ダミーモード起動
~承前
「どうしますか!」
バードの左にバーンズが陣取り、右にはフレディが陣取っている。
正直、上の指示を待っている余裕など無い。
「正面の陣地を潰す。比較的大規模な陣地だから、あそこを潰せばカバーエリアが広がるはず。陣地を乗っ取り周辺陣地と撃ち合うことにする。オーケー?」
バードの言葉にフレディとバーンズは揃って『イエッサー!』を叫んだ。
「前方70メートルに比較的深いクレーターがある。あそこへ前進!」
バードの声にまずバーンズが立ち上がった。
「野郎共! お姫様は前方の陣地をご所望だ! 少尉のショッピングに同行するぞ! 死にたくなけりゃ俺のケツに付いてこい!」
その言葉を聞いたバードは、ニヤリと笑いつつ手近に居たODST兵士の胸から手榴弾を取り外して力一杯に投げた。
その手榴弾が爆発し、幾何かの土砂が巻き上げられた所目掛け、バーンズが走り始めた。命懸けの前進だが、残っていても命はない。
走り始めたバーンズ達を見送り、バードは周辺を改めて確かめた。
戦闘指揮だけが士官の仕事ではなく、時には後始末もしなければ為らない。
――SHIT!
気がつけばそんな言葉が口を突いて出ている。
余り部下には聞かせたくない言葉でもあるのだが、コレばかりは仕方が無い。
まず行なうべきは、このクレーターの中に生存者は居ないかと探すことだ。
海兵隊は仲間を見捨てないし、裏切らないし、可能な限り助けるのだ。
そして、時には仲間の足手纏いにはならない。
そんな思想を胸に走ったバードは、虫の息で空を見上げている者を見つけた。
視界に表示される情報は、オーストラリア国籍で25歳の若者だ。
胸のネームシールにはリックマンと書いてあった。
「リック! しっかり!」
ヘルメットのバンドを緩め顔を露出させる。
下腹部に深刻なダメージを受けているが、顔だけは奇麗だった。
ただ、口をパクパクとさせるばかりで、もはや意識レベルも怪しいモノだ。
バードは水筒から自らの手に少しばかりの水を取り、リックの口へと注いだ。
如何なる人種であろうとも、死の間際に水を求めるのは真実らしい。
どれ程のヴェテランであっても、緊張すれば喉が張り付くほどに渇きを覚える。
そして、ODSTであるこの若者は、極限の空挺降下を行ったのだ。
「サンキュゥ…… サァ」
リックは笑顔を浮かべ事切れた。
その両目を閉じさせたバードは、次の行動に移った。
すぐ近くで絶叫を上げている男が居たのだ。
右腕を肘から失い、左手は指を全て失っていた。
メディカルポーチからモルヒネを取り出し、大声を上げる男の首筋に一つ打つ。 医療用麻薬その物の効き目は早く、ものの数秒で落ち着き始めた。
「メディーコ!」
重症とは言いがたいが、酷いダメージの男はコートと言う名前らしい。
アーマースーツの近接無線からエマージェンシーシグナルを発信させた。
出力を若干上げておけば医療兵が見つけるだろう。
その向こうには恐慌状態に陥った兵士が何人か固まってうずくまっている。
僅かな物陰に身を寄せ合ってガタガタと震えていた。
こうなった場合はもはや対処不能なのだが、見殺しにするのも夢身が悪い。
「あなたたちは? 何故走らない!」
こんな時に優しく声を掛けている余裕は無いし必要も無い。
強く発破を掛ける事も重要な事で、立ち直らせてやらねば為らないのだ。
「銃砲火が激しくて出られません!」
「向こうのトレンチへ取りつきなさい!」
「出たら打たれます」
バードは背中のマウントに装着していたS-16を取り、マガジンを叩き込んでボルトを引いた。12.7ミリの巨大な弾頭がチャンバーに叩き込まれ、電源同調を取って射撃体勢へと切り替わった。
「ここに居ても撃たれる! ここは殺し間! すべてが火線に捉われる場所!」
蹲っていた男を引きずり出したバードはそこで手を離し、バーンズ達が向かったクレーターへと前進を始めた。仮にも士官が先頭に立って走れば、それに付いて行かざるを得ないものだ。
足元には幾つも銃弾が着弾していて、小さな土煙を上げている。榴弾系をばら撒いている迫撃砲の砲弾が周辺に降り注いでいる。その破片が幾つも飛んできてアーマースーツに当っているのだが、幸いにして貫通は免れていた。
――そもそもここ何処なのよ!
内心で悪態をつきつつ視界の片隅にバトルフィールドマップを表示させると、GPSによる現在地表示ではスパイク高原の南部だと表示された。北東部へ着上陸する予定だったのだが、随分とそれている状態だ。
マップ上には大型機材着上陸予定地点が示されていて、その周辺には夥しい死体に埋もれて工兵が活動していた。
――バカッ!
振り返ったバードは後続の兵士立ちにバーンズと合流する指示を出し、工兵たちの元へと走りこんだ。返り血や負傷による流血をものともせず、工兵は爆破準備を進めていた。
「あなた達は!」
「第43工兵大隊です! 大型機材の為に着陸地点を作ります!」
「そんな降下艇なんかとっくに墜落してるわよ!」
「ですが――『バカな事は止めて一緒に行きなさい!』命令なんです!」
大声で叫び返した工兵軍曹は、身体中に巻きつけてある電子作動雷管を泥団子に突き刺していた。その泥団子はエマルジョン爆薬を土にしみこませて作った、即席の高性能爆薬だ。
プラスチック爆薬の数十倍の威力があり、しかも、その吸収媒体は何でも良いと言う優れものなのだが……
「ここにいれば全滅する!」
バードの目は、すぐ近くで身体をグチャグチャに爆散させている工兵大尉に注がれていた。間違いなく即死であろう威力の一撃を受けたのだろうが、その手にはまだ電子作動雷管のケーブルが握られていた。
「大尉の死を無駄にするわけには行きません! 先に行ってください少尉!」
一瞬だけ逡巡したバードは、工兵軍曹の肩をポンと叩いてから前進を再開した。
姿勢を低くして一気に前進して行く姿に、各所へ身を隠していたODSTの面々が動き出す。基本的には好戦的で闘争心に溢れる男たちが揃っているのだ。その前で勇気を見せれば、パッとやる気を取り戻すのだった。
――残り12メートル!
銃弾の飛び交う中を走るのは何よりも勇気が要る。
そして、各方面から十字砲火を浴びる構造なのだから、当るかどうかは運でしかない。だが、夥しい数でいっせいに動き出すと、ガンナーはどれを撃って良いのか一瞬迷うモノだ。
――あと少し!
――もう少し!
そんな印象が続く中、バードはついにトレンチへとたどり着いた。
最初に降りたクレーターよりも深くて大きなモノだ。
大型戦列艦の有質量弾頭が直接着弾したのだろうとは思うが、ここから飛び出るのも一苦労だ。
「指揮官は!」
クレーターの縁へと取り付いたバードは、まず最初にそう叫んだ。
周辺に転がっているダークグリーンなアーマースーツのODST達は、一斉に顔を上げて『YOUR! Sir!』と叫んだ。ヘルメットの中で小さく舌打ちし、バトルフィールドマップを視界にオーバーレイさせると、周辺には士官らしいエコーが一切無い事に気がついた。
――どういう事よ!
内心で喚いたって事態は解決しない。シミュレーターの上で何度も行なった部下統率トレーニングを思い出し、バードは次の手を考えはじめた。
いま必要なのは、ここらにいる兵士を無事に帰還させること。そして、士官総会で示された戦術目標と戦略目標を達成することだ。
「隊長!」
ゴロゴロと転がりながらバーンズがやって来た。
身を隠す僅かな斜面ですらも危険が一杯だ。
「生き残りは実際コレで全部?」
「解りません。随分回収したつもりですが、どこかにまだ生き残りがいるかも知れません。確認のしようがないんです。第4中隊だけでなく第2や第3中隊の各小隊メンバーもいます!」
軍隊とは、こうやって下士官の献身的努力で支えられていると言って良い。
バーンズの肩をポンと叩き、ズリズリと前進していって頭半分だけクレーターから乗り出して前方を見た。コンクリートで作られた大きな防衛拠点は、今も空めがけ砲身を伸ばしていた。
「なんとも美的センスを疑う作りね。審美眼を疑うわ」
「対地対空両用なんでしょう。実用性一点張りといった所でしょうか」
フレディもそんな事を言いつつ、頭を出して状況を確認していた。
恐ろしい数の銃眼が装備されたその拠点は、事前に国連軍が予告した着上陸地点周辺へ満遍なく建設されているモノだった。
「どうせならこのエリア全部焼き払えば手間が省けたのに」
「そりゃ仕方が無いですよ。名ばかりの紳士協定でも戦争協定ですから」
「理想の現実の境目にしか存在しない物ね。理念はわかるけど所詮は口約束よ!」
吐き捨てるように言ったバードは、視界の倍率を変更して視野を拡大した。
生身には出来ない事だが、だからと言ってあり難がるつもりなどサラサラ無い。
「FUCK! あの周辺は一面の地雷原になってる…… ご丁寧だ事」
口汚く罵ったバードの姿に、フレディは彼女が海兵隊にドップリと染まったと思った。お嬢様っぽい部分が奇麗に抜け落ち、その本質に居座る獰猛で残虐な人間の本性が見え隠れしていた。
土壇場に立ったときは女の方が冷静で大胆だという。そして、相手を殺すと言う点に関していえば、女の方がよほど冷酷で残忍だ。
「誰かパンツァーファウスト持ってる?」
バードの呼びかけに誰もが首を振った。
個人携帯レベルの対戦車兵器など、ODSTの一般隊員が持って歩く訳が無い。
「……そうよね。気前良くやりすぎた」
空中で気前良くバカバカ使った自分のバカっぷりに腹が立つのだが、実際にはもうどうしようもない。一面の地雷原を突破するには、被害を恐れず踏み潰すか、大きく迂回するかしかない。
トーチカ状の陣地に出入りするのだって通路がいるのだから、地雷原に成って無いエリアが必ずあるはずだ。
「迂回しますか!」
「撃たれる要素が増えるだけで無意味!」
バードは手近に居た隊員の手榴弾を再び投げた。
地上で爆発した手榴弾は、周辺の地雷を巻き込んで大きく炸裂した。
「コレしかないね」
再び手榴弾を投げたバード。
それを真似して、ODST各員が各々に手榴弾を投げ始めた。
物量と火力で押し切るしかない。
「これなら行けます!」
嬉しそうに声を挙げたバーンズだが、バードの声は冷静だった。
「手持ち武器だけだから後が辛くなる。補給出来ない場所での戦闘はケチケチ作戦しとかないと、後でどうにもなら無くなるから」
バードの脳裏を過るのは、最終ステージで小銃の弾をほぼ撃ち尽くしていた、あの渋谷のビルでの戦闘だ。あの戦闘で学んだのは、何事にも限りがあるという事。
そして、上手く使うという事。調子に乗らない事。常に最悪を想定する事。
今ここでは、全弾使いきった後をどうするか。それをしっかり考えて――
――あっ……
瞬間的に思考が止まった。
何が起きたのか理解できず、全てが真っ白になった。
精神的な部分ですべてのスイッチが切れたような状態だ。
そんなバードの視界には頚椎部分へのダメージが報告されていた。
バードの意識は視界に浮かぶその報告をボンヤリ見ていた。
視界の中に浮かんだそれを理解するまでにやや時間が掛かったが、理解した時には手遅れだった。完全な思考停止に陥った瞬間、ダミーモードが起動した。
頭半分乗り出したバードを撃ったのは、トーチカから飛び出してきたシリウス軍兵士たちだった。地雷原を処理しようとしている手榴弾投擲を邪魔するべく、小銃を片手に飛び出してきたらしい。
それなりの距離にあるのだが、正確に狙いをつけてぶっ放された一撃だ。
その銃弾はバードのかぶっていたヘルメットに直撃していた。最大効率で激突した銃弾はヘルメットごと脳を揺さぶり、バードは軽度の脳震盪を起こしていた。
――撃たれた……
――やばい!
バードの身体にある戦闘支援AIは、足元に転がっていた鉄パイプ状の何かを手にしていた。それは、発射後に投棄されたパンツァーファウストの発射筒だ。それを両手に持ったバードの身体は、大地を全力で蹴って前進した。
平坦地におけるサイボーグのダッシュ力は生身のそれを大きく越える。
そしてもちろん、そのトップスピードは言うまでも無い事だ。
野生のチーターを軽く追い越す速度で襲い掛かったバードは、居並ぶシリウス軍兵の中に飛び込み、そこで発射筒を使った撲殺戦闘を行なった。
――あちゃぁ……
バードの意識は、もはや眺めているしかない。
戦闘支援AIが危険レベルの低下を認識し、バードの脳がコントロール出来る状態になったと回復したのを確認するまでは解除に為らない。その為、バードは自分自身の身体に伝わる嫌な感触を、これ以上無く味わえるのだった。
最大効率で踏み込み、鉄パイプ状の発射筒による一撃で敵兵士の頭部を完全粉砕して行く。その一撃を受けた兵士は頭蓋が砕け、脳漿を弾けさせて死んでいった。その兵士すべてがレプリカントなのだった……
――あれ?
――インジケーターが反応しない……
段々と明瞭な意識状態へ戻ってき始めたバードだが、もはや次から次へと出てくるレプリ兵士をオートマチックに殺戮し続けるキラーマシーン状態だ。
既に周囲には夥しい死体が積み重なり、その肉壁自体が十分な弾除け状態になり始めた。だが、まだバードの戦闘AIは安全診断を出さず、恐ろしいほどに冷徹な戦闘を続けていた。
「野郎共! 隊長がぶち切れてんぞ! このままじゃ笑い話にもなりゃしねぇ! とにかくぶっ殺せ!」
バーンズもフレディも、やはりウォーモンガーだった。
ただ、ここで最悪なウォーモンガーなのは間違いなくバードだ。
ダミーモードを強制終了させたいが、緊急スイッチを使わない限り止らないのは分かっている。そして、緊急スイッチを使えば、自分自身でシステムの再起動が出来なくなるはずだ……
――重機材なしって辛いわ……
地上戦型のシェルが投入されない現状では、古式ゆかしい白兵戦しかない。
そもそもODSTの面々はそれについての訓練を積み重ねた集団だ。
これといって問題は無いが、補給無しの状況で気前よく戦うのは慣れていない。
――早く終らないかな……
退屈な男の自慢話でも聞いている気分になってきたのだが、こちらからアクションを起こせないと言うのもまたひどいストレスだ。
次から次へと出てくるレプリカントを徹底的に殺しつつ、バードは視界に浮かぶ電源残量が60%になったのを苦々しく思っていた。