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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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反省会の反省会

~承前






「あー…… 一生分叱られた気がする」

「仕方ねぇって」


 ハンフリーのメスデッキでコーヒーブレイク中のロックとバード。

 再起動したバードを待ち受けていた反省会は、隊長軍団のダメ出し大会だった。


 ――違う違う

 ――目で追うな


 ヴァルター隊長は割りと理論派だとバードは知った。

 だが、それをフォローするロナルド隊長は……


 ――ちげぇって

 ――こぉ…… ビューンとくるだろ?

 ――そしたらこっちからこぉババババと浴びせて

 ――ほんでギューン!と曲がってビューン!だ


 ……あぁ、フィーリングの人だ


 バードの困った表情にジャン隊長が笑っていた。


 ――おぃロニー!

 ――お嬢ちゃんにも分かるように説明しろよ!


 なんともラテン系なジャン隊長だが、ロナルド隊長も笑っている。


 ――んなこと言ったって無理っす


 朗らかな雰囲気で和やかに進んでいた反省会。

 だが、出てくる言葉は辛辣だ。


『違う』

『そうじゃない』

『展開が遅い』

『対応が遅い』

『次を読んでない』

『向こうの出方を見てから対処を考えても遅い』


 それは膨大な、莫大な、数え切れない経験がなせる業だ。

 幾多の試練を潜り抜けた……なんて言葉が陳腐なものでしかない事の裏返しだ。


 あまりにも多くの経験を積みすぎたがために、相手の次の一手が分かる。

 僅かな動きや動作の機微で、次の手が読める状態。

 すなわちそれは、自分が散々経験した戦闘の記憶そのものだ。


「俺たちにとってシェルは身体の一部だからな」

「一部って言うか身体そのものだよね」

「そうか?」

「だって痛かったもの」


 フゥと息を吐いてロックが厳しい表情になる。


「……だよな」


 重い沈黙が続いた。

 バードの内面で見た現実にロックは胸が張り裂けそうだ。


 何故自分たちばかりがこんなに辛い目にあっているのか。

 何故自分たちばかりがこれほど非道を行なっているのか。

 サイボーグだって人間だと、本人たちがどれ程に強く思ったところで……


「結局、人間扱いされて無いんだよね」


 辛そうに呟いたバード。

 ロックはその耳元に口を寄せた。


「恵の心の内で見たんだけど……」


 ロックのささやきにバードは咄嗟に表情を強張らせた。

 そして、恥かしそうにもじもじとし始める。


「な…… なに?」

「レプリカントの方が余程人間らしいって」

「あ……」


 一瞬だけ全ての動きが止まったバードは、僅かに刻々と首肯した。

 そして、ジッとロックの目を見た。


「そう思わない?」

「……実は俺もそう思ってたんだ。地球の地上で、あの道場に通ってたレプリを見ててさ、要するにレプリカントは自分探ししてんだよな。どう生きれば良いか分からないから、上手く生きる為にそれをやってんだよな」

「……そうだね」


 冷え切ったコーヒーカップを手鍋で温める事などサイボーグには出来ない。

 ただ、バードはそれでもカップを両手で包んでいた。

 温まって欲しいと、そう心から願っていた。


「最初はテロとか工作とか、そう言う任務で動き始めるんだけど、無垢な分だけレプリも迷うと思う。そして、誰も教えてないのに、そうプログラムされてる筈なのに、自分の罪深さに慄いて助けを求めてるのよね。きっと」


 バードの言葉が僅かに震えた。その震えにロックは恵の内心を思った。

 向かい合って座っていたロックは、手鍋するバードの手を外から包んだ。

 心からの愛情を込めて。


「レプリカントはその短い一生の中で大人になって死ぬんだろうな」

「……ほんと、そう思う」

「それに比べりゃ、俺はまだまだガキだわ」

「そう?」

「だって、バードが一方的にやられてたとき、後先考えずブチッときたから」

「……そうなの?」

「覚えてないのか?」


 バードはコクリと頷いた。

 ロックは一旦視線を切って辺りを確かめると、ウィンクしてバードを見た。

 赤外で繋がったふたり。ロックは自分の戦闘メモリーをバードに送った。


「……うそ」


 バードの視界で再現される、自らの陵辱シーン。

 そして、ロックの咆哮と大錘による殴打シーン。


 重装甲で強靭な構造のはずのドラケンが一方的に撃破されている。

 自己鍛造弾だとかHEAT弾だとか、そう言うアカデミックな話ではない。

 ただただ単純に、莫大な暴力の純粋な結晶として一撃を入れているシーンだ。


「ドラケンが…… オモチャみたい」

「だろ?」

「でも、私には同じ事が出来そうに無いなぁ」


 不安そうに言葉を漏らしたバード。

 ロックはニヤリと笑って言った。


「バードはバードのやり方で俺のピンチを助けてくれればいい」

「……うん」


 なんとなくなこっ恥ずかしさに顔を伏せたバード。

 ロックはそんなバードの姿に愛おしさを覚えた。


 だが、そんなふたりのテーブルに、ふと黒い影が落ちた。

 驚いて顔を上げたふたりが見たものは……


「ふたりとも、今日は災難だったな」


 そこに立っていたのはエディ中将だ。

 エディの隣にはテッド隊長とヴァルター隊長のふたりがいる。

 慌てて立ち上がって出迎えようとしたふたりをヴァルター隊長が制した。


「そのままでいい」


 だが、仮にも将官クラスが来たのだ。

 ロックもバードも着席のまま背筋を伸ばす。

 そんなふたりを見ながら、ヴァルターは『テッドのチームらしいな』と笑う。


「俺もそう思うよ」


 他でも無いテッドがそう呟いた。


 そして、ラウンドした大きなテーブルのシートに腰を下ろした。

 エディの左右にテッドとヴァルターの両隊長が控えた。


「しかしまぁ、良くやったな。ふたりとも大したもんだ」


 ヴァルター隊長は先ほどの反省会と違って真っ直ぐにふたりを褒めた。

 だが、テッド隊長は『褒めすぎても碌な事が無い』と言って笑っている。


「何ごとも場数と経験だ。ふたりとも良く分かっただろ?」


 エディの言葉にロックもバードも苦笑いで『はい』と答える。

 その素直な言葉にエディは満足そうに笑った。


「上達への最短手は、まず素直に聞くことだ」


 うんうんと首肯しつつ、バードを見たエディ。その眼差しは優しいモノだ。

 その眼差しが恥かしかったのか、バードはふと『向こうは1機足りませんでした』と言った途端、テッドは苦悶に満ちた表情を浮かべた。


 ――あれ?


 何か拙い一言を言ってしまったか?と訝しがったバード。

 ロックもスッと緊張の色を深めた。


「ふたりには話しておこう。本当は君達ふたりを連れて行く筈ではなかった」


 エディはいきなりそう切り出した。

 そして、チラリと隣に座るヴァルターとテッドに目配せした。

 その目配せにヴァルターは首肯を返し、チラリとテッドを見て切り出した。


「そもそも今日は馴れ合い出撃だったんだ」

「馴れ合い出撃?」


 語尾の上がる声でオウム返ししたバード。

 ロックも僅かに首をかしげた。


「そう。馴れ合いだ。バトルドールと呼ばれるシリウス独立闘争委員会の切り札を労無く撃滅し、後にあのパイドパイパーと交戦して痛み分けと言うシナリオだったんだよ。だが……」


 ヴァルターの目がテッドに注がれた。

 そのテッドもまた小さく頷く。


「パイドパイパーはひとり欠けている。そして、ラッキーサーティーンな本家クレイジーサイボーグズはふたり欠いている。双方互角の11機。それで本気でやりあうはずだった」


 テッドの言葉に驚きの表情を浮かべたバードは、小さく『やっぱり』と漏らす。

 その言葉にテッドの眉がピクリと動いた。


「知っていたのか?」

ガンズ(リボルバー拳銃)アンド()ローゼズ(真っ赤なバラ)が居ませんでした」

「……よく気が付いたな」


 バードはロックの顔を見ていた。

 あなたが言ってと言わんばかりの表情で……だ。


「金星軌道で遭遇したパイドパイパーは12機でした。ですが今回は」

「そうだ。ふたりが気が付いたとおり、ガンズアンドローゼズが居なかった」


 テッド隊長は深い溜息を吐き、辛そうに表情をゆがめた。

 その沈痛な表情に、バードはテッド隊長の内心を思った。


「あの…… 推測ですけど」

「あのガンズアンドローゼズは、隊長の……」


 バードとロックはそう切り出し、それ以上の言葉を飲み込んだ。

 テッドはジッとふたりを見て、静かに言った。


「ガンズアンドローゼズは、俺の姉だ」


 スパッと応えたテッド隊長は苦悶に表情をゆがめた。

 隣に座るヴァルター隊長は軽い調子で『凄いシリウス美人だぜ』と言う。


「見た事があるんです。火星のあのタイレルの工場で」

「……そうだったな」


 テッドは辛そうな溜息をこぼし、首を振って項垂れた。

 その姿はあの正義の体現者であるテッド隊長ではない。

 己の罪深さに慄く罪人のようだった。


「実は…… 先にリディアと密会していてな」

「はい、それは……」

「そうだった。おまえ達ふたりには見られたんだったな」


 恥かしそうに、申し訳なさそうに。ロックもバードも小さくなった。

 そんなふたりにエディとヴァルターは目を細めるのだが……


「姉、キャサリンは状態がすこぶる悪いらしい。実はまぁ、色々あって――


 何かを言いよどんだテッドに対し、ヴァルター隊長は遠慮なく言う。


「いっそ全部言って聞かせりゃ良いんじゃないか?」

「それもそうだが…… あまり深いところを知らないほうが幸せな事もある」

「まぁ、そりゃそうだけど、土壇場になった時、手をマズるかも知れないぜ」


 『マズる』の意味を上手く飲み込めなかったロックとバード。

 ふたりは、黙って成り行きを待つしかなかった。


「そうだな。その通りだ」


 テッドの差し出した拳にヴァルターがグーパンチを返した。

 この50年以上を共に戦った相棒と言うべき男の言葉だ。

 テッドの表情がグッと厳しくなって、覚悟を決めたとバードは思った。


「出来れば、これは誰にも言わないでくれ」


 そう前置きしたテッドは、エディへ眼差しを向けた。

 エディは静かに深く頷き、それは機密を漏らす了解だとバードは思った。


「実は、リディアはバードと同じ状態に陥った事がある」

「同じ状態……ですか?」

「そうだ。精神を分けて苦痛をやり過ごそうとした」

「苦痛……」


 バードは最初それを別れて暮らす苦痛だと思った。

 だが、テッドは恐ろしく真剣な表情でバードを見ていた。


「本当はお前達にも聞かせたくない話しだったが……」


 一息ついてテーブルへと目を落としたテッドは、やるせなく首を振った。

 辛くて悲しい思い出に苦しむ姿だとバードは思った。


 だが、そこからテッドが始めた話はバードの想像を軽く越えるものだった。

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