撃墜
~承前
――横転してる!
まずいと思ったのだが自分ではどうしようもない状態だ。
その直後には降下艇がゆっくりと回転を始めた。
反時計回りにグルグルと回転を始め、艇内が激しくシェイクされていた。
窓の外には何かの破片が撒き散らされている。
そして激しく回転しつつも降下艇は高度を下げていた。
被弾したのは間違いないが、どちらの砲弾が当ったのかは解らない。
唯一つだけ言える事は、脱出しなければ命が無いと言うことだった。
「全員脱出準備!」
激しい回転の最中、バードはそう指示を出した。
視界に浮かぶ3Dジャイロセンサーが以上を叫んだ。
平衡不良を表示する中、バードは降下艇の艇内操作パネルを呼び出した。
だが、無線操作の受付を拒否する表示のまま固定され、降下ハッチを開くことすら出来ない状態だった。
――ヤバ……い?
一瞬だけ脳内でそんな言葉が漏れた。
だが、ここでうろたえる訳にはいかない。
冷静で冷徹な指揮が必要だ。
「ダメージを受けた者は居るか!」
小隊の誰もが余計な言葉を発さずに、回転の中心付近へ蹲って耐えていた。
生身であれば姿勢の平衡を保つ三半規管がダメージを受けるはずだ。
高精度ジャイロを持つバードとはいえ、強いGを受ければ同じ状態になる。
「第1小隊問題なし!」「第2小隊問題なし!」
バーンズとフレディはそう報告してきた。
百選練磨のODSTだけに問題はなさそうだ。
「オーケー!」
手短に答えたバードの次の仕事はパイロットだ。
「コックピット! 応答できるか!」
バードの問いかけにザーとノイズだけが返ってくる。
艇内のセルフチェック機能を使って飛行操作の有無を確かめたバード。
だが、その視界に表示されるのは、一切の操作が受け付けられていないと言う無情の表示だった。
――コントロールが全部死んでる……
つまりそればコックピットそのものが完全に機能を失った事を意味する。
また、降下艇の操作を受け付ける制御系統の全てが電源を失っている状態だ。
そして、本来それらの電源となるエンジンは完全に失火していた。
つまり……
「さて! 面白くなってきた!」
グルグルと錐揉みに堕ちる降下艇の中、バードは居並ぶODSTを手で押しのけて先頭へと立った。激しい回転の最中なので細かい説明をしている暇は無い。降下艇は地上に腹を見せる状態であったが、今は回転しているのだ。
「隊長!」
「全員頭を低くしろ! 勝手に死ぬな!」
小気味良く叫んだバードは、降下艇最前方の降下ハッチに向かってパンツァーファウストを構えた。後方にジェットブラストが飛ぶが、構っている余裕は無い。
バードの直後に居たODSTは妙な声を上げて強引にブラストを避ける体制になっているが、バードはそれを確認せずにぶっ放した。榴弾を使った一撃は降下ハッチを僅かに破壊したものの、強靭な構造の降下艇はビクともしない。
「FUCK!」
弾頭を失ったパンツァーファウストの発射筒を腰へと下げたバード。
その背中に向かってバーンズが声を掛けた。
「嫁入り前のお嬢様がそれじゃいけませんね!」
「貰ってくれる当ては有るんだけどね!」
「それじゃぁ余計に少尉を殺すわけにはいきません!」
「WHY?」
「少尉の旦那さんに自分がしばかれます」
グルグルと回転する艇内で軽口を叩いたバードとバーンズ。
その脳内には『なんてことしやがった!』と沸騰しつつバーンズの襟倉を掴むロックの姿があった。ここで勝手に死んでしまっては、後になってロックが百人斬りに挑戦しかねないとすら思う。
――何とかしないと……
――やっぱコレの出番か……
あまり使いたくは無いが、ここで使わねばいつ使うのだとバードも思う。
言うなれば、極上のピンチと言う奴だ。
――久しぶりだな……
それが率直な感想だった。
バードは嵌めていたグローブを取り除き腕を伸ばした。
手首のロックを外して伸ばすとヒンジ部分でカクリと曲げる。
そこから覗くのは内蔵型レールガンの砲身だった。
構う事無く最大電圧を掛けて狙いを定める。
降下艇は相変わらず激しくシェイクされている。
だが、視界に表示される高度は20キロを切っていた。
――いけっ!
鈍い音と共に放たれたレールガンは、ハッチのヒンジを完全に破壊していた。
大穴の間向こう側にはニューホライズンの地上が見えた。
バードは力一杯にハッチを蹴り飛ばした。
ハッチは酷い音を立てて完全にハズレ落ちていった。
「全員順次降下! 飛び出したら降下艇から距離を取れ! 回転する降下艇の補助翼に注意! GO! GO! GO!」
バードの金切り声に煽られ、第4小隊が順次空中へと飛び出して行く。
そのしんがりを引き受けたバーンズが飛び出したのを確認し、バードはコックピットの中を確認した。
――あらら……
流れ弾にでも当ったのだろうか。
何かの巨大な破片がコックピットへと飛び込んできていた。
そして、その破片はパイロットの上半身を完全に押しつぶしていた。
小型上陸舟艇のコックピットは大概1人だが、パイロットは間違いなく即死だ。
バードはそのドッグタグを引きちぎるとポケットに放りこむ。
――運が無かったね
それ以上引きずること無くそのまま機外へと脱出した。
先に脱出したODSTの面々は散開陣形で地上へと落ちて行く。
そんな中、バードは改めて地上陣地を凝視した。
――うわぁ……
広大な高原の戦闘エリア全域に大き目の陣地が幾つも築かれている状態だ。
降下前の打ち合わせで見たとおりの後継が眼前に展開されていた。
それは、何処へ降りても複数の陣地から射線に捉えられる構造だ。
降下の途中も降下完了し着上陸した後も災難に見舞われると行って良い。
だが、飛び出した以上は地上に到達せねば為らない。
大気圏外から降り注いでいる砲撃は冗談レベルの激しさだ。
支援砲撃はなどというモノでは無く、地上を焼き払う勢いだ。。
――よし……
過去何度か行なっている敵前降下だが、こんな規模での降下は初めてだ。
地上が対空砲火として撃っていたミサイルなどは、撃破した降下艇の墜落を招いていた。全域で50艇近い降下艇が出撃した筈だ。その多くが何らかの被害を受けていて、周囲には既に機外へ脱出したODSTが多数いた。
見事な空中姿勢を決めている者が多いが、その理由は墜落して行く降下艇の爆発に備える為だ。地上へと墜落していく降下艇は、各所でシリウス軍陣地に墜落していて、その都度に陣地の対空戦闘能力を奪って行く。
それでも地上から上空へとレールガンなどを撃っていた陣地は、今度は自らが打ち出した砲弾が降ってくる状態になりつつあった。
――あっ!
地上で一際大きな爆発が起きた。
恐らくは大型機材を積んでいた大型の降下艇だろう。
きのこ雲を巻き上げているあたり、大型戦闘車両じゃないかとバードは思った。
――こんな事してる暇は無いわね……
地上からの攻撃が大人しい間に、高度は10キロを切っていた。
ここからが勝負なのは言うまでも無い。
地上からの銃撃高度はいいとこ2000メートルだ。
一気にヘッドダウン姿勢を決めて高度を降ろして行く。
猛烈な砲火を避ける為には、速度は少しでも速い方がいい。
高速物体に銃弾を命中させるのは、それだけで大変な事だ。
仲間で嵩にかかって襲い掛かり、一人でも多く地上に降りること。
誰かが犠牲になるかもしれないが、ある意味でやむを得ないことだ。
――仕方ないよね……
斬った張ったの鉄火場に飛び込む以上、それはもう受け入れるしかない。
ただただ、生き残るのは運でしかない。
高度1000メートルを切り、流石に周辺の観察をする余裕が無くなった。
自己重量から逆算したパラシュート展開高度は522メートル。
かなりの速度で降下しているので、まさに指呼の間だ。
――ッン!
言葉になら無い言葉が漏れた。
高度523メートルでメインパラシュートを展開した。
速度から来る誤差はプラスマイナス30センチだった。
一気に減速Gが掛かり視界が一瞬黒く染まる。
脳殻内部の脳液が偏り、流石のサイボーグでもこの瞬間だけは視界が失われる。
だが、それでも視神経には情報が送られてきていた。
地上への激突警報が両眼両耳に襲い掛かってくる。
無機的な電子音声で【WEIGHT DOWN】を繰り返してる。
重量がありすぎて所定の減速率を得られないのだ。
――それは折り込み済みよ!
空中で姿勢を決めたバードは、パラの制御などほっといて射撃姿勢になった。
パンツァーファウストを構え、地上の拠点へ向けて次々とぶっ放し続けていた。
僅か数分で22発全てを撃ちきり、続いては手榴弾を雨霰とバラ撒いていく。
着地目標になっている辺りへ落ちた手榴弾は、埋設された地雷に反応して次々と爆発しているのが見えた。大量の金属片を撒き散らしていて、それがかなりの勢いでアーマースーツへと激突している。
――結構痛いかも
ふと、そんな事を思うのだが、考えているヒマはない。
パラシュートの左右を締め上げ減速率を最大にした。
そして、使わなくなった発射筒を地上へ投げつけたり、或いは、大口径な自動小銃を乱射し始めた。ODSTが着陸するまでに何とかしてやりたい所だ。
遠慮などと言うことを一切考慮せずに次々と射撃し続けるバードは、それに伴ってドンドン軽くなってくのが自分でも解った。僅か数分の間に100キロ近く軽量化し、減速率が一気に改善した。
これなら脚構造も壊すまいと思っていた矢先、地上からの猛烈な射撃が始まっていた。空中からの攻撃をものともせず、果敢に着上陸を防ぐ射撃が行われた。
――まずいな……
アーマースーツにいくつか着弾をもらったが、正直に言えばダメージは計上するほどでもない。そのまま地上へと着地して、パラを始末し手近なトレンチに身を隠した。そのトレンチは巨大なクレーターで、戦列艦の対地砲撃の痕跡だった。
恐ろしい程の銃弾が飛び交い、各所で炸裂系砲弾の爆発が続いている。
鋭い破片が高速で飛び交い、身を隠す以上の事が出来ない状態だ。
――飛び出たら撃たれる……
バード自身も気が付かないうちに世界がゆっくりと動いていた。
シミュレーター上の仮想戦場へ放り込まれたような錯覚に陥ってた。
脳がこれを現実だと認識するのを放棄し、拒否した。そんな状態だ。
言葉にならない感情がわき起こり、不毛な光景に一時的な思考停止状態に陥る。
その時、頭上から何かが降ってきた。液体状の粘性があるものだ。
アーマースーツ越しなので温度は解らないが、データーは脳に送られている。
その生暖かいものが血液と体液の入り混じったものだと気が付いた時、バード自身の真上に下半身を失ったODSTの死体が降りて来た。
言葉も無く反射神経レベルで真横へと転がり体勢を立て直すのだが、既にその隊員は絶命していた。
バードはその死体を眺め、一瞬だけ呆然としていた。
どうしてもそれが人間だと、人間だったと脳が認識しないのだ。
バードの思考や感情や理性や、バードの人格を作り上げる全てのファクターが、目の前の事象を全力で拒否していた。
すぐ近くで爆発が起こり、巻き上げられた土砂が降ってきた。
その土砂には血液や体液や弛緩した死体の漏らす小便が入り混じっていた。
視界を遮るように汚れが残り、自動でクリーナーが噴射された。
――わたし……
――なにやってんだろう……
思考はとっ散らかり、事態の把握が出来ない状態だ。
瞬間的に真っ白になるとは言うが、バードは今、その状態だった。
――なに?
そんなバードに向かって誰かが手を振っているのを脳が理解した。
まるで、樹の枝が風に揺れている様な姿だ。部屋のカーテンが揺れている様だ。
バードの心は全く起動しない状態だが、すぐ目の前で再び爆発が起きた。
――ッ!
ゴロゴロと転がってクレーターの壁面に取り付いたとき、どこかへ出掛けていた精神が自分の中へと帰ってきた。
「少尉! 少尉! バード少尉!」
「バーンズ曹長!」
「大丈夫ですか!」
「ノープロブレム!」
気が付けば周辺には夥しいODSTが着上陸していた。
どこに居ても火線に捉えられる殺し間のど真ん中だ。
僅かに残るクレーターの壁に身を隠し、銃弾を避けるのが精一杯だ。
そんな中、バードは一気に立ち上がってダッシュした。
指揮命令系統の再構築が重要だからだ。
「バーンズ曹長! 状況は!」
「解りません! 各中隊が入り混じっています! 派手にシェイクされました!」
クレーターの壁に取り付いたバードは周囲を確かめた。
幸いにして今居る場所を狙えるシリウス側陣地はないようだ。
周辺から生き残りが続々と集まってくるのだが、バード直卒の第4小隊だけではない状況だ。
「どうしますか!」
「ODSTの目的はなに? シンプルに動くだけよ!」
「そうですね! ……ですが、これじゃぁ」
「武器が足りないわね」
そう呟いたとき、すぐ近くにフレディ曹長がやってきた。
自分の手下を数人連れてバードの隣へ飛び込んだ。
「遅くなりました!」
「デートの約束をすっぽかす男は嫌われるわよ!」
そうは言いつつも、バードはフレディの背中を叩いた。
「遊び道具を集めて! 早く!」
「イエッサー!」
フレディは破片や銃弾が飛び交う中を再び走り出した。
同じようにバーンズも走り回っている。
上空で派手にぶちかました結果、バードの手持ち武器は小銃と拳銃だけだ。
『バード少尉より本部! 着上陸完了! 散開陣形で降下したため各部隊の混淆激しく指揮系統は混乱中!』
早口でまくし立てたバードの周囲へ武器が集まり始めた。
本部に無線が届くとは思えないが、報告しないわけにも行かない状況だった。
――これで良いの?
流石のバードも一瞬だけ躊躇した。
だが、攻撃を受けている以上、反撃するのがセオリーだ。
黙って救助を待つのもばつが悪いし、支援砲撃の邪魔だ。
『重機材搭載の降下艇は上空で全て撃墜された模様。現在地はスパイク高原のどこか! 正確な座標は確認中! 降下艇侵入は危険! 以上報告終わり!』
届いて!と心中で祈りつつ、バードは今後の算段を考え始めていた。