突入
~承前
――エナジーポーション飲めばいいのに……
着々と減りつつある電池残量を眺めつつ、バードはそんな事を考えていた。
戦闘支援AIによるダミーモードは、純粋な戦闘マシーンそのものだ。
敵が全滅するまでその手を休める事は一切無いし、敵への情けなど微塵も無い。
女だろうが子供だろうが、武器を手に立ち向かう以上は敵だと判断する。
そして、それについて一切の矛盾も無い。
戦うと言う事を純粋に突き詰めたシステムは、228体目のレプリカントを肉塊に変えた段階でその機能を停止した。バードのカウントではその数字だが誤差の存在はあり得なかった。
――ん?
一瞬鈍い音を立てて身体から力が抜け、同時にコントロールが返ってきた。
ダミーモードが満足するまで暴れ続けるなんてのは初めての経験だ。
我に返ってそのコントロールを受け取った時、バードは身体が重いと感じた。
「バーンズ曹長!」
目の前にはトーチカの入り口がある。
次々と出てきていたレプリの姿は無い。
上部ではまだまだ対空射撃が続いている状態だ。
機能停止させるまで任務が終らないことなど、言うまでも無い。
全員を呼んだバードの元へバーンズ達が走ってきた。
手近にいた者全てを麾下に収めた臨時編成のバード隊は40人程になっていた。
「遅くなりました!」
「突入準備!」
「サー! イエッサー!」
思えばバードも数々の地獄めぐりを経験してる。
だが、ヘルメットの中、これはこれで極上の地獄だと呆れるように笑っていた。
改めてトーチカを見れば、そのつくりは丈夫さ優先の頑丈なつくりだった。
コレでもかとコンクリートを注ぎ込んで作られたその外壁は、軽く3メートルの厚みがある代物だった。
「まるでナチスドイツの対空砲タワーですな」
トーチカの内部へと入ったバード小隊の中、ドイツ系と思しきドイツ語訛りの言葉が聞こえた。
「なにそれ」
「ナチスドイツが第二次大戦中に拵えた対空戦闘用トーチカです。コンクリをこれでもかって使った似たような構造です。ぶっ壊すのも苦労する代物ですよ」
「へぇ…… 見てみたいわね」
建物の中はひんやりとした空気が満ちていた。
エアコンが稼動しているとは思えないが、それにしたって冷たい空気だ。
3メートルは裕にある外壁をトンネルで潜ると、その奥には広間があった。
その広間から左右へと通路が続いている。
恐らくは内部をぐるりと廻る構造なのだろうが、確かめるまでは安心出来ない。
「フレディ曹長! 班を分けてそっちの通路を前進!」
「イエッサー!」
フレディは早速目分量で班を分け、広間から伸びる通路を進み始めた。
その背中を見送ったバードは、残っているバーンズにも指示を出す。
「バーンズ曹長! 反対の通路出口辺りで左右に別れて待機!」
「イエッサー!」
万が一、どこかに敵が残っていて隠れていたとしても、フレディの班によって押し出されるはず。この広間で待機して身を隠していれば、そいつらを一網打尽に出来ると言う目論見だ。
――さて……
そそくさと壁際に立ち、背中を壁に当てた状態で銃口を天井に向けたバード。
その身体は撲殺したレプリカントの白い返り血を大量に浴びている状態だった。
その姿は誰だって息をのむような物だ。
ただ、当の本人は通路の奥から身を隠し思慮に耽った。
そのすぐ後ろにはバーンズが陣取り、周囲には幾人もの男達が固まっている。
全員で通路の奥の様子を伺っている。
バードはそんな彼らから無意識に銃口を人から外す状態になっている。
認めたくは無いが、身体の芯まで兵隊魂が染みこんでいた。
「……それにしても、恐ろしい戦闘力です」
「ごめんね。ダミーモードだったから」
「ダミーモード?」
「そう。頭に直撃喰らって一瞬だけ脳震盪したみたいね」
「あー」
気の抜けた声を出したフレディは、バードの身に何が起きたのかを理解した。
銃弾の直撃を受けて一時的な失神を起こし、その間に戦闘支援AIが自立戦闘したのだと気がついたのだ。
「並の人間なら意識を失ってそのまま死んでますね」
「あら。私だってヘルメットが無かったら即死よ?」
「そうですね。ですが、あれはロック少尉には見せられません」
小さな声で『なんで?』と聞き返したバードにフレディがニヤリと笑った。
「ロック少尉に相当恨まれそうです」
それが何を意味するのかは、少々鈍いバードだってすぐにわかる。
周囲がロックとバードのふたりをどう見ているのかなど、言わずもがなだった。
「まぁ…… 私も彼も、とっくに人間辞めた似た者同士だから」
サラッと軽い調子で答えたバードだが、バーンズは言葉に詰まった。
もはや完全に吹っ切れている故の軽口だったのだが、それをそのままに理解するほど深い付き合いでもないのだ。
「失礼な事を申し上げました。御詫びいたします」
声音を改めたバーンズは、真面目な口調でそう言った。
何とも固い調子の言葉がこぼれ、バードは己の悪手を知った。
「そんな事無いよ」
振り返ってヘルメットの防弾バイザーを上げたバード。
オートバイ用などの小さなシールドでは無く、戦闘機向けのような大きい視野が取れるバイザーは、構造的にヘルメットの前半分近くが上に持ち上がって大きく開く構造だった。
その分厚い構造体は顎まですっぽりと覆う構造だが、隔壁と呼べるようなバイザーを大きく上げた中から出てきたバードの顔は、明るいルージュの塗られた優しい笑顔だった。
……不意に、バーンズ曹長の胸がドキリと高鳴った
「もうね、自分が機械になってしまったことに何の抵抗も感慨も無いのよ。ただ単純に、自分の構造体を把握しているから、やばい時はやばいって思うだけってね」
ニヤリと笑ったバードの表情は、どこか醜くも見えるものだ。
頬肉を左右から挟まれ、その動きが規制されているのもあるのだろう。
だが、そんな姿であってもバーンズの胸は間違い無く高鳴った。
そして、この笑顔が消えないようにと願った。
「まぁ、要するに、脳が機能停止したら、その脳を何とかして持って帰ろうってダミーモードが暴れるんだけどね」
「はい。ODST教育で学びました。しかし、ここまで凄いとは思ってませんでしたよ。正直に言えば、小さなハリケーンです」
「恋する女はハリケーンって?」
小さく笑って胸のポケットをまさぐり、エナジーアンプルを一本補給した。
その一部始終をバーンズだけで無く臨時小隊全員が見ている中、バードは空になったアンプルを右手で軽々と握り潰しポケットへと戻した。
幾ら海兵隊とはいえ、普通に考えて女性の手で握り潰せるような代物ではない。
だが、事も投げにぐしゃりと潰したバードは、まるで紙くずでも扱うかのようにポケットへと落とし、バイザーを落として再び戦闘モードへと切り替わった。
小さくプシュッと音が漏れ、ヘルメットの機密がとられたのだが、その姿にその場に居た面々がバードが特別な存在である事を嫌と言うほどに痛感した。
そしてその直後、建物の奥から銃声が聞こえた。
「やっぱり居たのね」
「……でしょうね」
バードの声には喜色が混じっている。
一瞬だけ『えっ?』と思ったバーンズだが、その直後にバードが言った『とっくに人間辞めたから』という言葉の意味を深く理解した。バードと言う仮想的な存在は、こんな時には獣のような存在となるのだ。
ODSTトレーニングにはサイボーグ士官への対応教育が含まれている。その中で彼らODSTは、ダミーモードとは生物として持っている闘争心や生存本能的な自己保護本能を、本人の理性のダミーによってオープンにしてしまうものと教育されていた。
つまり、ダミーモードの基本的なシステムとは、その人間的な理性や感情の一切を取り除き、純粋な戦闘マシーンへと豹変させる事を意味している。敵か味方かを識別出来ているうちは良いが、それすら失った時は周囲全てを殺戮し尽くす……
背筋に冷たいものを感じつつ、バーンズは様子を伺っていた。敵が飛び出してくれば、その場ですべて射殺するつもりなのだ。少々の敵であろうと、数に恃んで圧倒すれば良い。
事前説明にあったサイボーグですら手に余す高性能レプリとはいえ、一個小隊による収束射撃に対応できるとは思えない。
「……来ますね」
通路の奥から足音が聞こえてくる。バードは通路が広間に出る辺りを火線に捉えるべく、銃列の敷設を指示した。3段6列になる収束射撃の凶悪な体制で、飛び出したが最後、間違いなく蜂の巣になる状態だ。
「全員射撃同調入れて! 早く!」
バードが持つIFFにリンクし、飛び出した瞬間に敵味方識別を行なう算段だ。飛び出したのが敵ならばブルー表示。味方ならばレッド表示になり、自動でセーフティが掛かる。
戦場における高度なインテリジェンスリンクもまた技術の進化の賜物で、これにより戦闘はよりセーフティでより血みどろのモノへと変革を遂げていた。
――来るッ!
再び世界がスローモーになった。グッと気を入れて集中したとき、バードは自力でクロックアップモードに入っていた。自らにスイッチを入れることが出来るのかと驚いたが、それ自体は後で考える事にした。
広間へと飛び出したそれは、バードの視界に[+]マークを浮かび上がらせるモノだった。それ自体を久しぶりに見たと言う妙な感慨もまた浮かぶのだが、自動で重ねられるブルー表示に向けて一斉に銃弾が降り注いだ。
――ネクサスⅩⅢ!
ハッとバードは気が付いた。ダミーモードの時にはこの表示が出ていなかった。それどころか、ネクサスの形態分類すら未表示だ。先ほど力の限りにぶっ叩いていたあのレプリがネクサスシリーズであるか、それともシリウスオリジナルであるかは解らない。
だが、少なくとも今ここに居るレプリはネクサスで、しかも地球圏で散々と手を焼いたⅩⅢだ。とにかく頑丈で敏捷でタフネスなネクサスがここに居る。その事実にバードは震えるしかなかった。
――まだ居る!
通路の奥から続々と足音が響いてくる。その足音を類型識別しようと耳を澄ますのだが、ヘルメット越しでは上手く音が拾えなかった。ODSTの汎用ヘルメットでは無く、サイボーグ向けの専用装備で来れば良かったと後悔するが、それはもう遅いと言う事だ。
「あっ!」
無意識に言葉が漏れていた。
目の前に飛び出してきたのはフレディ一行だった。
「撃つなっ!」
バーンズも咄嗟に叫んでいた。全く同じタイミングでバードが全員の小銃のセーフティを強制閉鎖した。こうなれば、完全な暴発状態でない限り弾は出ない。
「フレディ曹長! 奥は!」
「奥には階段がありますが、その上は未確認です!」
バードはすぐ脇に居たバーンズの肩を、なにも言わずにポンと叩いた。
たったそれだけの事だが、全てを理解したように首肯したバーンズは、全員に前進を命じた。
「野郎共! 行くぞ!」
訳の分からぬ気合を入れてバーンズ隊が突入して行った。
階段部分へと取り付き、様子を伺いつつ一斉に登り始めたのだ。
フレディ隊も支援するように後続となり、バードはその後ろに続いた。
決して腰抜けの所行では無いし、消極的軍事行動という意味でもない。
狭い所へ突入し、しかもその先が完全な行き止まりと解っている以上、最も警戒するべきは後方から強力な敵が現れることだ。
対空トーチカの頂上に押し込められ、建物ごと爆破でもされたらたまったモノでは無いと言う事だ。
――ここのレールガンの電源……
――どっかにリアクターでも装備してるのかも……
一般的な話しとして、高初速で高威力なレールガンは、相対的に強力な電源を必要とするものだ。電気というモノは、コンデンサを使えば1のエネルギーを10にも100にも出来る。
だが、連射する為には相応に元の電源を必要とし、しかもその出力が足りなければチャージ時間を長く取らねばならない。それこそが威力に勝るレールガンを拳銃レベルにまで小型化できない最大の障壁なのだ。
サイボーグ向け兵器としてのライフルなどで、身体側から電源を供給することで実用レベルにしているモノならば存在する。マガジンを燃料電池化し、銃弾を別供給とすることで使えるレベルになっているものもある。
だが、実際に野戦で使うレベルにするなら、レールガンにこだわるよりも火薬発射の方が有利だ。
「全く以て面倒ね……」
ボソリと漏らしたバードの目は、トーチカ内部の大きな階段を見上げていた。
まるで巨大なステージだと思うものの、そこで踊るのは自分自身であり部下になった兵士達だ。
命を預かるということの重さを感じつつ、任務を達成しなければならない辛さも同時に感じていた。犠牲は出したく無いが、止むを得ない側面もある……
一瞬の現実逃避は鋭い銃声によって引き裂かれた。
最前方にいたバーンズ隊の兵士が悲鳴に近い絶叫をあげていた。
間違いなくネクサスがいると確信したが、今度は兵士が邪魔で前進できない。
『ッチ!』と小さな舌打ちが漏れたが、その直後に鈍い爆発が続いた。
狭い所での爆発は耳に来るが、ヘルメット越しではそれが大幅に緩和される。
そして、爆発の後に続いたのは、鈍い断末魔の声。呻き声にも近いそれは、人の声とは思えないものだった。
間違いなくレプリを倒したのだと確信したものの、自分の目で確かめないわけにはいかない。恐ろしい程に打たれ強いレプリカント達だ。そう簡単に死ぬとは思えないし、生身の兵士で簡単に倒れてくれるほど親切でも無いだろう。
人類の上位互換として作られた人工生物は、それをデザインしたもの達の思惑通りに、強く逞しく打たれ強いのだった。
「バード少尉!」
前方から呼ぶ声が聞こえ、バードは兵士達をどんどんと追い越して最前列を目指した。居並ぶ兵士達が恥によって通路を開ける中、バードは階段を三段飛ばしで駆け上がっていく。
重量のある身体に戦闘装備をまとい、それでも軽々と駆け上がっていく姿に、兵士達がサイボーグの実力を感じていた。
「状況は?」
「これを見てください」
列の先頭へと出たバードは、視界一面に転がる死体を一瞥し、バーンズの指差すものを見た。それは、トーチカの電源を賄うリアクターの存在を示すものだ。
「電源制御室……ねぇ」
そう書かれたプレートの下には部外者立ち入り禁止の文字。そして、放射性物質警告マークと共にシリウス軍を示す真っ赤なバラのマークがあった。