表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第13話 オペレーション・ザッパー
176/354

敵意と敬意と

~承前






 ――――良く気が付いたわね……


 広域無線に流れたのは、澄んだ女の声だった。

 バードは持ち場を離れて機体を前に出した。

 アナやハンフリーの対空火器とシリウスシェルの間に割って入ったのだ。


 『戦闘しちゃダメ!』


 バードにも聞き覚えのある声だ。

 無意識のうちに広域無線の中へそう叫んでいた。

 敵も味方も全部が聞ける無線だ。


 ――――大型の高速巡航ミサイルだと思ったら見覚えのあるシェルじゃない

 ――――国連軍のパイロットさんは方向音痴かしら?


 クスクスと嗾ける様な笑いを混ぜたその声は、間違い無くソロマチン少佐だ。

 あきれかえる様な言葉に一瞬だけ無線が静かになるが……


『少佐殿。金星ではお世話になりました』


 バードは確信を持ってそんな言葉を吐いた。

 捕縛されたバードの窮地を救ったのは、間違い無くリディアだ。

 ただ、ハーシェルポイントで遭遇したとはとても言い出せない。

 同じチームの誰もが知らない事だからだ。


 ――――私は何もして無くてよ?


 冷たく拒絶する様な言葉が漏れる。

 だがそれは、リディア・ソロマチンと言う女性にとっての自己防衛でもある。

 シリウス軍の軍警が強権を持ってるのはバードも知っていた。


 そして、その軍警の手で筆舌に尽くしがたい屈辱を味わった事も……だ。


 テッドから聞いたその物語は、バードをして最低最悪のモノだった。

 ただ、その中でテッドが見せた献身的な姿勢は、一服の清涼剤だ。


 エディ大将や多くの理解者・協力者が支援もあった。

 連邦軍内部の様々な思惑があっての治療でもあったはずだ。


 だが、最も大きな事実。

 それはつまり、テッド大佐が諦めなかった事だ。


 ソロマチン少佐は自らの正体が抜けてしまい、全く違う人格になった筈だ。

 話を聞けば、粗暴で野卑で、何より、酷く攻撃的な人間に堕ちたはずだ。

 それでもテッドは諦めなかった。手を差し伸べて、抱きしめた。


 だからこそ、いまのソロマチン少佐がある。

 ここへ戻ってきて、対峙している……


『……申し訳ありません』


 あくまで上の階級にある軍人への態度を貫く事にしたバード。

 この辺りの気遣いもまた士官に必要な事だ。


 だけどバードの本音は違う。


 同じように複数の人格が同居しているような状態のバードだ。

 内心で複雑な葛藤と戦うバードにとっては、特別な存在なのだ。

 だからこそ、バードは敬意を見せた。

 純粋な敬意だ。


 ――――新しい編成なのは良いけど、キチンと管理しなさい


『スイマセン。でも、まだ新人なんで許してあげてください!』


 バードは笑い声を噛み殺して叫んでいた。

 ソロマチン少佐はここにテッド大佐が居ない事に気が付いたのだと思った。

 そして、敵とは言え指導する事を選択した彼女の内心を思う。


『もうちょっと場数踏ませますんで』


 バードの言葉に続き、ロックも相槌を打つ。

 その言葉を聞いたのか、超高速型シェルはやや速度を落としてターンした。


 その動きは落ち着いていて、どこか優雅さがある。

 表現的に適当では無いかも知れないが、振る舞いに凛とした品格があるのだ。


 再びバードの目の前を通過したその機体にはバラのマークがあった。

 そしてその隣には、あの黒衣を纏った女性のシルエット。


 まぎれもないブラックウィドウ(黒衣の未亡人)がそこにいた。

 超高速型のパイロットはシリウス宇宙軍のリディア・ソロマチン少佐だった。


 ――――それじゃダメよ?


『え?』


 再び窘める様な言葉が流れ、バードは素っ頓狂な言葉を返した。

 ソロマチン少佐の言葉から察せられる柔らかな物腰や振る舞い。

 それはつまり、乗り越えてきた苦労の裏返しだ。

 幾多の試練を乗り越えてきたからこそ、いまの余裕に繋がっているのだ。


 ――――素人なんて良いカモなのよ?

 ――――まだ死にたくないでしょ?


『……その通りです』


 会話に割って入ったのはドリーだった。

 こんな時にスパッと素直な物言いが出来るドリーは、実に隊長向きだ。


 もしこれがジョンソンならば、皮肉の効いた言い回しで返すだろう。

 嫌味と取られかねない言い方だが、それですらも皮肉に変えてしまうのだ。

 そんな百戦錬磨なブリテン人ではなくて良かった……


 バードは心底思っていた。


 ――――まぁ……

 ――――今日は生かして帰してあげるけどね


 ソロマチン少佐はウフフと妖艶な笑い声を混ぜ、ドリーの言葉に返答した。

 バードはその『生かして帰す』の意味を一瞬理解し損ねる。


 だが、バードから見てソロマチン少佐越しの彼方にいたドリーが反転した。

 そのタイミングを見計らったのか、少佐は抱えていたオージンを手放した。


 それは、まごう事なく、ダブのオージンだ。そしてもう一つはビル機の残骸。

 ダブ機はビル機の残骸に突っ込んで一切のコントロールを失ったらしい。

 背面にあるメインエンジンユニットは完全に機能を失っている。


 恐らくはソロマチン少佐によるものだろうが……


 ――凄い……


 言葉を失って様子を眺めていたバード。

 その目の前で、ソロマチン少佐は2機のオージンをポイと捨てていった。

 ゴミを捨てるような振る舞いに、一瞬だけバードはカッとなる。


 だが、激しく衝突したらしい2機を見れば、そんな気はどこかへ吹き飛んだ。

 フレームが完全に絡み合っている状態の2機は、エンジンが暴走したらしい。

 エンジンを撃ち抜かれて暴走が止まったのだろうが、機の機能も死んでいた。


 ――――前方不注意ね

 ――――飛ぶときは前を見てなきゃダメよ?


 何とも挑発する様な物言いだ。怒りを誘っているかの様なものだ。

 あのソロマチン少佐にしては、随分な物言いだとバードは思った。

 内心ではムカムカと腹を立てている様な状態だが、疑念も沸き起こる。


 ――もしかして……

 ――カモフラージュかも……


 確証は無いが、バードはそう直感した。

 広域無線を傍受している友軍へのカモフラージュ。

 あまりに国連軍海兵隊と親しくしていれば、帰還してからが面倒だ。


 軍警などに拘束され、尋問を受けかねない。

 考えてみれば、既にその可能性は幾つもある。

 勝手に抜け出して密会にも来ていたのだから。


 ――危ない橋を渡ってるなぁ……


 ふと、そんな事を思ったバード。気が付けばすぐ近くにロックが来てた。

 ビルとダブの2機が絡み合った塊は、スミスとジャクソンが押さえている。

 それにドリーも接近し、手を添えていた。3機体制でハンフリーへ向かう様だ。


『少佐殿。ご厚情に感謝します』


 ドリーは率直な言葉で謝意を口にした。

 こう言う部分ではやはり()()だとバードも思う。


 ――――いや

 ――――感謝されるほどで無くてよ

 ――――ほっとけばウチの基地に落ちたしね


 何気ない一言だが、それは今日一番の衝撃だ。

 国連軍が把握していないシリウス軍の基地がある。

 ソロマチン少佐はそれをカミングアウトしたのに等しい……


 ――ありえない……


 あまりに迂闊な一言に、何か裏があるんじゃ無いかと疑心暗鬼になったバード。

 冷静に言葉を反芻し、一つ一つ拾っては思慮を巡らせる。


  『 今 日 は 生 か し て 帰 し て あ げ る 』


 内心で『あっ……』と呟いたバード。

 次は生かして帰さないと宣言したに等しい言葉だ。


 ――もしかして……


 国連軍の把握していないシリウス基地には、トンデモ系兵器が存在している。

 それを使えば必ず死ぬ。わざわざその警告に来たのかも知れない。


 理解出来るか出来ないかギリギリの所で、少佐は情報を漏らした。

 しかもそれは、相当高度な情報戦でもしない限り入手できないモノの筈だ。

 つまり、なにか裏があって少佐はここへと来ている。


 バードはそれについて思慮を巡らせ始めた。

 だが、その前にソロマチン少佐の声が響いた。


 ――――今日はあともう一つあるのよ?


 バードは内心で『え?』と呟き、コックピットの中で固まってしまった。

 もう一つあると言う物言いが、ソロマチン少佐の本音を裏付けた。

 わざわざ警告に来たと言う目的をカミングアウトしたようなモノだ。


 そして、さらに続くもう一つとは何か。どんな言葉が出るのか。

 バードの脳内をあれこれと様々な言葉が駆け巡るが……


 ――――地球軍が協力してくれたおかげで今は大佐まで昇進したわ


『おっ…… おめでとうございます』


 ――――あなたが祝福してる場合じゃ無いでしょ?


 何とも妙な角度で返答を返され、バードは二の句が付けなかった。

 思えばバードは、このソロマチン少佐に2度助けられている。


 テッド隊長がそうである様に、このソロマチン少佐も。

 いや、晴れて大佐に昇進したリディア・ソロマチンと言う人物も。


 筆舌に尽くしがたい艱難辛苦を乗り越えて、ここまでやって来た。

 このノーマンズランド(糞ッたれの世界)に、自分の足で立っているのだ。


『……半端者がスイマセン』


 ――――それが分かっていれば上出来よ

 ――――それに、その分責任重大でね

 ――――今日もこうして出てきたのよ?


 アハハと朗らかに笑ったソロマチン大佐の声は、澄んだ音色のハープの様だ。

 あの時、火星の工場で見たあの身体を使っているはず。

 思えばもう3年目に入ろうとしているのだ。残された時間は少ない。


 だが、慌てず騒がず、落ち着いて事に当たっている。

 幾多のピンチを乗り越えてきたその証左なのだろう……


 ――――ちゃんとトレーニングなさい

 ――――さもないと……


『シリウスの魔女の餌食ですね』


 どこか嬉しそうに言ったバード。

 その声にロックが失笑を禁じ得ない状態だった。


 ――――バード少尉


 ソロマチン大佐はフッと冷静できつい言葉遣いに戻った。

 つまらない一言を言ってしまったとバードは首をすくめた。


『……はい』


 ――――次は殺されると思って練習しなさい


 怒っている……

 バードはそう直感した。軽はずみな事を言うものじゃない。

 もっと冷静に。もっと慎重に。調子に乗らずに、もっと自己を節制して。


 練習しろというソロマチンの言葉に、バードは自分が増長していたと思った。

 アナたち3人の新人を上から見ていて、どこか勘違いしたのだと気がついた。


 テッド大佐やソロマチン大佐の様に、百選練磨のヴェテランでは無いのだ。

 場数を踏み、自分よりも下ができる。ちょうど勘違いする頃合とも言える。

 だが、それを諌める手痛い失敗は、文字通り死に直結するのだ。


『……はい』


 ――――今のままじゃあなた

 ――――大事な彼の足手まといよ?


 ソロマチン大佐はバードにとって最もキツイ事をサラッと言ってのけた。

 一瞬だけ呆気にとられたバードとロックだが、大佐は再び急旋回を掛けた。


 Bチームが見ている前で常識外れな急旋回を行ったのだ。

 まるでボールが壁に当たって跳ね返る様な急旋回だ。


 ――――じゃぁね

 ――――帰ったら正直に報告しなさい


『はい。了解しました』


 大佐の残した言葉に、バードは一瞬だけニコリと笑った。

 正直に報告する相手は、間違い無くテッド大佐だ。


 離れた所で誘う女の意地らしさ……


 寄り添いたいが、それも出来ない立場なのだ。

 だがらそっちが来てちょうだい……

 本音の言えない立場だからこそ、大佐はそう言った。


 ――隊長に出てきて欲しかったんだ……

 ――ここに居て欲しかったんだ……


 例え敵同士だったとしても、会いたかったのだ。

 リディア・ソロマチンと言う女性は、テッド・マーキュリーという人物に。


 ――あ……


 バードはハッと核心に気付いた。

 ソロマチン大佐が言う『大事な彼』はテッド大佐だ。

 バードから見たロックではなく、テッド大佐の足手纏いになるなと言ったのだ。


 ――辛いな……

 ――でも、強いな……


 遠ざかっていくジェットブラストを眺めながら、奥歯を噛み締めた。

 レプリカントとは言え、向こうは生身だ。

 サイボーグでは無い身体で、あのとんでも無いマニューバをやってのけていた。


 ――勝てそうに無いな……


 バードはそんな事を思っていた。


「行っちまったな……」


 手を出せなかった悔しさを滲ませ、スミスがぼやいた。

 ソロマチン少佐のサポートに付いていた2機もかなりの手練だった。


「下手に手を出したら返り討ちだぜ」


 ジャクソンのボヤキにも悔しさが滲んだ。どうやっても手が出せない相手だ。

 実力差は如何ともしがたく、迂闊な戦闘をすれば一方的にやられるだろう。

 まだまだ経験が必要だ。そして、トレーニングも。


 その先に見える到達点は、勝てると言う確信ではなく互角と言う気休め。

 あの隊長軍団でも互角な戦闘なのだから、それを乗り越えるなど……


「とりあえず掃除屋を呼んだ。この空域全ての瓦礫からライアンを探させよう」


 ドリーは最後の手段を使った。

 強力な磁力でエリアの金属ゴミを集めるスイーパー(掃除屋)だ。


 それは、俗に旧戦争と呼ばれるシリウス攻防戦の頃からの知恵。

 金属資源の争奪戦だった頃のリサイクル技術だった。

 その中にライアンが引っかかれば重畳だ。


「おぃ! ライアン! 返事しやがれ!」


 苛つくロックが叫んでいた。

 ライアンは未だ見つからなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ