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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第14話 オペレーション・キラー
178/358

掃討戦の始まり

 コロニー軌道付近で作戦準備中のハンフリー。

 艦内のBチームは出撃に向けて着々と準備を進めていた。


 今回の出撃では新兵器である荷電粒子砲がサブに回った。

 主兵装は火薬発射の140ミリカノンだ。


「これで出撃?」

「あぁ。ドリー隊長はそう言ってる」

「ふーん」


 シェルデッキを見下ろすバルコニーではアナとビッキーが話し込んでいた。

 共にBチームへ配属されて、やっと海兵隊の水にも慣れてきた感じだ。

 地上や月面でのトレーニングでもそうだったが、海兵隊はとにかく荒々しい。


「アナは平気なのか?」


 首を傾げたビッキーは、不思議そうな顔で訪ねる。

 下手なモデルよりも良いスタイルのアナスタシアだ。

 中身が機械だとどれ程頭が理解していても……


「なにが?」

「いや…… 海兵隊って荒くればっかだし」

「うーん……」


 なんとなく真剣に考え始めたアナスタシアは、肩をすぼめてにっこりと笑った。

 そのコケティッシュな笑みは、どこか機械的な反応にも見えるものだった。


「正直言うと、そういうの良くわからないの」

「わからない?」

「うん。私は長いことAIだったから」

「……いつだったか聞いた奴か」

「そう」


 ビッキーもアナの独白を聞いていた。

 脳死状態で取り出され、システムコントローラーだったというアナ。

 彼女はとにかく性格的な部分が希薄なのだった。


「怖いって感情はあるけど、それが何に繋がってるか分からないし」

「繋がってる?」

「うん。怖いんだけど、何が怖いのか自分でも解らないの」

「死ぬのが怖くないのか?」

「……むしろ生きてて怖くない?」


 超絶に妙なリターンが来たビッキーは返答に困った。

 生きていて怖いと言うアナの本音が見えないのだ。


「だって、生きてると『死ぬまで生きてるって事がわからねぇからな』


 ビッキーが悩んだ答えを言ったのは、出撃準備を終えたロックだった。











 作戦ファイル0002ー10ー01

 Opelation:KILLER

 作戦名『殺し屋』






 ――――――――2300年 2月4日 午前8時

           強襲降下揚陸艦 ハンフリー シェルデッキ











「ギリギリの勝負でヤベェ!ってビビッた時だけ、生きてるって実感するのさ」


 ロックは遠慮無くそんな言葉を吐いた。

 それを聞いていたビッキーもアナも、驚きの表情だ。


「そもそも、俺たちは一度は死んだ奴らさ。リビングデッドってな」


 ロックに相槌を打ったのはライアンだ。

 先の出撃では幸運が重なって生きて帰って来れた。

 そんな強運の持ち主故だろうか、ライアンもまた独特の死生観を持っていた。


「死ぬのはぶっちゃけ怖くねぇのさ。ただ……」


 ロックは軽い調子でそう言った後、ライアンを見た。

 そのライアンもロックの言いたい事、言わせたい事を理解していた。


「あぁ。要するに、ただ死ぬのが怖い。役に立って死ぬなら、別に問題ねぇ」

「意味のある死を迎えられたなら、それ以上の事はのぞまねぇってな」


 ヘラヘラと笑いながらやって来たライアンも出撃準備を整えていた。

 この出撃は相当ひどいドンパチになる。そんな覚悟を決めた様な姿だ。

 流体金属装甲の上に固体装甲を重ねた姿。

 いくらサイボーグとて、その重量はかなりのものだ。


「役に立つ死って何ですか?」


 ロックやライアンの達観を理解しきれないビッキーは、そう質問を返した。

 無駄な死も意味ある死も、死には変わりないと思ったのだ。


「誰かを助けて死ぬとか、或いは誰かの代わりに死ぬとかね。差し出した命に見合うだけの結果が無いと、死んでも死にきれないでしょ。無駄死にじゃん」


 その話にバードも参戦した。

 やはり同じように重装備な姿だった。


「自分が死んで、自分以外の誰かが助かって、泣きながら笑って家に帰れる」

「そういう、どこかの誰かの役に立っているなら、死んでも良いのさ」


 話に参戦したバードの肩を抱いてロックが言い、ライアンも続いた。

 途轍もなく厳しいミッションに参加してきたBチームだ。その言葉は重い。


「今回だって…… 見たでしょ? 参謀本部からの感状」

「……はい」「みました。私も」


 先のザッパー作戦では、サイボーグ達が犠牲を払いつつも結果を出した。

 Bチームは被害4名だったが全員復帰した。

 そして、他のチームも似た様な状態だった。


 そんな中隊に対し、国連軍合同参謀本部は感状を贈ってきた。

 諸君らの忠勇と努力により、犠牲は最小限で抑えられた……と。

 多くの将兵が死の窮地を脱し、生きて家に帰ることが出来る。

 その功績は、本来なら公式の場で勲章でも授与して讃えるものだ。


 だが……


「俺たちは士官で、おまけに莫大な予算を喰ってるサイボーグだ」

「それに見合う功績を積んでさ、生身の連中から居てくれって懇願されねぇとな」


 ロックもライアンも、まるで他人事の様な言葉を吐いている。

 言葉の中身は熱いのだが、それを言う二人はとにかく緩いのだ。


「まぁ、きっとそのうち解るよ。私だって理解するのに半年かかったし」


 アハハと軽い調子で笑ったバード。

 ロックとライアンの二人と共に、シェルデッキ脇の準備室に入った。


 ハンフリーのワイプアウトまであと5分。

 作戦目標エリアにワイプインし、それと同時に出撃する

 つまり、シェルの発艦まであと5分と言う事だ。

 この5分をどう使うかで生き残るかどうかが決まる。


「さて、全員集まっているな」


 最後に入ってきたドリー隊長は室内を確認して切り出した。

 手にしていたメモリーカードをモニターに差し込んでデータをロードする。


「もう一度確認しよう。何か見落としているかも知れないしな」


 Bチームを率いるドリー隊長の方針は、丁寧で慎重を旨としている。

 副長の座に納まったジャクソンも基本的には同じだ。


 ややもすれば慎重過ぎるとバードは感じるが、隊長の方針に異は唱えたくない。

 ギリギリのシチュエーションで生きるか死ぬかの瀬戸際に立つチームだ。

 仲間内で波風を立てて諍いの種を撒き散らすのは非常に不本意だ。


 ただ、そんなチームの中の『暗黙の了解』を新人が理解するには時間が掛かる。

 自分が加入した時は一人だったのでチームの側もいつも通りで良かったはずだ。


 しかし、今回は一度に3人の増加だ。

 しかも悪い事に、ムードメーカーのリーナーが抜けていった。


 なにより、ドリーとは違う角度で気を使い頭を使うジョンソンが抜けた。

 その差は思っている以上に大きいのだろう。

 新人3人に海兵隊の水を理解させ、段々とくだけていく。

 その手順をドリーは丁寧にやっているだけだとバードは思っていた。


「我々501中隊は各方面への攻略隊にチーム単位で組みこまれた。チームメンバーの意向は関係無く、要するにジョーカー(切り札)ってことだ」


 ドリーは優しい表情でアナやダブを見た。

 サイボーグ改造処理を受け501中隊へと配属された新人達だ。


 その配属先がエリートチームであるブラックバーンズときた。

 息を呑む程の緊張を強いるのに十分な威力で、一様に硬い表情な3人。


 だが、作戦説明は淡々と続き、それを聞いているバード達は……


「んで、俺たちの相手は?」

「誰だって関係ねぇって。さくっと行ってぶっ潰すだけだ」


 ロックとライアンはあくまで緩い状態だ。

 ペイトンもスミスも椅子を斜めに座ってぞんざいにモニターを眺めている。


「ンな事言ってんと、また首から下が無くなるぜ?」

「……ありゃ勘弁してくれ。マジで死ぬかと思った」


 ジャクソンの言葉にライアンがウヘェとこぼした。

 誰が見たって緩い姿だが、本人達は本人達なりに気を入れていた。

 油断すれば死ぬと言う現実は、新人もヴェテランも一緒だ。


「大総会で聞いたとおりシリウス軍の大気圏外戦力を掃討するのが今回の任務だ」


 作戦に参加する全ての士官が集まった士官総会は、大総会と呼ばれている。

 作戦部長マイク少将と戦術戦略担当テッド大佐の説明が行われる会議だ。


「攻撃目標は多岐にわたるが、俺達に指示された目標は……」


 ドリーの表情は『覚悟しろよ?』だ。

 間違いなく面倒なものだとバードは覚悟を決めた。


「ラグランジュ点L5の小惑星だ」


 ドリー自身が苦笑いし、全員がウヘェと悪態をついた。

 ワイプアウトした先での戦闘だとは聞いていたが、まさか()()小惑星とは……


 前回の出撃で痛い目にあったばかりだが、今回もまた厳しいミッションとなる。

 しかも、装備されている主兵装はカノンだ。ビーム(荷電粒子)砲じゃないと言う事は……


「分かっていると思うが、俺たちの任務は小惑星の護衛連中を片付けることだ」


 ドリーはスクリーン上の情報表示を切り替えた。

 L5点に浮かぶ小惑星にはALAMOの表示があった。


 情報の秘匿という点で、攻撃目標はこの段階での通達だ。

 それなりに技量があるのだから、出たとこ勝負で対処するのが基本と言える。


「シリウス軍のアラモ砦ってな」


 ハッと鼻で笑ったジャクソンは、スクリーン上の表示を調整した。

 あまり歓迎する事態ではないとバードだって思うのだが……


「アラモ自体は艦砲射撃で木っ端微塵って作戦だ。戦列艦が派遣され、距離を取って猛砲撃を行う。小惑星に準備されているシェルは推定で100か多くて150を見込んでいる。われわれは宇宙軍の第23タスクフォース(機動部隊)に参加し、シェル戦闘の際に現れる面倒な相手を引き受けると言うことだ」


 どこかウンザリ偽みの顔でドリーは言った。

 面倒な相手が何を意味しているのかは考えるまでも無い。

 そこにウルフライダーがいる可能性がある。


 敵う敵わないではなく、何とかしろと言う残念な通達だ。

 勝てないまでも艦砲射撃のための時間を稼げ。

 事態の核心は、どうせそんな所だろう。


「今回持って出る装備は140ミリのカノンだ。マジックヒューズ(近接作動信管)なんで、かすった辺りでも砲弾が爆発してくれる。点ではなく面で狙ってダメージを稼ごう。なに、難しく考える事は無い。いつもの様に全力で当るだけだ」


 いつもどおりと言うドリーの言葉には確かな自信があった。

 過去数々の困難なミッションをこなしてきたBチームだからこそだ。


 ただふと、バードは思った。

 アナたちは大丈夫だろうか?と。


「だからこの重装備なんですね?」


 アナはあっけらかんとした声でそう言った。

 経験の浅さから来る怖いもの知らず……と言う訳では無さそうだ。


「まぁ、そう言うことだな」


 アナの言葉に苦笑いしつつも、ドリーはそう応えた。

 随分と勇ましいお嬢さんだ……と、そんな表情だ。


 だが、当のアナはどこか嬉しそうな顔でいる。

 まるで遠足に行く前の子供のような、そんな楽しそうな笑顔だ。


「アナはなんだか嬉しそうだね」


 思いのほかの重装備で、バードはどこか気後れしていた。

 いや、ありていに言えばビビっていた。勘弁してくれと思っていた。


 だが、配属されて日も浅いアナの姿は、まるで恐怖が無いようだ。

 出撃を心待ちにする姿はスリルジャンキーとも違う空気だ。


「……どうかしましたか?」


 首をかしげてバードに問うたアナ。

 本気で理解出来ないと言うような姿に、バードは心のどこかがチリチリと痛む。

 それは、見栄を張りたいとか、なめられたく無いと言う虚栄心かも知れない。

 また或いは、新入りに小馬鹿にされたくないと言うプライドかも知れない。


 しかし、確実に一つ言える事は、バードの理解の範疇を超えていると言う事だ。

 アナが見せる能天気さは、恐れや戸惑いや逡巡と言ったものが完全欠如なのだ。


「……アナは強いね」


 一瞬だけ口ごもったバードは、そんな表現をした。

 ただ、その内心では『AIみたいだ』と思ったのだ。


「強くなんて無いですよ」

「でも、ウルフライダーが出てくるかもよ? 怖くないの?」

「バード少尉は怖いですか?」

「怖いわよ。手強い相手だから」


 それは紛れもなくバードの本音だ。

 全開の遭遇でこてんぱんにやられたからだけでは無い。

 手強い敵との遭遇は、生きて帰ってこられる可能性の減少に繋がる。


 ――まだ死にたくない


 バードは偽りなくそう思っている。

 ロックとの未来を思っているからこその欲望でもある。

 だが……


「そら、誰だって怖いわな」

「勿論だ。俺だって怖いさ」


 ペイトンとスミスがそんな言葉を漏らした。そして、ビルも言う。


「むしろ、恐怖を感じない方が危ないだろうな。恐怖も重要な感情だ」


 仲間達だって同じ意見だ。逆立ちしたって敵わない存在なのだ。

 出来れば戦場では遭遇したくない。それが偽らざる本音とみて間違い無い。

 そんな空気にバードはどこか自信を持った。


「……私だって怖いですよ。もちろん。でも……」


 取り繕う様にアナが言う。

 ただ、その空気はどこか少し違う物だ。


「でも?」

「楽しみです」

「……え?」

「だって、手強いけど勝てない相手じゃ無いんですよね?」

「どういう事?」

「向こうだって人間ですよね? ちゃんと死んでくれる相手なら大丈夫ですよ」


 ――えっ?


 アナの言葉は想像以上に勇猛果敢だ。

 そして、怖い物知らずとは違う意味で脳天気だ。


『すげぇぜ!』とか『おっかねぇなぁ』とか、そんな言葉が漏れる。

 ロックやライアンは遠慮無くアナを囃し立てた。

 ある意味で冷やかしとも言える状態だが、アナは胸を張っていった。

 人種的特徴によるものだが、そのサイズはバードより立派だった。


 ……バードの胸の、その奥のどこかがチリチリと痛みを発した。


「神様相手に戦うわけじゃ無いんですよね。最初から不死だと解っていればそれは絶望しか無いですけど、向こうも人間なら当たればいけますよ。それに、最初から諦めてたら何も出来ないですよ?」


 ニコリと笑ったアナ。

 その笑顔は、自信や勇気と言ったものではない。


 ――プログラムだ……


 アナは間違いなくAIなんだとバードは確信した。


 アナスタシア自体は自分が人間だと思っていて疑ってはいない。

 自分はアナと言うAIを見守っている存在。

 アナでは無い()()()()()()()()


 そんな状態だ。


「力が及ばなくて死ぬなら、その時に改めて嘆きます。ただそれでも、仲間に貴重なデータを残していけるなら良いと思うんです。それこそ、さっき少尉が言われたとおり、誰かの役に立って死ねるならそれで良いですし、それが楽しみです」


 唖然としたバードはギリギリで表情を飲み込んだ。

 その言葉の中に、アナスタシアという人格の凶暴性を見たのだ。


 それは、得物を喰い殺すトラやライオンの凶暴さだ。

 得物を追い込んで噛み殺すシャチの獰猛さだ。

 他の命を喰らって生きながらえる肉食獣の本能とも言える部分だ。


「仲間の為に役に立つなら、どんな手段でも使います。後で叱られても……です」


 アナはそんな言葉で自らの意見表明を締めくくった。

 その終わりを待っていた様に、ビッキーが口を開いた。


「アナの言うとおりかも知れないな」

「なんだよ。お前もかよ」

「そうです」


 遠慮無く冷やかしたペイトンにビッキーが応えた。

 ある意味で北欧文化圏繋がりの精神性なのかも知れなかった。


「まず勝たなきゃダメですよね。で、勝てないまでも仲間の役に立つ」

「ただな。勝つ前に生き残る努力をするべきだぞ?」

「はい」

「死んだら何もならないんだからな」


 勇猛果敢に盛り上がっているビッキーだが、ドリーはそう釘を刺した。

 自己暗示に近い状態で盛り上がってしまうと、その行き着く先は死だ。

 本音を言えば、まだ死んで欲しくは無い。

 隊長のポストに就いたドリーとて、部下を失った隊長という評価は歓迎しない。


「困難を乗り越えなきゃ強くならない。そう言う事ですよね」


 ダブもまたそんな熱い言葉を吐いた。

 新人3人が見せるやる気と度胸にバードは煽られた


 ――凄いなぁ……


 自らの存在が酷くネガティブだったバードは、どこか眩しげに新人を見た。

 ただ、それと同時に東洋人とは違う思想体系だと思ったのも事実だ。


 つまりそれは、敵を食い殺して自分が生き残ると言う行動原則だ。

 喰うか喰われるかの状態で生きてきた、狩猟民族の伝統かも知れない。

 生きるか死ぬかの駆け引きは、勝つ気で掛かる事が重要なのも良くわかる。


 ただ、どうしたって負けるのは怖い……


「って言うかさ、どうしたんだ? 変だぜバーディー」

「そうだ。何か不安ごとでもあるのか?」


 ジャクソンとビルが不思議そうな表情になった。

 精神科医でもあるビルは、より一層に心配している状態だ。


「……うーん」


 バードは腕を組んで考え込む。

 自分でも気が付いていなかったが、どこかネガティブな感情に囚われ過ぎだ。


 その正体を理解するほどバードだって経験を積んでいるわけではない。

 戦場と言う極限環境は人を鍛えるのだが、早く年齢を重ねるわけではない。


 経験と同時に年齢を積み重ねる事で見えてくる物がある。

 逆説的に言えば、年齢を積み重ねないと見えない物があるのだ。


 どれ程優秀でも20代では見えないもの。

 40代になれば、頭の出来が悪くても気が付くもの。

 そう言うものは世の中に確実に存在する。


「実際良く分からないんだけどさぁ……」

「なんとなくネガティブなんだろ?」

「うん……」


 ビルの知見はこんな時にも有効だ。

 一つ息を吐いたビルは軽く咳払いして、そしてバードに告げた。


「プレッシャーを感じられるもの大事な能力の一つだ。ただ、そればかりが一人歩きするとプレッシャーに潰されるさ。気楽に行こうぜ。心の中で敵を大きくしすぎても良いことなんて何も無い」


 ビルは心の中にあった障害を取り除く一言をいった。

 『そうだね』と答えてバードは笑った。考えたって始まらない。

 物事は単純に考えてシンプルに行動する。


 その結果について逃げずにしっかり受け止めることが出来れば良いのだ。

 ひとつひとつ乗り越えていった先にのみ、真の栄光が待っているのだ。


「さて、あんまりのんびりしている時間も無い」


 ドリーは全員にアクションのスタートを促した。

 宇宙軍の各艦艇がワイプアウトの準備を整えていた。


「ウチも出かけようぜ。どって事は無い。今日もいつもの様に……だ」


 ジャクソンも沈んだ空気をかき混ぜるように言った。

 ムードメーカーの仕事はジャクソンに最適だと皆が思っていた。


「ワイプインしたあとで、各機順次カタパルトオンだ。発艦したらハンフリーの前方200キロでホールドし、フルメンバーになるのを待って前進する。各カノンの発火電源に注意してくれ。チェーンガンのキックオフも忘れないように。GPSのデータはワイプイン後に自動更新されているが、この辺りは重力の影響が強い。座標のロストは死に一直線だ。更新確認は忘れずにやってくれ」


 ある意味ではおせっかいとも言える言葉をドリーは朗々と続けた。

 長らくテッド隊長の副長だったドリーは、いまも同じ事を繰り返していた。


 ――心配性だなぁ


 ふと、バードはそんな事を思った。

 だがそれは、ドリーの出撃前の儀式だと気が付いた。

 つまり、プレッシャーに押しつぶされそうな自分を奮い立たせる為だ。

 出撃前に同じルーチンを繰り返す事によって平静と冷静を取り戻すものだ。


 テッド隊長は、出撃前の準備をとにかく大切にしていた。

 その意味を問うたバードに対し、テッドは後悔の種を減らす行為と表現した。

 作戦を終えて戦闘エリアから帰還する時のためのもの。


 事前に準備しておけばよかったと後悔しない為のものだ……


「まぁ、とりあえず」


 パイロット控え室から出る事を促したドリーは最後に付け加えた。

 きっとこれもBチームには大切な事なのだ。


 ハンフリーはワイプアウトに向けて一気に加速を開始した。

 全体が薄暗く感じるのは、相対性理論で言う光の減速だった。


「神のご加護を……

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