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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第2話 サイボーグ娘はイケメンアンドロイドの夢を見るか?
17/354

宇宙軍海兵隊の人々

~承前





 8





 この基地が外から見るよりはるかに巨大だと気が付いたのは、垂直エレベーターに乗った時だった。

 階数表示が三桁になっていて、しかも、エレベーターの降下中に中々数字が切り替わらないシーンが幾つか有った。


「長いですね」

「クラッシャブルゾーンって呼んでるけど、ダメージを受け流すための緩衝帯が含まれてるのよ。月面は大気がほとんど無いから隕石とかが来ると問答無用で直撃なの」

「弾道弾並みの威力だって教育されましたけど、やっぱり」

「そう。おまけにこのエリアは私達だけじゃなくて生身も居るからね。ガードは固めておかないと」

 

 ――あぁ なるほど……


 そんな風に頷いていたらエレベーターのドアが開いた。

 居住エリアの中でも比較的深いところだ。

 深い絨毯の敷き詰められた長い廊下を歩いて行くのだが、ドアの間隔が広い。


「ちょっと距離がありますね」

「このエリアは士官向けだから作りが豪華なのよ」

「私が使っちゃっていいんでしょうか」

「いいのよ。士官の特権。その分、仕事がハードなんだから。プライベートはリッチでエレガントにね」


 時間にすれば数十秒だが、それでも距離にして百メートル近くある。

 エレベーターのピクトサインが随分と遠くに見える。

 そんな場所にルーシーは立ち止まった。

 

「ここよ。あなたの新居は」


 バードの眼に【11013】の表記が映る。

 ルーシーは先に入り灯りをつけた。


 小さなエントランスを通り過ぎると中央に広いリビング。

 ガラスのテーブルを挟んで大きなソファーが向かい合わせになっている。

 リビング奥、短い廊下の途中に洗面台設備とシャワールーム。

 廊下の最奥には、一人で寝るにはちょっと大きすぎるベッドが鎮座していた。

 そしてベッドルームには驚いた事に窓があり、窓の外には月面の様子が見える。

 窓の隣にはウォークインのクローゼット。

 その隣にはまだ奥行きが有り、そこには事務用の書斎があった。

 驚くほど広い部屋だ。


「窓があるんですね」

「あぁ、これはダッドの部屋と一緒。地上のカメラで撮った映像を写してるのよ」

「凄い綺麗……」

「窓がないと精神的に落ち着かないって意見が多くてね」


 確かにそのとおりで、窓があるとそれだけで心が落ち着く。

 なにより、窓の外、遠くに地球が見える。

 漆黒の宇宙にぽっかりと浮かぶ蒼い惑星。

 母なる星を離れてしまったと言う事に、改めて驚くより他ない。


「ここは完全にあなたの私室よ」

「私室って、私専用ですか?」

「そう。危険物でない限り私物を持ち込んでも大丈夫。ただ、持ち込む前に査察部のチェックを受けてね」


 ある意味で念願だったマイルームが手に入った。

 だけど、その中身は複雑だ。

 休みの日に思う存分寝ているとか出来るのだろうか?

 変なところに気が飛んでいたら、ルーシーが笑い出した。


「大事な話するからちゃんと聞いてね」


 ニコッと笑った後、室内の装備に付いて一通り説明を始めた。

 手短だけど、月面生活ではとにかく重要な事ばかり。


 まず、水がとんでもなく貴重品である事。

 一定量までは無料だけど、それを使い切ったら別枠で買う事になる。

 給料から引かれるから注意らしい。

 目に見えるメーターが無いから実感がわかないとルーシーもこぼす。


「女は身支度に色々必要でしょ? 上手く使うのよ」

「今までやった事無いですから。オシャレしたいです」

「歳相応の女の子もやってみたいよね。あなたの場合は」


 説明はまだまだ続いた。

 基地内の空気は完全に科学的に合成されて作られるらしい。

 その為、無駄にする事無く念入りに浄化されリサイクルされる。

 水と空気はタダと言う常識で過ごしてきた日本人には相当辛いことだ。


 そして、空気の浄化には多額の経費が掛かる事。

 サイボーグだから直接のガス交換は必要ないので、酸素量が減ってもすぐに死ぬ事は無い。

 でも、生身の兵士も多数居る関係で、出来る限り空気を汚さないようにする事。

 コロンの香りとか臭いの元は出来る限り押さえなきゃダメらしい。


「私達は汗とか掻きませんよね?」

「でも、埃臭くなったり、或いは戦闘中に汚い場所に行ったりするからね」

「……あ、そうか」

「特に酷いのは腐った水の臭い。あと、死体が出す死臭。あれは出来る限り基地へ持ち込まないように」


 その他にも、ゴミをなるべく出さないことなど、宇宙で生活する為のアレコレをルーシーは丁寧に説明しつづける。

 だけど、その説明を聞きながらだんだんと不安になっていったのも事実。

 どれ程高性能なサイボーグだったとしても、バードは三週間前まで死を待つばかりの寝たきりな病人だったのだから。


「私に勤まるでしょうか……」

「あなたなら大丈夫よ」

「でも」


 ルーシーはまるで母親のように笑みを浮かべてバードを抱きしめた。

 バードの臭覚センサーが少し甘く漂うコロンの香りを検出した。

 

「人間的に甘やかして油断や隙が多い人間になったら、ここでは生き残れないの」

「もう人間じゃないですけど…… 人間やめちゃいましたから」

「そんな事無いわ。だってあなたの頭の中は立派に人間よ」


 ルーシーの指がバードの眉間をグイと押す。

 悪戯っぽい仕草に、互いが相好を崩す。

 だけど……


「……え? ……あっ …………あぁぁぁ!!!」

「わかった?」

「うそ……」


 驚いた表情でバードはルーシーを見た。


「もしかして!」


 ルーシーは一歩下がって腕を組み、背筋を伸ばしてバードをジッと見る。

 優しい笑顔だったルーシーの姿がまるで厳しいディテイラー(監督生)に変わる。


「プリーブ! 急いで支度なさい!」


 雷に打たれたようにバードは背筋を伸ばし、グッと顎を引いて応える。


「サー! イエッス マム!」


 バードは慌ててベッドメイクを始め、ソレが終わると部屋の中の装備を全部丁寧に片付けた。まるで士官学校の中でそうだったように……だ。


「完了しました!」


 僅か五分程で部屋の中が驚く程綺麗に片付けられた。

 その一部始終を見ながら、ルーシーは満足そうに笑っていた。


「ケイト! プリーブをチェックしなさい」

「サー! イエッス マム!」


 部屋の入り口に立っていたレイチェルが室内をチェックし始めた。

 ベッドの下とか水回りとか、一つ一つチェックしていく。

 ソレはまるで士官学校で散々やったルームインスペクションそのものだった。


大尉(キャプテン)エミリー! ルームインスペクションの報告です。問題なし!」

「今日は靴墨を隠してなかった?」

「有りませんでした!」


 部屋の入り口で自信たっぷりに立っていたバード。

 ゆっくりを振り向いたルーシーが優しく笑っている。


「完璧ね。流石だわ。教えたとおり」

「エミリー監督生は……」

「そう。中身は私だったの。絶対内緒よ?」

「はい」


 バードのプリーブ(一年生)時代に室長をしていたのは、ルーシーが化けた仮想の四年生だった。そして、ルーシーがケイトと呼んだレイチェルは、バードより一つ上に居た上級生であるケイトの中身。


「サイボーグはシミュレーターの上に居れば誰かに化ける事も出来る。他人になりすます事も出来る。だけど、どんなに姿形が変わっても、私たちは、私たちの中身は間違いなく人間の筈よ。そうでしょ?」


 ルーシーが諭す様に語りかける。

 バードの表情に笑みが戻る。


「そう言ってもらえると、なんだか救われます」

「どんなに取り繕っても私達は軍人であなたは海兵隊士官だから。責任を負わされるし、戦わなくちゃいけない。だけど、戦争したいから兵士になる人間なんて居ないでしょ?」

「そうですね」


 バードの両肩に手を置いて、ルーシーは笑った。

 本当に笑顔が眩しい人だと思った。


「あなたの心根は凄く優しいし、親切だし。それに」

「それに?」

「誰かの心の痛みとか悩みとかを共有出来る。私はそれを良く知ってる」

「ルーシーさん……」

「ケイは今日で一旦お終い。バード。頑張ってね」

「はい。頑張ります。ありがとうございました」

「元気だして明るく振舞って。女なら誰からも好かれたいじゃない」


 最後に優しく頭を撫でて、そしてルーシーは部屋の出口へと向かう。

 バードはなんとなくそれを目で追ってしまうのだけど、それは不安感の裏返しなんだと自分で気がついている。


「じゃね。困った事があったら相談して。レイチェル。後はよろしく。こう見えても結構忙しいの」


 そう言い残して、ルーシーは部屋を出て行った。

 ドアの閉まる音が冷たい。


「さて、次のイベントは」


 レイチェルが話を切りだした。


「あの。ケイト室長は」

「ルーシーと一緒。私がここから参加してたのよ。正直言うと士官学校は初めてだったから凄く楽しかった」


 あっけらかんと笑ったレイチェル。

 バードは驚くより他ないのだけど。


「士官学校シミュレーターの登場人物は、半分位がこんな形で参加するボランティアよ」

「AIじゃ無かったんですね」

「当たり前じゃ無い。相手の心とか読み取る事を学ぶんだから、人間がやらないとね」

「お世話になりました」

「良いのよ。私も凄く良い経験になったし。軍隊式の教育は新鮮だったしね。そのうち、あなたにもボランティアしろって指示が出るかもよ?」


 レイチェルの微笑みはルーシーとは違う美しさだとバードは思った。

 取り留めの無い雑談に興じていた時、部屋のインターフォンが来客を告げた。


 ――え? だれ?

 

 驚きつつドアを開けたら、つい今しがたルーシーに紹介されたバナザードが立っていた。まるで何処かへ遊びに行くかのような、ラフな格好だ。


「よぅ! バード 支度は終わった頃だろ?」

「バード 基地の中を案内するわ」


 さっきとは打って変わって陽気な笑顔を浮かべたバナザード。

 きっとさっきは仕事の顔だったんだとバードは思った。

 そして、オンとオフの使い分けをバードは垣間見た。


「本当は先にこの基地のNSAブレードランナーを全員紹介したかったけど、あちこち出払っているの。全部で18人居るんだけどね」


 案外面白い人かもしれない。そして、頭の回転が早い人たちだ。

 バナザードに促されバードは部屋を出た。

 だが、『あっ!』と気が付いて振り返る。

 その前にドアが閉まって鍵が自動で掛かった。


「あ! かぎ!」

「大丈夫。あなたがドアノブを持てば自動で開くから」


 やってみなよと促されてドアノブを持った。

 すると、小さなパイロットランプが青く点灯し、ガチャリと音を立てて鍵が開いた。


「あなたの認識番号と通信しているの。ここは便利な所よ」

「そう。地獄へ降下するヘルダイバーの拠点。アームストロング基地へようこそ!ってわけさ」


 二人して笑っているのだけど、何処かちょっと笑えないジョークに感じた。


「有り難うございます。でも、どうせなら天国が良かったです」


 ちょっとだけ口を尖らせてバードはそう言ったが、レイチェルは笑いながら言った。


「どこだって慣れれば天国よ。心配ないわ」

「それより、上へ行こう。バードのデビュー戦だ」

「デビュー戦?」


 バナザードが指を立てて上を指す。

 上の階って事かな?とバードは気がつく。


「上?」

「そう。リビングゾーンだ」


 再びエレベーターに乗って上を目指す。地下110階から地下75階へと移動するのだが、垂直方向に随分と大きな基地だ。それだけ人が居ると言う事だろう。


「ここから下の95階までは生身の兵士の宿舎とか食堂とかになっている」


 エレベーターを一歩出たバードは言葉を失った。

 さっきまでいた士官向けフロアとは大きく違う雰囲気だった。

 若い兵士が沢山居るフロアになっていて、廊下は110階よりも遥かに広く、普通にビニール製の床だった。


 一言で言えば『安っぽい』のだ。


「なんか雰囲気が違いますね」

「だろ? バードが居るところは、ちょっと贅沢なのさ」

「デッカードさんやレイチェルさんは?」

「私達は立場的には軍属だけど、軍隊の兵士ではないから、隣の一般市民向け居住区に居るのよ」

「じゃぁこっちへ来る時はどうするんですか?」

「そりゃ、毎回手続きしろって口やかましく言われるからな。もっとも。俺達は基本的にどこへ行っても顔パスだ」

「私達ブレードランナーはあらゆるセキュリティゾーンを含む全てのエリアへ出入り自由なのよ。レプリを追い詰めるのが仕事だからね」


 バナザードとレイチェルは、淡々と説明しながら歩いた。

 その後ろを歩きながら廊下を進んで行く。


 ブルードレスの海兵隊士官服を着たバードが歩いているにも関わらず、下士官とか一般兵卒が敬礼する事は滅多に無い。


「軍隊も実際は結構緩いんですね」

「知らなかった?」

「はい」


 バードは小声でレイチェルに呟いたのだけど、しっかり聞き取られたらしい。

 この辺りはサイボーグで良かったと思うような機能だ。


「でも、道くらいは開けてくれるわよ」

「……そうですね」


 レイチェルに指摘され気が付いた。

 バードが歩くと、廊下を広がって歩いている者たちが道を開けてくれる。

 皆が壁に背中を付いて、バードたちの為に。

 いや、バナザードとレイチェルは関係ない。


 その二人を露払いにして歩くバードの為に、廊下の真ん中を開けてくれるのだ。


「まぁ、どんなに作りこんでも所詮は地下基地だ。狭い場所だからな。みんなストレスにならない様に気を使ってるのさ」

「気を病むと疲れますからね。気がつかないうちに滅入って身体を悪くします」

「随分詳しそうだけど、なんか経験ある?」


 バナザードはイジワルな笑みを浮かべている。

 バードはそれがちょっと悔しくて、でも、何処か嬉しい部分でもある。

 軽口を叩いて陽気に話をするなんて、自分には永遠にありえないと思っていたのだから。


「まぁ……色々とね……」


 ニコッと笑って話を誤魔化す。

 あんまり詮索されたくない部分も有るし。


「バードは病気で死に掛けだったんだってな」

「デッカードさんはご存知なんですか?」

「知ってるのは俺だけじゃ無い」


 バナザードは眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。

 周囲を確認するようにして居るのは、話が外に伝わらないようにしてるのかも。


「サイボーグの情報ってだけじゃなくて、この基地へ新しく来る人間の情報ならブレードランナーはみんな目を通してる」


 バナザードの顔に少しだけ仕事モードの色が出た。

 三白眼で周辺を見回してから小声で言う。


「まぁ、全部知ってるわけじゃ無いが、どんな身の上かは全部目を通して考えるのさ」

「なにをですか」

「どんな手段でスパイにすり替えて送り込んでくるか? って手段をさ」

「送り込めるんですか?」

「あぁ、もちろん。上手の手からも水が漏れるって日本じゃ言うそうだけど、どんなにセキュリティを強化しても・・・・な」

「そうなんですか」


 海兵隊の基地にまで工作員が送り込まれる日常に、バードは言葉も無く恐怖した。

 

「もしかして、保安要員だけじゃなくブレードランナーが常時武装してるのって」

「いまバードが思ったとおりの理由だよ。俺達はいつでもどこでも、違法なレプリを見つけたらその場で殺す。サーチアンドデストロイだ」


 冷たく言い切ったバナザードの言葉。

 それはつまり、これからバードの身に降りかかる責任の重さ。

 常にそこまでやらないとダメと言う絶望的な現実に身を硬くする。


「ま、でもな」


 バナザードは大袈裟に声色を変えた。

 まるで闇語りのようなヒソヒソ話は影を潜めた。


「でもな。実際バードだけじゃ無いんだよ。ここに居る奴はなんかしら事情があるもンさ」

「そう。サイボーグの場合は大体ろくでもない理由よ。ブルーでバッドな舞台裏ってヤツね」


 レイチェルが再び話に加わる。


「事故とか病気で死に掛けたとか。そうでなきゃ、戦闘中に重傷負ったとか」

「もっと言うとね。サイボーグだけじゃなくて生身の兵士も色々と事情があるの」


 レイチェルも周囲をそれとなく見回している。

 なんだかんだ言っても、やっぱり気を使ってくれてるんだと気が付いた。


「軍隊に入るのは戦争したいからじゃない。人を殺したいからでも無い。給料が良いからって訳でも無い」


 バナザードが呟く。

 怒りをかみ殺したような、不思議な言葉。

 

「軍隊は社会で最後のセーフネットなのよ。他に何も無い人たちが最後にたどり着くところ」


 レイチェルの言葉がバードには不思議だ。

 何も無いって意味がわからない。


「例えば、家が貧しくて大学に行けないとか。家庭に問題があって居場所が無いとか、身寄りが無いとかね」

「だけど軍隊と言うところは、どんな人間でも問題なければ受け入れてくれるし、問題があれば叩き直してくれる」

「地元で命を狙われるようになった不良が逃げ込んできたりね」


 レイチェルもバナザードもバードに軍隊の真実を語っている。

 だけど、それを理解するだけの社会的な経験がバードには不足している。

 一般社会から隔絶された場所で大きくなった、ある意味で温室育ちのお嬢様。


「海兵隊に限らず軍隊で三年過ごすと無利子で大学の学費を貸してくれる。追加で二年勤め上げ名誉除隊になると全額出してくれる」

「五年努めて軍隊の名誉を汚さなければ、大学へただで行って、オマケに卒業したら准士官扱いよ。士官学校へも書類審査だけで入れるしね」

「まぁ、三年努めて学費借りて卒業して、それから軍隊へ戻ってきて十年頑張ると貸した分がチャラになるのさ」

「そもそも士官学校って試験を受けるだけでも本当は凄く大変なの。推薦状取らないといけないしね」


 大学へ行くのがそんなに大変なんだと思うと同時に、自分の行った事の無い学校がどんな所だか興味が湧いてくる。

 ついでに言えば、世の中ってそんなに甘い物じゃ無いと言う部分をなんとなく感じる。まだまだ知らない事だらけだし、経験して無い事の多さに眩暈がする。


 でも、何となく分かる事もある。


 軍隊は思っているほど酷い組織じゃ無い。

 市民活動家とかが基地の前でシュプレヒコール挙げてるのをニュースとかで見てたけど、彼らが安心して反軍隊活動を行えるのも軍隊の恩恵の一つかもしれない。


「バード。きつい事を言うようだが、でも真実なんだ。重要な事だ」

「あなたが嫌いだから言ってるんじゃないのよ。そこは勘違いしないでね」

「不幸なのは君だけじゃ無い。自分だけが不幸だなんて絶対思うな。悲劇のヒロインを気取るな。君程度の不幸自慢なら、ここには掃いて棄てるほどいるんだ」

「むしろあなたはラッキーなのかも。そう思ってた方が良いわ」


 ――ラッキー?

 ――どう言う事?


 ふと、そんな疑問が湧いて、でも、首を振って言葉を飲み込んだ。

 そんなバードの様子など、バナザードもレイチェルも全く意に介してない。

 人ごみを掻き分けて歩きながら、あれこれ説明し続けている。


「最後に頼る相手。それが軍隊さ。だから、ここに居る奴らはみんな家族になる」

「困った時。辛い時。もうダメだって成った時。最後に頼るのは家族だから」

「だからさ、バード。自分だけ不幸なんて思わない方が良いぜ」

「そうよ。みんなどっかしら不幸で、それでも、ここへ来れた人は幸せよ」

「野たれ死んで身元不明の遺体で勝手に処分されるよりは幸せさ」


 寂しそうに笑いながらバナザードはレイチェルと一緒に歩いていく。

 その後ろを歩きながらバードはボソリともらす。


「宇宙軍に限らず軍隊の基地って、いや、もっと言うと軍隊ってもっと怖い所だと思ってました」

「ハハハ! 面白い事言うね。だけど、軍隊だって所詮は人が集まって作るただの組織だよ」

「そうそう。ちょっとやってる事が特殊なだけよ」


 廊下を歩いて行って、就寝エリアからプレイエリアに入った。

 壁の模様がポップな色使いになり、その奥にレストランの文字が見えた。


「とりあえずなんか喰うか。サイボーグだってカロリーは必要だ」

「生体細胞は栄養を必要とするからね。欠かしちゃダメよ」


 足を止めたバードが見上げると、そこには派手な電飾に彩られたレストランの文字。


 [ Appolo on the LUNA ]

 

 ――月の上のアポロ?

 ――あぁ……

 ――そうか……

 ――アポロは月面に着陸したんだよね。300年位前に


 アレコレと思案を重ねたバードだが、バナザードはその耳元で囁いた。


「絶世の美女ルナを悦ばそうと、彼女の上でアポロが頑張ってんのさ。いつの時代だってどんな場所だって、男と女なんて所詮そんなもんだ」


 ………………!


 バードの顔が紅くなる。

 サイボーグが紅くなるわけ無いのだが、意味を理解してバードの心が震えた。


「さ、じゃぁ行きましょ。皆もお待ちかねよ」

「みんなって?」


 首を傾げたバード。

 バナザードとレイチェルが手招きし、バードはレストランへ足を踏み入れた。


「「「「「「  バァァァァァァァァーーーード!!!!   」」」」」」


 甲高い指笛が鳴り響き、大音量で音楽が流れた。

 クラッカーの十字砲火を浴びつつ、スポットライトが降り注いだ。

 眩しさに目を細めたバードだが、大音量の声が響いていた。


「レィディーース アーンド ジェントルメーーーーーン!!!!!」


 巨大なリーゼントのかつらを被ったサングラスの男性は、マイクをはすに握って叫んでいる。


「おら! うるせーぞ! そこのプライベート(二等兵)! 月面たたき出すぞゴルァ!!」


 凄いテンションだ。


「あーーーーーたらしぃぃぃぃぃーーーー!!!! 女神様のご光臨だ! オメーら拍手忘れんじゃねぇぇぇぞぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


 レストランの中から、まるで獣の咆哮の様な歓声と拍手が沸きあがる。

 驚いてポカンと口をあけていたバードだが、ふらりとテッド隊長が現れた。


「よし、主役が到着したな」

「……テッド隊長」

「バード。君の歓迎会って訳さ!」


 テッド隊長はバードの帽子を取って、そこに三角形の紙の帽子を被せた。


「やっと会えたなバード!」


 えっと、この人も見た事ある!

 目の前の男性の名前を必死に思い出す。


「ジョンソン……さん」

「ジョンでいーぜ! 気楽にやろう!」


 歓迎会……

 バードにとって初めての経験だった。


 あまりに驚いて振り返った先。

 バナザードはサムアップで笑っていた。


「楽しんで行ってね」


 レイチェルが笑って見ていた。

 ほんの少しだけ、ここへ来て良かったとバードは思った。

 ほんのちょっとだけ、そう思ったのだった。


 ……けど。

 呆気に取られて言葉を失っている間に、色んな手に引っ張られてフロアの真ん中辺りへやってきた。

 

「おめーら! 新人士官の足引っ張んじゃねーぞ!」


 会場から『オォォォォ!』と反応があがる。

 あんまり呆気に取られていたバード。

 ふと何かを思い出して視界の中のコントロールタブを開けた。


 階層を潜って行って、個人識別マーカーを立ち上げる。

 センターに居る間は視界が鬱陶しくてアプリを切っていたやつだ。


「バード! ほら! 君の歓迎会だ!」


 やってきた人はマーカーの名前を読む前に思い出した。

 熊のような大きな体躯の黒人男性。ドリー副長だ。


「ドナルド副長」

「おれもドリーで良いよ。面倒な事は気にするな」

「はい」


 そんな事を言われつつも、渡されたカップは花瓶くらいあるサイズだ。

 中には並々と琥珀色の液体が入っていた。白い雲のふたが掛かっている。


 ……ビールだ


 初めてお酒という物を渡された。

 遠い昔。父親がリビングで飲んでいたのを思い出した。


「バード! 乾杯だ!」


 つり上がった目が特徴の人。

 誰だっけと思う前に識別マーカーの表示を読む。


「あ、ありがとうございます。ペイトンさん」

「ペイトンで良いぜ。気楽にやれよ。気にすんな」


 肩をぽんと叩かれてから、急に肩を抱かれた。

 既に酔っ払っていると思ったのだけど。


「うちのチームの新しいメンバーだ! 戦闘用サイボーグだからな! 夜這いに行く時は遺書しっかり書いてけよ!」


 ペイトンが大声でそう言うと、会場から割れんばかりの歓声が上がる。

 呆気にとられてポカンとしているバードを余所に、テッド隊長がマイクを握ってビールのジョッキを掲げた。


People(野郎ども)! Fall IN(整列)! GetReady(準備は良いか)!」


 会場からオー!と言う歓声。

 

「いくぞー! 3! 2! 1! Jump(飛べ)!」


 一斉に乾杯が始まった。

 会場に押しかけていた兵士が笑顔でバードを見ていた。

 それが何とも嬉しくて、自然とバードも笑顔になった。

 

 月面にある海兵隊基地。キャンプ・アームストロング。

 これから生活の場となるここへ着任した夜は、騒々しく更けていった。


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