異次元の技量
~承前
――――バード少尉! ホックした 準備良いか?
「発艦準備良し!」
――――オーケー! レディ?
ハンフリーのカタパルト管制がバードのシェルを叩き出す。
僅かな距離で一気に速度の乗るカタパルトは、巨大なアトラクションだ。
慣れないウチは叫びっぱなしになるモノだが、バードは至って落ち着いている。
――身体ひとつで叩き出されるほうが辛いよね
なんとなく苦笑いを浮かべてコックピットのモニターを見ていた。
ハンフリーを発艦したバードのシェルは、編隊に追いつくべく速度を上げる。
シェルのエンジンは絶好調で、その後方にはプラズマの光が滲んでいた。
その向こう。振り返った先にはアナが発艦しようとしていた。
バード機と同じように荷電粒子砲を構えている。
初めの頃のおどおどとした振る舞いはもう無い。
しっかりと決められた手順に沿って行動し、発艦の準備をしていた。
落ち着き払っているアナスタシアに、バードは良い知れぬ満足を覚えた。
――そろそろ…… かな
ふと、バードは『アナが一人前になった』と思った。
実際にはまだまだどころか、配属されて三ヶ月にも満たない程度でしかない。
ワープの関係で実時間は半年近い時間だが、体感時間は三ヶ月少々だ。
――いや
――まだまだ……
気は使うが甘やかしちゃいけない。
それは、先輩らしい振る舞いと言うだけではないのだ。
実際の話として、全く持って当人の為には成らない事だった。
つまり、エディが言うとおり、凪ぎの海は船乗りを鍛えない。
厳しい局面をいくつも経験し学んでいくはずだ。
手を貸すのは良いが、こちらから手を出してはいけない。
転んでも良いのだ。自分の意志で立ち上がりさえすれば。
「……まだかなりの彼方だな」
レーダー解析を続けていたドリーは、戦域情報を更新した。
高速で離れて行くダブらしき塊は秒速40キロのままだ。
見つけてから随分と経過しているせいか、ますます距離が出来ていた。
多少の誤差があるものの、その距離は軽く4万キロの彼方だった。
仮に秒速80キロで飛んだって、追いつくには時間が掛かる。
「今後に備えて救出手段を考えた方が良いですね」
ボソリと呟いたビッキーは、コックピットで僅かに震えていた。
40キロで飛ぶシェルを40キロで飛んで追いつくわけが無い。
だからこそ、何らかの救済手段がいる。
それは自分に対する安心と保険だ。
何かをマズッて救助が必要になった時の為に……だ。
サイボーグになった時から、頭を一撃で潰されない限り死ぬ事は無くなった。
だが、逆に言えば簡単に死ねなくなったと言うことだ。
宇宙を漂流し、酸欠と養分損失で死んで行くのは嫌だ。
機械になったからと言って、死への恐怖が消えるわけではないのだ。
だが……
「まぁ、ダメなときは死ぬときって割り切ってたからな」
何気なく呟いたジャクソン。
だが、それはシェルライダーの共通認識だ。
何かあったら助けられないし、デブリに装甲を貫通されれば即死は免れない。
そんな虚無的な諦めと共に搭乗するシェルは、人類史上最高速の戦闘兵器だ。
つまり、通常の方法では回収も対処も出来ない。
大気圏内であれば、パラシュートで脱出と言う最終手段がある。
例えそれが大洋の上への着水だったとしても……だ。
「神様は人間を飛べるようには作ってくれなかったからな」
「アッラーにだって間違いはあるさ」
ドリーとスミスは軽い調子で言葉を交わしていた。
ただ、実際は笑っている場合でもない。
とんでもない彼方にいる超高速飛翔体は、ダブらしきモノに接近しつつあった。
レーダーの輝点が僅かずつ変針し、ややあって遠ざかっていた反応が消えた。
「反応が消えたな……」
スミスの声がわずかに震えた。
シリウスの超高速型と接触したらしい反応が消失している。
シリウスの超高速型は、何らかの事情でかなり速度を落としている。
だが、ややあっていきなり急加速を開始し、あっという間にトップスピードだ。
驚くような加速ぶりにバードは息を飲む。その加速はロケットなみだ。
「すごい加速……」
「乗ってみてぇな!」
感心するように呟いたバードだが、ロックは暢気なことを言い出した。
ただ、男の子ならワクワクするなと言う方が無理かもしれない。
より速く、より強力なモノに乗りたくなるのは、男の子の性だ。
「ばか言わないの!」
「だけど、楽しそうだぜ」
ハハハ!と笑い声を流したロック。
しかし、その言葉が強がりなのは言うまでもない。
「マジかよ……」
絞り出すように呟いたビッキーの声は震えた。
遥か彼方に見えるシリウスの超高速型は、速度に乗った状態で旋回していた。
その進路は、間違いなくBチームへと接近する方向だ。
オージンですら手に余す超高速型シェルが接近しつつあった。
「行きがけの駄賃ってか!」
ジャクソンはロングバレルの狙撃型レールガンを構えた。
極大射程での攻撃ならば、荷電粒子砲は意味が無い。
宇宙の虚空へ荷電粒子が解けていってしまうのだ。
「バード! アナ! ハンフリーへ引き上げろ! ゴールキーパーだ!」
ドリーはそう指示を出した。
まだ船に近いところにいるバードとアナが最終防衛線だ。
何があっても敵を通さない覚悟と根性がいるポジション。
歯の根が噛み合わさらないくらいに緊張を強いられる役目だ。
「残りは俺と編隊を組め! 撃つなジャクソン!」
「先ずは撃ってみようぜ」
「どうせかわされるさ! それより方陣だ! 荷電粒子砲で迎撃する!」
ビッキーやロックが荷電粒子砲を発砲体制にして構えた。
その隣にはスミスがドリーと共に砲を構えている。
かなり距離は有るが、威力十分な荷電粒子砲だ。
当たりさえすれば、一発でいけるだけの能力がある筈だ。
「言われてみりゃ…… どうせこの距離じゃ当たらねぇな」
「だろ?」
「だけどよ、お前を狙ってるぜって挨拶代わりに……」
敵はまだ3万キロの彼方だが、ジャクソンは遠慮する事無く最初に発砲した。
眩い光の帯が延びていき、シリウスの超高速シェルに襲い掛かる。
だが、その光束の全てをシリウスシェルは事も無げに全てかわした。
「やっぱ当らねぇか」
「3万キロは伊達じゃ無いって事だな」
ジャクソンとドリーがぼやく。
ただ、シリウスの超高速型は直進し続けているわけではない。
不規則に機動を遷移させ、狙いを絞らせない努力を続けていた。
――さすが……
――テッド隊長と互角にやりあえる訳よね……
ソロマチン少佐の腕前に舌を巻いたバードは、ジッとレーダーエコーを見た。
リニアコックピットになっているオージンの視界は、驚くほど広い。
距離の関係で小さな点でしかないが、拡大表示されたそれは白い機体だった。
「この距離じゃ当たるわけがねぇってな」
ロックがぼやくとおりだ。
惑星上における3万キロは遙か彼方だが、宇宙的距離感で言えばすぐそこだ。
だが、秒速50キロを越える超高速機でも10分程度の時間を要する。
例えそれが光速であっても、コンマ3秒程度を要する程だ。
極々僅かな砲身のブレでも、3万キロの彼方では大きな誤差となる。
そして、荷電粒子の塊は質量がある関係で、重力の影響を受けるのだ。
大量に砲を集めての収束射撃でも、撃ちながらの修正は欠かせない。
それを5機か6機のシェルで再現するのは不可能だった。
「オヤジの言うとおりだぜ……」
低い声で漏らしたジャクソン。
その声にスミスが反応した。
「時には気合入れて接近しろってか?」
「その通りだ。有効射撃距離は100キロ未満だ」
ジャクソンは自らに言い聞かせるような言葉を吐いた。
実際に有効な射撃をしたければ、その距離は自ずと比較的近距離になる。
問題は、そこまで接近を許す事への恐怖だ。
――――戦えるのか?
――――あれと……
恐怖が心に影を落とせば、人は無意識に防衛的な事を考えるようになる。
どう戦い、どう勝つか。それが頭の中から消えてしまうのだ。
そして、心の中に渦巻くのは、死なない為の方法。生き残る為の作戦。
つまり、自分の安全をどう確保するのか……だ。
「……おっかねぇな」
スミスの口からそんな言葉が漏れた。
勇猛果敢でウォーモンガーなスミスだが、その実は人一倍慎重だ。
必ず勝つ算段を考えてから、たたみ込むように攻め立てるのだ。
「なんかスミスの後ろ向きって初めて見たぜ」
軽い調子でスミスを冷やかしたロック。
チームの中で誰よりも静かな男の内側には最も激しい炎が燃え盛っていた。
「あいつ相手だぞ?」
「おもしれぇじゃねぇか。相手にとって不足ねぇって」
全員が荷電粒子砲を構える中、ロックは一人その砲を背中のマウントに戻した。
そして、そのすぐ脇にあった大錘を取り出し、右手首のアンカーに留めた。
「こいつでぶっ叩いてやらぁ」
「おいおい!」
失笑を漏らすスミスやジャクソン。
だが、ロックは誰にも見えない炎を纏っているようだ。
「どって事ねぇって。たかが100キロだぜ」
「100キロ?」
「相対速度さ」
秒速100キロをたかがと言い切ったロック。
コックピットの中で愉悦にまみれた表情を浮かべ、その時を待った。
「……距離2000」
ハンフリーに程近い位置のバードが相対距離を読み上げた。
シリウスの高機動型はグングンと迫ってくる。
Bチームのシェルは相対軌道ではなく直交する円周軌道を取っていた。
「撃たれますか?」
「敵だものね」
アナの声に軽い調子で返答したバード。
敵の砲火が光った段階で手遅れだ。
敵の放った初弾が自分へ来ない事を祈るしか無い。
そして、撃たれたならばすぐにランダム軌道へ遷移する。
グッと奥歯を噛んでバードはモニターを睨み付けた。
――来る……
宇宙空間には大気の揺らぎなどがない。
それ故、解像力が落ちる事も殆ど無い。
1000キロの彼方でも、光学ズームで比較的姿が見えるのだ。
「……来たぜ」
スミスが呟いた。
そこには隠し切れない怒りが渦巻いていた。
「ダブの仇だ」
「あぁ。しっかり弔ってやらねぇとな」
ドリーとジャクソンがそんな言葉を吐く。
10秒ほどの経過で敵との距離は1000キロになった。
「行くぜ!」
ジャクソンは唐突に荷電粒子砲を放った。
通常は単発での射撃となるのだが、ジャクソンは威力を絞り連射モードにした。
装甲を打ちぬく威力は無いが、点ではなく面で狙って当てる事を優先した。
僅かでも当てれば敵のセンサーやスキャナーにダメージが出る。
その間に味方が撃って当てれば良い。
ジャクソンの考えている算段はそこだった。
だが……
「……すげぇ!」
ビッキーが叫んだ。
シリウスの高機動型は、ジャクソンの放った砲の光束全てをかわしていた。
狙ってかわしたとしか思えない動きだった。
「信じらんねぇ!」
「バケモノだ!」
スミスもジャクソンもそう叫んだ。
だが、ただひとり、ロックだけが笑っていた。
「アッハッハッハ! 上等だぜ!」
シェルの進路を捻ったロックは、真っ直ぐにシリウスシェルへと飛んだ。
その軌道は相対し接近する方向のままだ。下手をすれば衝突しかねない。
だが、ロックは全部承知でその進路をとった。
大錘を構えて打ち込む姿になっていた。
「おらおら! 来いやぁ!」
一気に接近して行ったロックは、迷う事無く大錘を振りぬいた。
猛烈な速度差だが、大錘は何かに当って火花を散らした。
やや離れた位置で見ていたバードは、ロックの大錘が背面に当ったのを見た。
高機動型の背中に付いている大口径砲に激突し、何らかの被害を与えた筈だ。
「チキショウ! 外した!」
猛烈な速度ですれ違って行った高機動型は、バードとアナへ突進している。
なんとなく背筋に寒気を感じたロックは慌てて振り返った。
そして、背なのマウントに掛けていた荷電粒子砲を構えた。
「バード! かわせ!」
ロックの荷電粒子砲がチャージを開始し、その砲口が光を放ち始めた。
発射までに一瞬のタイムラグを持つ荷電粒子砲最大の欠点だが……
「ロック! ダメ! 待って!」
バードは精一杯の金切り声を上げた。
そして同時に全員の視界へ自分が見ている映像を流した。
何処には凄まじい旋回半径でターンを決めるシリウスシェルが居た。
まるでギャギャギャと効果音でも放ちそうな急旋回を見せていた。
だが、本当に問題なのは、その旋回半径でも速度でもない。
「全員絶対に射撃するな! ハンフリー火器管制もだ」
ドリーは矢継ぎ早に指示を出した。
この時、一番の敵は時間だった。
「嘘みたい……」
「だけど…… 現実よ」
アナとバードがそんな会話をかわす。
急旋回を決めたシリウスシェルのマニピュレーターは、何かを抱えていた。
高機動型シェルの大柄なボディに抱きかかえられている様にも見えるモノだ。
「ありえねぇ……」
ロックは静かに呟いた。
シリウスの超高速型シェルは、オージンを2機抱えていたのだった。




