攻略の糸口
~承前
突然視界が真っ白に染まった。
瞬間的に『やられた』と思い、その時点で全ての行動が止まった。
――あれっ?
クロックアップしていると自分自身で気が付いていた。
だが、通常の4倍の速度で眺めている筈なのに、一瞬の出来事だ。
――やっぱり……
――はやい……
それ以上の印象が無く、機体の姿勢を立て直そうとした時だった。
視界の中を何かが通過した。黒くて巨大な塊だ
瞬間的にそれが何かを理解したバードは悲鳴をあげそうになって飲み込んだ。
それは、砲台の一撃を受け、胴体中央部から下が消し飛んだ誰かのシェル。
胸から上の部分だけが残っているものの、コックピットの状況は微妙だ。
――だれっ!
悲鳴を飲み込み言葉を発せられなかったバードだが、頭は回転し続けた。
そして、視界の中にポップアップした情報にはペイトンの文字が浮かんだ。
「ぺッ! ペイトン!」
ペイトンのシェルを貫いた荷電粒子砲は、先ほどよりも威力の小さいモノだ。
一面にある砲座が2門から3門になった分だけ威力が減ったのかも知れない。
だが、近距離ならばシェルの装甲を蒸発させるには申し分ない威力だ。
もちろん、パイロットが母艦では無い何処かへ旅立つのにも……だ。
「ペイトン! ペイトン! 応答しろ! ペイトン!」
ペイトン機のすぐ隣に居たビルが叫び続けた。
その視界は瞬時に共有されている。
コックピットはギリギリ蒸発を免れているようだ。
だが、そのコックピットから様々な物が噴出していた。
気密が破れ、気流に乗って内部の破片が流れ出ているのだろう。
「なんてこった!」
スミスが叫んだ。
その視界に映っているものは、下半身を失ったペイトンだ。
荷電粒子の塊が貫通した際、コックピットシートの下半分も蒸発したらしい。
「近接通信しか出来ないようだ――
状況分析したビルの言葉はそこで途切れた。
同時に、猛烈な密度の大口径機関砲が降り注ぎ、その直後にビル機が爆散した。
30ミリチェーンガンと思しきその砲は、ビルに続きバードを狙っていた。
油断していたバードは必死になって機体を死角へと滑り込ませた。
「キャァッ!」
金切り声に近いバードの悲鳴が響き、左脚部の装甲が弾け飛んだ。
直撃を喰らえば、ただでは済まない威力だと全員が知った。
その直後にライアンの罵声が流れた。
「冗談じゃねぇ! まるでデススターだぜ!」
さらに接近していたライアンが浴びたモノは、チェーンガンだけでは無かった。
実体弾頭系兵器に混ざり、高出力パルスレーザーが降り注いだのだ。
必死の操縦を見せて防御火器をかわしたライアンだが、ガクッと姿勢を崩した。
猛烈なパルスレーザーの雨を浴び、シェルの右足を幾つも貫通していた。
動力系統の燃料に引火しなかったのは奇跡としか言い様が無い……
「ッざっけんじゃねェ!」
ライアン機と軌道を交差させたロックが砲座を潰した。
割と近い位置から荷電粒子砲を放ち、一瞬にして2門を沈黙させる。
そして、それと同時に防御火器砲座へモーターカノンを放った。
視界の中の砲座を視線入力で選んだロックの一撃で幾つもの砲座が沈黙する。
だが、残っていた最後の1門が発砲し、ライアン機の目の前を通過した。
背面方向へ変針中だったライアンは、あまりにも偶然にそれをかわしていた。
「今日は付いてるぜ! 絶好調だ!」
甲高い声で『ヒャッホゥ!』と叫びつつ、ライアンは一気に旋回を決めた。
シェルの後方を幾つものパルスレーザーが通り過ぎ、青白い光に照らされた。
「こっちだこっち! 俺を狙いやがれ糞ども!」
旋回軌道も2秒未満で捻じ曲げつつ、ライアンは再び突入軌道を目指した。
必ず一撃を加えて、生き残った1門を沈黙させてやると思った。
だが……
「ライアン! バカ! そっちは……」
再びライアン機と軌道を交差させる方向に居たロックが叫んだ。
変針したライアンは、サイコロの3面が見えるところへと出てしまった。
「あっ……」
ライアンの視界に映ったサイコロの3面には、それぞれに荷電粒子砲が見えた。
隣の面には4門の荷電粒子砲が微妙な光を放っていた。
だが、それより問題なのは、潰し掛けていた面の上隣にある面だ。
――なにそれ……
バードは内心で叫んだ。
その面にあったのは、一面すべてを使うほどに巨大なくぼみだ。
くぼみの円の淵から3本のトラスが伸びていて、中心部で連結されている。
その中心部には巨大なレンズが装着されていた。
「あれって――
スミスが叫びかけた時、一直線に伸びる光芒が虚空を突き抜けていった。
青白く眩く輝く光の帯だ。その帯は驚くべき速度でライアンを追いかけた。
「かわせ……
ジャクソンもそう叫んだ瞬間だった。
ライアンの機体に光が降り注ぎ、目を細めるほどに明るく照らし付けた。
だが、その光がただものでは無い事を全員が知った。
「あっちぃ!」
ライアンのシェルの装甲が瞬時に溶解を始めた。
メインエンジンの構造体その物が溶け始めた。
それはシリウスの光を反射させ、一カ所に集めてから照射する光の砲だ。
デタラメな機動力を持つシェルとは言え、相手は光そのもの。
逃げるどころか躱しきれるモノではないし、その手段は一瞬で全て失った。
「ライアン! 待ってろ!」
ロックは暴れる機体を強引にねじ伏せ、そのソーラーキャノンの面へ躍り出た。
窪地の中にあるのは、アクチュエータに乗った大量の鏡だ。
直径1メートル足らずなサイズだが、その鏡は100枚を軽く越えていた。
その鏡面に向かってロックはチェーンガンを乱射する。
次々と鏡が割れて消し飛び、ソーラーキャノンは威力を失っていく。
だが、例えそうだとしても、鏡の面積は笑い出すほどに広い。
数分を掛けてその鏡全てを物理的に破壊したロックだが……
「ウソよ! なんで!」
バードは取り乱す寸前で叫んでいた。
ソーラーキャノンの収束レンズ制御は、機動予測が優れているらしい。
見事な照準制御によって光芒を収束させたライアン機は、一気に蒸発した。
「ライアン!」
ロックの声が響くものの、その返答は無い。
ライアン機で溶け残ったのは基礎フレームに囲われた胴体だけだ。
まるで肋骨だけが漂っているかの様な姿に全員が息を呑む。
――そんな事って……
既にBチームは3人を失った。
その事実にバードの心が震え、一時的な感情の麻痺に陥った。
――うそよ……
バードは完全に冷静な判断力を失った。
その脳は、目の前の事態を理解したくないと拒否していた。
考える事を止め、沸騰するでも無く凍り付くでも無く、呆然と見ていた。
だが、シェルの戦闘AIは震えるほどに冷静だ。
ライアン機の手痛い失敗を学習したAIは、突如として急旋回を掛けた。
サイコロの3面が見えるポジションに飛び出そうになったのだ。
――あっ! あぶないっ!
そんなシェルの急旋回にバードが介入し、逆方向へ急旋回を掛けた。
目の前にはダニー追跡を諦めたビッキーのシェルが居たのだった。
――ッ!
バードは文字通りの紙一重でそれをかわした。
機体のフレームが悲鳴を上げたのだが、全て無視して……だ。
もしかしたらシェルの基礎フレーム自体が歪んだかも。
それほどに酷い音を立てていた。まるで悲鳴だと思う程だ。
だが、そのマニューバは悪い事ばかりでは無い。
バードは偶然にもサイコロの頂点の一つに取り付いた。
目に前には自在マウントに装着しているスラスターエンジンがあった。
……バードの頭の中で何かが壊れた。
「クソッタレ!」
荒々しい言葉がバードの口を付いて出る。
意識の奥底にあるバードの別人格が顔を出していた。
猛然とした気迫で敵を喰い殺す肉食獣な面だ。
野生の本能と言うべき状態に近いモノだ。
「くたばれ糞野郎!」
ロックと同じように持ってきていた大錘をバードは使った。
スラスターエンジンを真上から叩き潰してやると、呆気なくエンジンが壊れた。
複数装備されたその姿勢制御エンジンは、クラスター化された大出力仕様だ。
「うわっ!」
突然エンジンが火を噴いた。
エンジン部に取り付いているバードを振り落とそうとしていた。
だが、バードは咄嗟にエンジンマウントのトラスを握った。
暴れ馬から振り落とされない様にしがみつくロデオ状態だ。
「暴れたって!」
強がりな言葉を吐いたが、それにしたってシェルが大きく振り回されている。
グッと加速Gを受けつつも、バードはそのエンジンを一つずつ破壊していった。
エンジンが次々と破壊され、ややあってその角のエンジン全てが機能を失った。
大錘の威力はやはり恐ろしい程だ。
その暴力的な衝撃に、強靱な筈のエンジンが全壊している。
――よしっ!
これでもう平気だ……
そう確信したバードだが、よく見ればサイコロの動き自体が止まっていた。
まるで釣り上げられた魚の様に暴れていたのだが……
「あぁ、回転モーメントのバランスが狂うからか」
「……なるほど。そう言う事か」
ドリーの分析にジャクソンが答えた。
どこか一つの角が機能を停止した場合、サイコロは姿勢制御を諦めるらしい。
慣性運動の影響を受け続ける宇宙ならではの影響かも知れないのだが……
――へぇ
バードはニヤリと笑っていた。
狙っていた獲物が抵抗を諦めた様に見えたのだ。
それで良いのか?とバードも思うのだが、実際に止まっている。
ならば、敵の弱いところを突くまでだ。
「じゃぁ、遠慮無く!」
バードはそう叫ぶや否や、エンジンマウント部分へシェルの右腕を向けた。
右腕の手首手前には65ミリモーターカノンがある。
そのカノンが猛然と火を噴き、エンジンマウント部が掘り返された。
岩盤の一部が砕け、宇宙へと四散し、新たなデブリとなって飛んでいく。
そんな事を気に止めず、バードは遠慮無く撃ち続ける。
ややあって、エンジンマウント部のその基礎まで掘り返された。
そして、その基礎の向こうには、巨大な空洞があった。
――内部かな?
チラリと覗いた内部には動く物の気配が無い。
ならば遠慮も要るまいと、バードはそこへモーターカノンを突っ込んだ。
そして、遠慮無く残り弾を内部へとバラ撒いた。
「バード! 撃つのを止めてみろ!」
良い調子になって撃っていたバードだが、ジャクソンは射撃停止を叫んだ。
なんだろう?と思ったのだが、とりあえずモーターカノンを止めた。
冷静になって観察すれば、サイコロの内部では激しい火災が発生していた。
「ほっときゃ死ぬぜ」
「酸欠だな」
ジャクソンとドリーがそう分析した。
だが、バードの取り付いた反対側頂点のエンジンが突然動き始めた。
その出力は大したモノで、一瞬だけバードが引き剥がされかけた。
「なんだよ! 随分としぶといじゃないか!」
ウンザリとした口調でロックが叫ぶ。
もちろんそれに答えるのはバードだ。
「4人も仲間を喰ったんだ。簡単に死んで貰っちゃ困るよ!」
サイコロはランダムでデタラメな動きをし、バードを振り解こうとしていた。
だが、わずかに残るフレームへ取り付き、止まるのをバードはジッと待つ。
どこか諦めた様になって動きを止めた瞬間、バードはすかさず動き出した。
「これでも喰らえ!」
いつの間にか大穴になった部分へ荷電粒子砲を突っ込み、バードは構えた。
オージンの小型で大出力なリアクターが一気に出力を上げた。
「コレは最初のダニーの分!」
最大出力で放ったバード。
びくりと痙攣する様にサイコロが動いた。
「こっちはペイトンの分!」
再び一撃を放ったバード。
荷電粒子砲の威力は最大モードで、サイコロ内部を一気に破壊したらしい。
サイコロ全体がガタガタと震動を起こしている。
それはつまり、内部で激しい爆発が起きて言う事だ。
「遠慮しなくて良いからね! こっちはライアンの分よ!」
同じように最大出力でぶっ放したバード。
対角線上にあった姿勢制御エンジン辺りでは、わずかにガスが漏れていた。
内部構造を全て撃ち抜き、反対側のエンジン部へダメージを与えたらしい。
「ビルの分も忘れてないから!」
4発目の荷電粒子砲でサイコロの対角線上へ貫通して行った。
「やるなぁ!」
「それ良いな!」
スミスはゲラゲラと笑いながら違う角へと取り付いた。
同じような手順で次々と攻撃を加え始める。
ただ、スミスの破壊工作では全く抵抗が無い状態だ。
「妙だな……」
「あぁ。パルスレーザーがねぇな」
「荷電粒子砲も沈黙してるぜ」
ドリーはジャクソンと周辺を飛び続け状況を観察した。
あんなに激しい射撃だったパルスレーザーは完全に沈黙している。
至近距離で受ければシェルの装甲とて貫通する威力のものだ。
バードの一撃でリアクターがダメージを受けたのだろうか。
まともな防御火器の攻撃が無い状態だ。
「何にせよ、安全ってのが一番だぜ!」
その隙を見てロックも別の対角線に張り付いた。
スミスやバードとは違う対角線上の角だ。
そして、バードと同じようにバーニアエンジンを破壊し、穴を開けた。
その中へモーターカノンを見舞ってから、荷電粒子砲を構えた。
「逆サイドは気をつけてくれ!」
「こっちもだ!」
ロックもまたバカスカとモーターカノンを撃った。
恐らくはサイコロの内部が相当ひどい事になっているだろう。
だが、情け無用だ。残念だが、これは戦争なのだ。
「ガンガン行くぞ!」
「こっちも行くぜ!」
スミスとロックがつるべ撃ち状態で荷電粒子砲を放つ。
サイコロはその都度にガタガタと揺れている。
だが、荷電粒子の塊が逆サイドへと貫通していったあと、震動が止まった。
全くと言って良いほど動かなくなり、暴れるのを止めた様な状態だ。
「死んだかな」
「まだ生きてると思うぜ」
スミスとロックは申し合わせた様に射撃を止めた。
だが、サイコロはまだ各部から光を漏らしている状態だ。
電源が完全に死ぬまでは反撃の危険があるから、手を抜くわけには行かない。
「念には念を入れるか」
スミスはそう漏らして再び射撃を開始した。
レーザーなどの光学兵器は消費電力は洒落にならない。
だが、サイコロ各部から光が漏れている以上、中身はまだ生きている。
そして、リアクターも生き残っている可能性がある。
――とは言ってもね……
内心でそう呟いたバードは様子を見ていた。
気が付けばサイコロ内部では、全く震動が発生しなくなっていた。