 その直撃を受けたODST兵士は、上半身が見事に吹き飛んで跡形も無くなっていた。炸裂弾頭系のそれは、大口径な機関砲だと思われた。


「勝手に死ぬな!」


 理不尽だとは思うものの、それしか叫ぶことができなかった。

 激しい砲撃は容赦なく行われ、砲塔の砲座周辺にあるコンクリートの隔壁がガリガリと削られていく。それなりに強靭な構造のはずだが、機関砲の方が威力に勝るようだ。


 ――ひどい……


 コンクリートの破片をバラバラと撒き散らしながら、構造体が削られていた。

 人の作ったモノだ。必ず壊れるし、それが宿命と言える。


「無理! 後退! 後退! 後退!」


 なにがどう無理なのかを説明している暇も余裕もない。

 バードは全員に通路への後退を命じた。


 ここにいればいずれコンクリートが削られ切るのは間違いない。

 絶望的状況を建て直し、事態をひっくり返す算段が重要だ。


 死んでしまってはどうしようも無いのだ。

 先ずは生き残る努力をしなければ……


「少尉! 上空を!」


 力尽くで押し戻したバーンズが空を指さした。

 降り注ぐ砲弾の中、バードも床面に転がったまま空を見上げた。


「こうなると天使に見えるわね」


 ヘルメットの中でニヤリと笑ったバード。

 上空には夥しい量のパラシュートが開いていた。


「本隊の降下ですね」

「第1と第2大隊が降下してくるようね」


 空一杯に広がったパラシュートの花畑を前に、バード達を狙っていた機関砲が沈黙していた。そして、ややあってその機関砲は空に向かって猛然と撃ち始めた。


「FUCK!」


 空へと向けられた機関砲が猛然と大口径の砲弾を撃ち出している。

 推定で20ミリか30ミリの高サイクル機関砲だ。


 初速と威力は冗談レベルの砲だ。

 上空で次々とパラシュート降下中の友軍を屠っていた。


「少尉!」


 バーンズやフレディが叫ぶ中、バードは飛び起きてレールガンの脇にあった4連装の機関砲を操作し始めた。大型のドラムマガジンが装備されたそれは、25ミリ機関砲だった。


「えっと……」


 パッと見た瞬間にサブコンがデータベースから操作マニュアル探しだし、バードの視界へとオペレーション手順をオーバーレイした。両脚で踏み込む形の油圧式旋回ペダルには、まだ十分な圧が掛かっている状態だ。


 ――セーフティ解除……

 ――発射サイクル変更……

 ――キックオフ良し!


 両手で抱える形の俯角操作レバーを動かし、バードはつい先ほどまで自分に向かって猛然と撃っていた3基の対空機関砲へ砲撃を開始した。最初に狙ったのは、対角線上に存在する物だ。

 まるでチャックを開け閉めするような連射音が響き、その都度に猛然と薬莢が吐き出されていく。毎秒数十発の砲弾が液体のように注がれていく。そして、その砲弾に襲い掛かられた対空砲銃座は、大爆発して果てた。


「いやぁ! これ楽しい!」


 屈託無く笑ったバードは、左手の対空砲座目掛け砲座ごと旋回させた。

 油圧が無くなり始めていて、ここからは手動だと思いながら。


「曹長! マガジン用意して!」

「イエッサー!」


 その声を確かめてから、バードは再び猛然と砲撃を始めた。

 巨大な薬莢が音を立てて床にこぼれる。ただ、ここで射撃の手を緩めるつもりは毛頭無いのだ。


「もうちょい! もうちょい!」


 真っ赤な尾を引いて離れた砲座に砲弾が吸い込まれていく。

 次々と構造体その物を削って対空砲が爆散した。


「残り一基! マガジン交換!」


 バーンズとフレディが勢いよくマガジンを交換した。

 20ミリに達する巨大な弾丸を吐き出す機関砲だ。その威力はコンクリートをガリガリと削っていく凄まじいモノがあった。


「早く! 早く!」


 金切り声を上げるバード。その目は残り一基の対空砲を捉えていた。

 真新しいマガジンを装填した対空砲は、バード目掛けて旋回中だった。


 ――やばい!


 バードよりも先に敵の対空砲がこっちを向いた。

 脳内一杯にロックのはにかんだ笑顔が浮かび、同時に砲弾が降り注いだ。


「あっ!」


 ガキン!ともバキン!とも付かない音が鳴り響いた。

 何の音かと一瞬理解できなかったバードだが、20ミリ砲弾が左腕の肘上辺りを貫通している状態だった。

 視界の中に構造体不良の文字が浮かび、左腕の肘辺りから先がピクトサインで点滅した。


 ――あちゃぁ……


 右手一本で砲を回し、敵の砲座を捉えたバード。

 マガジンの交換は3門しか終えてなく、残り一門を交換しようとしたODSTの兵士は打ち砕かれた豆腐状態で床に転がっていた。


「全員伏せろ!」


 ODSTが伏せる中、バードは右手一本で砲撃を開始した。

 交換したばかりのマガジンには25発の砲弾がはいっているが、その砲弾を猛烈な速度で消耗していく状態だ。


 ――おねがい!

 ――間に合って!


 向こうは4門で撃ちかけて来るが、こちらは3門での反撃。

 火力の違いは如何ともし難いが、向こうが先に撃ち始めたのだから……


「曹長! マガジン交換準備!」

「ダメです少尉! もう弾切れです!」


 ――え?


 バードの思考の全てが一瞬止まった。


 敵の砲は一足先に撃ち終わっていて、マガジンを入れ替えているのが見える。

 ふと何かに気が付いたバードは、先ほど撃たれて死んだ兵士の近くにマガジンが転がっているのを見つけた。残り一門とは言え、撃てるのと撃てないのには天地ほどの差がある。

 砲座から飛び降りて右手一本でそれを取り上げたバードは、先ほど交換し損ねた砲の部分へマガジンを差し込もうとして気が付いた。この死んだODSTがマガジン交換にもたついた理由は、20ミリの巨大な砲が装弾不良を起こしていたのだ。


 ――構造弱いわね!


 巨大なボルトを引き、チャンバーを空にしてやらねばならない。迷う事無くその操作を行い不良装填された砲弾を強制排出したバード。考える前にそれを行ってマガジンを詰めたのだが、初弾をチャンバーに送り込むべく再びボルトを引いた時、背筋にゾクリと寒気が走った。


 撃たれる……


 脳内にそのイメージがわき起こった。

 まだ撃たないで!と心中で叫んだのだが、こればかりはどうしようも無い。

 敵の砲座を見るべきなのに、身体がそれを拒否しているような状態だ。


 ――確かめなきゃ!


 心中でそう叫んでいたバードの身体が敵の砲座を見た時、4門全てがこちらを向いていた。そして、砲撃指揮官は手を振り下ろし、今まさに射撃する体勢になっていた。

 そしてその直後、何かが光った。それが発砲したモノだと気が付いたときには、巨大な弾丸が飛んできていた。自分の周囲にドンガンと賑やかな音が響き、様々な物が弾けとんでいた。


 ――あっ……


 何かを叫ぼうとして声がでなかった。

 視界の中に空が見えて、それから床が見えた。


 転んだと気が付き立ち上がろうとした時、視界の表示が真っ赤に染まった。

 左上には、下半身機能停止のピクトサインとリアクタースクラムの表示。

 それから、サブコンのメモリー不良とシステムエラー。

 メインバッテリーは55%が接続不良。


 ――なに?


 瞬間的に理解する事が出来ず、バードは取り敢えず立ち上がろうとした。

 だが、下半身は、全く動かない状態で、瞬間的にイラッとしてしまう。


 しかし。その精神的沸騰は、自らの視界にはいる物体でスッと冷まされた。

 バードの腰から下は完全に切断されている。

 なおかつ複数の直撃弾を受け、粉砕された状態だ。


 ――あちゃー


 咄嗟に確認したのは、上半身と頭部のダメージだ。

 腹部のメイントラス辺りから切断された胴体は、幸いにしてバッテリーの一部を上半身に残していた。即死は免れられると安堵し、残り時間の計算を待つ。


 胸部構造体は全く無傷で、首から上も取り敢えず問題はない。だが、その直後にバッテリーの残量計算が完了し、実稼働時間は55分と判明した。


「少尉!」

「大丈夫ですか!」


 二人の曹長が立ち上がって駆け寄ろうとしている。フレディの方はもう半分立ち上がっていて、バードに向け一歩を踏み出そうとしていた。

 決した安全な状況ではなく、まだまだ大口径機関砲弾が降り注いでいる状況だ。止めなきゃ!と焦ったバードは、右腕を広げてそれを制し叫んだ。


「立ち上がるな! まだ撃たれる!」


 ここはひとつ、気合いでカバーしなければならないし、優秀な上官を演じなければいけないと思った。皆の視線が集まるなか、バードは姿勢を変えて動く努力をする。

 ふと、つい先程直撃を受けたぐちゃぐちゃの死体が視界に入った。完全な即死だったその隊員は、驚いた表情のまま事切れていた。


 ――生身で撃たれたら痛いんだろうな……


 幸いにして痛覚などは全く無い。ただ単純に身体を構成するパーツが失われただけだ。サイボーグが便利だと感じるものの、決して口には出来ない感情がムクムクと心の中で大きくなって行った。


 ――死んだ方が楽だった……


 認めたくは無いが、それは絶対的に存在する感情だ。

 ふと、いまに疲れている自分を感じた。

 そして、何処かへ逃げ出したくなっているとも。


「バード少尉!」

「この程度じゃ死ねないのよ! 残念な事にね!」


 慌てふためくバーンズ曹長へ言葉を返し、バードは自分を奮い立たせる。


 ――帰らなきゃダメなんだ!

 ――自分には帰るところがあるんだ!


 頭の中の何処かでロックの声が流れた。

 いつもの様にぶっきら棒な口調で『バカヤロー!』だの『ふざけんじゃねぇ!』だのと気合を入れてくれている。そして、両手を広げて『帰って来い!』とも。


 直撃を受けた左腕は肘から先が動かない。

 使えるのは右腕一本だが、逆に言えば動けるだけありがたい状況だ。


 相変わらず対空銃座は猛烈に砲撃を続けていて、コンクリートが少しずつ削られている。上空には降下中のODSTがいると言うのに、猛烈な砲撃は遠慮なく続いていた。


 ――なんでだろう……


 如何なる戦闘中でも、コレが出来ないと指揮官は勤まらない。

 バードは激しい状況だと言うのにも係わらず、冷静にそれを考えた。

 そして……


 ――アッ!


「バーンズ! フレディ! 通路を見て!はさみ内にされるかも!」


 対角線上ともう一つの砲座は潰したが、あそこにいた兵士が死んだ訳ではないだろう。全滅させるには威力が足りておらず、コンクリートと鉄骨とを組み合わせて作られたこの強靭な施設は、未だにその威容を誇っている。

 当然、内部通路はまだまだ生きて居るはずで、そこを通ってこの砲座の下に敵兵が集まってきていたら……


「ビンゴ!」


 フレディが叫んだ。

 砲座へと続く階段の下部で猛烈な射撃音が続いていた。

 高サイクルな自動小銃の射撃音と軽機関砲の発砲音が響いた。


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