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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第3話 オペレーション・キングフィッシャー
19/358

シェル / 設定の話05


 北アメリカ大陸の北西部。

 カナディアンロッキーの麓には、天を突くように聳えるレッドウッドの森が大きく広がっている。

 うっそうと茂るその森は豊かな自然の象徴でもあり、数多くの動植物にとって揺りかごの役割を果たしていた。


 そんな森の奥深く。雪を被って静かに眠るログハウスが一棟、忘れ去られた様に佇んでいた。人の胴体よりも遙かに太い材を組み合わせた、見るからに丈夫そうな建物だ。


 大自然に抱かれ静かな時を過ごす為の山荘だが、その隣にはいかにも不釣り合いな大手通信社の企業マークが入った、十五メートル規模のパラボラアンテナが空を見上げている。

 そしてその脇では、見るからに高出力なジェネレーターが数機、野獣の咆哮が如き音を放って存在している。その様子を見ればこのアンテナが単なる衛星通信のアンテナではないと、誰だって思うだろう。


 このアンテナの先には、地球のラグランジュポイントL4に浮かぶ少惑星ルナⅡがある。

 地球上の鉱物資源が底を突きかけた時代にメインベルトから持ってきた物で、大量の鉱物資源を抜き取った後は、国連宇宙軍の拠点として使われていた事もある。

 今は内太陽系通信網の中継点として使われている無人の拠点だが、地球側、シリウス側双方にとって、未だに重要な戦略目標のひとつであった。


 深く静かに浸透していくシリウス工作員の魔の手は、ついに国連軍の本拠地とも言える場所へ到達しつつあった。北米防空司令部、NORADから発展した、国連宇宙軍統合作戦総本部。ここの最深部にあるデータを巡って、幾度も幾度も、眼には映らぬ電子の戦闘が繰り広げられていた。










 作戦ファイル 981218-07

 Opelation:King Fisher

 作戦名:『翡翠(かわせみ)







 ――― 地球標準時間 西暦2298年12月19日 0345

      国連宇宙軍海兵隊 キャンプ・アームストロング









 前夜、半ばどうでも良い作戦の反省会へ出席していたバードは、二十三時近くまでウォードルームで論議に参加していた。士官として把握しておかねばならない情報や知識は幅広く、そして深いのだ。

 零時を回ってから自室へと戻った後、バードはベッドの上に倒れこみ、まるで泥のように眠っていた。バードというペルソナ(仮面)を被った『恵』という人格が、誰にも気を使わずに自分の正体をさらけ出して居られる唯一の場所だ。


 作戦完了後、メスホールでのどんちゃん騒ぎで、ちょっとキツ目のウィスキーを煽り、笑い上戸になって仲間達と大笑いした。今回の作戦でMVPになったジャクソンをビールまみれにして、ゲラゲラと笑った。

 一緒に降りた生身の兵士達が、美人少尉にキスする権利を掛けてポーカーに興じる中へ『あたしも参戦!』と乱入し一人勝ち。


 ―――負けた奴は一発ずつフルパワーで殴らせろ!


 そう宣言したら大慌てでみんな逃げ出して、それを見ながら更に大笑いした。七回目の降下作戦に参加し、男くさい上に何事にも荒っぽい海兵隊にも、やっと少し慣れてきた頃だ。反省会が何の為に行われるのかをだんだんと理解してきていた。


 降下前に覚えるプレッシャーで心は大きく疲弊するし、実戦ともなれば容赦なく敵を射殺する。その行為の罪の意識は全部終わって落ち着いた時、遠慮なく一斉に襲い掛かってくる事を学んだ。


 おのれの犯した罪の深さに(おのの)き、射殺した敵の断末魔が夢に出ない事を祈る為にも、そして、部屋に戻ってもう一度シャワーを浴びながら、涙を流さずに泣く為にも。遠慮なく大騒ぎして心を軽く出来る一瞬が必要だ。

 眠る前、たった一人でベッドに横たわり、僅かな光の中でぼんやりとバードは考えていた。

 まだまだナゲッツ(ひよっこ)として超えてはならない一線の存在と、それへの距離感。気を使い、頭を使い、上手く立ち回る事の重要性と、絶対に外してはいけない事。


 軍隊という超絶に厳しい階級社会の中で、成功しても上司を立て、失敗した部下を救い、気が利いて安心できる奴だと、周囲に認められてこそ、社会人(ぐんじん)として一人前。


 自分の正体をさらけ出すのは、誰も見ていない場所で、こっそりと。それを理解せず、誰もが見ている所でコドモ大人を演じてしまうのは失態だ。いろんな考えがグルグルと脳みその中を駆け抜け、気が付いたら眠っていた。いや、目を覚まして、眠っていた事を確認したのだった。






 ――――― 緊急集合(エマージェンシー)!!






 突然脳内に響く声。

 ぐっすりと眠っていたバードだが、強制的に覚醒されて目を覚ます。

 一瞬事態を飲み込めないが、緊急集合を聞いて飛び起き、コントロール(基地指令)にアクセスを試みる。


 するとどうだ。月面にある航空管制がアームストロング港周辺の船を全部退避させて、宙域をもぬけの殻にしてある状態だった。そして、サイボーグに緊急出動要請が出ている。


 ――――― Bチーム緊急出動(スクランブル)!! 高機動装甲戦闘服(HMV)で出撃!!


 取る物もとりあえず、自分のストラップとハーネス(神経接続ケーブル)を持ってバードは走った。専用の通路を走って装甲歩兵専用ハンガーへと向かう。一番乗りでやって来たのはドリーだった。


「バード! HMVで出る! 急げ!」

「イエッサー!」


 頚椎バスへハーネスを接続し、サブコンを立ち上げてストラップで止める。

 個人を認識するコントロールボックスがインターフェースを起動するのを待ってHMVのメインコンピューターを起動させた。


「GoodMorning BIRDIE」


 バードの視界にHMVコンピューターのメッセージが浮かび上がる。

 「おはよう!」と答えながら、対衝撃・対荷電粒子装甲ゲルの詰った装甲服を着込む。流体金属と高分子有機素材を複層密着させ、高張力金属繊維のカバーで包んだ非常に重量のあるものだ。


「メインエンジン スタンバイ!」

「O.K. BIRDIE」


 無機質なコンピューターの電子音声が耳に届く。


「メインエンジンコントロール接続」

CONFIRMED(完了しました) NOPROBLEM(問題ありません)

「アイドルモードでスタンバイ」


 アストロインダストリー社製の制御核反応型エンジン"グリフォンMk-Ⅲ"が目を覚ます。比推力2万7千秒を誇る、恐るべき大推力エンジンだ。


「フライトレコーダースタート」

RECORDER(レコーダー)ON(オン)

「敵味方識別装置スタート」

IFF・ON(識別装置起動)


 いつでも飛べるようにフライトレコーダーの記録を開始する。

 エンジンの状態をここから記録しておくと便利らしいと聞いていた。


 流体金属装甲服まだ通電してない関係で、自分の身体より二周りほど寸法が大きくなる。サイボーグの身体なら真空中に晒した所であまり問題は無いが、宇宙空間に稀に漂っているデプリや小さな石ころなどは、とんでもない運動エネルギーを秘めているのでぶつかったら洒落にならない。


 高速で貫通していく素粒子の影響でビット反転する事があるRAMデータは、完全シールドエリアに守られているが、それでも慎重には慎重を期して、分厚い装甲板の入った胸部装甲を装着する。

 ボンレスハムのように膨らんでいる装甲ゲルへ通電が始まると、ギュッと引き締まった形状へと変化を始め、それを確認して後頭部が大きく後方へ伸びた専用の頭部ユニットを被りコックピットへ飛び込んだ。全高七メートル程のシェルが動き始める。


「Permission to Sortie」


 HMVのメインコンピューターは制御モードの戦闘モード移行を提案してきた。

 ハーネスを経由する情報量が一気に増え、バードは擬似的に肩が重くなった様に感じる。


GRANTED(許可する)


 コンピューターが戦闘モードに切り替わった。

 バードの視界の中に主エンジンや様々な補機類の状況表示が浮かびあがる。


 何も無い筈の空間にホログラム状の仮想計器類が浮かび上がり、別の場所にはマニューバ(機動飛行)時における遠心力に耐えられる範囲を示す機動限界線が朝顔の花のように表示されていた。


 ――よしっ!


 気合を入れたバードは、ふと周囲を見回した。

 Bチームメンバーが装備を整え終わっていた。


「全員準備良いか!」


 テッド隊長の声が脳内に響く。

 返事をする変わりにブルーシグナルを頭頂部の機体識別ランプに点灯させる。


「ブースターはカタパルト射出後に点火しろ! いくぞ!」


 月面から垂直に延びるカタパルトを接続し、ブースター点火をスタンバイする。

 その間に視界へと割り込んできカウントダウンの数字が5秒前を指していた。


「4 3 2 1  GO!」


 月面引力圏からたたき出すためのカタパルトはHMVの機体を毎秒3.7キロまで加速させる事が出来る。地球上であればマッハ10近い速度だ。

 そのまま月面から30キロほど進んだ辺りでブースターに点火し、地球引力圏脱出速度の毎秒9.7キロまで4秒で到達。ブースターは燃焼を終える事無く加速し続け、その燃焼を完了するまでに秒速11キロまで速度を付けるのだった。



    宇 宙 用 高 機 動 装 甲 戦 闘 服



 誰が見たってそれは服なんかじゃ無い。

 そもそも、衣類だとか身を包む為の道具でも無い。

 それは全てを振り切って超高速で移動する『巨大なエンジン』そのもの。


 そのビースト(猛獣)のような『制御された(コントロールド)暴走(・スタンピード)』を手懐ける為に、サイボーグを拘束するハーネスとストラップのマウントが付いているだけに過ぎないと言っても良い。


「バードは初めての実戦シェルドライブだな?」

「はい」


 『 シ ェ ル 』


 甲羅とか装甲を意味する単語だが、このエンジンが付いた服には見えない兵器もまたシェルと呼ばれる。戦闘兵器の不足していたシリウス独立派が建設現場にあったパワーローダーに装甲(シェル)を被せて使った辺りが命名の由来らしい。

 現場で自然発生的に使われるようになった言葉は、正式名称を付与された後でもスラングとして使われ続けるものだ。


「今から有線リンクする。シミュレーターを何度もやってるだろうが、実物の動き方は実地で覚えろ。敵が全く見えないから有視界戦闘になる。サブコンに命じて自動回避自動反撃にしておけ。お前のすぐ前を俺が飛ぶ。緊張はしなくて良い。ただ、絶対に油断するな。それと、前以外を見ていろ」


 テッド隊長機は肩口へ真っ白な狼のマークが描かれている。その機体が不意に接近してきてリンクケーブルをバードの肩部にあるバスへ撃ち込んだ。バードの視界に『LINK』の文字が浮かび上がる。


「全員戦闘加速用意。ぶっ飛ぶぞ!」


 シェルのコントロールをテッド隊長に任せたバードは、視界左手に浮かぶラッパ状な緑色の3DのCGに見とれている。自らの機動により自分自身を破壊しないで済む可動領域表示を示すCGだ。ラッパ状の出発点に赤く光る自分の点が見えた。


「5! 4! 3! 2! 1! IGNITION(点火)!!」


 不意に背中辺りで爆発を感じ、ほんのりと背骨が温かくなる錯覚を覚える。

 視界が一瞬真っ暗になってしまうも、脳の中へは周辺の状況が刻々と伝わってきているのがわかった。


 一口にシェルと呼ぶ戦闘兵器の中でもBチームが使っているHMVは最大速力で秒速35キロに達する超高機動型の化け物だ。そもそもシェルは高機動型と低機動型の二種類が存在するのだが、高機動型は直接的に神経接続を可能とする端子を装備した兵士だけが使いこなせる特殊兵器だ。


 そして、その中でもこの超高機動型の機体は、サブ電脳を常時オーバークロックモードで走らせられる、高適応率なサイボーグ士官にしか扱えない代物だった。

 なにせ自らの背中に剥き出しの原子炉を背負っているような物なのだ。プラズマすら閉じ込める強大な磁場の渦の中で、制御された核爆発を連続して起こし加速し続けるとんでもない構造のエンジンな関係で、出力を絞りすぎれば燃焼が不安定となりかえって制御できなくなる恐れがある。


 その為、このシェルはゆっくり飛ばす事が出来ない困った代物だ。全てを振り払って飛翔する超高機動型シェルのドライバーは、生身の兵士どころか標準的な適応率のサイボーグでも務まらない。


 バードは今、太陽系脱出速度を大きく超える猛スピードで宇宙を進んでいた。


「隊長! どこにも居ませんぜ!」


 唐突にスミスの声が聞こえた。


「天頂方向を中心に360度スキャンしましたが、熱源反応無し。エコー反応無し。赤方変位、青方変位を伴う光点反応無し」


 ジャクソンの索敵報告が反応無しを告げている。


「全バンドでの戦闘通信反応無し。デジタル、アナログ、光波の各通信反応無し」


 ジョンソンが通信状況をモニターしつつ報告。


「全員索敵範囲を大きく取れ。速度・進路・各個間距離は現状を維持」


 テッド隊長が指示を出して無線の中が静かになる。強烈な加速度に意識を置いて行かれそうになったバードは、この辺りで初めて周辺を確認する余裕が出来た。現実問題として、何かあったら普通の反射神経では回避一つ出来ない。


「変針 進路295-115!」


 進行方向が僅かに変わった。背中に付いているエンジンの推進軸線を若干変更し、それに伴い身体を捻る。両足を僅かに畳み、遠心力で引き千切られないよう注意しながら向きを変えるのが分かる。

 テッド隊長の身のこなしを二人羽織のようにして学んでいる事になるのだが、表現を代えればバードの中にテッドが入り込んで来ているとも言える。

 無重力空間で各惑星の重力に引っ張られず自由に運動するには、この速度が必要だ。ただし、それは遠心力と常に戦わなければならないので、身体の使い方が重要。サイボーグだって腕や脚が引き千切られれば痛い。

 

「変針 進路075-045!」


 かなりの急カーブを切って進路が変わった。

 テッド隊長とバードを結ぶケーブルが遠心力に引っ張られるのが見える。

 

「やっぱ敵はいねーっすよ。ボス(隊長)


 ペイトンがウンザリしている。

 その言葉に当てられたのか、ドリーもちょっと不機嫌そうだ。


「俺たち担がれたんじゃ?」

「いや、気を抜くにはまだ早い。ステルスで隠れてるかもしれない」


 ビルは心理的死角を探して四方八方に気を配っている。

 だが……


「諸君。よく寝たかね」


 無線の中にアリョーシャの声が流れ、直後に誰かの舌打ちが聞こえた。

 たぶんジョンソンだとバードは思った。


「ブラックバーンズ諸君。前方にハンフリーが航行中だ。収容体制を整えたので着艦せよ。ストラップはフリーだ」


 冗談染みた調子でアリョーシャの笑い声が流れていた。


「アリョーシャ…… どういう事だ?」


 ジャクソンの声が怖い。

 バードは思わず震えかけた。


「軍人にとっては訓練も重要な任務の一つだ。バードの訓練だよ」


 バードの訓練という言葉に恵は居たたまれなくなった。

 自分の訓練でメンバーを真夜中に叩き起こした事になる。

 実戦に参加して疲れて帰ってきて反省会をして、そしてそのまま泥のように眠りこけていたのに。


 自分の訓練に付き合わされたメンバーに恨まれるだろうな……


 ――後で何を言われるのか?

 ――ビール位おごった方が良いだろうな


 そんな事を考えていた。


「全員減速する。俺より先にアリョーシャを殴った奴は懲罰だ。順番を守れ」


 テッド隊長の冷静な言葉が流れた。

 一瞬遅れて全員の返答があった。


「ロック、ダニー、ライアン、バード、訓練を続行する。俺の機動に付いて来い」


 不意にバードへ連結されていたプラグが抜かれた。

 僅かな電磁ノイズが逆リークしてきて、バードの背中にゾクッと刺激が走った。


「バード、コントロールを返す。シェルの操縦をマスターしろ。最初は慣れる事からで良い。バージンドライブなら普通は飛ばすだけで精一杯だ」

「……了解しました」


 バードの言葉が僅かに震えている。

 テッドだけで無く、チームの皆が緊張を感じ取った。


「自分自身の重心点を常に意識しろ。両肩と両足のスラスターエンジンが生み出すモーメント軸が重心点を貫通しないとスピンモードに入る。遠心力であっという間に体中バラバラだ。視界の隅に出ている機動限界のブロッサムライン(開花線)からはみ出さないように注意を怠るな。最初はこれで精一杯だろう。上手くやろうと意識するんじゃ無い。ブザマでも良い。失敗できる時に失敗するんだ。実戦で失敗すれば即戦死になる。お前なら出来る。水中遊泳をイメージすると良い。あまり深く考えずに本能で飛べ」


 Bチームの少尉達がテッド少佐に率いられ宇宙を飛翔する。

 秒速35キロの世界では、ごく僅かな障害物にぶつかっただけで即死する。

 障害物の接近警報は視界の中に真っ赤なアラ-ト表示で示された。


「ロック。もう少し注意深く軌道変更しろ」

「イエッサー」

「ダニー。お前は一番練習してるんだ。手本を見せろ」

「イエッサー!」

「ライアン。今回は着艦をしくじるなよ」

「イエッサー」


 テッド少佐は最初、大きく8の字状に円を描く機動を行った。

 機動要素としてはバードが一番上手く軌道変更を行っている。

 ロックやダニーやビルが驚く程に綺麗な機動要素変更を行っている。


 だが、航行するハンフリーに沿ってスパイラルを描くよう立体的に軌道変更を掛けると、バードの機動が膨らみ始めた。同時に制御しなければならない要素が増えるためだ。


「捻りこんで軌道変更する時は遠心力を考えろ」

「もっと早めに機動スラスターを使え」

「自分自身の慣性モーメント軸に逆らうな」


 次々と難しい機動指示を出しながら、テッド隊長は唸っていた。

 初めて宇宙空間を飛ぶバードのセンスの良さに……だ。


 しかし、そう簡単にシェルが使いこなせる訳が無い。


 HMV - High Mobility Vernier


 高機動装甲戦闘服と名付けられては居るが、誰もそんな名前では呼ばない。

 See Hell 地獄を見るマシン。 SHELL シェル。


 人間の反応限界を遙かに超える速度で飛ぶ戦闘兵器。


「そろそろ集中力の限界だな。ロックから順番に着艦しろ。バードの手本だ。間違ってもハンフリーの外殻装甲に激突するなよ。幾ら俺たちでも一発で木っ端みじんだ」


 ハンフリーもまた超高速で宇宙を航行出来るが、現状ではシェルの30%程しか速度が出ていない。メインエンジン部のすぐ上に見えるシェル用デッキの誘導ビームを頼りに、ロックが開放されているハッチを目指した。


『ロック少尉 こちら着艦管制』


 軌道要素をゆっくり変更しつつロックは着艦コースに入った。


「こちらロック 受信状況問題なし ミラーボール(光学着艦誘導装置)確認 順調に減速中」


 緊張が走る。ハンフリーの周辺を周回する軌道を飛びながら、バードはロックの挙動を観察していた。


『着艦方位角 進入座標 問題なし』


 会話にノイズが入って聞き取り難い。


「了解」


 ロックのシェルはハンフリーのハッチへ吸い込まれるポジションへ入った。

 そして、まるで流れる水のように吸い込まれて行く。


 着艦する直前に全力で逆噴射を掛けて速度を一気に殺している。

 最後はエアボーンで着地する要領だった。

 運動神経と反射神経に優れたロックの着艦は美しいとバードは思った。


 ただ、ビルとライアンが順番に着艦し、バードの番が回ってくると、汗を流さない筈のサイボーグなのに、背中がジットリと嫌な汗をかいている様な気がした。


「バード、難しいとは思うが出来る限り落ち着いて聞け。いいか」

「……はい」


 気が付くとテッド隊長機がバードと平行に飛んでいた。

 着艦ハッチの奥にはBチームのメンバーが並んでこっちを見ているのが見えた。


「着艦だけは誰も手伝えない。コンピューターの自動化も出来ない。三百年以上昔からキャリアーパイロット(艦載機乗り)達はこの恐怖と戦ってきた。だが、これが出来ないと船に帰れないし、落ち着く事も出来ない。だからパイロットは命がけで着艦してきた。(おか)のパイロット達がキャリアーパイロットを尊敬してきた一番の理由だ」


 ハンフリーの周囲をグルグルと巡回しながらテッド少佐とバードが飛んでいる。


「この超高機動型シェルは最低でも秒速12キロでないと飛べない。エンジンの磁場で自分自身が壊れるからな。セッティングは変更できないし、コンピューターも助けてくれないんだ。だが、お前が使っている身体もシェルも宇宙軍最高の機材だ。生身の連中じゃ出来ない事だ。シェルと自分の身体を。自分自身を信じろ!絶対ビビるなよ!行け!」

「イエッサー!!!」


 自分自身の恐怖を振り払うよう大声でバードは答えて、ハンフリーへ進路を取った。


『バード少尉 こちら着艦管制』


 着艦コースに入ったバードは、ハンフリーのミラーボール《着艦誘導灯》を確認し、距離を詰めていく。遠くから見たら針の糸穴のような着艦ハッチがどんどん大きくなってきた。着艦誘導ビームが視界に入り、上下左右の修正角を慎重に取る


「こちらバード 受信感度良好 減速中 ミラーボール視認」


 無くなった筈の心臓がドキドキと早鐘を撃つ錯覚を覚える。

 小さく見えていたハッチがドンドン大きくなって行く


『着艦誘導角異常なし』


 会話の中の言葉が明瞭に聞き取れるポジションに来た。

 今この瞬間、バードには全てが明瞭で澄み切った世界に見えた。


「了解!」


 ミラーボールの灯りが青色に変わった。

 バードは逆噴射の準備を始めた。


 ただ、早めに逆噴射すると艦に置いていかれる。

 遅すぎれば艦内の隔壁に激突する。


 ――エアボーンと一緒…… 対地距離を慎重に測って逆噴射…… 


 そんな時、脳内にあの声が蘇ってきた。


 ――さぁ! 復唱しろ! 君なら出来る!


 マスターチーフ。バリーボンズ上級兵曹長の声が蘇る。


 ――私なら出来る! 私なら出来る!


 誘導灯が青から黄色、そしてオレンジに変わる。

 逆噴射バーニアをスタンバイし、バードは心を整えた。

 真っ赤になった瞬間に逆噴射し、一気に速度を殺してデッキに着艦。


 強い磁場の網に掛かって一気に速度を殺す。

 だが、着地点でバランスを崩し足を滑らせ、並んでいた仲間達へボーリングのボールよろしく衝突し停止した。


「ブラボー!! バード!!」

「ストライクだぜ!」

「最初の着艦なのに一発でハッチに入るとは大したもんだ!」


 仲間達が一斉に声を掛ける。

 着艦デッキの誘導に従って場所を空けながら、バードは僅かに震え続けていた。


「ごめん。ぶつかっちゃった」

「良いって良いって」

「初めての着艦でゴーアラ無しならそれだけで上出来だ」

「減速しすぎて船において行かれるのが普通だからな」


 一斉に声が来るものだから、誰が誰だか一瞬パニックを起こす。

 だけど、出来る限り冷静を装って立ち上がる。

 気が付けば両手両足がカタカタと僅かに震えていた。


「よしっ! 上出来だっ! たいしたもんだ!」


 テッド隊長の声も弾んでいる。


「バード! 着艦が一番面白いだろ?」

「そうなんですか?」


 ホッと一息ついて振り返ったバードの向こう。

 着艦コースに入ったテッド隊長が見えた。


「そうさ! キャリアーパイロット一番の見せ場だからな! そこらのアクロバットフライトより遥かに難しい!」


 妙に上機嫌のテッド隊長をバードは不思議そうに眺めている。


「バードも上手く着艦できた事だし、一つ芸を見せてやる。スロープを空けておけ」


 バードを含め皆が見守る中。テッド隊長は全く減速しないどころか、再び戦闘加速を行って錐揉み状にハンフリーへ突っ込んできた。

 唖然としながら見ている少尉達を前に通常推力のまま接近し、着艦寸前にエンジンをフルブーストさせつつ、機体を縦に滑らせ180度精確にスピン。バックスラスターや逆噴射を全く使わず慣性モーメントを殺し、着艦ハッチの磁気網に一切触れる事無く着艦を完了した。


「うん。パーフェクトだな」


 テッド隊長の笑い声が無線に流れるなか、少尉を含めたメンバーは言葉を失っていた。普通に考えて、おいそれと出来るようなテクニックではなかった。


「試しにやってみようなんて思うなよ。最後の手段で何度かやってるうちに出来るようになった技だからな」


 テッド隊長は、入り口のハッチ付近へピタッと着地してエンジンを切った。

 まるで器械体操の選手が鉄棒から飛び降りて静止するように。

 バードはその姿を呆然と見ていた。



 設定の話 その5 シェルについて





 現場ではシェル(SHELL)と呼ばれる兵器。

 HMV(High Mobility Vernier)が正式名称。


 そもそもはシリウス独立派が作業現場にあったパワーローダーへ、ありあわせの装甲板を取りつけて使ったもので、火砲や野砲といった火器類ではなく、鉄の棒やらコンクリートの柱やらで戦ったのが始まり。


 初期のシェルは文字通りただの装甲パワーローダーだった関係で、戦闘機や戦車といった従来型戦闘兵器の餌食になるレベルだったのだが、そこに大きな転機が訪れたのは、サイボーグの制御構造をそっくりそのまま移植したことでした。


 建設機械レベルの動作ではなく人がそのまま大きくなったように動ける機材の登場で従来型兵器との力関係が完全に逆転します。つまり、シェルはまずサイボーグありきです。普通の生身の兵士では扱いきれないトンでも兵器です。


 サイボーグの場合は機体の運動制御を『自分自身の身体』として行える上に、シェルが搭載する対話型ボイスコンピューターに対し、指示命令という形で火器管制やエンジンマネージメントを行わせる事が出来るので本人は戦闘に集中できる。そんな兵器ですね。


 でもって、実は神経接続機能を持ったレプリカントというのがこれから登場しますけど、その類のレプリもシェルを扱えます。そして、生身の兵士でも『神経接続端子』を外科手術で埋め込んで、コントロール機能を取り込んだ者も居ます。


 学習させ訓練を受けさせる事で扱えるようになる類の戦闘兵器ではなく、ある意味で人間を辞める事を要求されるレベルのトンでも兵器。それが地球系人類の戦闘兵器すべてがシェルに駆逐されない理由です。そして、宇宙軍がサイボーグの兵士を欲しがっている理由でもあります。


 で、以下余談。


 巨大人型戦闘兵器は男の子の見果てぬ夢・ロマンな訳ですが、実際に戦争を行う兵器としてみた場合、かなり無駄な存在といえます。ですが、戦車と戦闘機と戦闘ヘリは陸戦兵器における『じゃんけん』の関係とか言うそうで、一見無駄だけどある特定の面では役に立つ事もある。ならば兵器としての存在理由になりうる。そんなご都合主義の塊で登場させました(笑)


 じゃぁ、その存在理由を頭ひねって考えようってのがSFを書くときの醍醐味でもあるわけですが、某ガ○ダム見たいに数本のレバーと足踏みペダルでもってあんな複雑な動き出来るかい!と突っ込みを入れたくなる人間でして、結果論としては某F○Sのモーターヘッドの様に身体すべてを包み込むコックピットが必要になるか、もしくは某エ○ァの様に完全神経接続型にならざるを得ないはず。

 まぁ、そんなノリですね。細々と突っ込むところは出てきますが、ご都合主義万歳という事で笑ってスルーでお願いします。

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