サイコロ
~承前
――なにアレ……
回避行動を取り続けるバードのシェルは、イメージセンサーに何かを捉えた。
漆黒の闇を通り抜けた荷電粒子の塊が、キラキラと輝く何かを残していたのだ。
「奇麗……」
「宝石のようだな」
アナとダブがそんな言葉を口にする。
まだまだ見たことの無いものが多いのだろう。
実際、バードだって始めて見るモノだし、その正体は推測の域を出ない。
その美しい光の帯は、まるでオーロラのようだとバードは思った。
だが、それは同時にレーダーパネルの中へゴーストを生み出していた。
戦闘支援AIがその正体を理解していないのだ。
「ディープラーニングの基礎データには含まれて無いらしいな」
「だけど、アレはヤベェもんだってのは分かってるらしいぜ」
ペイトンとライアンは戦闘AIの作り込みの甘さを嘆いた。
だが、分類化と危険性察知の面ではAIも素早く結論を出した様だ。
そして、僅かに見える発射口を探し、真っ赤にハイライト表示している。
シェルの戦闘支援AIは、間違いなくあれはヤバイと結論づけていた。
それは、プラズマ状態な荷電粒子により加熱され、微小物質が輝いているのだ。
荷電粒子砲の危険性は勿論だが、それが残すプラズマの燃えカスも危険だ。
本質的表現としては正しくないが、燃えカスという言葉が一番正しいのだろう。
電荷を帯びた微粒子の存在は、レーダーのエコーを撹乱する。
それはつまり、戦闘AIの戦闘支援アルゴリズムを乱すと言う事。
結果、レーダーとGPSが連動する危険予知は精度を落としてしまう。
「自動回避が効かなくなるな」
「あぁ。ついでに言うと自動反撃もな」
ビルの言葉にジャクソンがそう返した。
超高速で飛行するシェルは、レーダーの捉えた危険デブリを自動回避する。
レーダーはもう一つの目となり、危険を捉え回避する為の手段となる。
そのレーダーに存在の確実性を危ぶむデブリのノイズが混ざるのだ。
つまり、冷徹無比な戦闘支援AIが宛にならなくなる事を意味していた……
「光った!」
ダブが突然叫んだ。
次の瞬間、再び眩い光の帯が視界を駆け抜けた。
段々と発射サイクルが落ちてきていた。
再発射まで凡そ1分を要するらしいとバードは分析した。
そして、かなりの出力なのは間違い無いが、口径も大きいらしい。
荷電粒子の塊でしか無いそれは、発射後に少しずつ宇宙の虚空へと解けていく。
その射程は凡そ300キロ程度だろうか。口径を絞ればもっと届くだろう。
だが、焦点となる場所へ衝突する荷電粒子の数は減ってしまう事になる。
勢いよく水の噴き出ているゴムホースの出口を指で潰すアレだ。
距離は届くが、水量は相対的に減ってしまう。
「距離さえありゃシェルの装甲でも溶けねぇんだけどな」
苦々しげに言ったスミスは、吐き捨てる様な苛立ちを露わにした。
小惑星へ接近するシェル各機は不規則でランダムな挙動を取らざるを得ない。
至近距離と言って良い所で大口径大出力な荷電粒子砲を受けたくは無い。
ほぼ光速でやって来るのだから、命中するかどうかは運でしかない。
――勘弁して欲しい……
背筋に寒気を覚えながらも、バードは不規則な錐揉みを行って急接近する。
頭から新人3人の事は消え去り、先ず自分が生き残る努力をする段階になった。
――2門ね……
小惑星からは次々と荷電粒子砲が放たれているが、その数は大した事が無い。
秒速40キロで飛ぶシェルのランダム飛行では、実際なかなか当たらない様だ。
自らの経験として照準を定めてから発射まで、だいたい2秒を要する。
つまり、2秒以上続けて同じ方向に直進しなければ、かなり当たりにくくなる。
2秒飛んで変針。2秒飛んで変針。それを繰り返す動きだ。
そして、その間に射点が見えてきた。砲身が一切露出していない構造だ。
迂闊に接近すれば即死の状況だったが、連射の合間を狙えば良いと気が付く。
「どうすりゃ良いんだ!」
苛立つロックが叫ぶ。
その声にバードは内心で『やった!』と喜んだ。
まだロックはこれに気が付いていない。
発射と発射の合間、約30秒を生かす算段を見落としている。
多分いまは熱くなっている状態だ。
冷静に考え手順を構築すれば良いのだ。
――ロックの役に立つ
バードが思った女の欲がムクムクと頭をもたげ始めた。
そして、肝心なところでロックに取らせて花を持たせる。
きっとロックは『ありがとう』と言ってくれる。出来る女の『さしすせそ』だ。
戦闘中だというのに、バードは一瞬だけそんな妄想に耽った。
だが……
「おぃおぃロック! 泣き言は死ぬ時に言え」
「え?」
スミスは落ち着いた声で言った。
雨よりも銃弾の方が多かった地で育った男には、困る様な事態では無いらしい。
射撃の合間を縫って街中を移動するのが当たり前だったのだろう。
シリウス側荷電粒子砲の実態を精確に見抜いていた。
「おとこは気合と度胸だ!」
直後、眩い光が駆け抜けて行った。
スミス機の目と鼻の先を荷電粒子の塊が通過し、スミス機を眩く照らした。
文字通りの紙一重でかわしたのだ。本当に偶然の起動制御で……だ。
「ちょっ! おっ! おぃ! スミス!」
「これも神の思し召しだ! 常に導いてくださる!」
スミスはシェルを変針させ、曲率を連続して変えながらの螺旋突入を行った。
見事な旋回を決めて進むそのリズムは、全く持ってランダムだった。
仮にシリウス側の照準がAIなら、人間が行う無意識の癖を見抜いてしまう。
モーションサンプリング技術は、軌道データを解析しパターンを見抜くのだ。
それはつまり、熟達したガンナーが見せる職人芸に通じるモノ。
敵の動きを予測し、精確にそこへ叩き込む技術だ。
だが、その全てをかい潜ったスミスは、驚く程の距離へ一気に接近した。
そして……
「アッラーフアクバル!」
神を讃えたスミスは荷電粒子砲を構えた。
眩い閃光を放つ点に向かい放たれた荷電粒子の塊は、見事に射点を潰していた。
全員が逃げ回っている最中、スミスは射点を探していたのだった。
「ハイヤーアラルファラー!」
スミスがアラビア語で何かを叫んだ。
同時にサイコロの面中央付近にあった荷電粒子砲の射点が爆発した。
何かのガスを噴出し、そのストリームに乗って兵士が吸い出されていた。
「それ、どういう意味だ?」
多言語を使いこなすビルもアラビア語は弱いらしい。
知りたい事には素早く質問を浴びせるビルの問いにスミスが答えた。
「成功のために、救済のためにモスクへ来たれと言う意味だ」
「……なるほど」
ビルの返答を聞きながら、なんとなく距離を取っていたバード。
シリウス側の砲撃による眩い光で目標を見失っていたのだ。
――どこだろ……
バードはつい今しがたまで把握していた発射口を必死で探した。
それを見つけて一撃を入れ、機能を安心させねば安心は出来ない。
「多分もう一つあるな」
「あぁ、発射サイクルから考えれば、それが自然だ」
ドリーの警戒にスミスもそう答えた。
サイコロの面の大きさに思えば、3門4門とあっても不思議ではない。
リアクターの出力さえ追いつくなら、武装は多い方が良い。
ただ、リアクター出力にも限度がある。
6面全てに装備すれば、相応に電源を消耗するはずだ。
――そろそろ来そう……
何となくそんな予感をバードが持った時、同じタイミングで視界が染まった。
眩いほどの光が駆け抜け、同じ様にプラズマの燃えかすが漂っていた。
「これだろ!」
ジャクソンは狙撃型の荷電粒子砲を構えた。
一際高倍率な照準カメラで小惑星を観察していたらしい。
「どれだ?」
「ここだ!」
ドリーの声に応えつつ、ジャクソンは目一杯に出力を上げて一撃を放った。
強烈なフラッシュライト状態の光は、サイコロの表面を照らした。
「いや、違うんじゃねぇ?」
着弾した荷電粒子の塊が岩盤を真っ赤に熱している。
だが、それ以上のリアクションはなく、ハズレという結果が残った。
「外したな」
「これだと思ったんだがなぁ」
こんな状況でもペイトンは遠慮なくジャクソンをからかった。
その明るい声に一瞬だけバードは笑った。
遊んでいる訳では無いが、余裕が無いという事でも無い。
「放熱系統考えれば……」
「多少は離れているはずだよな」
ライアンとスミスが勇気を出して急接近した。
手を伸ばせば触れられる距離をフライパスすると、小火器が一斉に火を吹いた。
激しく火を噴く迎撃火器の光は、サイコロの表面を照らした。
「あったぜ!」
ジャクソンは偶然にも荷電粒子砲の砲口を見つけた。
くぼみの中に擬装しているその砲口は、ぱっと見には判らない状態だ。
「ここで正解だろ!」
眩い閃光がジャクソン機から放たれ、小惑星の内側が小規模爆発を起こす。
小口径火器が一斉に沈黙し、細々とした岩の隙間などから光が漏れた。
そして、岩盤の表面がメキリとめくれ始めた。
「よっしゃぁ!」
「ざまぁ!」
進路を揃えたジャクソンとスミスがハイタッチをかわす。
そんな中、ドリーは手を伸ばし、新人3人に指示を出した。
「ダニー機の進路を計算して追跡してくれ」
「了解です!」
「おそらくこっち側の……」
ダブとビッキーはサイコロから離れる進路をとった。
撃墜された時点でのベクトルから推定されるエリアはかなり広大だ。
だが、探さないという選択肢は無い。
いつ自分がそうなってもおかしく無い環境だからだ。
そして、仲間の為に労を厭わない姿を常に示しておく事も大事だ。
仲間同士で助け合う姿勢は、必ず先々で役に立つ筈だ。
「弾道計算データを送る!」
「了解です!」
ビッキーがそう返答した。
グッと変針した3機は散開陣形になった。
「可能性エリアはかなり広大だ。面倒だが頼む」
全機に転送されたそのエリアは、ウンザリするほど広い。
巨大な砂漠に落としたピンヘッドを探すようなモノだ。
ただそれでも、その道のプロであるジャクソンは、ダニーの行方を計算した。
可能性としては相当低いにもかかわらず、僅かな可能性に掛けて……だ。
「何処かに漂っていて欲しい」
「全くだぜ。ウチのチームから戦死者は出したくねぇ」
バードの嘆きにロックが応えた。状況として難しいのは全部承知の上だ。
今時計画において戦死者の欠員を出してい無いのはBチームくらいな物だ。
サイボーグで構成する501中隊の6チームの中で唯一だ。
ただ、正確に言うならバードは補欠という形だったはず。
バードの前にチームへと溶け込んでいたトミーの戦死があったはずだ。
だが、エゴを承知で言えば、バードは消えて欲しくない……
手の届く所に、常に居て欲しい。ロックは本気でそう願っている。
そして。
「いつだって仲間が死ぬのは歓迎しねぇさ。どんな奴だってな」
ペイトンの吐いた言葉は偽らざる本音だ。
想定されるエリアは広大で、一機二機が捜して見つかるような広さではない。
「頼んだぞ!」
「こっちは突入するぜ!」
雄たけび染みた声で叫び、ジャクソンとスミスが突っ込んでいく。
各機も不規則な回避運動をやめて直進体制になった。
サイコロのこの面からは防空火器が無くなった。
そう考えて良さそうだと皆が思っていた。
――なんか嫌な予感……
極々僅かな時間だが、バードはなんとなく居心地の悪さを感じた。
理屈ではなく直感としてと言う奴だ。
何の根拠も無いが、一瞬だけ突入を躊躇った。
全くもって不可解だと自分だとも思う。
だが、兵士は時にいかなるセンサーやデータよりも自分の中の直感を信じる。
――絶対ヤバイ!
どこかモジモジとしながら突入を躊躇ったバード。
それを見たドリーの表情が曇った。
「そう言えばバーディー」
ドリーは勤めて平静を装った。だが、その声は僅かに歪んでいた。
バードが発する何気ない一言を無視すると痛い目に遭う。
カナダでも火星でも金星でも、それを皆が経験していた。
「えっ?」
「さっき何て言おうとした?」
「さっき?」
「撃たれ掛けたときだ」
「……あっ」
他の誰でもないバードの感じる違和感と警戒感。
ドリーの言葉に全員の意識がキュッと引き締められた。
それが意味するところは新人3人以外ならスッと理解できることだ。
「うーん…… 何て言おうとしたんだっけ?」
バードは一瞬考える。
無意識レベルで口を突いて出る言葉だ。
何を言おうとしたかなど覚えている様なモノでは無い。
だが、バードは必死で思いだした。
自分の口を突いて出る言葉は、自分以外の誰かの警告。
頭の中に居るもう一人か二人の自分が感じた違和感だ。
「あぁ、そうだ。そう。あのね……」
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
露骨に警戒しているのが分かる。
「なんかこう、見るからに怪しいところより、ここは平気って油断しそうな所が危なそうだねって――
バードは自分が感じた違和感を冷静に思い出してそう言った。
ただその時、バードの目の前では予想を更に一歩進んだ事態が発生した。
サイコロ状の小惑星は8カ所ある頂点部分に姿勢制御エンジンを付けていた。
そのエンジンは突然自分の仕事を思い出したように火を噴き始める。
完全な無重力ではないが、慣性重量以外に動きを縛るものが無い宇宙だ。
驚くほどの速度でスピンを決めたサイコロは、違う面をBチームへ向けた。
「嘘でしょ!」
「コレは予想してなかった!」
バードもドリーも言葉をパッと切り替えて叫んだ。
潰した面が向かって左方向へ消え去り、まだ機能を持っている面が現れた。
それが意味するところを全員が飲み込み、同時に全員が最悪の予想をした。
だが、事態は常に予想を軽く飛び越えてくる。
新しい面が現れるとほぼ同時だ。
荷電粒子砲の眩い光が漆黒の闇を切り裂いた。
その眩い光芒は3本。その面にある砲は3門だ。
「バカァ!」
なんと言って良いのか分からず、バードはそう叫んでいた。
直後にロックも叫んだ。ライアンも一緒に。
「2の隣は3ってか!」
「ダイスじゃねぇんだぜちきしょう!」
全員が口々に怨嗟の声を吐いた。
自体は思わぬ方向へ急展開を始めていた。