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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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テッド隊長の触れたくない過去

本日二話目です

~承前






 テッドは沈痛な溜息を一つこぼし慎重に言葉を選びつつ、恐ろしい話を始めた。


「何時だったか、俺がまだ新任少尉だった時代の話をした事があるな」

「はい」

「その後の話だ」

「後の?」


 バードの声に僅かではない警戒心が滲んだ。

 だが、テッドは構うこと無く話を進めた。


 ザリシャの地上で抱き締めて別れた話。

 その後にシリウスの内部で起きた権力闘争の道具になった話。

 テッドは真っ直ぐにバードを見ながら、正直に言った。


「リディアは独立闘争委員会の中で裏切り者の嫌疑を掛けられ、逃げ場を失った状態で慰み者にされていた。身体中を嘗め回され陵辱の限りを尽くされた。だが、本当に酷いのは……」


 さすがのテッドも言葉に詰まった。

 話を聞いているバードの表情が凍り付いていた。


「戦闘薬の存在はお前も知っているな?」

「はい。興奮系の向精神薬ですね」

「そうだ。あれを女が飲んで、()()に及ぶとどうなるか…… わかるだろ?」


 極限まで目を見開いてテッドを見たバードは口元を押さえた。

 そして『うそ…… 嘘ですよね……』とうわ言の様に言った。

 正体が抜けきった状態で犯されれば、それは女にとって一番の屈辱だ。


 本人がどれほど望まなくても、女はその痴態を余すこと無く見せる事になる。

 後になって後悔と絶望に苦しみ、生きることすら絶望を覚えるほどの屈辱……

 乱れきって猥らに狂う姿を本人が一番の苦しみと共に思い出す事になる。


「リディアはそれでも耐えたらしい。強い精神力のなせる業だ。だが、やがて彼女も陥落した。そして、人格が崩壊してしまい、複数の自分が内部で闘争を始めた」


 まるで我がことの様に話を聞いているバードは、僅かに震え始めた。

 カタカタと音を立てるその肩をロックが抱き寄せる。

 だが、それでもバードの震えは納まらなかった。


「それを見かねた姉キャサリンは、リディアを逃がすべく行動を開始した。実は俺の姉も元々が多重人格の気配があってな」


 首を振ったテッドは辛そうに肩を落とした。

 これ程に感情を顕にするテッドをバードは見た事がない。

 今にも泣き出しそうなその表情に、経験した辛さの程を感じるしかない。


「姉、キャサリンは…… 独立闘争委員会の手によりロボトミー手術を強制され、その後、頭蓋にAIチップを植え付けて文字通りのロボット化、AI化される寸前だった。その土壇場で……」


 言葉に詰まったテッドは息を飲んだまま押し黙っていた。

 バードはそれを『泣いてるんだ……』と感じた。

 ややあって気を取り直したのか、テッドは顔をあげてバードを見た。


「それを救ったのはヘカトンケイルの、とある男だ。その男は体内のマイクロマシンとシリウス土着微生物の相乗効果で身体がゲル化してしまっていた。だが、すべての不可能を可能にする身体再生能力を持っていたんだ。その男は姉の切断され喪われた脳の一部を再製するために、自らの身体の一部を姉に入れた。結果、姉の脳は再生し、死も人格喪失も免れた。だが……」


 バードもロックも、ここまで聞けば話の全体像を把握した。

 先に聞いたソロマチン少佐の言葉がなにを意味するのか。

 嫌でも解ると言うことだ。


「もしかして……」

「精神同調してしまっている……とか……」


 三白眼になったエディがジッとテッドを見ていた。

 口にするかどうかは任せると言わんばかりに。

 百戦錬磨なはずのテッドも流石に迷っているのだが……


「姉は……自らの意識が眠っているときはその男の影響を受ける。簡単に言えばスレーブ(奴隷)だ。操り人形といっても良い」


 小さな声で呟いたテッドの言葉にバードはロックと顔を見合わせた。

 それは余りにも辛い現実だった。自由以前に自分を奪われる事だ。

 完全な隷属状態となるスレーブの現実に、バードは狼狽える。


 だが……


「ヘカトンケイルの男もそれについて心を痛めているのだが」

「ヘカトンケイルが?」


 やや疑うような言葉でロックは聞き返した。

 地球人からみれは敵の総帥と言うべき存在なヘカトンケイルだ。

 まさかそこまで人道的とも思えないのだが。


「ヘカトンケイルは本物の善人だ。だが……」

「ヘカトンケイル以下にいる独立闘争委員会と呼ばれる連中が諸悪の根源だ」


 テッドに続きヴァルターがそう説明した。

 シリウスで生まれ育った人物だけに、その中身をよく理解しているのだろう。


「……でっ では、隊長の姉上様は」

「マスターであるヘカトンケイルが起きているときは、姉に自由はない。ヘカトンケイルが眠っているときには自らの意識を取り戻す。意識の平行起動ができない状態で、尚且つ……」


 テッドはガックリと肩を落とした。

 何処までも救いの無い闇のなかに居るような状態だった。


「太陽系に居ると精神的な影響を受けないが、シリウス系へ戻ってきたら途端に動かなくなる。火星で入手した新しい身体も、こっちへ来たら一気にゲル化が進んでしまう。過去何度試しているが、その都度に新たな問題が発生する。つまり、姉は……ヘカトンケイルの呪縛から逃げられないと言うことだ」


 だが、ハッとした表情を浮かべたバードは、慎重に言葉を選んで言った。

 恐らくは、テッドもエディも一度は思ったことだからだ。


 つまり……


「ヘカトンケイルが……居なくなった場合は、どうなるのでしょう?」


 バードの言葉にテッドとヴァルターが顔を見合わせた。

 なんとも楽しそうな顔だとロックは思った。そして、エディも。


「それは我々も考えた。で、予測されるパターンは三種類だ」


 エディは楽しそうに話を切り出した。

 右手をだし、拳から指を一本ずつ立てながら。


「支配権が変わり影響を受けなくなる。つまり、自由を手にするパターン。主人格に連動するマイクロマシンが停止し、完全に機能を停止してしまうパターン。これはつまり、キャサリンが死ぬと言うことだ。そして最後は、複数のスレーブ同士でコンフリクトを起こすパターンだ」


 説明するエディの表情が曇った。

 つまり、この言葉には重要なファクターがひとつ欠けている。

 バードはそう推測した。そして、勤めて冷静に考察を巡らせるのだが……


「本人の意識が戻らない理由がそこにあるのですね?」

「良い考察だ。半分正解で、半分間違いだな」


 エディは手を伏せてひとつ息を吐いた。


「本人の脳が老化している可能性がある。つまり、本人が寿命を迎えつつある」

「老化……」

「私やテッド達のように超光速飛行を繰り返し、時に喰われてしまった者ならば、まだ脳も若い。だが、彼女は超光速飛行を数えるほどしか行っていないからな」


 残念そうに首を振って溜息をこぼすテッドの姿には、普段の覇気が無かった。

 辛そうな表情と、悔しさや憤りを噛み殺す鬼気迫る表情が同居している。


 どれ程後悔しても、もう手遅れなコトだ。

 だからこそ、次に繋がる一手を打つしかない。

 現実世界は巻き戻す事など出来ないのだ。


「出来るものなら、姉キャサリンをこの手で楽にしてやりたい」


 そう漏らしたテッドには、戦い続けてきた男の悲哀が溢れた。

 最善を希求する昼と後悔に身を焼かれる夜を、千億と越してきたのだろう。


 ――だからこそ……

 ――隊長は厳しくて優しいんだ……

 ――後になって後悔しないように……


 バードはテッドという男の内側を少しだけ理解した。

 そして、こんな素晴らしい上司に恵まれた事を神に感謝した。

 一度はその存在を呪った神だが、今は素直に感謝できる気がした。


「まぁ、いずれにせよ……『もう一つ教えてください』


 バードはエディの言葉を遮って口を開いた。

 その真剣な表情に、全員が優しい顔になった。

 勘の鋭い娘が必死に食い下がって聞きたい事。

 それがなんだか、見当が付いたのだ。


「複数の精神て、どういう事ですか? あ、あと、あの毒ガス装置の中に居たゲル状の『それは……』


 バードの問いにテッドが口を開いた。

 優しい表情で笑って居るテッドは、真剣な顔のバードに笑みを返していた。


「あれは、リディアを娼婦紛いにまで堕とし、姉キャサリンをも自分の人形にしようとした独立闘争委員会の男の…… その、なれの果てだ」


 スパッと言い切ったテッドの言葉にバードは納得の表情を浮かべた。


「だから隊長は不機嫌だったんですね」

「不機嫌じゃないぞ?」


 必死で否定に掛かったテッドだが、エディもヴァルターも大笑いを始めた。

 長らくの相棒と言うべきヴァルター隊長は指までさして笑った。


「ウソ付けウソ! 荒れてたじゃねえかよ! アッハッハ!」


 遠慮無く弄るヴァルターの言葉にテッド隊長が恥ずかしそうな顔だ。

 そんな無邪気な振る舞いの隊長をバードもロックも初めて見た気がした。

 だが……


「テッド。顛末を全部聞かせてやればいいさ。このふたりは大丈夫だ。上手く振る舞うさ。なんせ、テッドの息子と娘だ。良い分別をみせるだろう」

「……わかった」

「じゃぁ、その前に仕事の話だ。ふたりともしっかり聞け」


 エディの声にロックとバードは揃って『はい』と応えた。

 その見事なシンクロに、エディが笑った。


「ビッグウェーブ作戦は完了したと言って良い。我々がパイドパイパーと。いや、ウルフライダーとやり合っている間に第5惑星セトが陥落した。ニューホライズン周回軌道上にも殆ど敵影はなく、制宙権はほぼ我々の手の内だ。従ってタイムラインを進める事になった。来月終わりまでにシリウス系のハビタブルゾーンからシリウス軍を全滅させて惑星上へ封じ込める。そして、再来月には地上へ降下する事に成るだろう。まぁ、我々の本業だ。シェルでの戦闘など余興に過ぎないからな」


 あれだけの戦闘を余興と言い切ったエディ。

 その事実にゾクリと寒気を覚えたバードだが、エディは敵わず続けた。


「バードもロックも気が付いて居ると思うが、参謀本部はシリウス制圧を4年と考えている。だが、私は個人的に3年で終わらせたい。大事な女たちを取り返して、その後の事を考えねばならないからな」


 あぁ、やっぱり……


 予想通りの展開にバードは笑う。ロックもまた笑っている。

 当初の予定をドンドン巻き上げて進行していくのだから、全てが駆け足だ。

 だからこそ、手抜かり無く全てをこなさねばならない。


「まぁ、なんだ。明日に響かない程度にしておけよ」


 テッドの肩をポンと叩いてエディは出て行った。

 その後ろ姿を見送ったテッドは、椅子の上で寛ぎ、表情を柔らかくした。


「あのウルフライダーが無事なら良いがな」

「……すいません。やり過ぎました」

「いや、それは良い。彼女は昔からかなりのサディストだからな」

「隊長は知ってるのですか?」


 バードの漏らした素直な言葉に、テッドとヴァルターは顔を見合わせた。


「知っているもなにも、彼女らは戦友のようなものだ。集団で食事会をしたりパーティーをしたり。時には共同戦闘もした」


 え?

 驚きの表情を浮かべるバード。

 ロックも息を呑んでいた。


「いきなり言っても理解しないって」

「そうだな」


 ヴァルターに突っ込まれ、テッドもまた笑っていた。


「長い長い物語だ。まぁ、切りの良い所まで話をしておこう」


 手を挙げて給仕役の下士官を呼んだテッドは、人数分のコーヒーを注文した。

 まだ終了宣言が出ておらず、仮にも作戦行動中なのだ。酒は飲めない。

 だがテッドの用意させたコーヒーには、ほんのりとウィスキーの香りがした。


「アイリッシュコーヒーかよ」

「コーヒーだろ」

「あぁ、間違い無くコーヒーだな」


 ハッハッハと笑うテッドとヴァルターのふたりはグラスをグッと煽った。

 アイリッシュウィスキーをベースに作られるコーヒーカクテルにバードが笑う。


「酒でも飲まなきゃ思い出したくない話だ」

「……そうだな」


 もう一度グッとグラスを煽ったテッドは静かに切り出した。

 賑やかなメスデッキの中で、この士官向けテーブルだけが静かだった。


「あれは…… 2049年の後半だ。コロニーを巡る戦闘が激化していた頃、あの超高速型シェルが初めて襲来し、俺たちはその迎撃に当たった。何をしても勝てなくてな。荷電粒子砲なしでいきなり撃破したのは、ロック、お前が初めてだ」


 思わず『本当ですか?』と聞き返したロック。

 そんなロックを頼もしそうにバードが見ていた。


「あぁ、本当だとも。あのシェルのパイロットは全部バトルドール。独立闘争委員会に忠誠を誓った子供達だった。あの自分は俺やヴァルターだってやっと20歳になった頃だが……」

「あのパイロット達はもっと若かったな」


 その辺りから切り出したテッドの話は、夜更けを過ぎてメスデッキが閉鎖されるまで終わる事は無かった。

 ロックとバードのふたりが時に息を呑んで聞いたその話は、やがて違う形で実を結ぶ事になるのだった。




 第12話 オペレーション・ビッグウェーブ




           ―了―



 第13話 オペレーション・ザッパー へ続く

ここでテッドが語る話は、別作品『黒い炎』の最新パートにリンクします。

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