アナスタシアの正体
~承前
並んで座るバードの横顔をロックは横目で見ていた。
飽きる事無く、ジッと、ジッと、その横顔を見ていた。
何せ惚れてしまったのだ。
それならば、いつまでも飽きること無く眺めていられる。
ただ、その惚れた女の横顔は、まるで戦闘中の様だった。
真剣かつ集中し、一言一句聞き逃すまい……と。
微に入り細を穿つ様に矛盾を探そうと。
身動ぎひとつせず、極限の集中をみせているのだ。
「そう怖い顔をするな」
そんなバードの眼差しを一身に受けていたエディが漏らした。
困った様な顔付きで、苦笑いを浮かべバードを見ていた。
「……どう考えたっておかしいんです」
戦闘報告書を書き終えたバードは、どうしても晴れない疑念に頭を抱えていた。
ハンフリーの自室で軽快にキーを叩き、仕立て上げた報告書は良い出来だった。
ただ、それを書いてる最中、冷静になって戦闘を振り返った時に気が付いた。
考えても、考えても、考え抜いても、答えにたどり着けない。
どう考えてもおかしいのだから、思考は堂々巡りとなる。
終いには頭痛を覚えたバード。
最後は直談判だとエディの私室を訪れていた。
一人では不安だったので、ロックを伴って……だ。
だが……
「考えすぎというモノだ。確かにあの子は長らくAIのような扱いだったがな」
「ですが……」
バードは一つ息をついてから、もう一度エディをジッと見た。
その眼差しは、文字通り得物を追い詰める猟犬だった。
戦闘中に感じたアナスタシアの違和感。
それは、根本的な部分での思考傾向があまりに異常と言う事だ。
「死の恐怖が希薄なのは、どう考えてもおかしいんです」
「こう言う表現はどうかと思うがな――
エディはニヤリと笑った
――頭のねじがいくつか足りないのはサイボーグチーム皆一緒だろ?」
「それにしたって……」
バードは細心の注意を払い、詰め将棋を行っている様なものだった。
エディ大将が百戦錬磨で有ることは嫌と言うほど解っている。
シェルでも地上戦でも、それこそ、こんな真理ゲームでも無敗の男だ。
だが、バードは挑む。挑むしか無い。
神は乗り越えられる試練しか与えないのだと自らに言い聞かせて。
何より。
アナスタシアが計画的にBチームへと送り込まれたのならば……
それはつまり、自分を含めた他のメンバーにも同じ事が言えるかも知れない。
もはや、自分自身が計画的にサイボーグ化された事は疑わないし恨みもしない。
むしろ感謝すらしていると言って良い状態だ。
適性だとか順番だとか、そんなモノは後から取って付けたどうでも良い理由だ。
エディとテッドには遠大な計画が有り、作戦が有り、目標がある。
それをこの数ヶ月で良く理解したし、協力は一切惜しまない。
だが、隠し事をされているというのがバードには気に食わないのだ。
何をしようとしてるのか位は教えて欲しい。
その為に上手く振る舞う事くらいは出来る
自分自身がAIな可能性を疑う段階はとっくに過ぎた。
サンクレメンテで死にかけた時、自分自身の脳殻に繋がるパイプを見たのだ。
真っ赤な血が流れ込んでいく幾本ものパイプを見ているのだ。
それがCGやシミュレーターだったなら、それはそれで諦める。
経験を積み重ね、それ位の分別は身についている。
ただただ、隠し事をされて、しかも、踊らされているのが嫌なのだ。
「彼女はあまりにおかしいです。それこそ……
何かを言おうとしたバードの機先を制しエディが言う。
穏やかで涼やかな声でだ。
「死ぬのが怖いから、命を差し出してでも敵に挑み、倒そうとする」
ビシッと音が出る様な鋭利さでバードとロックを指さしたエディ。
その表情は柔和だが、どこか射貫く様な強さも混ぜてあった。
「東洋系の中でも、君たち日本人にはそのマインドがあるんじゃ無いのか?」
僅かに首を傾げたエディの姿は、相手をためしたり探ったりするものだ。
だが、この席だけはそんなエディの姿から、相手を見下す色が無かった。
傲岸で放漫なやり口の多いブリテン紳士だが、部下だけは大切にするのだ。
「自分一人の力で勝てないとあらば、自らが犠牲になってでも敵の動きを止める」
一度視線を切って床を見つめ、両手を広げて『さぁ何とか言え』と。
エディはバードとロックにジェスチャーで圧力を掛けた。
「そんな自己犠牲の精神は、君ら日本人の方が遙かに強い。でなければ……」
エディの右手が空を切った。それはまるで飛行機の様な動きだ。
フラフラと舞ったその飛行機は、きつい角度で急降下し、左手に当たった。
それが何を意味するのかは、説明されるまでもなかった……
「国の為だの民族の為だの、理由はなんだって良い。ただ、自分の命を差し出す事に抵抗が最も少ない状態の者達が確実に存在する。そして、本来ならそれを最も深く理解するべきは君らだろう? それとも何か? 爆弾を抱えたレシプロ戦闘機で敵艦に突入を図ったカミカゼライダー達は、全員AIだったのか?」
エディの言葉に二の句を付け損ねたバードの表情がフッと緩んだ。
言われていればその通りだと思うし、それ自体はおそらく人類普遍の定理だ。
誰かの役に立ちたい。
この身を差し出してでも。命を差し出してでも、目的を果たしたい。
そう願う者は如何なる時代でも場所でも確実に存在する。
たったひとつの命ですらも武器にして立ち向かう時がある。
それは、決して承認欲求では無い。
誰かに認められたい。褒められたい。讃えられたい。そんなモノでは無い。
もっともっと、純粋で単純で生物的な生臭さに溢れたモノだ。
「でも……」
何かが思い浮かんだバードはそっと口を開いた。
ただ、その脳内ではまだ思考が上手く纏まってはいない。
敵を倒す為に命を差し出す事が自己犠牲であるならば、このモヤモヤは何だ?
その結論をバードはまだ見つけ出せていないのだ。
その時……
「それは違うと思うなぁ」
ロックは何かに戸惑うような調子でそう呟いた。
ソファーの上で思慮を重ねたらしく、ゆっくりと顔を上げながら。
エディを見つめるその眼差しには力があった。
力強い眼差しに、エディは笑みを返した。
「違う?」
「えぇ。違うと思います。いや、違うと言い切って良いかもしれない」
「じゃぁ、それは、その正体は…… いったい何だ?」
「……責任感じゃないでしょうか」
ロックは僅かに首をかしげ、エディの真意を探るように言った。
それは、正解の無い問題なんだとロック自身が気が付いていると言うことだ。
十人十色とは言うが、十人いれば十人ともその捉え方が違う問題だ。
そして、この正解の無い問題は、人の数だけ正解のある問題だ。
肩書きや立場や立ち居地や、そう言ったファクターに振り回されることだ。
つまり、その答えの集合体こそが世の中の形だと言うことだ。
「私だけの回答かも知れませんが」
「正解でも不正解でも無いだろうが、一つの回答としては優秀だ」
エディは否定をしなかった。
肯定はして無いが、拒否もしていない。
「……笑顔とは、肉食獣が歯を剥いて威嚇する姿の延長線上だと言われている」
エディは突然話を切り替えた。
なんだ?と訝しがったが、それでも話を続きをバードは待った。
「獲物を追い詰めた愉悦。これからその獲物を喰う愉悦。命永らえる愉悦。その愉悦がやがて笑顔になったと言われている。言うならば獣の、いや、生き物の本能」
エディはそれを実演するように歯を剥いて見せた。
それは、少し歪んだ笑顔そのものだ。
「精神が育ちきってない子供の頃には、無邪気に生き物を殺す事がある。生き物を殺すのが楽しい。それはきっと、肉食獣の記憶が遺伝子に刻まれているからだ。だがやがて大人になった時、無益な殺生は自然と忌諱するようになる。いや、例外も多々あるがな」
フッと笑ったエディは、揉み手をしながらバードを見た。
まるで同意を求めるようなその姿に、不本意ながらもバードは頷いた。
「戦闘が楽しいと感じる時は無いか? 地上でもシェルでもそうだ。勝ちきりそうな時や圧倒的に有利な時だけじゃなくて、絶体絶命なギリギリの勝負をしているときに、ヒリヒリと脳が痺れるようなスリルの中にいるときだ」
薄笑いのまま語り続けるエディは、一息入れてコーヒーをすすった。
ハンフリーの艦長室より余程拾い大将私室は、様々な機器が設置されている。
良い香りを撒き散らすコーヒーサーバーは、常に飲み頃の状態だ。
エディはそこからバードとロックにもコーヒーを振る舞った。
時には落ち着いて思考を巡らせる事も必要だからだ。
「誰だって勝ちたいと思う。負けたいと願う者は基本的には居ないだろう?」
エディの問いに顔を見合わせたロックとバードは同時に首肯を返した。
そのタイミングが完全にシンクロし、エディは楽しそうに笑った。
「戦争の本質。そして、人間の本質でもあるのさ。戦いたいんだよ。人間は。勝ちたいんだよ。結果論としてな。負ける戦ならしたくは無いが、勝てる戦なら行いたい。勝って喜びたいのさ。征服欲求の様なものだ」
楽しそうに言うエディの言葉を聞きつつ、バードは僅かに首を傾げた。
これがアナスタシアとどう繋がるんだろう?と。
ただ、その征服欲求の話しを聞いている時、バードはハッと表情を変えた。
「義務……」
満足そうに笑ったエディはバードをパッと指さした。
「その通り」
「……初めて火星に行った時、テッド隊長にも言われました」
「義務だけを果たせって話だろう?」
「はい」
「もう随分昔に、まだテッドが小僧だった時分に、そう説教した事があるのさ」
クククと笑ったエディは、心底楽しそうに笑っていた。
押さえきれない愉悦だと肩を震わせ、ニコニコと楽しそうに……だ。
「敵を討ち果たすのは、勝利者の愉悦を味わいたいが為じゃ無い。戦場で宝探しをする為でも無い。勝利の美酒に酔い、戦地で略奪の限りを尽くすだけじゃなく、地域で生き残った女を犯し、街を焼き払い、暴虐の限りを尽くす。そんなクズ共をどれくらい処分したか解らない。だがな、それは、その本当の意味は……」
「義務を理解しろと言う事ですね」
ロックの返答に満足そうな首肯を返したエディは『その通りだ』と呟く。
そして、天井を見上げ思案していた。
「敵を討ち果たす事を目的と理解出来るのは人間だけだ。それを義務だと理解し、そこを踏み外さぬ様に進めるのも人間だけだ。目的を果たし、自らの職責を全うする事に命を賭けられる。その意味を理解し、勝利の歓びに我を忘れず、ただただ、義務を全うする。それこそが士官という生き物だ。それこそが人間だ」
エディが随分と饒舌だ。
バードはふとそんな印象を得た。
そして、まだまだ形にならないモヤモヤが頭の中を漂う。
だが……
「なんだ。二人とも何をしているんだ。こんな所で」
唐突に開いた扉の向こう。
資料の束を抱えてエディの部屋にテッドがやって来た。
何とも楽しそうな表情でいるのだが、その実、エディは困った様に笑った。
「何ともタイミングの悪い登場だな」
「間の悪さは昔からだからなぁ」
テーブルの上にポンと置かれた資料の山は、ハンフリー艦内の整備レポだ。
膨大な量で纏められたその資料には、何らかの数値が大量に書き込まれていた。
チラリと見たバードには、達成率やニューロネット形成率の文字が見える。
「あの……」
もしその資料が将官以外閲覧禁止なら、手にとって眺めるだけで処罰の対象だ。
ここはひとつ慎重な振る舞いが要求されるはずだが……
「お前のせいだぞ?」
「……早く追い返してくれれば良かったのに」
「可愛い部下に指導をしていたんだ」
「お楽しみを取り上げるのは酷と言う事か」
顔を見合わせクククと悪い笑みを浮かべたエディとテッド。
そんな二人をバードは不思議そうに見ていた。
何がそんなに楽しいんだろうと思ったのだが……
「バーディー。ロックもだ。見ても良い。ただし、その内容の取り扱いは慎重に」
エディはそっと資料の束を指さした。
見ても良いと認めたのだとバードは考えたのだが、念のためテッドを見た。
そのテッドは、苦笑いで頷いた。
「失礼します」
書類に振られたナンバーは三桁に達していた。
詳細な図解の組み入れられたビジュアライズな資料だ。
ただ、それに記載されている内容は……
「これって……」
驚きのあまり凍り付いた表情のバード。
その隣で速読していたロックも顔を上げた。
「実験というと聞こえが悪いのかもしれんが、実際はその物だ」
「……アナスタシアは」
「彼女はAIだ。紛れもなくAIだ。ただし……」
手を伸ばしたテッドは数枚捲って深い所のページを広げた。
そこには、まだ未発達な幼児レベルのニューロネットワークがあった。
脳の神経ネットワークが未発達で、そこには盛ん活動する神経細胞があった。
「アナスタシアの脳は、全く未発達のまま死んでしまったんだよ」
エディは重い溜息をこぼしながら言った。
その溜息には、全てをうかがい知れない含みがあった。
「小脳ですらも未発達で、その彼女の脳は捨てられる運命だった。だが……」
ハッとした表情のロックは、その言葉を遮る様に言った。
「隊長の姉上様の為の……」
実験ですか?と言いかけてロックは言葉を飲み込んだ。
あまりに酷い人体実験だと思ったのだ。
だが、現実にはその物なのかも知れない。
人格が認められない以上、AIは人間では無いのだ。
単なるプログラム上を走る生命もどきでしか無い。
「いや、キャサリンは関係無い…… とも言い切れないか」
「あぁそうだな。むしろキャシーに繋がる実験と言った方が正確だろうな」
咄嗟に否定したテッドの言葉にエディは否定を被せた。
その実態が何であるかは解らないが……
「アナスタシアの正体って言うのは……」
「完全AIでは無く、未発達なアナスタシアの人格を鍛える訓練プログラムだ」
訓練プログラムという言葉にバードの表情がグッと厳しくなった。
それはまるで、自立戦闘AIの実験の様だと思ったのだ。
だが、ふと目を切ったエディは、小さく息を吐いてから言った。
「あの子の脳は人格の器としての機能を失ってしまっていた。だが、レプリ育成の技術を応用して、脳細胞の再生処理を行った。凄い技術だ。まだ発達していないクローンの大脳を取り外し、アナスタシアの大脳と取り替えたんだ」
ポカンと口を開けて驚いたバード。
その隣ではロックも驚きを隠せない状態だった。
「戦闘中の負傷で大脳損傷を起こす者が余りに多い事に気が付いたのは、2150年代頃の話だ。びまん性脳損傷。いわゆるDAIを起こし、大脳が機能不全になった者たちの治療方をたくさん実験したのさ。その一巻でアナスタシアの脳が選ばれた。まだまだ幼い子供の脳だ。倫理的に劣る事かも知れないが、貴重なデータを提供してくれるサンプルだったんだよ」
エディは自嘲するように肩を揺すって笑った。
そして、天井を見上げ、額に手を当てた。
「しばらくした時、実験班から連絡が入った。アナスタシアに自我があるってね。いやいや、それはもう酷く驚いたさ。肉体は魂の器だが、その魂とは何か?と言う問題は今も解決出来ない事だ。自我と言うのは外からは見えないからな」
そうだろ?
そんな同意を求めるような顔でエディはバードを見た。
なんとも掴み所の無い問題だが、避けては通れない問題だった。
『どんな実験だったんですか?』と問うたバード。
エディは穏やかな口調で続けた。
「実験の一環として、シミュレーターの上でモブをやらせてみた。子供の姿をとらせてAIで走らせた。自我とは何か?と言うテストだよ。自我の本質を探ったんだよ。自我とは何か。物事の考え方や判断の仕方や、もっと言えば、欲望や願望と言ったものまで含めて。その本質とは記憶にあるんじゃないのか?そう仮定してた」
小さな声で『ところが……』と呟き、コーヒーをすするエディ。
その目はテッドに注がれ、お前が言えと話を振るようだった。
「まるで幼児の脳が発達して行くように、アナスタシアのまっさらな大脳がドンドン成長して行って、気がつけばイヤイヤ期に入っていた。AIが行なう行動に拒絶反応を示すようになっていた。AIを拒絶したんだ。そして……」
テッドはエディをジッと見た。
キャッチボールがエディへと戻った。
「数年後にはアナスタシアの自我がAIと自分とを分けていた。そして、AIが行なう事をアナスタシアはジッと見ていたんだ。親が行なう事を子供が見るように、アナはAIを親として育った。だから今もあの子は、まるでAIのような思考回路で生きている」
余りに恐ろしい話が飛び交い、バードはまるで正体が抜けたように放心した。
人を人とも思わない措置だ。厳しい行為だ。人倫に悖る行為だ。だが……
「愚かな事だと思うだろう?」
「……ですが、必要な事ですね」
「なぜ?」
「失敗からしか人間は学べないから」
エディは満足そうに笑った。
求めていた答えが出てきたと、そんな姿だ。
「10年近くたってから、アナをシミュレーターのシステムコントローラーに接続した。この時点で自我がある事は分かっていたが……」
エディの言葉が終る前にバードは口を開いていた。
無意識に口を付いて出た言葉だった。
「アナに社会を見せたんですね」
「……正解だ。そして、そのシミュレーター上では『あっ!』
バードは鋭く驚きの言葉を発した。全てが繋がったのだ。
シミュレーター上でサイボーグがモブのボランティアをする意味だ。
それはつまり……
「わかったかい?」
「はい」
「人間社会を疑似体験させるべく、あの子を学校に入れたと言うわけさ」
「でも、それって……」
もう一つの話が繋がったバードはテッドを見た。
寂しそうな笑みを浮かべたテッドは、目を伏せて首肯した。
「姉を。キャサリンの失われた脳を再生しようと八方手を尽くしたが……」
顔を上げたテッドは力なく首を振った。
そこには許しを請うような罪人の表情があった。
「結論から言えば、どうやっても無理な事が分かった」
「……実験を行なったんですか? それも」
「あぁ。アナのデータを使って、脳に損傷を受けた兵士に施術した。だが……」
深く溜息をこぼしたテッドは、ガックリと肩を落としていた。
その姿には無念さだけが滲んでいた。
「脳の部分移植は全く成功していない。大脳部分の移植は人格が失われる」
「それじゃぁ……」
「脳は機能を取り戻すだろうが、人格は失われる。それでは……」
隣に座るテッドの膝をポンと叩いたエディ。
その僅かな仕草にガックリと肩を落としたテッドが笑った。
「打つ手なしと言う結論に達したのさ。だからせめて、あの子はな……」
「一人前に育てようと、そういう方針で私とテッドは一致した」
驚きすぎて何がなんやら分からなくなり始めたバード。
混乱を来たすのは致し方ないとしても、納得できるかと言うと……
「それで良いんですか? 隊長は…… それで」
バードは無意識レベルでそう言った。言ってしまった。
その決断がどれ程過酷だったかは考えるまでも無いことだ。
だから、本人はその言葉が口を付いて出た瞬間に後悔していた。
「……まぁ、止むを得んと言うことだな。そして、もっと言えば」
テッドはエディをチラリと見てから言った。
その眼差しには無償の信頼があった。
「俺も含め、本来なら既に十分老人と言うことだ。時に喰われていなかったら、俺は今年ですでに70才を越えているんだ。今時は70くらいを年寄りとは言わんだろうが、それにしたって平均寿命で見れば残り15年だ」
残された日々と言う言葉が喉まで出かけて飲み込んだバード。
だが、その隣にいたロックは……
「最後の日までまだ何千日とあります。それでも良いんですか?」
「あぁ。もちろんだ。その為に実験を重ねた」
テッドは静かに笑って首肯した。
自信溢れるいつもの微笑だった。
「姉は地球圏へ入ると自我を取り戻す。だから、最善の対処法は……」
テッドはエディに話を振った。
これはエディが言うべきだと、そんな調子だ。
「この戦争を3年以内に終らせる。そして、キャサリンは地球へ送り込む。シリウスにいる限り、彼女はヘカトンケイルのスレーブだ。だからな……」
パチンと手を叩いて両手を広げたエディは、ロックとバードを見た。
広げた両腕の中へ、ふたりを抱き込むようなしぐさで……だ。
「キラー作戦は一気に完遂した。ニューホライズン周辺にシリウス軍宇宙艦艇は存在しない。把握している大気圏外兵器も全滅させた。近く、コロニーは廃棄される事になっている。もうコロニー争奪戦はしたく無いからな」
ウンウンと首肯するバードやロック。
エディは広げた腕を閉じて、もう一度パチンと手を叩いた。
「作戦計画のタイムラインを進める事にする。明日にはまだ第2作戦グループがやりあっているエリアも片付くだろう。いよいよ地上戦だ。私やテッドにして見れば50年ぶりのシリウス地上戦と言うことだ。一気に方をつける。抵抗派を粉砕し、戦闘継続能力を奪い、シリウス軍を無力化させて勝ちきる」
力強くそう言い切ったエディは、遠くを眺めるようにして目を閉じた。
そのまぶたの裏に何を思い描いているのだろう?
ふと、そんな事を思ったバードは、ロックをチラリと見た。
「ふたりとも、死ぬんじゃないぞ。ここからが本当に激戦となる筈だ。犠牲が出る事も覚悟している。ただ、ふたりのどちらが欠けるのも私は歓迎しない。だから、しっかりやってくれ」
赤心からの言葉を吐いたエディ。
バードもロックも背筋を伸ばし『はい』と答えた。
いよいよ、地上へと降りる日が迫っているのだった。
第14話 オペレーション・キラー
――了――
第15話 オペレーション・スレッジハンマー に続く