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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第15話 オペレーション・スレッジハンマー
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スーサイド・オペレーション

~承前






 強襲降下揚陸艦の出撃デッキは、大型戦闘機材を余裕で飲み込む広い空間だ。

 その中でもハンフリーのそれは降下挺を複数並べても余裕がある冗談のようなスペースになっていて、ODSTの作戦活動が円滑に行なえるように気を配られている構造になっている。


 この日、その出撃降下デッキにODSTのゴツい男たちが大量に集まっていて、思わぬ賑わいを見せていた。普通に考えれば損な役回りになるはずの任務を受け入れた者たちな筈だ。だが、言い換えれば、誰よりも楽しい現場へ行くことになった者たちだ。


 そんな貧乏クジを引いたはずの男たちは、ニコニコと子供のように笑いながら大きな輪を作っていた。その輪の中にはロックとバードの二人が立っている。

 国連軍最強のサイボーグと降下することになった男たちは、目を輝かせて二人の言葉を待っていた。


「さて、じゃぁ始めようか」


 居並ぶODSTの面々が笑う中、ロックはその輪の中に立って話しを始めた。

 強襲降下揚陸艦ハンフリーの降下デッキは、各所で同じ光景が見られた。


「俺はロック。少尉だ。士官様なんて気を使わなくて良い」


 大きく編成を変えたODSTの面々達が、顔合わせを行っている。

 俗に『面通し』と呼ばれるIFFのデータ更新を行うのだ。

 酷い乱戦になった時は、コンピューターが瞬時に判断する敵味方識別が頼りだ。


「実際、士官と言ったって一番下のペーペーだし、まだ三年経ってない新入りみたいなもんだ。俺より余程ヴェテランも居るだろ?」


 ロックの緩い言葉に笑いが漏れる。

 気負った様子の全く無い面々達に、バードは心強い思いがした。


「先の奇襲攻撃で随分と死人が出ちまって、で、このザマって訳だ。まぁあまり気負わず、気楽にやろう。と言うか上手くやってくれ。こういうの苦手なんだよ」


 思わぬジョークに全員が失笑している。そんな中、両手を広げ淡々と説明するロック。居並ぶおよそ60人ほどの兵士は、目を輝かせてそれを聴いていた。目の前に憧れの存在が居るというのは、それだけで士気が上がるものだった。


 チラリと横を見たロック。

 そこには微妙な笑みを浮かべるバードが立っていた。


「……解ってると思うが、俺も相方もサイボーグだ。悪いが、怪我や疲労ってモンを知らねぇし気にしねぇと来たモンだ。つまり、俺たちが来ちまった以上は……」


 ――覚悟は良いか?


 ロックはそんなとぼけた表情で話を切った。

 だが、ODSTのパラバッジを付けた男達は自然に笑顔になった。


 それはまるで、これから遊園地に向かう子供だ。

 これから迎える地獄のようなひとときも彼らには遊園地と同じで、好きこのんで地獄の一丁目にフリーダイブする命知らず達と言う事だ。


 全人類から均等なチャンスで選ばれた究極の挑戦者達は、黙ってロックを見た。

『あぁわかってるから、早く言え!』と、そんな表情だった。


「一番ヤベェところに落っこちろと命令が来るはずだ。まぁ、それは諦めてくれ」


 ロックの言葉が途切れ、男達が大爆笑を始めた。

 もちろん、ロックもバードも笑っている。


 一番危険な場所へ優先投入されるサイボーグ中隊の支援連隊。

 そもそものODSTとは、その為に編成されたものだ。


 実弾が飛び交う鉄火場も鉄火場な所。

 人命より土嚢の方が価値のある場所。


 そんな場所へ好きこのんで行く事を選択した命知らずな連中。

 それこそがODSTだ。


 彼らは意気を漲らせ、気合と度胸と覚悟が試される究極のフィールドへと出発する命令を待っていた。


「ロック少尉! 地獄の底までお付き合い致します!」


 そう叫んだ曹長は拳を突き上げた。胸の名前欄にはリベラの名前があった。

 ロックは隣に立つバードをチラリと見て確認した。あのカリフォルニアのサンクレメンテでバード達が鍛え上げた男達が、チラホラと混じっていた。


『バード。奴か?』

『そう。結構良い性格よ』

『オーケー』


 リベラ曹長の性格はロックに合っている。

 バードはそんな確信を持っていた。


 直情径行な一本気の男だ。

 純和風な思考回路のロックなら、間違い無く上手くやるだろう。


 ただ、これから二人は居並ぶ緒兵に厳しいことを言わねばならない。

 それが士官の責務であり、また、その為に存在しているのだった。


『しかし、気が重いな』

『まぁ、仕方ないよ』

『……だな』


 無線の中でそう囁いたロックだが、バードもまた気負っていない自然な姿だ。

 土壇場に立つと女の方が強いとは言うが、バードは何から何まで特別だ。


 気合いと根性の入りかたなら、並みの男も顔色をなくすほどだとロックは思う。

 何よりもそれらを大事にするロックなのだから、最高のパートナーだ。


 ――さすがだ……

 ――俺はラッキーだな……


 ロックはつくづくと、自分の幸運に感謝した。


「こっちはバード。同じくサイボーグだ」

「ODST選抜で顔を合わせた人が居るのは安心ね。ただ、手加減はしないから」


 冷たい口調でそう言いきったバードは、冷酷な笑みを浮かべた。

 気が付けばあのODST訓練から随分と経過していて、バードもまたその間に随分と人間的な成長をしていたようだ。


 擦れている。そうは表現したくないが、現実は無情だ。

 潜った修羅場の数だけ。泣いた夜の回数だけ、人間は強くなっていく。

 苦しみは人を磨くというが、それが良い方向とは限らない。


 だが、苦労は間違い無く人を磨くのだ。

 苦い経験の数だけ、人間は強くなるのだから。


「聞いてると思うが、俺達が行くのはリョーガー大陸中央部だ」


 手近にあったモニターを使って説明するロック。

 バードはロックのサポートに回り、脛椎バスにコードを差していた。

 データをモニターに表示させながら、メンバーを見ていた。


 ――なんだか、気合い十分ね


「シリウス合衆国の中央部にある乾燥地帯、スパイク高原へ強襲降下する。事前にシリウス側へと予告した敵前降下上陸で、文字通りの殴り込みだ。この厳しいミッションをこなす為だけに、この30年を掛けて準備してきたってことだ」


 ロックは遠慮無く厳しい言葉を吐いた。


「全員知ってるだろうが、再確認しておく。シリウスとの戦争協定で無通告の艦砲射撃は出来ないし、こちらもやりたくは無い。あくまで紳士協定だけに、後で誹りを受けるのは不本意って事だ。ただな、基本的には禁じ手だが、攻撃に対する反撃は認められている。つまり……」


 ニヤリと笑ったロックは、改めて室内を見回して全員の反応を確かめていた。

 これから言おうとしている言葉は、あまりに酷いものだ。


 だが、言わない訳には行かないし、それを言うのか士官の責務だ。


「俺たちは地球による暴力装置の実働部隊で、しかも囮と来たモンだ。びびったシリウスが俺たちに向かってブッカマしてくれりゃ、こっちも遠慮なく戦列艦がぶっぱなすし、向こうが我慢すりゃ俺たちは鼻唄混じりで下まで降りられる。チョロいもんさ。死ぬときゃ一瞬だし、まぁ諦めてくれ」


 ロックの言った言葉には虚無的な諦めと嘆きが合った。

 どんなに綺麗事を並べても、結局は酷い目に遭う。


 一番最初に強襲降下するのだから、そのリスクは計り知れないと言うことだ。


「死ぬのを前提にした作戦がおかしいって話しは、残念な事に俺たちには適用されねぇ。そんで、俺だってこんなことは言いたかねぇが、決まりだから仕方がねぇ。悪く思わねぇでくれ」


 言葉を仕切り直したロックは、一旦間をおいて切り出した。

 これ以上無い真剣な表情だった。


「全員、遺書を書いておいてくれ。宇宙軍の弁護士がそれを預かってくれる。まぁ、遺書が嫌なら地球へ持って帰るビデオレターの用意もある。好きな方を選んで、残してきた家族へメッセージを送ってくれ」


 沈痛な表情で言ったロックだが、中隊の一人が言った。

 胸にはファーガソンの名前があった。


「少尉! そう言うのやめましょうや。死ぬの前提とか勘弁してくれ」


 明るい声で言ったファーガソンの言葉に全員が笑いだした。

 そして、それに釣られるようにもう一人が言った。

 ネームシールにはドリスの文字があった。


「ヤベェッ!てなっても、はいそうですかってくたばるほど可愛いげ無いですぜ」

「そうっすよ!俺たちはODSTっす。とびきりやべぇとこ専門っす」


 ドリスに続き黄色人種の男が言った。リーと言う名前らしい。

 恐らくは中華系と思われるが、国籍マークはアメリカだった。


「……そうだな。まぁ運が良ければサイボーグになって更にコキ使われるぞ」


 ロックの微妙な言葉に乾いた笑いがこぼれる。

 だが、現実には相当厳しい降下になる事が確定している。


 つまり、『誰かが死ぬ』のを前提にした作戦が策定されているのだ。


 本来は冗談であっても許されるわけが無い酷いミッションだ。

 少なくとも現実にはシリウス側の反撃が予想されている。

 もっと言えば、事実上確定している。


 戦争協定は紳士協定だ。守る事が望ましいわけで、守る義務は無い。

 双方共に無差別大量殺戮を防ぐ為の、その最後の(くびき)だ。


「ただ、これは冗談じゃ無く本音だと思って聞いてくれ」


 ロックは改めて話を仕切り直した。

 全員がこれ以上無いくらいに真剣な顔で聞いていた。


「事実上、俺たちは囮に使われる。向こうの反撃を誘う為の必要な犠牲だ。冗談が冗談で済まない時には、辿り着く結論は一つしかねぇ。つまり、俺たちはこのニューホライズンの空に解けて消えることになる。それは前もって覚悟してくれ」


 心臓に突き刺さるような言葉を吐いたロックは、デッキに並ぶ者達を見た。

 全員が引き締まった顔をしていた。緊張しているのでは無く、真剣な顔だ。


 そして、ロックの吐いたその言葉に全員が『サー! イエッサー!』を叫んだ。

 声まで揃っている第3と第4の各中隊からは高い士気を感じていた。


「さて、顔合わせは済んだし、これから全体説明に入る。全員覚悟は良いな?」


 念を押したロックに対し、全員がもう一度『サー! イエッサー!』を叫ぶ。

 それについて首肯を返したロックは『どうぞ』と手を振った。

 今回の作戦に参加する男達に、テッド大佐が作戦説明する事になっていた。


「既にロック少尉から聞いたと思うが、攻略目標はスパイク高原の荒れ地だ。ここにニューホライズン攻略の為の拠点を築く。要するに橋頭堡だ。ここを拠点としてニューホライズンの地上を攻略して行く事になるが――


 淡々と説明するテッド大佐の言葉に全員が息を呑んで説明を聞いていた。

 まさか本当にそんな酷い作戦が行われるとは思わなかった。

 そんな本音が表情に表れている。


 だが、作戦は立案され実行される。

 戦死者はただの数字でしかなく、参謀本部は結果だけを欲している。


 ――ここへ諸君らが降りる事によりスパイク高原の戦力全てが諸君らに牙を剥く事になる。その瞬間を狙って本体が一斉降下を始めると言う算段だ。まずODSTを使い、その後で海兵隊が殴りこみ、最後に地球の地上軍が集中投入される。君らはその先鞭を付ける事になる。スレッジハンマー作戦の本質とはこういうことだ」


 スレッジハンマーと言う言葉だけが一人歩きをしていて、その強力な一撃をシリウス側へ加える為だけに、未来ある若者たちがすり減らされようとしていた。


「そもそも、スレッジっという言葉は――


 大佐は、まだ若い非英語圏の若者達に英語のレッスンを付け加えた。

 若者のやる気を煽り、気を乗せる為の訓示でもある。


 バードはふと、テッド大佐にとってはこれもトレーニングなんだと思った。

 無事な帰還を祈るしかない留守番組の辛さだけではなく、酷い作戦に部下を送り出さざるを得ない指揮官の辛さを経験して行く為のエディが与えた試練だ。


「――英語と言っても、そもそもはアングロサクソンの言葉で『SLAEGAN』が語源だ。この『SLAEGAN』は猛攻撃って意味のスラングだったらしい。で、その『SLAEGAN』が英語の『SLAY(圧倒する)』って言葉の語源になったそうだ。他にもぶち殺すとか虐殺するって意味があるが、まぁ、そっちもスラングみたいなものだ。戦闘中の指示で『|SLOG IT OUT《徹底的にぶちのめせ》』って出るのを聞いた者も多いだろうが、このSLOG(強打)も語源が同じだと言われている」


 淡々と説明するテッド大佐は、ロックとバードの二人と目が合ってハッと気がついた。話が無駄なところに流れていて、余計な時間を喰っている。そして、僅かに表情を変えた後、『話を脱線させても仕方が無いな』と話しを変えた。

 予想される抵抗規模は、シリウス地上軍凡そ20万の大戦力だが、スパイク高原の全てにそれが配置されているわけではない。実際の陸上戦力は多くて7万程度。それを超える戦力の意地は、兵站の都合から不可能と思われた。


「大戦力を集中投入し、敵の戦意を挫き、早期講和を図る為の大事な戦いだ。したがって諸君らの責任は重大だってことだな」


 軽い言葉で話を締めくくったテッド大佐だが、先ほどの話しを聞いたバードはふと思っていた。SLOGという単語には『強力な/圧倒的な』という形容詞的意味も有るのだと。

 そして、使い方によっては、或いは場合によっては『残酷な』という意味になる事だってある。


 ――酷い作戦ね……


 バードは内心でそう独りごちて、居並ぶ兵士たちを眺めた。

 サイボーグの身体になってから一年と半年。

 自分自身がこの作戦の為に計画的に造られた存在だと痛感していた。


「しかし、ホントにこんな作戦を実行するんですね」


 話しを聞いていたバードの元へ、筋骨質で引き締まった身体付きな大男がやって来た。バードが率いる第4中隊の中隊長付き曹長であるバーンズ曹長だ。

 勤続年数を示すハッシュマークは3本を数えるヴェテランで、単純に計算すれば最低でも勤続12年オーバーのオールドマリーンだ。


「仕方ないです。その為の海兵隊で、その為のODSTです」

「……そうですね」


 ヴェテランらしい物腰のバーンズは、落ち着いた振る舞いでバードを見た。


 ――――こんな小娘が?


 バードの正体を知らなければ、そんな態度が滲み出てくるものなのだろう。


 だが、このバーンズを含めてODSTのヴェテラン達は、テッド少佐が鍛えたこの小娘の実力を嫌と言うほど知っている。ピンチをチャンスに変える大胆な手を打つ事も知っている。

 なにも心配ないと万全の信頼をバードへ寄せているバーンズは、そしらぬふりをしてマイク少将の話に聞き入った。

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