地獄の敵前降下
~承前
『……だけどさぁ、そもそも誰よ、こんな酷い作戦考えたの』
Bチームの中隊無線にぼやいたバードは、完全武装で降下艇の内に立っていた。
アーマースーツを着込み、その上から各所装備をガッツリと纏った状態だった。
総重量は軽く200キロに達し、生身の身体では背骨が危険な状態だ。
『文句言う前に装備点検しとけって』
無線の中に流れるのは第2中隊へ行ったライアンだ。
チーム内無線はまだ生きていて、各小隊へ散っていった仲間同士で情報交換が出来る状態になっていた。
ニューホライズンへと降下をはじめた突入艇は、その側面にバルケッタの文字があった。イタリア製の非常に良い作りなその降下艇は、不安を煽るような揺れひとつなく大気圏へと沈んでいく。
その周囲には空っぽの降下艇が自動操縦で降下モードに入っていて、実入りの降下艇に対する囮として役目を果たすべく、ドンドンと高度を落としていた。
『それと、降下中に撃たれたら反撃出来ねぇから、神様にお祈りだな』
何とも軽い調子でぼやいたロックの言葉に、バードはアンニュイに笑った。
どうやっても対処出来ない事態は存在するし、そんな事態は過去何度も経験している。死ぬ思いの回数だけ強くなるとは言うが、バードもまたそれを経験しているつもりだ。
段々とノイズが増え始めるのは、大気との摩擦によるプラズマ炎の影響らしい。声が通らない不安は誰しもあるものだが、それで無様に狼狽えるほどバードも初心じゃない。
『とりあえず、あのウルフライダー達に袋だたきにされるんじゃ無いからね』
強がってみたものの、やはり不安の種は顔を見せる。
怖いと素直に言ってしまえば楽になるのだ。
だが、預かる部下の手前そうも行かないというのが実態だ。
隊を率いる指揮官は常に先頭に立ち、手本を見せて隊を率いなければならない。
バードを育てたテッドの姿勢や、あのサンクレメンテで学んだ中で何度も聞いていたやり方は、バード本人の中に根を下ろし綺麗な華を咲かせていた。
「隊長! 小隊全員装備を調え準備を完了しました。いつでもいけます!」
「オーケー。降下目標は指示があったとおりのスパイク高原を目指します」
まだまだ降下艇は高々度を進んでいる。
バードは居並ぶ第4小隊を前に作戦趣旨の再確認を始めた。
ODSTスクールの中で情報の共有と目的の達成と叩き込まれた男達だ。
その表情は真剣その物で、厳しい眼差しがバードに集まっている。
だが……
「周辺に大規模な集落は確認されていませんが、念のために民間人保護規定を再確認しておくように。戦争協定はまだ有効と両軍が判断している以上、後からアレコレ言われるのは面倒でしょ?」
バードの微妙な物言いに全員が乾いた笑いをこぼした。
――――民間人は出来る限り保護し、安全に離脱させること。
その解釈は様々だが、死人に口なしという暗黙の了解もまた存在する。
強力な接近防御火器を喰らえば、人体などいとも容易く四散してしまうのだ。
「面倒は残さない。後の解釈はそれぞれに任せるけど、絶対に忘れちゃいけないのは目標を達成すると言う事だけ。良いわね?」
女性らしいソフトな物言いに小隊が笑っている。
ただ、ブーン曹長がこっそりと全員に話したのは、バード一人で歩兵戦車3輌を血祭りに上げただけでなく、歩兵をバタバタとなぎ倒し、さらには降下艇で死にかけてた士官を完璧な手順で救助救命し、そして、全員を連れて砂漠を横断して無事に帰還したと言うエピソードだ。
――――人間じゃねぇ……
小隊の誰かがそう漏らし、ブーンは微妙な表情で言った。
――――あの人は戦闘用サイボーグを使いこなしている猛者だ
――――姿形に惑わされると痛い目に遭う
――――必要な事は敬意と感謝だ
――――あの少尉は少女の姿をしたモンスターだ
――――それを絶対に忘れるな
迫力を増したブーンの言葉に全員が息をのんだ。
そして今、その小隊はバードの話しを聞いていた。
「地上まで無事に降りられたらラッキーってだけのことで、これはロシアンルーレットだから、ダメだと思ったら空中へ飛び出ます。爆散する破片と一緒に地上へと落ちていきますが、ゆっくりとその塊を抜けて、安全な場所でパラ展開して」
その時バルケッタが大きく揺れた。全員が姿勢を崩す中、バードだけはスタビライザーの効果で姿勢を保っていた。両脚を柔軟に使い、転びそうになるのを寸前で堪えたのだ。
艇内に僅かなどよめきが広がるのを感じたバードだが、それについては涼しい顔で切り抜けた。常に余裕のある姿を示し続けるのも重要なことだからだ。
「さて、そろそろ歓迎式典が始まりそうね」
小さな窓の外を見たバードは、まだまだ青く光る星ニューホライズンを見た。
大きな大陸が眼下に広がっていて、その大きさはユーラシア大陸並にも見える。
「スーパーアースは伊達じゃないわね」
「全くです。あの規模の大陸が3枚もあるんですから」
バーンズ曹長も隣に立ってそれを見た。バードよりも頭ひとつ以上大きいが、身にまとう装備はバードの方が多い。たったそれだけの事だが、小隊はサイボーグの実力を垣間見ていた……
「でも、地球だってアフリカ大陸とかあるじゃない」
「そうですね」
頭の回転の速さにバーンズも驚く。
伊達に士官として鍛えられていないのだと気がついた。
見た目以上の実力を持つ存在は活目せねば為らないと改めて身を引き締める。
「いっそのこと、ここを焼き払ったら向こうも簡単に音を上げそうですが……」
地球よりも一回り大きなニューホライズンは、地上面積も相対的に大きなものだった。その中でも最大の大陸であるリョーガー大陸は、広大な面積を持つニューホライズン最大の穀倉地帯でもある。
「その後でこっちが困るでしょ。地球だけじゃシリウスの地上を食べさせきれないから無理よ。むしろ、上手く懐柔するべきなんだけどねぇ……」
腕を組んでウンザリそうな表情を浮かべたバード。
アジア系は他の人種と比べて年齢よりも若く見えると言うが、バードに限って言えば驚くほど若く見えると言って良い。ただ、若く見えるのは年齢だけで、その中身は……
――――大気圏突入60秒前!
――――全員与圧モードへ!
艇内放送が降下する小隊に喧嘩支度を促した。
バードは小隊をグルリと見回してからヘルメットを被った。普段のBチーム向け完全防弾ヘルメットではなく、ODSTが使う顔の部分が防弾シールドになったものだ。
『これ、不安よね』
ボソリと呟いたバードだが、早速ロックが言葉を返してくる。
『当んなきゃ良いんだよ』
『そうだぜバーディー。当る方が悪い』
ロックに続きダニーもそんな言葉を吐いた。
遠慮の無い言葉に苦笑しつつも、髪を整えてからヘルメットを被ったバード。
その美しい仕草に見とれていた中隊全員に無線同調を取らせた。
「……全員聞こえる?」
半ば呆れたようなバードの声に中隊メンバーが次々と手を挙げた。
その手にサムアップを返し、バードが前を向いた。
「曹長! 降下準備!」
「サー!イエッサー!」
降下挺の揺れが大きくなり始めた。
ニューホライズンの高層大気を受け機体が大きく揺さぶられる。
複雑な三次元運動をしつつも降下挺の高度は着実に下がり始めた。
「総員二列横隊で待機! 両列とも順次自由降下で地上を目指す。降下中の対空砲火は諦めて。少々の破片ならアーマースーツが守ってくれる」
逃げ場のない空中では回避運動など出来ない。気合いと度胸と運での降下だ。
第4中隊は艇内の手すりにつかまって大きな揺れに耐えていた。
複雑な震動や騒音や、大きくう暴れる降下艇の中でバードは話を続けた。
一列になって降下する為のガイドパイプに挟まれた状態では、大きく揺れても手すり代わりに使えるのだった。
「装備を失わないように注意。飛び出したら、あとは神の御手の上よ。日頃の行いが試されるわね。地上で逢いましょう」
バードはその言葉を最後に降下の気合いを居れた。
それに続きバーンズ曹長が声を荒げている。
「野郎共! 少尉の降下に泥を塗ったら先々祟られるぞ! 気合い入れていけ! 空中では固まるな! 5人集まれば地上からも見える! 散開陣形を維持して乱数降下に努力しろ! 良いな!」
バーンズの発破を聞きながら、バードはヴェテランの視点に感心した。
踏んだ場数は伊達ではないのだと痛感する。そして同時に、全く同じタイミングで帰ってきた野太い声での返答に思わず笑みを浮かべる。
――凄い結束……
お互いに信頼し合っている仲間達。
この中隊からはそんな空気がビンビンに放たれて居るのだ。
バードはその空気に、自らの所属するBチームと同じ物を感じた。
そして、本来の隊長である少尉へキチンと返さなければいけない……とも。
「隊長! いつでも行けますぜ!」
ガタガタと揺れ始めた艇内で誰かが叫んだ。どうやらフレディの部下だ。
バードの人物識別にはアルフレッドの文字が浮いていた。
ドイツ系かと思ったのだが、国籍はアルゼンチンになっていた。
――へぇ……
地球側のメンツが多国籍なのは仕方が無いとして、実際には欧米や極東を含む中央アジアとユーラシア国家が中心の国連軍だ。その中ではアフリカ系と南米系が妙に少ないと感じていたバードだが、居るには居るのだと改めて気が付く。
「そう。じゃぁ――
行きましょうかと言おうとした直前のタイミングだった。
順調に降下を続けていたはずのバルケッタが大きく揺れた。
――え?
まるで回転する洗濯機の中へ放り込まれたようだと感じたバードは、無意識レベルで視界に表示されるデーターを見た。ニューホライズンの上空、高度はまだ50キロ以上有る辺りだ。
降下艇のレーダーは爆散して地上に落ちていく囮の燎機を捉えていて、地上には更に高熱反応が幾つも輝いている。地上からのレーダーで誘導される地対空ミサイルなのは間違い無い。
「早速の大歓迎ね」
余裕ぶった言い方をしてスッと腕を組んだバード。
誰もが振り返ってその姿を見たとき、アーマースーツ越しにもはっきり解るほどの状態でバードの胸が強調された。その姿は間違い無く可憐な少女だ。
「さて、ロシアンルーレット本番ね。日頃の行いが悪いって自信ある?」
明るい調子でそう言いきったバードは、降下支援情報を引っ張り出して三次元把握に努めた。広大なスパイク高原の全域が、まるで針ネズミのように対空武装している状態だった。
「……隊長」「そりゃ言うまでもねぇですぜ」「良いわけがねぇ」「だよなぁ」
「あっちゃこっちゃ出向いてドンパチしてんですぜ?」
笑いを噛み殺すような声がアチコチから漏れた。
そして『隊長だって似たようなモンでしょう』と誰かが言った。
ドッと笑いが起き、降下艇が激しくシェイクされる中でもひとしきり笑った。
「極めつけに悪いのは自信有るけど、私より上がいるなら見てみたかったのよ」
バードの軽口に再び大笑いの渦が沸き起こった。
なんだそりゃと誰もが笑うのだが、その笑いはスッと自然に収まる。
――緊張してるわね
この条件で緊張するなと言う方が無理だろう。殴り込み降下を幾つも経験している筈のODSTですら、激しい対空弾幕の中を降下するなんて経験が無いはずだ。
――――地上からの対空砲火が激しい!
――――イエスでもブッダでもマホメットでも良い!
――――自分の信じる神に祈ってくれ!
――――どうか地上で死なせて下さいってな!
降下艇のパイロットが泣き言を叫んだ。
僅か30人を飲み込めば一杯になる小型の降下艇故に、直接狙われることは考えにくい。どうしたって地上で使う重機材を搭載した大型降下艇が優先目標だ。
浮遊戦車や地上戦用大型シェルを優先して地上に降ろしたいし、敵側はそれを阻止したい。その為の激しい対空砲火だ。そしてそれは当然のように……
「友軍の支援砲撃! 来るよ!」
バードが叫ぶと同時、降下艇が大きく揺れた。大気圏外に居るはずの戦列艦が支援砲撃を始めた。紳士協定を守っていたが、限りなく黒に近いグレーゾーンだ。
地上側は『大気圏外に攻撃したつもりは無い』と言い張るだろう。降下側は『友軍が攻撃された』と言い張るはずだ。どちらが正しいのかは問題では無い。勝った側が正しくなるのは、人類史の常だった。
「すげぇ……」
次々と地上に降り注ぐ有質量弾は、凄まじい威力で地上を焼き払っていた。
一発一発が小さな隕石ほどの威力を持っているのだ。
地上到達の時点では直接的な打撃力よりも衝撃波の方が大きくなる。
「感心してる場合じゃないでしょ?」
バードは目の前に立っているバーンズ曹長のケツを叩いた。
パラシュートの最終チェックを行ったと言うサインだ。
少しばかり驚いたバーンズも、目の前に居る隊員のパラシュートをチェックしてからケツを叩き『チェック!』と叫ぶ。そうやって最後尾から順繰りに前の隊員のパラシュートをチェックしていき、先頭にいた者が『チェックパラシュート!』と叫んだ。
「降下準備整いました!」
「オーケー!」
満足そうな声で応えたバード。少々問題があるが、さほどの障害では無い。順調だ……と一瞬だけそう思った。だが、そんな過信に対する報いはすぐに訪れる。
バードの視界に表示される高度計はまだ35キロを表示していたが……
――えっ!
降下艇が大きく揺れた。揺れたと言うより傾いたと言った方が良い状態だ。
パッと無意識に目をやった窓の外には、ニューホライズンの地上が見えた。
反対の窓には黒々しい宇宙が窓いっぱいに広がっていた。




