奇襲攻撃
当面、隔日公開と致します。
よろしくお付き合いください。
それは、あまりの突然の出来事だった。
――えっ……
激しい震動が突然に襲ってきて、バードは椅子から転げ落ちた。
隣に座っていたロックも投げ出されていて、酷い有様だ。
「……今のなに?」
「さぁな…… 居眠り防止のアトラクションじゃ無さそうだが」
「退屈な会議って訳じゃ無さそうだけど」
「結構重要な話が続いてる筈なのにな」
何とか身体を起こしたロックは、バードと共に当たりを確かめた。
戦闘指揮艦ジョンポールジョーンズのバトルルームは騒然とした空気だ。
2日前の新たな作戦説明が中断し、改めて説明を受けていたロックとバード。
それだけで無くシリウス派遣軍第1軍団の戦闘指揮士官が結集している会場だ。
ビッグウェーブ作戦は達成率93.4%と言う評価で、全員がそれに沸いた。
そして、引き続き新たな作戦計画が発表され、手順が示されていたのだ。
キラー作戦と名付けられたそれは、連邦軍の流れを汲む国連軍にとっての悲願。
大気圏外に存在するシリウス軍兵力の全てを撃滅する、一大攻勢作戦だ。
そしてそれは、来るべきニューホライズン降下に向けた、重要な第一歩。
その為、戦闘指揮を行う全士官が集められ、情報が摺り合わされていた。
巨大な会議室には400人近い人間が入っていて、会議の真っ最中だったのだ。
散々と修羅場を経験した者達だが、不安そうな表情は隠しようが無い……
――こちらCIC!
――艦内の全クルーに警告!
なんだなんだと騒がしくなる中、バードは無意識にロックを見た。
そのロックは顎を引き、真剣な表情になって状況を確かめている。
鋭い眼差しで辺りを睥睨する様に睨め回す姿は、まるで猛禽類にも見える。
戦闘中の様に凛々しいその表情は、バードの胸を高鳴らせるのに威力充分だ。
「何だと思う?」
「どうせあまり碌な事じゃねぇ」
「……だよねぇ」
ロックとバードが顔を見合わせる。
厳しい表情になったバードの表情もまた獰猛な肉食獣の様だった。
――現在本艦はシリウス軍シェルによる攻撃を受けている!
――これは演習に非ず! 繰り返す! コレは演習に非ず!
――全セクションはダメージコントロールに入れ!
――――――――3000年 2月3日 午前11時
戦闘指揮艦 ジョン・ポール・ジョーンズ バトルルーム
何かを伝えようとした艦内放送が突然途切れ、同時に再び激しい衝撃が走った。
姿勢を崩して転びそうになったバードは、ロックに抱えられて踏み留まった。
そして、改めてバードが頭を上げた時、轟音が艦内に轟いた。
何かが爆発した音だ。
「爆発系の実体弾頭だね」
「荷電粒子系兵器じゃ無ぇな」
次々に響く轟音と激しい衝撃にバトルルームが騒然となり始めた。
とにかく脱出路を確保しようと室内の士官が通路へと殺到する。
場数を踏んでいるだけに、激しい混乱や衝突は無い。
だが、艦が一方的に攻撃を受けているなら、巻き添えの可能性は高い。
「どうする?」
「とりあえず状況把握だな」
「そうだね」
慌てて動いたところで結果は知れている。
各所で渋滞を起こし、身動きが取れなくなるのだ。
一旦落ち着いて状況を確認し、効果的な対策を取るべし。
兵は拙速を尊ぶが拙攻はよろしくないし、いただけない事だ。
攻撃を受けているなら迎撃に精を出すのが上策。
先ずは反攻体制を取るべきなのだ。
「どうせ少数突撃の奇襲よ」
「つうか、そうで無きゃここまで一方的にやられねぇだろうしな」
「外殻を撃ち抜くくらいの威力があるかしらね」
「荷電粒子砲使われたらイチコロだが……」
外宇宙向け超光速船の船体はとにかく強靱だ。
ミクロン単位でのデブリ衝突でも大騒ぎになりかねない。
それ故、船体はその構造自体が一つの岩の様だった。
「……嫌な音だね」
「歓迎しねぇさ」
「……うん」
船体自体を揺さぶる様な激しい衝撃が続く。
鉄火場慣れしつつあるバードとて、余り良い気分じゃ無い。
――何かいやな予感……
バードは無意識にグッと奥歯を噛んだ。
絶対何かが起きると思ったのだ。
だが、突然襲い掛かってきた事態は、予想を軽く越えてきた。
ふたりのいた大会議室は、突然に炎の奔流に洗われた。
夥しい破片と船体を形作る骨材が会議室に飛び込んできた。
――うそっ!
バードの視界の中、炎の奔流が激しい勢いで駆け抜けた。
そして、その炎の供給点には大穴が開いていて、その向こうに星が見えた。
――ヤバイ!
頭の回転が少々悪い人間でも、状況的にはとんでも無い事だとすぐに理解する。
激しい炎は室内を嘗め尽くした後、宇宙へ噴き出す空気に乗って吐き出された。
それはつまり、会議室の急減圧を意味する。
「隔壁閉鎖! 負傷者救護!」
アリョーシャとブルによる指示が飛ぶ中、会議室の中の隔壁が閉められ始めた。
会議室の中に居たのは、シリウスへ派遣された第1作戦グループの戦闘士官だ。
その数凡そ380名程。その大半が集まっていたのだ。
「はやくし――
声が通らなくなり始め、減圧が進行しているとバードは直感する。
どんどんと空気が抜けていく中、バードは近くに居た生身の士官を捕まえた。
『ロック! この人達!』
『オッケー!』
バードから襟倉を渡されたロックは、ストリームに逆らって歩いた。
激しい気流が室内を駆け抜けるが、サイボーグには関係無い事だ。
『しかし、いきなりやられるとはなぁ』
渋い声でぼやいたスミスは、手近な所にいた士官だった亡骸を集めた。
シリウス軍の位相転移ステルスによる奇襲は、攻撃を受けるまで無防備だ。
『いくら何でもだらしなさ過ぎるぜ……』
『しかたねぇって』
ライアンのボヤキをジャクソンが宥めに掛かる。
レーダーに映らない以上、遠距離からの接近を発見するのは実視警戒しか無い。
だが、電子戦装備全盛時代である今では、見張り台など有名無実な存在だ。
『今日に限って誰も居なかったんだな』
『展望デッキか?』
『そう』
見張り台を設置していても、その実態はただの展望デッキでしか無い。
気軽な気分転換スポットとして利用されるデッキは常に人が居る所だ。
だが、この日に限っては誰も居なかったらしい。
人の目が無ければ、どんなに視界の良い見張り台でも意味が無い事だ。
『Bチーム全員、無駄話してるヒマは無いぞ! 生身の保護に当たれ!』
ドリーは無線で全員に指示を出した。サイボーグは真空中を苦にしない。
こんな時には率先して動き出し、全体の役に立つ事が求められる。
誰も言葉に出しては言わないが『サイボーグがいて良かった……』と。
そんな空気になる事を皆が期待しているのだ。
『ロック! ライアン! 手を貸して!』
手近に居た生身の救助を終えたバードは、続いて骨材に手を掛けた。
室内へと落ち込んだ骨材は艦のフレームの一部らしく、太く丈夫な構造だ。
『こりゃヒデェな』
『でも、引っかかっただけラッキーだぜ』
ふたりも手を貸し骨材の移動を図るのだが、その大きさは如何ともし難い。
だが、その骨材には多くの生身が引っかかっていて、命の危険がある状態だ。
『もう少し! もうちょい! もうちょい!』
わずかに動いた骨材の下から挟まれていた士官を救助したバード。
そのサポートについたダニーがトリアージを行う。
良い悪いと言っている状況では無い。
限られたリソースは上手く使わねばならない。
助けられない生身には安らかな死を。
まだ間に合う生身には全力の医療を。
そして……
――――緊急救護室より各サイボーグ士官へ
――――緊急受入の準備が出来た
――――見込みのありそうなのは……
それほど広くない会議室だが、それでも400人近い人間が密集していたのだ。
その被害は夥しいもので、次々と重傷者が宇宙へ吸い出されている。
内臓をぶちまけた状態での真空中放出はかなりの可能性で即死だ。
運良く即死を免れても、まともに生命維持出来ている状態での救出は難しい。
ましてや今は戦闘中だ。
優先順位として必要なのは、第1に敵を撃退する事だ。
『こりゃグロス単位でサイボーグ誕生かもな!』
『あんまり歓迎しねぇぜ!』
ロックとライアンは次々と負傷者を気密エリアへ運び込んでいる。
ふたりの手際良さは際立っていて、気密の取れている所が一杯になり始めた。
『しかしよぉ……』
『ん?』
『こりゃ酷い事になるんじゃね?』
『なんで?』
『命令指揮系統が手薄になるぜ』
『……あ、そっか』
ライアンとロックの言う言葉のバードが中身を理解した。
しっかりとした士官教育を受けたふたりは、こんな形での被害に頭を抱えた。
士官の存在とは責任の所在である。そして同時に、筋肉を司る神経でもある。
多くの兵卒を束ね、それを指揮し、戦闘に当たる士官が纏めて死ぬのだ。
『どーすんだろうな……』
ライアンはわずかに不安げな声で言った。
一気に責任が重くなるのは歓迎しかねる事だ。
3年間はみっちり修行しなさいと言う昇進体系だからだ。
『先ずはしっかり救護しようぜ』
ビルはその危機感を理解しつつ、手を動かせと発破を掛けた。
ただ、軍隊とは臨機応変を旨とするが、こんな形での再編成は歓迎しかねる。
もっと言えば、訓練を積み重ね阿吽の呼吸となった兵士たちには困った事だ。
勝手知ったる上司達が消え去り、新たな隊長なりが配属されるかも知れない。
その場合、敵と戦う前に上司との摺り合わせが必要になる。
精神的な消耗を生み出す事になり、少しばかりウンザリと言った空気になった。
『被害をまとめるんだ。状況を報告せよ』
エディはこんな状況でもいつもと変わらない振る舞いだ。
落ち着き払って周囲を確かめ、全員を落ち着ける努力をしている。
その、常に鷹揚と振る舞うその姿はまるで王様だ。
バードはそんな印象を持ったのだが、それに感嘆しているヒマは無い。
『艦外放出者86名! 恐らく全てブラックです』
動態センサーと赤外観測によりバードはそう報告を上げた。
ODST士官は基礎的なトリアージ判定の訓練も受けている。
専門では無くとも状況判断として死亡判定なのは間違い無い。
続いて、気密エリアでトリアージを行ったダニーが言った。
こっちはプロの医者で医療兵だ。その目は間違い無い。
『レッド33名。イエロー122名。グリーン66』
『行方不明がざっくり30か』
状況を纏めたジョンソンがそう報告を入れた。
続いてドゥドアラジョとアシェリが報告する。
『隔壁内部の負傷者は全員軽傷』
『下士官以下の居住隔壁内は全員無事です』
着々と集まり始めた報告にエディはやや厳しい表情になった。
多くが危惧したとおり、戦闘指揮官としての士官が欠けるのは歓迎しない。
『よろしい』
エディは落ち着き払った声で言った。
その声音に全員がほっと安堵する。
『せっかく生き残ったんだ。負傷に気をつけろ』
全員がイエッサーの声を返す中、ジョンを囲む艦艇が防御砲火を放ち始めた。
猛烈なレーザーや実体弾頭の射撃が続き、シリウスのシェルが次々と爆発する。
だが、そんな砲火をかい潜り、勇気を出して急接近を試みていた。
『あいつらやるなぁ』
『おいおい! 感心してる場合じゃ無いぜ!』
真空中にいて、しかも全く持って無防備な姿のジョンソンとドリーだ。
急いで隔壁の中へ避難するべき状況と言える。
高速でやって来るシェルは、それ自体が莫大な運動エネルギーを秘める。
そして、それが爆発すれば更に加速する事になる。
『負傷者はもう居ないな?』
状況を確かめに出てきたテッド大佐は自分の目で状況を確かめた。
緊急気密隔壁で遮断してしまえば、もはや生存者の救護は出来ない。
宇宙船はブロックごとに気密を独立させる事が出来る仕組みだ。
重大な気密漏れブロックは、そのエリアを捨てる事で他を守る事になる。
そのブロックの中に居た者は全員死ぬ運命なのだが……
『さて、こんな形でいきなり一撃を喰らったのも久しぶりだ』
溜息混じりに言ったエディは、無線の中へ本音をこぼした。
かつてのシリウス系戦闘では何度もあった事かも知れないのだが……
『しかし、しつこいな』
『やる気十分という事だな』
ブルもアリョーシャも気楽な会話をしているが、実際は艦全体が揺れていた。
ただ、軍艦乗りは艦長から末端水兵まで一蓮托生な運命だ。
艦の防御火器をコントロールするガンナーの技量だけが頼り。
対空戦闘をマズッて限界を超えれば、艦は機能を失い巨大デブリ一直線。
そして、推進力を失った宇宙船が辿る末路など悲惨の極地と言える。
巨大な重力に牽かれ、何処かの惑星に墜落するのを待つしか無い。
『しかし、これでは掃討戦をする様だな』
『あぁ。ブルの案に賛成だ。ちょっと困った事態だ』
ブルもアリョーシャもそんな愚痴をこぼす。
説明の続いていたキラー作戦はシリウスの宇宙戦力撃滅が主題だった。
だが、今はその前に抵抗戦力を削る必要性が生まれていた。
『キラー作戦も先が思いやられるな』
『では、その下準備と行こうか。先ずは航空戦力の無効化がセオリーだ』
ブルのボヤキに言葉を返したエディは、どこか楽しげな声で言った。
その言葉の意味するところは良くわかる。
大艦巨砲主義が航空戦力に置き換わって幾星霜だ。
現状の宇宙艦艇はシェルによる護衛無しでは心許ない。
ましてや、レーダー反射の位相をずらし電子の目を誤魔化す事が出来るのだ。
『シリウスシェルを撃滅する作戦ですね』
『あぁ。その通りだ』
Aチーム隊長が板に付いてきたリーナーの声に、エディは肯定を返した。
ただ、その直後にやや怪訝な声音でエディは付け加えた。
『要するに送り狼をする訳だが…… ちょっとだけ問題がある』
その声を聞いていたバードは、スッと心に影が落ちた様な気がした。
間違い無く碌な事じゃ無いと確信したのだが……
『エディ。遠慮なくハッキリ言ってくれ』
全部分かってるさと言わんばかりにテッドが言った。
おそらくは新入り達以外の全員が、その中身を気が付いている事だ。
『ならば――
エディは声音を改めて言った
――ハッキリ言うぞ?』
無線の中にクスクスと失笑が漏れた。
『これは正式な作戦計画では無い。あくまで応戦行為でしか無い。つまり……』
エディの言葉が終わる前に誰かが『チッ』と舌打ちした。
なんとなく直感でジョンソンだとバードは思った。
『要するに、ボランティアってのも士官の義務のウチって事ですね?』
『まぁ、そう言う事だ』
予想通りなジョンソンの言葉に対し、エディは当然と言った風で返答した。
その言葉は無線の中にヘラヘラと力無くこぼれる笑い声を生み出した。
参謀本部の立案した作戦計画は、人事委員会から査定を受ける事に成る。
一般下士官以下は作戦の達成度に応じて給与に手当てが積み増しされるのだ。
だが、応戦はその限りでは無い。
戦力を維持し被害を防ぐのは義務の範囲だ。
査定されない出撃を自主的に行なえ……
それが核心でもある。
『つまり、我々しか出来ない事を我々が率先して行う。そう言う事だ』
エディは呟く様にそう言うと、全員にシェルへの搭乗を指示した。
第1作戦グループのサイボーグが一斉に動き始める。
それを目で追ったエディは満足そうに微笑んだ。
相変わらずジョンポールジョーンズは攻撃を受けていた。
作戦ファイル************
Opelation:ZAPPER
作戦名『乱射』
『そろそろ撤収らしい』
状況を見ていたアリョーシャはそう言った。
弾薬を使い尽くしたのが、シリウスシェルは撤収し始めていた。
『各チームは分散して敵の拠点を叩け。撃ち漏らしは減点対象だぞ?』
エディが漏らした一言にバードは背筋が寒くなった。
間違い無く本気だと思ったのだ。
――なんか面倒の予感……
バードの偽らざる本音はそこだ。
気密ハッチの小さなマンホールを抜け出撃準備を進めるバード。
その内心は不安に埋め尽くされていた。
――やるしか無い……
そう覚悟を決めたのだが、新人3人がとにかく不安だった……