トンデモ作戦の発動
当面、火木土の週三回更新となります。
「いったい何の話しだと思う?」
戦闘指揮艦ジョンポールジョーンズの艦内。
バードとロックの二人はハンフリーからランチを使って移動してきた。緊急のミーティングと言う事で呼び出された二人は、艦内通路を並んで歩いている。
すぐ前にはライアンとダニーがいて、やはり同じように話し込んでいる。
「やっぱよぉ、ぜってぇ碌な話しじゃねぇと思うんだ」
「だろうな。だってエディ直々のお呼び出しだ」
ライアンの言葉にダニーがそう応える。その間も4人は忙しなく敬礼を繰り返していて、シリウス攻略の中枢が集まっているジョーンズ艦内独特の空気に辟易とし始めていた。
現状のジョーンズ艦内には上級大将となったエディが座乗しており、艦の識別信号には大将座乗艦のヘッダーが付いている。そんな艦内には驚く程の数で高級士官が乗り込んでいて、士官とは言え底辺の少尉である4人は、手を下ろす暇がないのだった。
「しかし、やっぱエディって偉いんだな」
ボソッと呟いたロックは、通路にある小さな窓から艦外を見た。
三次元空間である宇宙だが、大将座乗艦には艦底を見せないのがマナーだ。
ニューホライズン周回軌道に入っているジョーンズは、頭上にニューホライズンを見て軌道を航行し続けている。そのジョーンズに近づく船は、必ずジョーンズの艦底側に艦の天頂方向を向けて接近してきている。
「上級大将様って伊達じゃないよね」
バードはどこか我が事のように喜んでいるフシがあった。
エディ大将のすぐ近くにはテッド大佐がいるはずだ。バードにとっては特別な存在と言って良いのだから、久しぶりでもないが顔を合わせられるのは嬉しいのだ。
「で、話しは戻るけどよぉ」
ロックはやはり怪訝な表情だ。
ハンフリーで降下命令がくるのを待機していたBチームから、この4人だけが今すぐにジョーンズへ来いと呼び出されていた。アナやダブやビッキーと言った新任の3人には声が掛かっていない。と言う事は、ある程度場数を踏んだ4人が必要になる事態と言う事だ。
「案外さ、4人は地上に降りろ……とか、だったりしてね」
バードの軽口にライアンが振り返ってロックと顔を見合わせた。
そして、ダニーまでもが足を止めて振り返っていた。
「バードが言うと洒落にならねぇぜ」
「ほんとだよ。こういう時のバーディーは、だいたい核心を突く」
渋い表情のダニーが再び歩き始め、全員がそれに続いて歩いて行く。
角を曲がりエディ大将の私室前に到着した時、何故か既にドアが開いていた。
そして、その室内には幾人かの下士官が集まってるのが見えたのだった。
作戦ファイル0003ー01ー01
Opelation:SLEDGEHAMMER
作戦名『大型ハンマー』
――――――――3000年3月1日 午前7時
戦闘指揮艦 ジョンポールジョーンズ艦内
「おぉ! 来た来た! 待ってたよ!」
4人の姿を見たエディは上機嫌で手を上げ、そして、すぐに室内へ入れと手招きした。室内にはエディとテッドの他にウッディ隊長とリーナー隊長が並んで立っていて、その奥にはドリーも立っていた。
第1作戦グループの隊長が勢揃いしているが、その事実にバードは余り良い予感を覚えなかった。なぜなら、室内に居並ぶ下士官達は、屈強不屈を以て鳴るODSTの各小隊に付けられた、小隊長付き下士官達だからだ。
そしてそれ以上に違和感を覚える存在が混じっている。
それはあの、Dチームを率いていたバイパー隊長と同じような存在だ。全身をつや消しの黒尽くめな外装で固めているロボットのような姿だ。頭の上半分が隠れるようなカバーの付いた姿に、バードは間違い無くそれが新生Dチームだと直感していた。
「……お呼びでしょうか? 上級大将閣下」
バードの思惑を余所に、ロックはそっと話を切りだした。下士官が居る手前、いつものような砕けた調子にはなれない。だが、そんなロックの振る舞いを見たエディは、テッドを見て満足そうに笑ったあとで着席を促した。
「まぁ…… 仕方があるまい」
テッドもそんな言葉を吐いてからソファーに腰を下ろした。
エディとテッドの二人は、相変わらずに砕けた様子だ。
「諸君らも座りたまえ。なに、固くなることはない。我々はファミリーだ」
両手を広げ涼やかに笑ったエディは、下士官達を座らせた後で話を切りだした。
一人椅子を立ち、室内を歩きながら話を切りだしたのだ。
「諸君らも知っての通り、先のシリウス軍による奇襲によって士官に大幅な欠員が出てしまった。間も無く開始される大規模降下作戦を遂行するに辺り、戦闘指揮官としての士官が足りないという残念な事態と言う事だ」
――わかるな?
そんな同意を求められていると感じたバードは、無意識に首肯していた。
この日もキリッとメイクを施し、丁寧に髪を束ねているバードだ。
その姿に下士官達の目が集まってしまうのは仕方が無いのかも知れない。
「そこで、この数日間熟考を重ねたのだが、ひとつの結論を見たので諸君らにここへ集ってもらった。明日から開始される作戦の遂行に当たり、Bチームの士官から地上降下作戦におけるODST指揮士官を派遣することとする。君らはその4人と言う事だ」
エディは再び両手を広げ、バード達4人を包むようにして見せた。
ある意味で手塩に掛けて育てた愛弟子とも言える面々だ。
エディにしてみれば信頼しているメンツと言う事なのだろう。
「ODSTの第1から第5までの中で、隊長となる士官が生き残った小隊だけを集め、満足に編成できる大隊を2つ作った。臨時第1大隊と第2大隊だ。AC両チームはそれらの大隊を1つずつ率い、地上へと降下してもらう」
エディが指さした先にはリーナーとウッディの両隊長がいた。
第1作戦グループの再編からしばらく経つが、未だにリーナーが隊長という事実にバードは戸惑っていた。
「そして、Bチームは本格降下前の前哨作戦となるスパイク高原北東への降下を行ってもらう。君ら4人は隊長を失ったODSTをそれぞれに2小隊30人ずつ直率し、陽動作戦として降下する事になる。申し訳無いが、ある意味では消耗前提の囮となる酷い降下だ。その為に新生Dチームを付ける事にするが……」
エディはチョイチョイと指を振って、あの全身黒尽くめの存在を呼び寄せた。
かすかなモーター音を響かせやって来たのは、テッドよりも若干背の低い存在だった。
「私の名はウェイド。エディやテッドとは古くからの付き合いだ。どれくらい古いかというと、50年ほど前にまだニューホライズンの地上でドンパチやっていた頃から、エディの中隊に在籍していた位ってなあんばいだ」
ウェイドと名乗ったその男は、肩の部分に流れ星のマークを付けていた。
バイパー隊長がコブラマークだったので、その繋がりとは思えないのだが……
「ウェイド大佐には先の金星戦闘で実験した地上戦向け大型シェルを担当してもらう事にする。シリウス軍が地上戦用に抱えている大型ロボット兵器への対抗馬だ。相当酷い戦闘になるだろう。私や駆け出し時代のテッドも散々苦労した敵だからな」
ニコリと笑ったエディは、満足そうに微笑みながら説明を続けた。
「Bチームの4人は合計120人ほどのODSTを連れてスパイク高原を制圧してもらう。ここには事前に降下予告を出してあるので、相当な防衛陣地を構築してあるはずだ。なぜそんな事をするのかと言えば……」
エディはテッドの肩をポンと叩き、お前が言えと話を振った。
そのテッドは『仕方が無い』と言わんばかりの表情で切り出した。
「50年ほど前の攻防戦集結時に交わした戦争協定は、今でも有効と言うことだ。地球軍とシリウス軍の間にそれがある以上、あまり無茶は出来ない」
コレで良いか?とテッドは確認を求める様にエディを見た。
そのエディは、軽く首肯しつつもテッドの肩を再び叩いた。
まだ話は終わっていないだろ?と、そう言い出さんばかりの姿だった。
「君らも知ってると思うが、要するに、シリウス軍か地球軍かの違いを問わず、無差別地上砲撃は行わない。民間人居留地への砲撃は行わない。地上基地などへの無警告砲撃は行わない。そして、大気圏内への発着中はその行動を阻害しないと言う奴だ。例え敵でも、高度50キロを切るまでは攻撃してはいけないのさ」
テッドは続きをどうぞと言うようにエディを見た。
そのエディは、静かに首肯してもう一度テッドを見た。
まだ話しは終ってないだろ?と続きを促したのだ。
そのエディの振りにたいし、テッドは小さく溜息をこぼして続けた。
勘弁してくれと言わんばかりの姿だった。
「そもそも、スパイク高原への囮降下はこの戦争協定をシリウス側に破らせるために行うものだ。つまり、反撃を受けるために降下作戦を行うと言う事なんだが、これにもちゃんと訳がある。つまり、本気で囮作戦を実行すると言う事なんだよ」
これで良いだろ?とエディに話を振ったテッド。
エディは軽く首肯しつつ、再び切り出した。
「これから行われる作戦の本質は、地球軍によるシリウス開放作戦と言う事だ。シリウスを牛耳る面々に対し、本格的な撃滅作戦を行うと言う事だ。我々を侵略者と呼ぶ連中に対し、堂々とリベレーターとして降下してやるのさ」
何とも楽しそうな笑みを浮かべているエディだが、居並ぶ下士官達は盛大に引きつった表情をしていた。囮となる降下作戦へ減耗前提の部隊として送り込まれる。そんな貧乏くじを引かされるのだ説明を受けたのだから無理も無い話なのだが。
「勘違いしないで欲しいのは、君らを殺すとか死なすべく送り込むのでは無いと言う事だ。順調な敵前降下を行い、シリウス側の反撃を誘うと共に、攻撃点を見つけて一斉に艦砲射撃を行う作戦だ」
エディは大将私室の中のモニターを操作し、今次作戦における巨大なフローチャートを表示して見せた。そこに書いてある文字は、バードの背筋にゾクリとした寒気を覚えさせるモノだった。
敵に反撃されるのを前提とした作戦の通過点が幾つも設定されている。それはつまり、如何なる艱難辛苦も踏み越えて行くのだという意思表示そのものだった。
「スパイク高原とドング平原を目指すこの作戦は、これからのシリウス開放戦闘を占う重要な作戦となる。その為に君らが必要になると言う事なんだ。シリウスの地上に暮らす全ての者達へ巨大な一撃を叩き込みショックを与える。つまりはそれが戦略目標だ」
エディは一人盛り上がるように話を続けていた。
ただ、そこに表示されている内容は、余りに酷いモノだった。
「スパイク高原とドング平原にシリウス軍地上戦力を集中させ、そこへ予告付きの敵前降下を行い、地上からの反撃を誘って大義名分を手に入れる。呵る後にその地上戦力へ向けて一斉艦砲射撃を行い、あらん限りの力を持って一気に戦力を撃滅するのが主眼と言う事だな」
エディはそう説明を行った上でドリーを呼んだ。
やや怪訝な表情でエディの近くに立ったドリーは両手を広げて挨拶した。
「そんなわけで、臨時編成ODST第3大隊の臨時隊長を拝命した。第3大隊は私が指揮することになる。アレコレ難しい事を考える必要は無い。シンプルに考えシンプルに行動しよう。最も重要な作戦目標は、出来る限り生きて帰ることだ。気負い過ぎて良い事なんか一つも無い。気楽に行こう」
ドリーの挨拶に下士官達が拍手を送った。もちろん、ロックやバードもだ。
その後、エディはダニーとロックを指さした。
「ダニーは第1中隊。ロックは第2中隊を任せる。機動力を生かし、地上では撹乱戦闘を行ってもらうことになる。一斉に動き出して敵を混乱に陥れるんだ。第1中隊はそこの二人、アランとバラムの両曹長にそれぞれ第1第2小隊を預かってもらう。第2中隊はそっちの二人、カラーとワルロの両曹長だ」
ソファーへと腰を下ろしていた4人の曹長が立ち上がって敬礼した。それに応えるようにダニーとロックも立ち上がって敬礼する。そんなシーンを見ながら、バードは内心で『あっ!』と声を上げた。
先ほどから見覚えがあるなぁと思っていた曹長の1人は、ODSTのスクール125で面倒を見たリベラ曹長だ。向こうもバードを時々見ていたのだが、今の今まで思い出さなかった自分の頭を呪いたくなっていた。
ただ、そんなバードの思惑を余所に、エディはにっこりと笑ってライアンとバードを指さした。そして、君らが重要だ!とそんな表情を浮かべた。
「ライアンとバーディーの中隊に期待するのは撃滅戦闘だ。シリウス側の大型戦闘兵器はウェイドに委せるから心配ない。第3にはそっちの二人。タクボとリベラの両曹長がいる。バードの第4中隊にはバーンズとフレデリックの両曹長を付ける」
フレデリックの名を聞いてバードはもう一度『あっ!』と内心で驚いた。
あの中国戦線で臨時編成し直率した海兵隊の曹長だった。
「よろしくお願いします! バード少尉!」
背筋を伸ばして敬礼した二人にバードも敬礼を返した。
フレデリックはあふれるような笑顔だった。
「念願叶いました! またよろしくお願いします」
「こちらこそ。でもいつの間にODSTに?」
「先のスクール126でした。後で聞いたらリベラ曹長が少尉の教育を受けたと聞いて、本気で悔しかったンですが……」
ニコニコと笑うフレデリックは話しが止まりそうに無い雰囲気だ。
だが、そんな空気を変えたのは、ライアンの一言だった。
「ボス! 俺が第2に行くからロックを第3にしてくれ。ウォーモンガーなバーディーと同じグループなんて勘弁してくれよぉなぁ」
いきなりライアンはそんな駄々をこね始めた。ただ、そこにあるのはライアンなりの気遣いだ。ロックとバードが特別な関係なのは、チームの誰もが知っている事だった。
色々とピンチもあったが、今は双方が共に相手を伴侶としてみている。それに気を使ったライアンの照れ隠しだというのを気が付かない者など居ない。
ライアンはロックとバードを同じグループにするべきだと言ったのだ。同じタイミングで死ねるように、同じグループに分けて同じ現場へ投入する。ライアンなりの優しさは皆の心を打った。
「……そうだな。その通りだ」
満足そうにエディが笑った。気の置けない仲間達だけに、ストレートできつい物言いが入り混じることも一切では無い。だがそれは、チームの中だけに通用する愛でもあるのだ。
「それによぉ。鉄砲玉なロックの首には鈴を付けとかねぇとな!」
ライアンは照れを隠すようにそんな事を言った。
ロックは一瞬だけ表情を変えたが、先を取ってダニーが口を開いた。
「だけど、バーディーじゃ鈴どころか先に飛び込むと思うな」
「……それもそうだな。まったくこのウォーモンガーセットがよぉ!」
口々に囃し立てられるが、当のロックやバードは薄笑いで照れるだけだ。
「まぁいい。二人とも第2グループだ。頼んだぞ」
イエッサーと返事をしたロックとバード。
厳しい作戦を前に、つかの間の気楽なひとときだった。