最悪の邂逅
~承前
「あの野郎…… 手間掛けさせやがって」
ロックの声に不自然な緊迫感が漂った。
ある意味、ロックにとってのライアンはライバルだった。
「ジャック。悪いが……」
「分かってるって。もうちょい待ってくれ」
ドリーの言葉にそう答えたジャクソンは、ライアン被撃時のデータを展開した。
爆発の衝撃や機体が持っていた運動エネルギーのベクトルを入念に解析する。
複雑な重力の影響や弾道の再計算はジャクソンの職能の1つだ。
「うーん……」
ライアンを構成する身体のどれくらいが消し飛んだのか。
それすらデータが無い状態では、再計算もままならない。
だが、それでもジャクソンは演算を行い続ける。
それと同時進行で、ドリーは参謀本部を呼び出した。
隊長などの高級将官向け通信は、一般向けとは暗号変換が異なる。
――何を通信してるんだろう?
一瞬だけ不思議に思ったバード。
だが、気が付けば目の前にハンフリーが来ていた。
――あ、そっか……
シリウスと地球側が抗争初期に交わした条約は今も有効だ。
サイコロから脱出したランチは、ハンフリーが一旦収容する可能性が高い。
撃破した側とされた側が同じ船に乗る事になる。
しかも、シリウス側は地球側の船を乗っ取る海賊行為を得意とする。
なんとなくバードは嫌なイメージを持ったのだが……
――考えても仕方が無いか
それ以上は考えない様にして、ペイトンを運ぶ事に専念した。
だが、そんなバードの思惑とは別に、無線の向こうでロックが荒れていた。
「ライアン! 馬鹿野郎! 返答しやがれ! くそったれ! 何処だ!」
――何をそんなに荒れてるんだろう?
ロックの狼狽振りはバードにとっても不思議だった。
ただ、それはバードの天然さの証左とも言える事だ。
ロックから見れば、ライアンは恋敵に近い部分がある。
同じチームの中で厳しい局面を経験したりすれば、吊り橋効果は免れない。
朴念仁で唐変木なロックだ。
正直に言えば、最初はバードの存在を疎ましくすら思っていた。
だが、段々とチームに溶け込みカナダや中国での経験で味方が変わっていた。
渋谷での戦闘では、安心して背中を預けられるレベルになっていた。
なにより、私心も欲も関係無く『守りたい』と、そう思う存在になっていた。
それが男女の恋愛感情かどうかは見方が別れる事なのだろう。
当のロックも恋愛などと言う経験が全く無い男なのだ。
だが、男女の恋愛と男同士の友情は、男の中では並び立つモノだ。
同じ女を好きになった男同士なら、ライバルであると同時に変な友情もわく。
「おいおいロック! あんまり荒れるなよ!」
ジャクソンは軽い調子で冷やかした。
ただ、その内心はジャクソンもなんとなく分かっている。
「俺にもバードにも…… ライアンは特別なんだ」
短い言葉だが、それはロックの複雑な心境の全てだ。
男のメンツとプライドは複雑だが、それよりも大事なモノだ。
恋敵と言うライバル関係だが、それは唯一無二の友情にも繋がっている。
同じ女に惚れたのだから、同じ価値観を持つもう一人の自分だった。
「まぁ、そうだろうな」
「なんせ、バードが現れてから、一番変わったのがロックだ」
ジャクソンの言葉に続き、スミスはそんな言葉でロックを冷やかした。
アラブ男の優しさは、こんな場面では威力を発揮していた。
「……そうかも知れねぇ」
ロックは素直な言葉を吐いた。
以前のロックなら、すぐにキレて荒れ狂った事だろう。
配属以来、何かと荒れつつもチームに溶け込んだのはバードのおかげ。
だが、それ以前の部分はライアンのおかげなんだとロックは思っていた。
「とりあえずまぁ……」
声音を変えたジャクソンが小さな声で漏らした。
計算した軌道要素から導き出される推定範囲は、バカみたいに広かった。
「蒸発時点での機動要素を元にエリアを計算した。かなり広大で生存の可能性はかなり低いといわざるを得ない……って所か。ただ……」
ジャクソンの言葉をドリーが継いだ。
「ロックだけじゃない。ライアンは仲間だ。捜索を続ける。ビルとダブも何処に行ったか分からないしな」
「爆発に巻き込まれて誘爆って可能性は低いと思うが……」
ビルとダブが消えた先はジャクソンにも分からない。
軌道要素を特定するデータが無いのだから、計算のしようが無い。
そして、爆発したサイコロから膨大な量のデブリが撒き散らされている。
シェルのサイズを遙かに超える岩盤の一部から、細々としたパーツまで様々だ。
レーダーエコーは当てにならないし、目視で探すには障害物が多すぎる。
サイコロのリアクターから漏れ出したらしい放射性物質の粒子も輝いていた。
「なんだか……」
「あぁ。太陽系とは勝手が違いすぎる」
ジャクソンのボヤキにドリーが応えた。
シリウス系の中は一筋縄ではいきそうに無い。
このエリアが『敵のフィールド』だと、アウェーなんだと皆が思った。
「バーディー! アナ! とりあえずペイトンとダニーをハンフリーへ運ぶんだ」
「了解!」「ちょっと行ってくる!」
アナとバードは抱えている相手が破片にやられないよう、かばいながら進んだ。
細々としたデブリが膨大な数で存在し、賑やかな音を立てて機体へと衝突する。
そのどれもが下手なライフル弾並みの威力を秘めていて、当たり所が悪いと機体の装甲を打ち抜く危険性があった。
「なんだか賑やかです」
「良い音してるわね」
「ホントですよね」
カンカンなどと優しいおとではない。
ガキンバキンと派手な音が続き、その都度に微細なダメージが計上される。
機体の自己診断では異常が出ていないが、あまり気分の良いモノではない。
機体のAIは全自動でやばそうなデブリを回避し続けている。
その都度に微細な進路の調整を行なっているのだが……
「バード少尉よりハンフリー着艦管制!」
『こちらハンフリー着艦管制。バード少尉、感度良好です』
ハンフリーへの着艦コースを取ったバードは、ペイトンを抱えたままだ。
強力な磁気ネットを使って減速するも、サイボーグは磁気の影響を受けない。
一気に減速したバードは、艦内に待機していた救護班にペイトンを引き渡した。
『お願い! 何とかして!』
バードはコックピットハッチを開けて身を乗り出し、艦内無線で叫んでいた。
様々なリキッドを漏らしているペイトンだが、意識はあるようだ。
『わりぃなバード!』
『大丈夫?』
『あぁ、機能的には問題ねぇ ちょっと無様にやられたな』
恥かしそうに両腕を広げたペイトン。
近接無線だけが生き残った状態なので、艦内無線で繋がったらしい。
『宇宙へ戻るから! 養生して』
『あぁ。パーツ交換に4時間ってところだな』
ペイトンは回収に来た救護班に運ばれていく。
それを見送ったバードのところへ整備班長の上級曹長がやって来た。
『少尉、再出撃まであと12分です』
兵装関係を引き受けるチームが猛然と作業を行なっている。
モーターカノンの砲弾を補給し、荷電粒子砲の内部を再調整していた。
そして、兵装と同時進行で整備中隊が装甲パーツを交換し始めた。
高度にユニット化された装甲モジュールは、数本のボルトで交換可能だ。
『10分切れる?』
『……頑張ります』
遠慮なく煽ったバードは、シェルのコックピットへと飛び込む。
10分あれば解析が出来ると、そんな発想だ。
レーダーパネルを弄りながら状況を確認していると、アナが着艦してきた。
気がつけば発着のオペレーションも上手くなっていた。
『だっ…… ダニー!』
思わず慌てて飛び出し掛けたバード。
アナの抱えていたダニーは、頭部に大きなダメージの跡がある。
脳殻内部に激しい衝撃が掛かっていたなら、脳が直接ダメージを受ける筈……
――あれ?
アナ機が抱えていたダニーは、右手をヒラヒラさせながら動いていた。
ペイトンとは違い無線が通らない。ただ、間違いなく生きていると思われた。
『アナ! ダニーは?』
『無線が通りませんが直進通話は出来ます。とりあえず意識に障害はありません』
『良かった……』
無重力環境ゆえに、意識してシートバックに背中を押し付けたバード。
どこかホッとして油断している状態だが、ふと、脳裏に何かがよぎる。
――そういえばさっき……
着艦寸前、バード機のレーダーエコーにかなり高速な何かが映ったのだ。
まさかとは思いつつも、そのデータを慎重に解析する。
なんとなく嫌な予感を覚えつつ、バードは努めて冷静になった。
頭を過ぎったイメージが現実ではない事を祈りながら。
だが……
「……なんかさ」
サイコロから距離を取ったバードは、サイコロのデブリから影響を受けてない。
そんなバード機のロングレンジレーダーは、遙か彼方のエコーを捉えたのだ。
「かなり遠いところに……『俺も今見つけた』
レーダーパネルを弄っていたジャクソンも同じ事を言った。
スナイパー仕様なジャクソン機は、驚く程彼方の点を見つけていた。
高性能なドップラーレーダーを持つ機体だからこその奇蹟に近いが……
「かるく3000キロの彼方だぜ」
「しかも…… ドンドン遠ざかっている」
ジャクソンとバードが解析した軌道要素はかなり深刻だ。
やがて第5惑星セトの重力圏に捕らわれてしまう可能性が高いコースだった。
オマケのその速度は秒速40キロを維持している。
秒速40キロがマックスのシェルなのだから、普通の方法では追いつかない。
「こりゃ…… 追いつかないな」
「しかも遠ざかっている。シリウスシェルじゃねぇとは思うが……」
スミスとロックが低い声でぼやいた。
Bチームのシェル各機は、サイコロの残骸から距離を取り始める。
やや離れて遠くまで見通せる様になった状態だが、肉眼では見えない。
「救援要請出すか……」
ドリーの声には忸怩とした悔しさが滲んだ。
本来であれば救援する側なBチームだが、この距離では手の出しようが無い。
進行方向にほど近いエリアにいる友軍艦艇に回収を依頼するしかない。
「仮に何らかの事情でシェルが制御不能のままだとしたら……」
「例えば衝突して暴走してるとか?」
ドリーの言葉に話を返したバードは、1つの可能性の話をした。
だが、何気ないつもりで言ったバードの言葉は正鵠を得る事が多い。
データを解析していたジャクソンも手を止めた。
「それって……」
「あり得る話だな」
スミスもそう呟く。
同じタイミングでハンフリーのロングレンジレーダーが何かを捉えた。
シェルのレーダーとは根本的に能力が違うモノで、大出力高解像度だ。
「このデータリンクは歓迎しねぇな……」
ドリーのボヤキが無線に流れる。
近代戦闘の肝は、兵器の性能でも破壊力でもなくデータリンクだ。
各個装備で敵と向き合うのではなく、エリアの全てを包括的に捉える能力。
通信機能とデータ解析の技術進化がもたらしたモノは、敵を丸裸にする技術だ。
ただ、時にはそれが余計なプレッシャーに化ける時がある。
知らないでいる事と予備知識を持っている事には雲泥の差があるが……
「秒速65キロだぜ……」
ウンザリとした口調で漏らしたロックの言葉は、無線の中に沈黙を生み出した。
そんな速度で飛べるのは、超光速船以外だとアレしかない……
「なんか嫌な予感! 今そっちに行くから!」
整備中隊のケツを叩いて急がせたバードは、カタパルトデッキに立った。
荷電粒子砲は偏光レンズを新品に交換したので威力十分だった。
ガッチリと再武装したバード機は、再び重量が嵩む状態だ。
だが、バードの気持ちは熱く火が付いていた。
あの速度で来るのは、間違いなくソロマチン少佐だと思っていた。
――テッド隊長が話を通した……
理由は無いがバードはそう直感したのだ。
だからこそ、絶対にそこへ出たいと思ったのだ。
「絶対に手練の敵よね……」
ボソリと呟くバードの声は、全員に緊張を強いた。
場数と経験を重ねたバードの直感は、恐ろしいほどに鋭くなっていた。
「バーディーが言うと洒落にならねぇな」
「全くだ」
ジャクソンとスミスはそんな言葉を呟く。
どんな事情かは知らないが、ダブは何かと激突した可能性が高い。
「こんな時とはついてないな……」ドリーも本音を漏らした。
間違い無くあのシリウスの超高速型だと全員が覚悟を決めた。
「精一杯大歓迎しようぜ。なんせ荷電粒子砲がある」
ロックは気合を入れなおし、大きなRを描いて旋回した。
そのやや後ろをドリーが異なるRで旋回していく。
それに沿って各機が編隊を組んだ。
気乗りはしないが、やり合う準備だけは整っていた。