STAND or DIE (戦うか、死ぬか)
~承前
「双方、一歩も引かねぇな」
「当たり前だろ。こうなりゃもう意地とメンツの勝負だ」
ジャクソンとスミスはそんな会話をしながら国連軍艦艇の周囲を飛んでいた。
シリウス側シェルの連係戦闘にジリジリと圧され、気が付けばこんな状況だ。
砲戦の開始から早くも小一時間が過ぎていた。
双方共に少なからぬ犠牲者が出ているのは間違い無い。
ただ、ここまで来た以上は負けたくない。
そんな意志が双方に見え隠れしている。
「STAND or DIEってな」
負けて帰るという選択肢は双方共に無いのだ。
必要な事実は戦術的な勝利。兵の犠牲や装備の損害は無視される。
そして、各方面に展開している部隊が全て勝って戦略的に勝利する。
国連軍の首脳部が求めるものは、もはや単純にそれのみだった。
「とにかく戦列艦を護るぞ」
「そうだな。ドリー隊長の言うとおりだ」
ドリーの言葉にジャクソンがそう注釈を付けた。
そのやり取りにバードは小さくプッと吹き出した。
新生Bチームの隊長が任務を失敗したとなっては大問題だ。
ドリー個人の評価が落ちるだけでは無い。
Bチームのメンバー全員も評価を大きく落とす事に成る。
そして、それだけで無い。
部下の指導育成に失敗したとしてテッド大佐も看板に傷が入る。
なにより、そう人事操作を行ったエディ・マーキュリー大将も……
「上を立ててやらねぇとよぉ……」
ペイトンはヘヘヘと軽い調子で笑った。
長らくジョンソンとコンビだったペイトンだ。
皮肉の聞いた言い回しが感染っているとバードはほくそえむ。
ペイトンから見る『上』は、ドリー隊長からエディまでだ。
そしてそれが結果的にBチームを含めたサイボーグを護る事になる。
上手く立ち振る舞うと言うことの意味をバードはやっと理解しつつあった。
そして、アナたち3人にも早く理解して欲しいと願うのだが……
「ありゃぁ、真上から行く腹だぜ!」
「真上は死角だ!」
ライアンの視覚に映った敵シェルは、カノンを構えたまま突っ込んで行く。
その軌道の先には絶賛砲撃中の戦列艦が居て、浮遊砲塔の全てを展開していた。
きっと艦内ではリアクターが燃え尽きるのも覚悟の上で全力運転中だろう。
発電パネルを最大に展開しても、連装砲塔20基への電力供給は大変だ。
その莫大な消費電力を賄う為、余計な電力消費は極限まで抑えている。
戦列艦から長距離レーダー波が漏れてないのは、その電源まで削っているから。
艦内のエアコンまで切っての猛砲撃なのだが……
「くたばれ! 糞野郎!」
ダブはそう呟きつつ、荷電粒子砲を放った。眩い閃光が虚空を横切る。
そして、砲口から数キロの彼方にいたシリウス機はエンジンを打ち抜かれた。
燃料が反応したのか、爆発を起こして四散した。
「とにかくあいつらを叩き壊そう」
ドリーは次々と荷電粒子砲を放った。
戦列艦程ではないが、その威力は十分なモノだ。
なにより、カートリッジの交換をせずに連射出来るようになったのが大きい。
撃っても撃っても問題なく戦えるのは、大きな前進だった。
「突っ込む?」
バードはふとそんな言葉を吐いた。
砲撃を繰り返した結果、AIシェルが減ってきて生身ばかりになって来たのだ。
アルゴリズムではなく経験と勘で攻撃を回避しているらしく、段々と砲撃が当らない状況になり始めていた。
「その方が早いな」
「ヨシッ! いこうぜ!」
ライアンが最初に斬り込んだ。
その右後ろにロックが、バードは左後ろに付いた。
グッと速度を増したオージンの速度計は、秒速30キロの表示だ。
「敵が止まって見えらぁ!」
「ボケてんと衝突するぜ?」
ライアンの能天気な一言にロックが突っ込む。
この速度で激突すれば、双方酷いダメージだ。
「左翼! 頭のおかしいバカが多数! 明後日な方向を撃ってる!」
バードはロックとライアンに自分の視界を送り込んだ。
左手方向に展開していたシリウスシェルは、戦列艦ならぬ方向を撃っていた。
「どこ撃ってんだベイビー!」
「ゴーストか?」
機の進路を捻り、シリウスシェルの裏手へと出た3機は、後方から砲撃した。
後方警戒が完全に緩んでいると驚くバードだが、情けは無用だ。
命のやり取りの現場なのだから、逡巡はすなわち死に直結する。
だが……
「マジか……」
「……アチャァ」
ロックとライアンがそう呟いた直後、バードは小さく『ヒィッ!』と叫んだ。
――なんてこと!!
バードは我が目を疑った。バードの脳が見えている世界を拒否しかけた。
それは、シリウスのパイロット達による戦列艦乗組員の虐殺だ。
宇宙へと放出された彼らは、僅かな動力を使って一箇所に集まっていたのだ。
船内与圧服にセットされるヘルメットには、CO2回収する機能が付いている。
そのCO2は与圧服内部の専用ボンベに溜められる仕組みになっていた。
回収されたCO2を酸素とメタノールへ還元するためだ。
ただ、乗組員たちはその回収されたCO2を手動で放出していた。
手掛かり足掛かりの無い宇宙空間では、推進力を得る方法がこれしかない……
「MOTHER FUCKER!」
(作者注釈:とてもじゃないけど、意味は書けません。あしからず)
ライアンは無意識にそう叫んでいた。
そもそもに頭の回転が良い人間ゆえか、シリウスシェルに対し猛攻撃を掛けた。
右腕で荷電粒子砲を撃ち、左腕でカノンを撃ちまくりつつ、ミサイルを放つ。
1機のシェルを3機に使った攻撃は、シリウスシェルを次々と駆逐していく。
それを見たバードもロックも同じ事を始めた。
たった3機のシェルだが、瞬く間に数十機のシリウスシェルを粉砕した。
「可能な限り救助しようよ!」
泣きそうな声でバードが叫ぶ。
もちろん、ロックだってライアンだって反対はしなかった。
速度を落として乗組員の漂うエリアに入った3機は回収用のロープを伸ばす。
争うようにロープを握った乗組員たちは、手順に従って身体を固定した。
「最寄はどこ?」
「ハンフリー護衛の駆逐艦が受け入れ信号出してるぜ!」
「そこへ行くか。手っ取り早いだろ!」
バード機に続き、ロックとライアンが回頭して駆逐艦を目指した。
ふと振り返ったバードは、酷い状態になった死体を幾つも見た。
とてもじゃないが正視出来ないレベルの死体達だ。
ただ、
――戦場慣れしちゃったな……
そんな事をバードは思っていた。
地球の地上に暮らす同世代の女の子であれば、悲鳴を上げて目を背けるだろう。
だが、それらを平然と正視したバードは、コックピットの中で敬礼していた。
――任務ご苦労でした……
「ドリー! 生き残りを収容してもらう!」
「そうだな。良い判断だ。役に立っておこう」
ロックの報告にドリーは肯定の意を示した。
少しだけホッとしたバードは、落ち着いて周辺を確かめたのだが……
バードの視線の先にいたアナスタシアは、ドリーと共に連動戦闘していた。
その中で斬り込み役を行なっていたアナ機は、至近距離から攻撃を受けていた。
「あっ! アナッ!」
バードは咄嗟に叫んでいた。
「かわせっ!」
「避けるんだ!」
スミスやペイトンと言った別のグループからも声が飛ぶ。
アナスタシアは必死になって機を滑らせ背面を見せぬように飛んでいた。
しかし、その努力を嘲笑うかの様に、真っ赤な線が幾つも貫いていた。
――あっ!
バードは声がなかった。
アナスタシアのシェルが至近距離での直撃を受けたのだ。
両脚部のマウント付近に強烈な一撃を受け、両脚とも失ってしまった。
姿勢制御が甘くなり、ややスピン気味で機体を逃がしたアナ。
ただ、それでもシリウスシェルは執拗に攻撃を加えてくる。
強靭な外殻装甲を持つオージンでなければ爆発炎上しかねない。
「アナッ! 逃げて! セーフティーゾーン!」
バードは金切り声を発していた。
どう見たって戦闘出来るような状態じゃない。
だが、アナはそのままシリウスシェル側に旋回した。
普通なら考えられない動きだ。
「撃ってください! 囮になります!」
アナ機はスピンを止め、両腕を左右へと広げて姿勢を安定させた。
両脚部を失った分だけ身軽になったのか、急加速を見せて引き話しに掛かった。
「バカ言わないの! 今すぐ引き返して!」
バードの金切り声が無線に響く。それだけ自体は逼迫していた。
高機動を誇るシェルの制御は一筋縄ではいかないものだ。
機体それ自体が自分の身体になるサイボーグとて、最初は大いに戸惑うもの。
ましてやその速度は秒速30キロに手が届くのだ。
常識では計れない領域での様々な現象が発生する領域と言える。
そんな状態で下半身を失った機体を制御するなど、到底出来る事では無い。
囮になると言い切ったアナスタシアだが、文字通りの囮になってしまうだろう。
だが……
「大丈夫です! いけます! やりますから!!」
アナスタシアは全く引き下がらなかった。
それどころか、積極的に回頭しては敵機に突っ込んでいった。
手負いの敵を見れば、シリウスのパイロットだって気になるものだ。
積極的にアナを狙っての攻撃を試みている。
激しい鉄火が飛び交い、閃光の帯が横切っていく。
「アナ! 今すぐ回頭しろ!」
ドリーはキツイ口調で叫んだ。
それは、滅多に見せないドリーの高圧的な姿だ。
常に穏やかで知性を感じさせる微笑みを纏う男。
ドリーはそんな存在であり、チームの良心でもある。
だが、そんなドリーがキツイ言葉を放った。
それ自体が既に異常なことだった。
「ですが隊長!『良いから聞け!』
アナの言葉を遮ったドリーは、すぐ近くに居た敵機を撃墜していた。
溢れかえるほどのシリウスシェルは、まだまだ周辺に存在しているのだ。
その敵機をケアしながらの説得に、バードは心が震えた。
「如何なる冒険ごとであろうと、共通して言える事が一つある。それは――
ドリー機の前にシリウスシェルが姿を現した。相対距離は15キロほどだ。
双方小さな点でしか無いが、撃墜するには申し分ない距離だった。
その敵機はジャクソンが狙撃で片付けた。Bチームの実力だった。
――挑むより撤退する方が難しいと言うことだ」
急激な旋回を見せたドリーは、敵機の裏を取って散々に撃ち掛けた。
ジャクソンの狙撃により生まれた一瞬の隙だ。
異なるグループだが、そのグループ同士が有機的に連係していた。
幾多の死線を潜って来た仲間同士が見せる阿吽の呼吸。
そんなシーンを見ていたバードは、心のどこかがグッと熱くなった。
「ですが……」
「いいか? 行けるところまで行くと言うのは、進退窮まって動けなくなる所までと言う意味だ。そして、進退窮まった場所ってのは回収にも手間が掛かる」
「……はい」
「お前が勇猛果敢なのは充分解った。だけどな、今ここで引き返さないと――
アナの機体が突然不規則に揺れ始めた。
どうやら背面のエンジンノズル辺りに一撃を喰らったらしい。
バードからは死角の位置だが、一撃を受けたのは間違い無い。
アナの機体は制御すらも覚束なくなり始め、思う様な旋回が出来なくなった。
そして、程なくして旋回どころか姿勢制御自体が乱れ始めた。
――お前を回収するのだって危険を覚悟する条件になるんだ。仲間の為に役に立ちたいと願うなら、足手纏いになって仲間を危険に晒す前に引き返せ」
ドリーの言葉は身を切る様にきついものだった。
ただ、この条件でアナが見せる姿勢は間違い無く蛮勇だ。
時には上手く撤退し、再起を図る必要がある。
誰だってそれは、頭では解っていることだ。
だが、いざ自分の身に降り掛かった時、それをスッと出来るかどうか。
己の身の内にある欲や見栄や、もっと言えば、虚栄心や成功願望と言った物。
つまり、危険を乗り越えた先にある栄光を諦めきれるかどうかが重要になる。
俗に言う、撤退する勇気と言う奴だ。
「それでしたら――
一瞬アナは口籠もった。
何を言い返すのだろうとバードも興味を持った。
――私の回収は不要です。むしろ私ごと撃ってください!」
アナは覚悟を決めた様にそう叫んだ。
囮として爆散してでも任務を果たすとアナは決断した。
その覚悟は想像を絶する物だが……
――あれ?
バードは駆逐艦の脇で生存者を引き渡しつつアナを見た。
かなりの距離だが、それでもアナ機はしっかり見えていた。
コックピットの中の表示には、45キロの彼方と表示されていた。
「バカ言ってんじゃねぇ! 大人しくハンフリーへ戻れアナ!」
ジャクソンの苛立ち気味な言葉が流れた。
だが、アナはまだ食い下がっていた。
諦めること無く、食らい付いていく様に……だ。
「私も仲間の役に立ちたいんです!」
――あれ?
そんなアナの姿勢を見ていたバードは、表現しようのない違和感を持った。
一言で表現すれば、それはまるで戦闘AIが喋っている様なものだ。
あまりにも、死への恐怖が希薄すぎる。
撃墜され宇宙を漂流される恐怖を知らぬはずが無いのに……だ。
無重力な環境を当てなく漂流する恐怖は想像を絶する。
宇宙軍士官であるなら、それを知らぬなど不見識極まる事だ。
――おかしい……
宇宙とは壮大なロマンを感じさせる最後のフロンティア。
そして、同時にそれは恐怖の対象であり、人智を越えた最後の秘境だ。
あまりに広く大きく、そして、宛の無い、終わりの無い世界。
重力という目に見えぬ力に導かれた無間地獄だ。
――もしかして……
バードの脳裏にある仮説が浮かび上がった。
それはつまり……
――アナは……
――AIだ……
仮にちゃんとした人間であって、脳の中の何かが大きく欠損している……
いや、もっと言えば根本人格は虚ろな存在かも知れない。
端的に言えば、正体の無い存在なのかも知れない。
「気持ちはわかるが、アナ、次に繋がる振る舞いも必要な事だぞ」
ビルは穏やかに言葉を掛けた。
意地を張っているのなら、その意地を折らないかたちで撤退を促す。
それは心理学者らしい機転の効いた対応だ。
そして、柔らかい対応と言うものをバードは初めて知った。
なにも全てがイエスかノーではないのだ。
「……でも」
戸惑いを見せたアナスタシアだが、シェルの姿勢制御は甘いままだ。
真っ直ぐに飛ぶのも難しくなり始め、不可抗力でスピンを繰り返している。
「今ならまだ安全に帰れる。この苦い教訓を次に生かすのも大切なことだ」
優しく諭すようなビルの言葉は、頑なに撤退を拒むアナの心を揺り動かす。
時には勇気を出し撤退する。その決断を学ぶのも大切なことだ。
「バーディーだって手酷くやられてるんだ。それでも生きて帰ってきてるから今に繋がってるのさ。そうだろ?俺たちは簡単には死ねないからこそ、経験を積んで上手くなる。デッド隊長なんか素っ裸で宇宙を漂流してでも帰ってきたらしいぜ」
ロックは突然そんな事を言い出した。
バードとロックしか知らない事かもしれない。
だが、ロックはアナの説得のために秘密を打ち明けた。
──おとなしく帰って……
バードは祈るような気持ちになるのだが……
「……了解です」
アナは辛そうな声で返答し、大きなRを描いて旋回した。
そのアナ機を追ってシリウスシェルが進路を変えるのだが……
「背中丸出しだぜ!」
「注意力散漫だな」
ペイトンとスミスは遠慮する事無く攻撃する事を選んだ。
速度ではこちらが勝っていると言う条件での射撃だ。
それはまるで鴨撃ちの様なモノだった。
「なんで全然警戒して無いんだ?」
ビルは怪訝な声音で様子を伺っていた。
猛烈な勢いで撃ちかけるのだが、シリウスシェルはアナ機にぞっこんだ。
まるで興味無いとばかりにアナ機を追跡するその姿は、違和感ありありだ。
――これもAIかも……
バードはそんな印象を持った。
勝てない条件であれば、確実に勝てる相手を屠る。
数的優位がある内に、少しでも相手を削っておくと言う判断だ。
――でも……
――どうして?
そこがどうしても腑に落ちない。
どう頑張ったとて勝てないと言う最初から諦めたような空気がおかしいのだ。
負ける気になっての出撃など、まともなパイロットの行なう事では無い。
ネガティブな気持ちで事に当るなど、ありえないと言って良い。
「……あれ、全部最初からAIじゃないかな」
バードはそんな結論に達した。
どう考えてもそうとしか思えない状況だ。
「だけどさっきの戦闘じゃ」
「あぁ、ライアンの言うとおりだ。あれこれ駆け引きしてたぜ」
ライアンの言葉を受けてロックがそう言った。
一斉に襲い掛かった時には、AIのスレーブシェルを交えて有機的に振舞った。
それこそ、人間なら絶対に捨てられない恐怖と言う感情が透けて見えた。
「そこまで含めたAIだったりして……」
「誘い出す為の動きって事か?」
「……そうかも」
バードの言葉にロックが唸る。
考えたくも無いことだが、可能性としては捨てきれないモノだ。
自らを犠牲にしてでも敵を誘い出し、有利なポジションから攻撃する。
弱った敵を探し出し確実に屠り、今後の戦争を有利にする。
死への恐怖が無いAIならば、撃破されるの前提でも出撃するのだろう。
今後へ繋がる結果を得る為ならば、必要な犠牲と割り切るのかも知れない。
だが……
「いや、こいつら人間だぜ。ほら」
ダニーが唐突に声を上げ、同時に全員へ視界を転送した。
その視界の中には、シリウスシェルのコックピットで苦しむパイロットがいた。
前面の装甲をそっくり失い、むき出しになったコックピットシートが見える。
高速で飛ぶシェルに、戦場のデブリがガンガンとぶつかっているのだ。
「こりゃ……」「痛いな」
ジャクソンとビルが同時にそう言った。
その直後に『アレは嫌だ……』と震える声でビッキーが言った。
生身のシェルパイロットは赤い血を撒き散らしながら、デブリに貫かれていた。
秒速10キロを越えるデブリは、下手な自動小銃の弾丸よりもよほど優速だ。
「……レプリじゃないんだね」
バードの言葉にはどこか安堵するような空気があった。
テッドやエディから聞いていたレプリのパイロットとは遭遇したくなかった。
一方的に問答無用で殺してしまうシェル同士の戦闘は、正直あまり歓迎しない。
それは、実にバードらしい言葉だ。
どこか親愛の情を込めて、心を込めてレプリを殺すバード。
彼女らしい言葉だとチームの誰もがそう思った。
「とりあえずそこへ行くから!」
バードはエンジンを目一杯に噴かして戦闘加速を開始した。
駆逐艦に収容された乗組員は、バード機だけで150人を数えた。
それは一つの成果であり、また、誇っても良いことなのだが……
――恥ずかしい!
それをひけらかしたりせず、淡々とこなすのがカッコイイとバードは思った。
他の誰でも無い、テッド大佐の振る舞いが、まさにこれだったからだ。
常にクールでスマートなやり方のテッドは、バードの憧れだ。
「すいません……」
忸怩たる思いを同所する事も出来ず退場するアナ。
そのアナ機とすれ違ったバードは、一瞬、声を飲み込んだ。
なんと声を掛ければ良いか解らなかったからだ。
アナがAIなのは間違い無い。
いや、この表現も本質的には正しくないのも解っている。
アナスタシアという人格がAIなだけで、その正体は人間かも知れない。
キチンとした人格のある生身の人間な可能性は高いのだ。
シミュレーターのシステムマネージャーとして振る舞っていた存在。
その虚数な世界の見えない意志だった誰かのキャリア。それがアナスタシア。
「よろしくお願いします。バード少尉」
「……だから、バードで良いって。バーディーと呼びなよ。遠慮しないで」
「はい…… お役に立てなくて申し訳ありません」
「そんなのお互い様よ。私だって一撃で戦闘不能ってのがあるから」
「ウソですよ。そんなの……」
一瞬だけ聞こえた物は、小さく漏れ出る泣き声だった。
サイボーグが泣けるはずが無い。バードも嫌と言うほど理解している事だ。
だが、いま間違い無くアナスタシアは泣いていた。
――なんで?
一瞬理解に苦しんだバード。
「アナ……」
「役に立てないのが悔しいです」
「じゃぁ――
だが、その続きをバードが言う前に、遙か彼方で大爆発が起きた。
それは常識外れと言うべき大爆発で、戦闘AIが衝撃波を警告するレベルだ。
「何が起きた!」
ジャクソンは事態を把握し損ね、思わず声を荒げた。
それにペイトンが答えた。間髪入れないタイミングだった。
「10時方向だ。何かが大爆発した!」
その言葉を聞いたバードはそちら方向を見た。
浮遊成分を撒き散らし、巨大な爆発煙が宇宙を拡散しつつあった。




