小規模拠点攻略
~承前
「気づかれてると思う?」
先頭を飛ぶドリーの直下。
散開編隊の二番手に付けたバードは、チラリと左右を見ながら言った。
右側にはロックが、左手にはライアンが付いている。
――ムフフ……
言葉にこそ出して言わないが、そこはかと無くバードは嬉しい気分だ。
左右に美女を侍らせた男が鼻の下を伸ばす、両手に花の逆バージョン。
チームの若手有望株な良い男を独占していると言うべき状態だが……
――だめだめ……
だが、そんな浮かれ気分は心の奥底へと押し込んだ。
油断すれば痛い目にあうし、敵を侮れば死に直結する。
『 常 に 全 力 で 』
言葉にこそ出して言わないが、それはBチームのスピリットとして存在する。
そして、そんなテッドイズムはバードの中にも確実に根を下ろしていた。
国連軍の第一遠征艦隊を襲ったシリウスのシェルは全部で188。
その大半が対空火器の餌食となったが、60ほどは帰投コースについていた。
勿論、ただ普通に生かして帰すつもりはない。
ここからがバードたちの戦争だ。それが地球とシリウスの戦争だ。
「レーダーに映らないって重要だよな」
「安心感が全然違うぜ」
溜め息混じりにぼやいたロックとライアンだが、本音は皆一緒だ。
そもそもの問題は攻撃の出発点がわからない事だった。
情報戦略将校であるアリョーシャが首を捻る位に謎なのだ。
――――民間船を装った武装商船とかだと嫌だな
アリョーシャのそんな言葉に、ブルも可能性をあげる。
――――浮遊衛生やシリウス周回小惑星とかに秘密基地が有るとか……な
およそ将校であるならば、どんな些細なことでも把握しておきたがる。
知っているのと知らないとの間には、大きな違いがあるのだ。
――――仮に小惑星とかだと要塞化してあるでしょうね
ボソリと呟いたジョンソンは、心底嫌そうな表情を浮かべた。
出力に余裕のあるリアクターでも装備していれば、荷電粒子砲がある筈だ。
その威力は今さら説明するまでもなく、おいそれと近づけない手強さになる。
ただ、だからと言って手を拱くわけにはいかない。
サイボーグの存在が役に立つ事を証明し続けねばならないのだ。
――――送り狼には遅いが……
――――レーダー追跡し撃滅しろ
――――油断するんじゃ無いぞ
エディは公式な命令として、第1作戦グループにシェルでの追撃を下命した。
その命が下るやいなや、バード達Bチームもオージンで出撃していた。
ジョン・ポール・ジョーンズのシェルデッキはそれほど広くないが、第1グループのシェル38機を収用するくらいは可能な広さだ。
「セッティングは充分に出されているが……
ドリーは細々とした注意事項を再確認する様に言った。
細々とした再確認は、長年副長を務めたドリーの細かさその物だ。
「荷電粒子砲のバッテリーパックはオートで20までだ。燃料電池だからチャージの時間を考慮してバーンアウトさせない様に注意しないと痛い目に遭う。それと……
バードはどこか優しい気持ちになって、笑みを浮かべそれを聞いている。
遙か彼方に見えるシリウスのシェルはいくつかのグループに分散して行った。
核反応系のブラストが散開し、3つのグループに分かるのだが……
「ちょうど良いな。Aチームは天頂の南へ行った方を追跡する」
リーナー隊長はそう宣言し、チームを率いて旋回していった。
その直後のタイミングでウッディ隊長が機先を制した。
「ドリー。Cチームはセト方向を追撃する。中央グループを頼む」
「了解しました」
「テッドに良いとこ見せてやってくれ。アイツも心配してるんだ」
「はい、了解です」
ウッディ隊長は手を上げて挨拶し軌道をねじ曲げて行った。
ショートカットして行くそのオージンを見ながらバードは思う。
Cチームも新人4人を加えていて、ウッディ隊長も不安だろう。
だが、そんな時にもBチームを気遣う余裕がある。
そんなウッディ隊長もまた間違い無くヴェテランなのだと思った。
ただ。
――大丈夫かな……
バードはとにかくアナ達3人が心配だ。
自分の事を棚にあげられるほど強い訳では無いが……だ。
もし何処かでウルフライダーが出てきたら、新人3人どころか自分が危ない。
そうした場合は一方的にこっちが屠られる危険性が高い。
先にウルフライダーとやり合った経験は、バードにはトラウマ級の出来事だ。
技量差は如何ともしがたく、目指すべき到達点は遙か彼方で背中すら見えない。
全く歯が立たない状態を嫌と言うほど経験し、一時的な精神の混乱をきたした。
――アナ達じゃ……
一方的に撃破されて終わりだろう。
トレーニングを積み重ねたとて、一朝一夕に追いつけるモノではない。
積み重ねてきた場数と経験は、考える前に身体が動く状態そのものだ。
かつてロックはそれを『型』と表現したが、シェルでの戦闘も同じだ。
積み重ねた膨大な対戦経験はそれぞれの得意な型が出来上がっている状態だ。
ただ、もしかしたら多少は気を使ってくれるかも知れない。
甘いといわれてもそんな期待をしてしまう自分が悔しい。
そして
――敵だものね……
下らない期待をする方が間違っていると自らを叱咤する。
あのソロマチン大佐とて、隙あらばテッド隊長を撃墜するだろう。
超絶に厳しいシリウスの社会で立ち位置を作っている女性たちだ。
その果たすべき義務は大きく重く、そして容赦が無い。
テッド隊長たちはそれを実力で跳ね返している。
ウルフライダー以外の誰もが全く叶わない敵として存在している。
仮に隊長軍団が特別編成の攻撃隊を編成した場合、対処できるのは彼女達だけ。
たったそれだけの、唯一にして最強の存在理由を得ているのだ。
そんなウルフライダーが手加減をするなんて期待するだけ間違いだ。
この半世紀、ウルフライダーたちはシェルと共に過ごしてきた。
もちろん、テッド隊長達初代クレイジーサイボーグズもだ。
呼吸や鼓動レベルでシェルを使いこなせるまでになっている。
サイボーグには呼吸も鼓動も必要ないが、シェルは間違い無く身体の一部。
いや、一部と言うより身体その物で、自由自在に使いこなせる状態だ。
だからこそ祈るしかない。
Bチームの新人3人とCチームの新人4人の前に彼女たちが現れない事を。
――あれ?
その時、バードはある違和感に気が付いた。
――ダブ…… ビッキー…… アナ……
――向こうはトミーにジェフにメイ、あと、ダムの4人……
シェルのコックピットで指折り数えたバードは確信した
――1人足りない……
あの太陽系の基地で歓迎会をやったときは8人立っていた。
だが、第1作戦グループにいるのはB,C両チームの7人だ。
第2作戦グループに行ったとは聞いて無い。
――何処へ行ったんだろう
歓迎会動画を見直すしかないのだが、そんな事をしている場合ではない。
オージンの速度計は秒速40キロに達していて、バードの経験した最速状態だ。
超高速で編隊を組み敵シェルを追跡するのだから、余所見の余裕など無い。
――それは後で考えよう……
――今はこっちが大事……
バードはリニアコックピットの仮想レーダーパネルをピンチアウトした。
そのエリアが大きく拡大され、シェルの戦闘支援アプリが情報を表示する。
逃げているシェルは推定で25機。
距離がありすぎてデータ解析の正確度はイエロー表示だった。
――なんか面倒の予感……
ふとバードがそんな事を思ったとき、先頭を飛ぶドリーも唸っていた。
「なんかやばいな。蜂の巣を叩く事になりそうだ」
データサーバーで解析を得意とするドリーだ。
シェルレーダーのエコーデータを解析しているのだろう。
――何をそんなに唸っているのだろう……
そんなことを思っていたバードだが、ややあって前方に何かが見えてきた。
まるでサイコロのような立方体に近い形状の小惑星だ。
データ解析では一辺の長さが凡そ20キロと表示されている。
完全な立方体ではなく、やや歪んだ形状だった。
だが……
「資源回収用の小惑星じゃないか?」
「その公算が高いな」
ビルの言葉にドリーがそう返した。
かつてのシリウス開発では、小惑星が活用されたとバードは聞いている。
シリウスやニューホライズンを楕円軌道で周回する大型の小惑星群だ。
シリウス系成立時にはまだ惑星だったらしい。
だが、シリウスαとβの強力な潮汐力を受け続け、砕け散った惑星の名残だ。
そんな小惑星は、内部の莫大な量の資源を内包していた。
資源開発に当っては、莫大なシリウスからのプラズマ風対策が重要だった。
結果、小惑星は内部から削られていき、気がつけば巨大空洞を持つ状態だった。
つまり、資源開発のなれの果ての小惑星は、外殻が装甲の役割をする状態だ。
「まるでサイコロだぜ」
ロックは警戒心溢れる声で言った。
小惑星の内部が伽藍堂になっているなら、その中に基地を作るのは自然な事だ。
ましてや小惑星を構成する岩盤は、大体が厚みを持った強い構造なのだ。
シリウスからの強力なプラズマ風を遮る高密度岩石の装甲。
それを叩くには荷電粒子砲だと威力が足りない。
爆発系弾頭を持つカノン砲で打撃力を加えるしかない。
岩への攻撃は見た目ほど破壊されないのが常といえることだった。
「迂闊に近づかねぇ方が良いんじゃないか?」
スナイパーであるジャクソンは無意識に距離を取りたがる傾向が強い。
だが、ここでは誰も反対しないでいる。
始めて出会う敵兵器なのだ。
データが無い相手に接近戦を挑むほどバカではない。
しかも、状況としては向こうが圧倒的に有利だ。
「複数面が見える角度からの進入はやめた方が良さそうだな」
ビルはそんな分析をした。
同じ事をバードも思っていた。
仮にその平面に砲座があったなら、複数面を見渡せる場所は危険と言うことだ。
方陣を組んだ銃列の様に、複数面からの同時攻撃を受ける事になるからだ。
「……そうだな」
ドリーはグッと変針し、一面だけへ近づく進路をとった。
相対距離はまだ300キロ程あるが、10秒と掛からない距離でしかない。
当然、撃たれたところで回避など出来るわけではない……
「あれってさぁ……」
バードは警戒心をむき出しにしてなにかを切り出した。
理屈ではなく直感として、その面のどこかに防空火器があると踏んだのだ。
もちろん、そんな事は誰だって分かっていることだと思う。
つまりそれは、自由闊達な意見交換を新人3人に見せると言う意味だ。
だが、バードの言葉が終る前、眩い閃光が視界を真っ白に染めた。
すぐ近くに爆発の気配を感じ取り、本能的に『誰が!』とバードは探した。
すぐ近くに居たはずのダニー機が居ない事に気が付いた。
「ダニー!」
バードが思わず悲鳴染みた声で叫ぶ。
今さらの説明を受けずともその理由は分かっていた。
――大出力荷電粒子砲!
シェルの装甲が紙の様に解けて消えるほどの出力だ。
爆発とほぼ同時にドリーが叫んでいた。
「全機散開しろ! ダニーは後で探す!」
バードはその言葉に理屈ではなく本能のレベルでシェルを変針させた。
別の砲が自分を狙っていたなら、ロックオンされている公算が高いからだ。
全くデタラメなランダム機動は照準を外す努力の結果でしかない。
それは、焼けた鉄板に放りだされたタコが踊り狂うようなモノでしかない。
文字通りのタコ踊りで、とにかく逃げるしかない。
「ジャック! ダニーの機動シミュレーションしておいてくれ!」
「わかった!」
弾道計算はジャクソンの得意とするところだ。
複雑な重力の影響を勘案し、爆発で放りだされたダニーの進路を計算する。
ただ、それが無駄な努力なのは認めたくは無いがすぐに分かった。
すぐ近くを飛んでいたダブの視野映像が、Bチーム全員で共有されたのだ。
ダニー機は上半分が一瞬で蒸発した状態だと分かった。
ギリギリコックピットを躱してるようにも見えるが……
「ダニー!」
バードは金切り声で叫んでいた。
仲間を心配している姿勢を見せるつもりなど頭から抜け落ちた。
純粋に同期の少尉を案じる姿だった。
ただ、その生存は神のみぞ知る事だ。
少なくともまともな状態でいるとは思えない。
強靭な構造のオージンだが、胸から上が奇麗さっぱりなくなっているのだ。
背面のエンジンパックは完全に消失し、燃料タンクが僅かに残っている。
爆発したのは姿勢制御用のスラスターエンジンとその燃料だろう。
ビーム兵器である荷電粒子砲は、それ自体が爆発するなどありえない。
砲撃を受けた側の何かが誘爆し、周辺を破壊するのだ。
荷電粒子の塊が通過したところは、そっくりそのまま消えてなくなる。
つまり……
「ダニーが蒸発しちまった!」
なかば半べそ声でライアンが叫んだ。
荷電粒子の塊に焼かれて原形を留めているものなど滅多に無い。
それこそ、小惑星の岩盤の様に高密度で高質量なものならともかく……だ。
「チキショウ! なんてこった!」
怒り狂っているスミスは、相変わらずアラブ系で怒りっぽい。
だが、回避努力を忘れた訳ではないようだ。
再びバードの視界が真っ白に染まり、バードは急旋回を決めた。
光を見てから旋回しても遅いのだが、生理反応として行なってしまうのだ。
――これっ!
――次の動きを読まれる!
このタコ踊りが危険だとバードは気が付いた。
そして、小惑星の面にある射点を探しながら、対策を必死で考えた。
何とかして生き残る方法だ。
――ほんと勘弁して欲しい!
心の内で泣き言を叫んだバード。ただ、事態は遠慮なく進んで行く。
荷電粒子砲は次々と連射され、その都度に視界の中を眩い光が埋めた。
瞬間的に視界を消失し、イメージセンサーのリフレッシュが必要になる。
――これくらい自動でやってよ!
生身の身体であれば、一時的な網膜のホワイトアウトも時間の経過で回復する。
しかし、リフレッシュボタン一つでパッと回復するわけではないのだから……
――この方が便利なのかな?
激しい回避機動の最中だと言うのに、そんな事を考えたバード。
段々と連射の速度が落ちてきて、加速器の容量一杯が見えてきた。
「そろそろ疲れてきたらしいな」
「あぁ。加速器が一杯一杯だろ」
スミスとジャクソンがそんな事を会話した。
どうしたって加速器は消耗品なのだ。
雲霞の様に攻撃されたなら、後先考えずに使うのだろう。
だが、現状では補給を勘案して加減する必要がある。
近代兵器最大の弱点は、消費電力と部品消耗だ。
「決戦前夜だからな。どうしたって温存を考えるだろ」
「一日でも長く抵抗するために…… ってな」
ドリーやビルもそんな事を言う。
ただ、それでも威力は凄まじいものがある。
――どうせならもっと威力絞ってよ!
内心でそう毒づいたバード。
巨大なサイコロ状小惑星の攻撃は、まだまだ激しく続いていた。