撃破
~承前
「静かだね……」
声を殺し小さな声で呟いたバード。
サイコロ状の小惑星は、まるで死んだ魚の様に静かになった。
各部に点っていた灯りが少しずつ失われ、命の火が消える様に暗く沈んでいく。
様々な箇所で小規模な爆発が続き、その爆発の都度にデブリが撒き散らされた。
「……やったか?」
「微妙だな……」
ジャクソンの言葉にドリーが応じる。
サイコロの各面を回っているドリーは、身を晒す事で砲撃を誘っていた。
だが、サイコロは全く攻撃を行ってこない状態だ。
まだまだ小型の迎撃兵器は生きているはずだとドリーは考えた。
実体弾頭を吐き出す火薬発射系はまだ使えるだろう。
シリウス側にやる気とその気があれば……だが。
「静かです……」
遠目に見ていたアナは、緊張した声で呟く。
全く動きの無いサイコロは、文字通り死んだ様になっていた。
荷電粒子砲の発射口とは違い、実体弾頭系の発射設備は表面に姿が見える。
だが、その砲座に人の姿は無く、オペレーターは中に引っ込んでいた。
「……なんかさぁ」
サイコロの角に取り付いたままのバードは、ボソリと小さな声で呟いた。
中に突っ込んでいる荷電粒子砲の先端からは、ほんのりと灯りが漏れている。
それは、熱による発光とは思えないモノだが、理由は分からない。
物理学の教授にでもなれば、見てすぐにメカニズムを理解するのだろう。
だが、士官として必要な知識と知見は持っていても、考察までは出来ない。
実態を理解出来ない時、人はどうしても最悪のイメージを持つ。
ふと。バードの脳内には大爆発するサイコロのイメージがわき起こった。
内部のシリウス士官がサイコロ自体を巨大な弾頭に見立てた自爆だ。
岩盤の装甲を四散させ、辺りにいるシェルを巻き込む威力での爆発。
「猛烈に嫌な予感がする……」
バードの言葉はチームの面々が誰一人として歓迎しないモノだ。
鋭い直感と無意識の洞察力は、男とは違う思考回路の成せる業と言って良い。
バードは既にジェネレーターの冷却モードに入っているが……
「……この中、相当ひどいぜ」
「間違いねぇ」
連射し続けているスミスとロックは、バードの言葉になんとなく共感した。
ただ、遠慮無く砲撃は続けていて、サイコロの内部では小規模爆発が続く。
「うわっ!」
ビッキーの声が無線に響き渡った。
突然叫んだその中身は、弾けて飛んだサイコロの中身だった。
小規模爆発で本体から引き剥がされた小惑星の一部が漂流している。
離れた所にいたビッキーは、その裂けて飛んだ外殻の裏側を見ていた。
「……こりゃひでぇな」
ロックの目の前を上下に切断された死体が漂っていった。
切断面に血が滲んでいないのは、恐らく焼き切られた為であろう。
「……あちゃぁ」
「見てらんねぇな」
ビッキーの見ている映像を共有したダブとジャクソンがぼやいた。
小惑星の中は居住ブロックや機材整備ブロックなどが次々と破壊されたらしい。
夥しい死傷者が生み出されていて、その収容もままならないようだ。
各面にある荷電粒子砲は完全に沈黙し、ハッチの開閉一つ行われていない。
「電源が飛んだな?」
「油圧も死んだんじゃ無いか?」
ドリーの分析にスミスがそう言葉を返した。
強力な荷電粒子の貫通により、その通り道がそっくり空洞になっている。
メインリアクターは一際頑丈に作られているはずだが……
「これだけつるべ撃ちでやればなぁ……」
ロックは半ば自嘲気味な言葉を吐き捨てた。
威力のある荷電粒子砲だけに、その内部はとんでも無い事態になっている。
熱が逃げてないのかと思ったのだが、どうもそうではないようだ。
――もしかしたら……
バードは内部で小規模連鎖爆発が発生している可能性を考慮した。
宇宙空間における戦闘艦艇のダメージコントロール学入門で覚えた事だ。
制御出来なくなった機器の暴走や爆発の連鎖は、切り離して回避するしか無い。
だが、全てが一体構造なサイコロ状の要塞だ。
切り離したくとも、物理的に不可能なのだろう。
その内部で実体弾頭などが誘爆し始めていたら、もはや手が付けられない筈。
「本格的にヤベェな!」
周回していたジャクソンが砲を放った。
その目標はサイコロの1面。シェルの発進ハッチが4つある面だった。
閉じられていたハッチがゆっくりと開き、内部には脱出ランチが見えたのだ。
「……救助するか?」
「恩を売るには良い機会だぜ」
「そうだな」
ドリーの言葉にそう応えたジャクソンは次々と砲を放っている。
その性格無比な一撃は、大型ハッチのヒンジ部を破壊していた。
あとは、内部からの圧力差でハッチが剥がれ飛び、大きく口を開く。
「素直に出てくりゃ良いが……」
「攻撃された場合はどうしますか?」
ジャクソンの呟きにダブがそう返した。
こう言う部分の振る舞いは、やはり多分に経験なんだろうとバードも思う。
抵抗すれば攻撃し、従順ならば全力で保護する。
たったそれだけの事なのだが、思えばテッド隊長は率先してそれをやっていた。
バードはそれを見てBチームのやり方を理解したし、海兵隊とはそう言う組織だと理解した部分もある。
「……まず自分の身を護れ。そして、出来れば穏便に」
「そうじゃ無い時はそれなりにって事だ」
ドリーとジャクソンはそう回答した。
模範的な言葉だとバードも思った。
そして、出来れば中身を理解して欲しいと思うのだが……
「……了解しました」
ダブは一瞬の間を置いてそう答えた。
バードは直感的に『理解していない』と思うが……
――これも経験よね……
と、放置を決めた。
後になって指摘されれば、そこに至る課程での思考が蓄積されるだろう。
そうやって積み重ねた失敗の経験が大切なのだ。
たが……
「間に合わなかったか!」
スミスが叫んだ。
脱出しようとしていたランチがポートオフした時だった。
「こりゃ取っておきにひでぇぞ!」
ロックもそう叫んだ。
サイコロの裏面側が大爆発を起こし、激しい炎が宇宙へと噴きだした。
それは、高圧で高出力なリアクターが爆発したモノだ。
ガス状に姿を変えた高温高圧の放射性物質が宇宙へと流出していく。
核燃料の大半が半溶解状態となっていて、激しく反応している状態だ。
連続臨界状態にあるそれは、青白い光を盛大に放ちながら真空中へと流れ出す。
地上ならば大惨事となるのだろうが……
「……まぁ、どって事ねえぇな」
「シリウスからの風の方が余程深刻よ」
しばらく見ていたロックは、落とした声で呟いた。
ロックの視野映像を除いていたバードもそう呟く。
宇宙空間がどれ程苛酷な環境かは、行った者にしか分からない。
プラズマの風に容赦なく晒される環境は、生ける者の住む世界では無い。
「ランチが発進し始めました」
ポートを見ていたアナは、無線のなかにそう言葉を流した。
さすがのシリウス軍人も、こんな時までガンガンと戦闘する訳ではないらしい。
「武人の情けだ。手出しするなよ」
シリウスを毛嫌いするスミスも、こんな時はノーサイドを決め込んだ。
内部から続々と脱出が続いているが、そのランチには手を出さなかった。
「こりゃヤバそうだ──
何とも警戒する声で言ったジャクソンだが、その声を遮ってドリーが叫んだ。
「全機離れろ!」
まるで蜘蛛の子を散らすように各機が距離を取った。
その先にある事態が、用意に想像のつくものだったからだ。
――勘弁して!
内心で叫んだバードは、無意識の内に機体をスピンさせた。
装甲が一番厚い正面側を小惑星に向けるべくの動きだった。
それは、少しでも生存の確率を上げる為の努力だ。
だが……
――あっ!
バードの目の前に、どこかで見覚えのあるモノが漂っていた。
いや、正確には漂っているわけでは無く慣性運動し続けていた。
「ペイトン!」
バードは思わず叫んだ。
そして、考える前に機を前に出し、手を伸ばした。
ここで捕まえ損ねれば、ペイトンは永遠に宇宙を彷徨いかねない。
各惑星の重力に牽かれ、何処かへ墜落すればまだ救いがある事だ。
多くの場合は引力と斥力が釣り合って何処にも墜落しない軌道になる。
「バード! どうした!」
悲鳴染みたバードの声にロックが反応した。
バードは回答の言葉を無線に流す前に、映像を共有させた。
下半身を失ったペイトンがヘルメットを被った状態で漂っていた。
「おいおい!」
「ついてるんだか、ついてねぇんだか……」
ジャクソンとスミスが呆れた声で笑った。
いや、ホッとしていたと言う方が正しい。
バード機を見つけたペイトンは、両腕を振ってアピールしていたのだ。
「回収する!」
「慎重にな!」
ドリーの声を受け、バードは慎重に手を伸ばしてペイトンを抱き抱えた。
そして、胸の前辺りに隠し、目一杯にエンジンを吹かした。
――距離を取らなきゃ!
慌てて推力を上げたバード。
その背後で小惑星が大爆発を起こした。
「うっひょぉ!」
嬉しそうに叫んだジャクソン。
岩盤を四散させて消し飛んだサイコロ小惑星は、2つか3つに分裂した。
「全機無事か!」
ドリーの声が上ずっていた。
流石に焦っているのがバードにも分かる。
状況確認を行ったドリーだが、無線の返答はまばらだ。
「バード機異常なし! ペイトンも無事!」
「バードのサポートに付く。ロック機問題なし!」
ペイトンを抱えたバードと、それのサポートについたロック。
何ともおしどり夫婦の様な連係だが、息の合った応対というのは重要な事だ。
「ジャクソン機、問題なし!」
「ビッキー機問題なし!」
「スミス機問題なし!」
――あれ?
バードは異常に気が付いた。ダブの返答が無い。
爆発に巻き込まれたか?と思ったのだが、それなりに距離が有ったはずだ。
一瞬だけ嫌な予感が沸き起こった。
その声を掻き消す様にアナが叫んだ。
「アナ機問題なし! ですが!」
アナスタシアは目一杯に慌てているようだ。
一体何が問題なのだろうとバードは考えたのだが……
「ダニー少尉の…… 残骸を発見!」
「マジか!」
思わず叫んだドリーの声には隠しきれない悔しさが滲んだ。
ジャクソンの計算したダニーが漂流した可能性のあるエリアはかなり広い。
偶然にもそっち方向へ飛んだアナスタシアだが、遭遇は本当に偶然だった。
「これは…… 下半身側だけです」
「上半身はどっかにないか?」
弾道計算したジャクソンも機を捻ってダニー探しに参戦する。
決して近くでは無いロックやバードもだ。
見つけられるモノなら見つけてやりたい。
例えそれが死体や残骸だったとしても……だ。
だが……
「え? あ…… いや!」
アナは慌てずにあたりのレーダーエコーを解析した。
そして、すぐ近くにやや大きなエコーを見つけた。
大きさからすれば、上半身らしきモノと言える。
「これって! もしかして!」
慌ててそこへ接近したアナはダニーの上半身を発見した。
ダニーだった残骸がアナの目の前を通過したのだ。
下半身だけとなったダニーの上半身は強い力で引きちぎられていた。
「ダニー少尉の上半身を発見!」
ただ、その頭部は半分程度に潰れているような状態だった。
とてもではないが、生きているとは言いがたい状況……
それでもアナはダニーを回収した。
理屈では無く、回収するべきだと考えたからだ。
自分が同じ立場なら、回収して欲しいと願うだろう。
ソレと同じ事を仲間に行う。
アナスタシアという人格は、長らくシミュのシステムコントローラーだった。
それ故、その教育課程で教官が言う事を聞き続け、それに染まっていたのだ。
「状況はどうだ?」
確認したジャクソンの声にアナは映像情報を返した。
無線の中に漏れた声は『アチャー』だの『チキショウ』だのだった。
一瞬、誰が行ったのかを理解し損ねたアナ。
だが、それは絶句している状態での苦しい呟きだと思った。
「いずれにせよ、それを連れて帰ろう。キチンと診断するまではな」
「そうだよな」
ドリーとジャクソンの声に導かれ、アナはダニーの上半身を抱えた。
ハンフリーまでは少し距離が有るが……
――15分はかかる……
バードもそう直感した。
最終段階に入ったサイボーグは、残り時間が5分だ。
死へのカウントダウンをどう先延ばしにするかは、かなり難しいのだが……
「さて、バードとアナは帰投するんだ。残りはビルとダブを捜索する」
「ところでライアンは何処行きやがった?」
ドリーの声にロックはそう言葉を返した。
出来るモノなら生きていて欲しい。
そう願っているのだ。
「そうだな。ライアンも捜索しないと」
ドリーは再び機を変針して広大なエリアのレーダーエコーを探した。
サイコロは完全に機能を失っていた……