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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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バードの影たち

~承前






「……え?」


 ロックは言葉がなかった。

 確かにこの手で掴んだはずのバードが。

 いや、恵が。恵の身体が。

 砂になって崩れ去った。


「何が起こったんだ?」


 再び漆黒の闇に取り残されたロックは、本能的な恐怖を感じた。

 ただ、その恐怖に身を堅くする程、ロックも初心(うぶ)ではない。

 この身に降り掛かる危険は基本的に二種類。


 死ぬ危険があるか、命の別状のない危険か。

 その二つだ。


「さて……」


 視界には一切の支援が浮かんでいない。

 サイボーグ慣れしていると気が付き、苦笑いを浮かべるのだが……


「恵! 顔を見せてくれよ!」


 ロックは歩き始めた。

 何処へ向かっているかなんて分からなかった。

 一言でいえば直感だ。


 根拠など無いが、そっちへ行けば逢えるという直感でしかない。

 ただ、それが何を意味するものかは分からないのだが……


「そう言えば」


 さっきまで身体が沈む程の水面だった所が平坦になっている。

 踏んだ所でフワリとする事すら無く、身体が沈む事も無い。


「いったい何処へ行けば良いんだ……」


 なんとなくぼやいてみた所で事態が変わるとは思えない。

 ただ、純粋に心中を吐露したい時だってあるものだ。

 思えばバードはその全てを飲み込んできていた。

 いつだってなかなか本音を言わない女だった。


「アイツも色々抱え込んでるな……」


 その心の重荷に気が付いた時、なんとなく辺りが明るい事に気が付いた。

 ただ、その明るさは余り良いものでは無い事がすぐにわかる。

 どこかで何かが燃えている。赤々と炎を揺らしている。

 不規則な光の揺らぎが明確になりつつあった。


「……なんだ?」


 やがて、自分の手がハッキリ見えるレベルまで明るくなっていた。

 ロックは一面が岩と砂だらけの荒涼とした地に立っていた。


 地面には立ち枯れした草や正体の知れぬ生き物の骨が転がっている。

 それだけでなく、大量の薬莢と電源パックと、空のマガジンが転がっていた。


「……戦場」


 これはバードの心の内側に広がる心象風景だとロックは思った。

 荒みきって寒々しい景色だ。何処までも不毛な景色だ。

 何一つ生産的な事が行なわれておらず、ここにあるのは死と消費と破壊のみ。


 殊更に人間の愚かさばかりが目立つこの世界の中で、ロックは立ち尽くした。


「チッ……」


 小さく舌打ちして更に進んでいくロック。

 怒りと憎しみとに捉われ、心の中が常に重く沈んでいる日々。

 それはロックにも経験があることだった。

 いつか殺されると言う潜在的な恐怖から、前進する事を躊躇う。


 だが……


「ん?」


 そこに見覚えのある足跡を見つけた。

 砂の上に残るそれは、自分たちが普段履くバトルブーツのブロックパターンだ。


「……バード」


 更に進んでいくと、砂地の上には液体のこぼれた跡が点々と続いていた。

 なんとなくドキッとしたロックは、足早にその足跡を追いかける。

 やがて段々とその足跡がハッキリと輪郭を得始めた時、遠くで銃声が聞こえた。


 幾多の戦場を駆け抜けてきたロックだ。

 その銃声から銃の種類や使い方がすぐにわかった。

 正確に狙いを定め、慎重に撃つ音では無かった。


 どちらかと言えば、とにかく弾をバラ撒く乱射だ。

 何処へと言うわけでは無く、バラバラと全てに向かって撃っている感じだ。


「バード!」


 走り出そうとしたロックは、グニャリとしたものを踏みつけた。

 なんだ?と足下を確かめれば、首から上がない死体だった。

 その切り口からは白い血が滴っていて、身体はボロボロだった。


「レプリカント!」


 その亡骸をポイと捨てたロックは、足跡をひたすらに追跡した。

 走って走って走り続けた先で、再びロックはレプリカントの死体を見つけた。

 裸に向かれたフィメールレプリだ。


 だが、その死体は綺麗に整えられ、胸の上で両手を組まされていた。

 人の死よりも遙かに上等な処置を施されたレプリの死体。

 そしてその周辺には、酷い状態になった人間の死体が幾つもあった。


「……バード」


 ふと、その全てがバードの所行だとロックは思い浮かんだ。

 そもそも、バードはレプリを優しく殺す。

 次は人間に生まれておいで……と、心からの言葉で優しく諭す。


 だが、人間を殺す時は一切容赦が無い。

 容赦が無い所か、笑顔でより残虐な殺し方をしていた。

 全身へ拳銃弾を撃ち込んで挽肉以下へ変えてしまう事も一切では無い。


「そうか……」


 このときロックはバードの、恵の一番深いところにあるものを知った。


 恵は、バードは基本的に人間不信だ。

 そして、もっと言えば人間嫌いだ。


 だからこそ、レプリハンターとして行動する時には優しさをみせる。

 逃れられない死を前にして諦観するレプリへ、バードは優しい言葉を掛ける。

 人の道を諭すように口にする言葉は、レプリの心を見透かしているかのようだ。


 何故自分だけが死ななければいけないのか。

 何故自分だけが苦しまなければいけないのか。

 分かりきっているが認めたく無いその理由を前に、レプリは涙する事もある。


 バードはこぼした事がある。

 自分よりもレプリのほうがよほど人間らしい……と。


 だからこそ、人と戦う時はその行動に容赦が無い。

 自らが経験した屈辱や憤慨。無抵抗の自分に対する非道な行為。

 人間社会では本来『やってはいけない』とされる事。

 自らが体験した無抵抗に蹂躙された事の裏返し、仕返しだ。


「辛いよな……」


 ロックの小さな呟きは、空虚な空間に解けていった。

 そして、助けたいと心から願った。


「恵!」


 当ても無く走り出したロックの耳は、再び銃声を捉えた。

 その方向へ向かって走っていくと、目を覆いたくなる死体が幾つもあった。

 強い力に引きちぎられ、爆風に曝されて潰れ、直撃弾を受けて砕けた死体。

 だが、その中にあるレプリの死体だけは奇麗なままだ。


 ――死ね!


 ロックの耳がバードの声を捉えた。

 近くにいる!とロックは走った。

 やがて、猛烈な発射サイクルを持つ音が聞こえた。

 それはあの、連射の効く自動拳銃の音だ。


「どこだ!」


 ロックは大声で叫びつつ走った。

 銃声が段々と近くなり、ややあって発射炎が見えるようになった。

 もはや指呼の間とロックは一気に加速する。


 そして、ロックが見たものは、盛大に返り血を浴びたバードの姿だ。

 楽しそうに笑って銃を撃つ姿だ。


 ――死ね!

 ――死ね!

 ――みんな死ね!


 そう、大声で叫んで、そして銃を撃っている。

 何が楽しいのか、アハハハハと大声で笑っている。


 だが、やや進んだとき――


 ――また殺しちゃった

 ――ごめんね……


 そう呟きながら、白い血を流して死んでいるレプリの死体を丁寧に整えた。

 両手を胸の上で組み、その目を閉じていた。


 ――あなたを作った人間を皆殺しにしてあげる

 ――だから恨んで良いよ

 ――大丈夫だから


 息を呑んでいる敵の姿が見える。

 シリウス軍だったり国連軍だったりと様々な敵の姿が見える。

 そこへ向かってバードは銃を撃ち続けた。


「バード!」


 大声で叫びながら走り出したロック。

 その声に気がついたのか、バードは振り返った。

 大声で笑っているはずの恵は、両目から涙を流していた。


「恵……」


 ――あなたは誰?


 再びその言葉がバードの口から、恵の口から漏れた。


「バードだろ?」


 ――私はバード

 ――あなたは誰?


「ロックだ」


 ――知らない


 ボソリと発したその言葉の直後、バードはロックに向かって銃をはなった。

 鋭い痛みが身体を駆け抜け、ロックは激痛に呻く。だが……


「サイボーグはこれくらいじゃ死なないのさ」


 そのまま歩いて進んだロックは、ゆっくりとバードへ歩み寄った。

 驚きの表情を浮かべるバードは遠慮なく銃弾を打ち込み続けるのだが……


「捉まえたぞ。バード。いや、恵」


 ――だれ?

 ――だれなの?


「ロックだ」


 ――ロック……


 一瞬押し黙ったバードは、力一杯にロックを蹴り飛ばした。

 そして、素早く銃を向けると同時に後退を始めた。


 ――あなたは危険すぎる

 ――あなたは危険だ

 ――あなたは危ない


「バード」


 ――あなたは私を私で無くしてしまう


「バード!」


 ――あいつを殺さなきゃ!


 突然に走り出したバードはわき目も振らずに突き進んで行った。

 それを追いかけるロックは全身に激痛が走っている。


「これは仮想空間みたいなもんだろ!」


 精一杯に声を上げて走った。

 心の何処かから父の声が聞こえた。

 『自分に負けるな』と。


 だが、バードの足は速い。

 そもそもが軽量で瞬発力に溢れる構造のバードだ。

 同じ系統のセッティングとはいえ、ロックはやはり重い。


 それでも必死で走ったロックは、いつの間にか何処かの建物の中に居た。

 いつの間にか舞台が切り替わっていた。それにロック自身が気がつかぬほどに。


「バーチャルだもんな……」


 そう呟いたロックは驚愕の事態を目にする。

 先ほど銃を乱射していたバードと、全裸になって立ちはだかっているバード。

 そのふたりが睨み合って激しく罵り合っていた。


 ――おまえが一番弱い!


   ――それは関係ないよ


 ――おまえが邪魔なんだ!


   ――あなたも私の一部よ


 ――おまえさえ居なければ!


   ――あなたは私の影に潜む悪意


 ――おまえも私の一部だろう!


   ――そうよ その通り


 ――おまえは死ね!


   ――そうしたらあなたも死ぬのよ?


 ――やってみなければ……


 銃を構えていたバードは猛烈に乱射を始めた。狭い室内に兆弾が飛び交う。

 だが、裸のバードには不思議と一発も当っていない状態だった。


   ――無駄よ


 ――そんなバカな!


   ――あなたに私は殺せない


 ――うるさい!


   ――あなたは私の影


 ――やかましい!


   ――あなたは私の憎しみ


 ――だまれ!


   ――あなたは私の悲しみ


 ――うるさい!


   ――あなたも私の一部だから


 裸のバードは何処からか長いソードを取り出した。

 刃渡り二尺に及ぶ戦太刀だ。見事にそりの入った長刀だ。


【見事な太刀だ】


 ふと、ロックは内心でそう思った。

 ただ、そんな心の流れに構う事無く、バードはその太刀を構えた。


 岩尾流抜刀術における初学基本の構え。

 そして、ロックが最も得意とする飛燕の太刀筋の構えだ。


 だが……


【ダメだ。力が入りすぎている……】


 裸のバードはグンと加速して斬りかかった。

 だが、全身が力むその太刀では太刀筋が乱れ刃は遅くなる。

 それでも刃先が僅かに相手を捉えていた。


【いい太刀筋だけどなぁ……】


 黙って見とれているロックは、バードの飲み込みの早さに驚愕していた。

 おそらくは幾つもの鉄火場でロックが見せた太刀筋のトレースだろう。

 だが、基本の出来ていないその型では、剣は振れても相手は斬れない。


 狭い室内で戦う二人のバードは、戦意を露わにしていた。

 響く銃声と振り下ろされる刃の音に、室内の空気が震えていた。


【……ちきしょう。見てらんねぇ!】


 一糸纏わぬバードの柔肌に銃弾が食い込み、鮮血がパッと飛び散る。

 痛みに顔をしかめたバードだが、それでも踏み込んで上段から斬りかかる。

 その太刀行きの速さは見るべき物が無く、所詮は真似事でしかないのだが。


「違う! そうじゃない!」


 グンと飛び出したロックはバードの背後に付いた。

 何も着ていないバードの後ろにロックが立った。


   ――ロック!


「恵! 柄は握りこむな。小指だけで抑えろ! 手の力を抜け!」


 バードの小さな手の上にロックの大きな手が添えられた。

 ロックは両手の小指二本で太刀を押さえ振りかざした。


「力で振っても斬れない。流れるんだ。力は流してこそ威力を持つ」


 文字通り、手取り足取りのロックが太刀を降る。

 驚くほどの速度で振り下ろされた太刀は、銃を持ったバードの腕を切り落とす。

 そして、帰す刀でその胸を切り裂いた。


   ――すごい……


 切り裂かれたバードはそのままサーッと砂になっていった。

 静まり返った室内に、小さな砂の山ができた。


「これは?」


   ――もうひとりの私


「なぜ?」


   ――わからない…… だけど……


 裸のままのバードは笑っていた。


   ――私は私だから


「そうだな」


 不意にバードの手を離したロック。

 バードは驚きの表情で振り返った。


「迎えに来たぞ」


   ――え?


「仲間が心配している」


   ――そうなんだ……


 嬉しそうに笑ったバードは、ロックを見上げていた。

 そのバードを抱き寄せて抱きしめたロック。


「恵も…… 色々抱え込んでるな」


   ――あなたばっかり私の内側を見てずるい


「そう言うなって」


 チュッと優しくキスしてギュッと抱きしめたロック。

 されるがままに身を預けていたバードは『温かい』と呟いた。


 その時ロックは気が付いた。

 この部屋が、あの時バードと契りを交わした部屋だと。


「さて、任務完了だ。目を覚ましてくれよ」


   ――うん……


 バードがニコリと笑ったとき、ロックの視界が眩く光った。

 そして、一気に世界がその光景を変え、気がつけばハンフリーの艦内だった。


「おかえりロック」


 急に声を掛けられ驚いたロックだが、そこにはエディとテッドのふたりが居た。

 あれだけ居たスタッフの姿はまばらで、他に居たのはビルだけだった。


「バードは統合失調症一歩前だったんだな」


 精神科医でもあるビルはそう分析した。

 強いストレスに曝されたとき、人間の精神は苦痛を切り離してしまう事がある。

 自分じゃない誰かにその苦痛を背負わせて、主人格が逃げてしまうのだ。


「そうなのか……」

「まぁ、もう心配要らないだろ。ロックの手助けでバードは人格の統一が進んだ」

「統一?」

「そう、主人格ではなく切り離された別人格とは記憶の共有すらしない事が多い」


 驚くような言葉を口にしているビルは、ニヤリと笑ってテッドを見ていた。

 そのアイコンタクトに何らかの意思を感じるが、ロックは意味が分からない。


「まぁ、俺の出る幕はなかったようだ。あとはバードと話をするといい」


 ロックの背中をポンと叩いてビルはメンテナンスルームを出て行った。

 部屋に残されたエディとテッドの視線を感じつつ、ロックはバードを呼んだ。


「恵……」


 うん……


 ゆっくりと動き出したバードは、フワリと目を開けた。

 その眼差しは、いつものバードだった。


「ロック」

「恵」


 真名を呼ばれバードは恥かしそうに笑った。


「それは内緒だよ」

「いいじゃないか」


 日本語で会話しているふたりだが、その中身を理解出来るのはエディだけだ。

 ふとそれに気が付き、ロックもバードも会話を英語に切り替える。

 いつの間にかそんな事もネイティブの様に出来るようになっていた。


「恥ずかしいところを見せてしまいました」

「……いや」


 テッドは静かに笑っていた。

 その笑みは、娘の成長を喜ぶ父親のようだった。


「去り際にリディアが言っていたよ」


 テッドの言葉は暖かな湯のようで、寒々しくなっていたバードの心を温めた。

 幾多の試練を乗り越えてきたからこそ出来る振る舞いに、ロックは驚く。

 だが、テッドは驚愕の言葉を口にし始めた。


「リディアも同じ症状だったんだ」

「……ソロマチン少佐も?」

「あぁ。俺を認識できなかった」


 無表情になって驚くバードとロック。

 そのふたりをエディとテッドの目が優しく見守る。


「いずれ話をしてやる。だがその前に反省会だ。今回は絞るからな?」


 ニヤリと笑って立ち上がったテッド。

 エディも立ち上がって言った。


「少々無様だが生き残った事は賞賛に値する。次はもっと上手くやれ」


 ふたりそろって『はい』と返事をすると、エディはテッドと部屋を出て行った。

 残されたふたりは顔を見合わせ、恥かしそうに笑うだけだった。

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