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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第13話 オペレーション・ザッパー
177/354

それぞれのステップ

~承前






 地球人類史上最大の計画と言えるブラックオニキスプラン。

 膨大な人々が関わるその計画は、地上へ降りるまでが第一クォーターだ。

 つまりニューホライズンの地上へ降りるまではまだまだ安心できない。


 だが、計画は順調に推移しており、未知の拠点は501中隊により排除された。

 手痛い被害もあったが、戦闘が終われば落ち着ける時間がやってくる。

 戦闘報告を書き終えたバードは、寝酒代わりのココアを飲みに私室を出た。

 向かったのは、艦中央のウォードルーム(士官室)だ。


 まだ計画は始まったばかりで、艦は全体が次の作戦へ向けて動いている。

 そんな状況では、いくら士官サロンといえども酒を飲む事など出来ない。

 酒抜きで頑張っている下士官や兵卒の手前が士官にはあるのだ。

 手本を示すべき士官がだらけた姿を晒す訳にもいかない。


 何とも堅苦しいなと小さくため息をこぼしつつ、砂糖多めのココアをすする。

 この日の戦闘を思い出しつつ、少しばかり自己嫌悪していたのだが……


「今日は大変な目に遭ったな……」


 唐突に声をかけられ、心底驚いたバード。

 すでに無くなって久しい心臓が、勢いよく口から飛び出す錯覚だ。


「油断しきっていたな」

「それが出来るのが士官サロンだ」

「そうですね」


 優しい眼差しで見ていたのは、エディ大将とテッド大佐だった。

 どこか優雅な仕草でコーヒーカップを手にしているふたり。

 その表情は柔和で穏やかだ。


「しかしまぁ、ライアンもビルも無事生き残ってよかった」


 エディとテッドはごく自然にバードと同じソファーに腰掛けた。

 それがしごく当然と言わんばかりの振る舞いで、誰も違和感がない状態だ。

 当のバードですらも違和感を覚えなかった。


 そんな中、テッドは感心したように言った。


「我々には…… 不思議な星の加護があるんでしょう」


 何がどうと説明は出来ないし、化学的な裏付けがあるわけでも無い。

 だが、運の良い人間が確実に存在する事をバードは知っていた。


 いつ死んでもおかしくない状況で生を繋ぐ事が出来る。

 死なずに済んで笑い飛ばしてしまう事が出来る。そんな存在だ。


 ホッとした姿のテッドは、まだまだ隊長の立場なんだとバードは思った。

 そして、そんなテッドを囃すように、エディ大将は言う。


「ビルもビルで…… 漂っているとわなぁ」


 掃除屋による捜索でもライアンは見つからなかった。

 正直に言えば、全員がライアンを諦めていたのだった。


 だが、そこに奇跡が起きた。

 退避の指示を聞いたダブは、かなり強引にシェルの進路を曲げたらしい。

 そのダブ機の目の前には、撃破されたビル機の残骸があった。

 成す術もなくダブはそれに突っ込んでしまったのだ。


 しかし、それは奇跡の序章だった。

 ダブ機が突っ込んだビル機の残骸の奥に、ビルの上半身が挟まっていた。

 そして、回収されたビルとダブの残骸挟まれる形でライアンが発見された。


 実は、急旋回したダブは、本当に偶然に漂流しているライアンを見つけていた。

 そして、後先考えずにライアンを回収したら、目の前にビル機があったのだ。


「変針出来ただけ偉いさ。それは少しくらい褒めてやっても良いぞ?」

「ですが、先にフラワーラインを見なかったのは問題だ」

「確かにな。だが、それを見ていたらライアンは回収できなかったぞ?」


 そう。

 どう見たってダブ機の手が届くような位置ではなかったらしい。


 だが、ダブはあれこれと出来ない理由を考える前に機の進路を捻じ曲げた。

 ライアンを収容しようと強引に変針していたのだ。

 そのお陰でライアンは生き残った。ダブの後先考えない操縦のお陰だ。


「まぁ、悪運の強さと言うなら、うちのメンバーは海兵隊最強でしょうね」

「その通りだ」


 ふと、バードはふたりの表情がまるで観音様のようだと思った。

 もしくは、イエスを抱くマリア像のような顔だ。


「この中隊のメンバーは、全員運が良いのさ」


 エディは不思議な言葉を口にした。

 誰よりも運の良い存在なエディが……だ。


「そうですかね?」

「そうだとも」


 エディの言葉に疑問を返したテッド。

 ただ、その本音の部分は良く分かっている。


「本来なら、死んでしまう様な怪我や病気や、或いは負傷を負った者達だからな」


 静まり返ったハンフリーのウォードルーム(士官室)にエディの声が響く。

 エディ大将の言葉には、本人も含めた強運の持ち主と言う自負が見えた。


 キラー作戦に向け準備が整えられている最中なので、艦内は戦闘体制のままだ。

 24時間体制で動いているだけに、士官サロンは息抜きに来ている者も疎ら。

 それだけに、かえって気を抜ける状態でもあるのだが……


「しかしまぁ…… あいつは良いシェルドライバーになりそうだな」


 艦の外へ目をやったエディは、静かな口調でそう呟いた。

 戦闘後だというのに、艦外ではダブとビッキーの特訓が始まっていた。

 ドリーやジョンソンや、そう言った中堅どころを教官役にしての特訓だ。


 柔和な表情でそれを見つめるエディの眼差しには愛があった。


「ダブも良い経験を積みました」

「咄嗟だったそうだが、良い判断だよ」


 エディとテッドの会話に、バードは微妙な笑みをこぼした。

 あの手痛い被害を良い経験で片付けられるのは、いささか心外だ。


 だが、冷静に考えれば、エディもテッドも更に痛い目に遭っているはずだ。

 何度も何度も絶体絶命のピンチを乗り越えてきた筈だ。

 それから比べれば、ピンチの内にも入らないのだろう。


「……アイツは上手くなるぞ。このまま順調に育てばな」


 コーヒーをすすりながら言ったエディ。

 その言葉に釣られ、テッドも窓の外を見た。


 わずかにヨタつくダブの飛び方は安定感に欠けると言える。

 だが、その分トリッキーな動きを出来るとも言えた。


 旋回性能が低いなら、最初からスピンしやすいセッティングにすれば良い。

 それをねじ伏せて飛べば良いのだから、後はパイロットの腕と度胸だ。


「順調ってどういう事ですか?」


 素直に聞き返したバードの言葉にテッドが笑った。


「そのままの意味さ。変に矯正する事無く、アドリブで自由に戦わせればな」

「なるほど…… そうですね」

「発想が自由なのさ。そして、良い意味でヤンチャだ。先ずやってみる精神だな」


 ニコニコと楽しそうに笑うテッドとエディ。

 ダブは激しい機動を行ないながら、必死でシェルをコントロールしている。


 ドリーもジョンソンもかなりの技量を持っているヴェテランだ。

 そのふたりから必死で逃げ回るダブは、嫌でも咄嗟の判断力を鍛えられていた。


「若い頃のロニーを見ている様だ」


 小さな声で呟いたテッド大佐。

 あまり過去を振り返る様なタイプの人間では無い。

 だがそれでも、テッドは明らかに老け込んでいるとバードは思った。


 それは、母なる星ニューホライズンへと帰ってきた影響なのかも知れない。

 だが、この数日を見ていると、余りに過去を振り返り過ぎなのだ。


 ──隊長も辛いんだ……


 バードはふとそんな事を思った。

 会えない辛さは言葉に出来ないものがある。


 そんな厳しい環境にあって立派な姿を取り続ける強い精神力。

 バードはそこにテッドの芯の強さを見た。

 だが……


「今日のテッドを見ていたら、遠い日の自分を思い出したよ」

「……不様でしたか?」

「いや、そうじゃないさ」


 エディは嬉しそうに笑いながらバードを見た。


「実はテッドがな、Bチームの戦闘をずっとモニターしていたんだよ」

「えっ?」

「カタパルトオフから、あの小惑星の戦闘まで。テッドはずっとモニターしてた」


 種明かしをするようにエディは笑った。

 恥ずかしそうに頭を掻いたテッドを横目に、エディは楽しそうに続けた。 


「文字通りに一喜一憂し、メンバーのピンチには声を上げて嘆いていた」

「……ただ待つだけの辛さを嫌と言うほど味わったよ」

「無事に帰ってくる事を祈るしかない辛さと言うやつだ」


 テッドは何ともアンニュイな顔でバードを見た。

 その苦み走った渋い表情は、テッドの味わった辛さそのものだ。


「俺ならこうする。そうじゃない。こうするんだ。そんな歯痒い思いだ」

「現場から離れた時、私もさんざん味わったよ。今度はテッドの番だ」

「そうですね」


 チームの誰よりも腕利きなテッドのことだ。

 それは間違いなく最高のストレスだとバードも思った。

 ただ、何時かは現場を離れる時がやってくる。


 その時バードはハッと気が付いた。

 ソロマチン大佐がテッド隊長に逢いたがった理由の本質に気が付いたのだ。


 テッド隊長と同じ様に教え子達を前線に出し、自分は帰りを待つ立場になった。

 だからこそ余計に逢いたかったのだろう……


「……なんだか私も、今回は自分の至らなさを痛感しました」


 素直な心情を吐露したバードだが、テッドは優しい表情でそれを見ていた。

 コーヒーカップを皿へと戻し、一つ息を吐いて膝を寛がせたテッド。

 その姿にはホッとした父親の色が見えた。


「まぁ…… 誰だって勘違いする時がある。俺だってそうだったさ」

「そうなんですか?」

「あぁ。出撃して、撃墜されて、宇宙を漂った事だって一度や二度じゃない」


 懐かしそうに目を細め、テッドは静かに笑った。

 宇宙を漂流する恐怖は、経験した者にしか分からない。


 回収を受けない場合、永遠に宇宙を漂流する事になる。

 文字通り果ての無い世界で、永遠とも言える時間に曝される。


「だが……」


 ボリボリと頭をかいたテッドは、不意に天井を見上げた。

 薄笑いで天上を見つめ、静かに目を閉じた。


 そのまぶたの裏に描いたのはどんなシーンだろう?

 バードはそんな事を思ったのだが……


「リディアも大佐へ昇進か」

「おめでとうございますって言ったんですけど……」

「けど?」

「あなたがそれを言ってる場合じゃないでしょ?と叱られました」

「フッ……」


 鼻で笑うような仕草をして、テッドは肩を揺すった。

 その姿に、離れていても心が通じているのだとバードは思った。


 テッド大佐はソロマチン大佐の言いたかった事を正確に理解している。

 それを確信している……と、そう思った。


「まぁ、あいつも背負っている物が重くなるな」

「……そうですね」

「願わくば……」


 もう一度コーヒーカップを手に取り、そっと飲み込んだテッド。

 その僅かな間がテッドの内心を雄弁に語っていた……


「ニューホライズンの地上で顔をあわせたくないな」


 テッドは寂しげな表情を浮かべ、そう呟いた。

 心から愛する女も大佐に昇進したのだ。


 しかしそれは、責任のレベルが一段上がった事を意味する。

 先頭に立って戦う機会は大きく減るだろう。戦死の危険は大きく減ったのだ。


 ただ、戦闘指揮官と言う立場は巻き添えとなる死を迎える公算が高い。

 最前線に近いところで指揮をするなら、砲撃や攻撃に曝される事になる。

 しかも、戦闘の最中に逃げ出すなど出来ないポジションだ。


 だからこそ、指揮官は部下を厳しく鍛える。

 部下を死なせないように……と言うだけではないのだ。


「俺もここまで来て良く分かった。大佐ってのは事実上引退だ」

「引退…… ですか?」

「あぁ……」


 現場を離れた者は、自らの経験した事を次の世代に伝えねば為らない。

 作戦を立案し、危険に付いて重点的な注意を与え、事に当らせる。


 木の上に立って見る。

 親と言う字がそう作ってあるように、テッドは一歩下がって木に登ったのだ。


「第一線を退き後任を育てるのが仕事になる。そんなポジションだ」

「……歯痒いですね」

「あぁ。今回は最初から最後までそうだった。俺も良い経験だった」


 考えてみれば、今回のようなケースならばテッド隊長は一気に接近しただろう。

 誰よりも早く弱点を見抜き、死角から接近しての攻撃を選んだだろう。


 踏み越えてきた試練の数と場数と経験と、何よりも度胸が違う。

 そして、どんな困難にぶつかっても『乗り越えてやる』と言う心意気だ。


「……きっと、隊長が来ていれば被害が少なかった筈です」

「それは買いかぶりすぎってもんだ」

「いえ、今回良く分かったんです。もっともっと経験が必要だって」


 テッドはどこか眩しげな表情でバードを見た。

 それは、自分が行なった指導の結果として、立派に育っている満足だ。

 その満足をよく理解しているエディは静かに言った。


「本当はこれを言ってはいけないのだがな」


 何ともこそばゆい前置きをおいてエディは切り出した。


「バード。君は聡明だから理解するだろう」

「え?」

「本来、成人した者に教えることなど、何も無いのだよ」


 理解の範疇を超えた言葉にバードは首を傾げる。

 相手が言わんとする事を正確に理解する事もまた士官の能力のひとつ。

 バードは真剣さのギアをひとつあげて耳を傾けた。


「君は士官学校で厳しく教育されてきた。そんな人間に手取り足取り教える意味などないんだ。自分で気がつき、問題点を洗いだし、改善するべきを考え、それを実行する。それが出来る状態になるよう教育する。それが学校と言う教育システムの本質だ」


 驚きのあまりに目が点になったバード。

 そんなバードを楽しそうにエディは見ている。


GOOD JOB(上出来だ)!とかNICE WORK(よくやった)!とか、そんな褒め言葉は勘違いさせるだけだ。手放しで誉めるのは5歳までなんだよ。年端の行かない子供の為のもの。命懸けの現場にいる大人には、全く為にはならない」


 解るか?と、そう言いたげなエディはやや首をかしげてバードを見た。

 それは、様々な経験を積んだヴェテラン故の言葉だ。


「今日だってそうだ。より上手く出来る者は、出来ない者に厳しい言葉を掛けるだろう。もっと出来る!何をやっているんだ!と。だがそれは、出来ると思っているから言うんだよ。お前なら出来る!と、そう思っているからこそ、厳しい言葉を吐くんだ」


 さっきは褒めても良いと言ったのに……

 バードは少々混乱を来す。

 だが、エディは遠慮無く続けた。


「褒めたって良いのさ。問題をキチンと指摘すればな。今日は良くやった。上出来だった。生き残ったんだから褒めても良い。だがな……と、大切な事も付け加える事を忘れちゃいけない」


 ――あぁ……

 ――そうか……


 合点がいった様に頷くバード。

 その表情を見ていたエディは、テッドと顔を見合わせて笑った。


「ここだけの話だぞ?」


 念を押して機密を求めたテッド。

 バードは黙って頷いた。


「将来、Bチームから多くが巣立っていって自分のチームを編成した後、将来のBチームはお前に預けようと思っている」


 テッドは驚く様な言葉を吐いた。

 それを聞いたエディもまた静かに頷いていた。


「それは良い案だな」

「……そっ そんなこと……」


 思わず言葉に詰まったバード。

 テッドは静かに笑って言った。


「まだまだ経験が必要だ。だが、お前にはその資質がある」


 二の句を付けず黙り込んだバード。

 エディはその困り果てた姿のバードに微笑みかけた。


「まぁ、未来の話は未来にもう一度すれば良い。とりあえずザッパー作戦は上手くいったので、次は予定通りキラー作戦を行う。シリウス軍の宇宙戦力全てを掃討し、制宙権を確保して一気に地上へ降下する。久しぶりの地上戦だ。抜かりなくやってくれ。頼むぞ」


 全幅の信頼を見せたエディの言葉にバードは『はい』と短く答えた。

 まだまだ経験浅い若者のバードだが、歴史の歯車が回っているのを実感した。


 そして、期待という名のプレッシャーに負けてはいけないと思った。

 エディとテッド。このふたりの期待する様な存在になりたい。

 何の外連味も無く、素直にそう思ったのだった。


「ところであの…… 一つ質問があるんですけど」


 バードは気になっていた事を切り出した。

 その僅かならぬ怪訝な顔色に、エディは務めて穏やかな声を出した。


「なんだ?」

「……新人は8人の筈ですが、AB両チームで7人です。もう1人は……」


 その言葉をテッドが手で制した。

 言葉を止めたバードにエディが微笑み掛けた。


「それに気が付くとはさすがだよ。テッドが後継者にと指名する気も良く分かる」


 ニコリと笑ったエディはテッドとアイコンタクトした。

 それはまさに『お前が言え』と言うサインだった。


「彼は今、Dチームで準備を進めている。新生Dチームは今次計画の切り札になる予定だからな。様々なポジションから消耗前提のスペシャリストが集められ編成を受ける事になっている。いずれお前の前に現れるはずだが……」


 こんなもんで良いか?と、そんな眼差しでエディを見たテッド。

 満足そうに頷いたエディは、言葉を続けた。


「今は目の前の事に集中して当ってくれ。いずれ全てが詳らかになる」


 小さな声で『はい』と返答したバード。

 なんとなく釈然としないが、軍隊とはそんな組織でしかない。

 それでも上手く付き合うしかないのだから、バードは割り切った。


 いずれ全てを理解できる日が来ると、そう信じるしかなかった。







 第13話 オペレーション・ザッパー



  ――了――



 第14話 オペレーション・キラー に続く

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