ウルフライダーとの死闘・後編
本日2話目です
~承前
――やった!
だがそれは、喜びではなく満足感だ。
意地の一撃を入れてやったと言う征服感と言っても良い。
バード機の握り締めた拳はティアラ機のバーニア辺りを強打した。
瞬間的に失火したメインエンジンは、ややあって再点火に成功したらしい。
だが、そんなもので決定的なハンディになる程に拮抗した実力ではなかった。
逃げられないよう全ての方向に弾幕を張り、最短手で接近して一撃を加える。
ティアラが見せたその機動は、まさに円熟の芸術だった。
――うそっ!
――ウソよ!
機体のG限界警報が鳴り響く状態でバードは必死に逃げた。
限界まで捻り、バーニアを限界まで絞っておいてから一斉点火しての急旋回。
ランダムなリズムでの左右移動や捻り込みと言った三次元運動でだ。
だが……
『さぁ…… お逃げなさいな』
ティアラの冷酷な声が響くも、バードはその冷たい声を反芻する余裕すらない。
コックピットは限界機動とロックオンの警報アラームで埋め尽くされていた。
――なんで!
ぎりぎり一杯の逃げを打った筈なのに、左脚付け根辺りへ砲弾が命中した。
左脚自体を捻る機動が封じられ、右旋回の軌道制御余裕が無くなった。
その状態でバードは猛烈にチェーンガンを浴びている。
豆鉄砲ゆえに装甲を貫く事は無いが、あまり気分の良いモノではない。
なにより、神経接続された身体に鈍い疼痛を覚える。
――痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
砲弾が来ると分かっていながら、躱す事も逃げることもバードは出来ない。
自らの努力を全て否定するような動きを見せつけられ、ただただ沸騰する。
――あのババァ!
冷静さを欠いた状態でシェルのドッグファイトは無理だ。
氷のように冷静でいなければ、相手の次の手を封じることなど出来ない。
シェルのドッグファイトは心理戦でもあるのだから、沸騰したら負けだった。
だが、バードの内心は怒りと憎しみと純粋な殺意で埋め尽くされた。
絶対に殺してやると沸騰の極みまで怒り心頭だ。
しかし、そんな沸騰の代償はすぐに訪れる。
リニアコックピットの視界からはみ出すほどに接近を許したバード。
至近距離からの一撃は即死の危険があるが……
『ウワァッ!』
反射的にバードは荷電粒子砲を構えていた。
瞬間的に加圧できる速射型ではないが、低出力であれば砲撃は可能だ。
使うなと隊長から釘を刺された兵器だが、それを考えている余裕は無かった。
『……それじゃダメよお嬢ちゃん。いい女は意地を張らなきゃ』
至近距離からの砲撃全てをかわしたティアラは一瞬で至近距離へと接近した。
そして、お返しとばかりにバード機のコックピットを殴った。
機体内部に轟音が響き、コックピットの中は激しい震動に見舞われる。
ガリガリと精神を削っていくその音に、バードはパニックを起こした。
――たっ!
――たすけて!
そう叫ぼうとしたバードは、咄嗟に自分の口を押さえ込んだ。
必死で言葉を飲み込み、助けを求めるようにロックを探した。
だが、そのロックは高機動ミサイルに追い掛け回されていて余裕が無い。
ティアラのパイロットは執拗にバードを追い掛け回しつつ、高機動ミサイルを制御してロックを封じていた。
『ほら 早くお逃げなさい 狼が来るわよ さぁ早く』
一撃で撃墜するわけで無く執拗にバード機の機能を封じていくティアラ。
バードの機体は各部のスラスターやバーニアが段々と機能を失っていく。
――うそっ!
――うそっ!
――うそっ!
生身ならば泣きべそを掻いている状態だが、サイボーグにそんな機能は無い。
パニックを起こしてデタラメな軌道を描きつつ、それでもバードは逃げた。
『ほら、そっちへ行ったらチェックメイトよ?』
コックピットの中にミサイル警報が鳴り響いた。
シェルの戦闘支援AIが自動迎撃を行ないミサイルを撃墜する。
だが、その間は機体制御がAI任せになるので機動予測は容易い。
ミサイル迎撃も機体制御しながらやらなきゃならない。
上級者との殺し合いでは、絶対的にその能力が必要になる。
だがそれは、生き残って基地へ帰った時に気がつくモノだ。
ティアラは相変わらず執拗にバードを狙い続け、高機動ミサイルとチェーンガンの弾幕で動きを規制し、背面へと回り込む。繰り返し、繰り返し、僅かずつ直撃弾を与え、少しずつその精神を削るように……だ。
『お嬢ちゃん? もう諦めたの? だらしないわねぇ』
背面に回りこんだティアラはバード機の左膝へモーターカノンを打ち込んだ。
一番弱いところへ命中した砲弾により、バード機は左膝から先を失った。
『ほらほら…… さっきの威勢はどうしたの? 無様よ?』
その言葉にグッと奥歯を噛み締めて一気に振り返ったバード。
右腕に装備されていたモーターカノンを突き出しティアラを狙った。
だが、それはただの罠だったと気がつくまで3秒も掛からなかった。
――アッ!
振り返ったバードと反対周りに来た高機動ミサイルが右ひじへと命中した。
無線制御で命中点をコントロール出来るそのミサイルは、右腕のモーターカノンを完全に破壊し、肘部のスラスター機能を殺した。
『次は何処を切り落としてあげようかしらね? ウフフフ……』
機体の回転制御スラスターを失いZ軸方向でスピンするバードは、それを止めるために左腕を突き出すしかない。てこの原理そのもので、手首部分の小さなスラスターを使い、回転モーメントを殺さねばならないのだが……
『ほら どうしたの?』
冷酷で小馬鹿にしたような声が響いた。
必死に伸ばしたバード機の腕をティアラ機が掴んでいた。
『バンザイして御覧なさい。ブリキのお人形さんでもそれ位出来るわね?』
ブリキのお人形と呼ばれたバードの脳裏に、Cチームのマークが浮かんだ。
音符と共に踊り狂うブリキの人形だ。そしてそれはサイボーグへの蔑称……
『ふっざけんなクソババァ!』
荒い言葉がバードの口を突いて出た。
恐怖や嫌悪を塗りつぶして余りある怒りと憎しみが沸き起こった。
それはバードの深層心理に蠢いているモノそのものだ。
この世の全てを憎み恨んだバードの一番コアな部分が露わになる……
『あら まだ折れてなかったのね 感心感心』
冷たい声と共にティアラ機はバード機の左腕を蹴りつけた。
姿勢制御スラスターを使って加速をつけ、かなりの一撃だ。
ズンッ!と鈍い音が響き、バードの視界に機能不良警報が浮かび上がる。
脊髄へ鋭い痛みが走り、バードはシェルの基礎骨格部分が損傷した事を知った。
激しい痛みに奥歯を噛むが、それは自分の身体の異常ではない。
ただ、パニックを起こしている最中ならば、それを区別する事など不可能だ。
機械的な傷みと自分の痛みの区別がつかない中で、バードは沸騰し続けた。
――ナメヤガッテ……
――チキショウ!
――チキショウ!
まるで脳殻内部がグツグツと沸き立つような怒り。
バードの脳は空間把握すら出来なくなり始め、異常な興奮状態へと入っていく。
――コロシテヤル……
――コロシテヤル……
――コロシテヤル……
――コロシテヤル……
――コロシテヤル……
繰り返し繰り返し、殴られ、蹴られ、バード機のシェルは機能を失っていく。
だが、そのコックピットで激しい痛みに去らされながら、バードはうわごとの様に繰り返していた。
――コロシテヤル……
と。
『ほら、お嬢ちゃん。三回廻ってごらんなさい』
サディストな部分をむき出しにして笑うティアラの声が無線に響く。
勝ち誇ったように、蔑むように、ネチネチといたぶっている。
『あら、気でも失ったのかしら? 失神して良いのは彼氏の腕の中だけよ?』
バード機をポンと放して距離を取ったティアラはモーターカノンを構えた。
幾ら重装甲を誇るオージンといえども、貫通は避けられない。
コックピットを撃ち抜かれれば、サイボーグといえど即死は免れない。
『ほら、貫通してあげるわ。女の仲間入りよ?』
ウフフと流れた笑い声には、背筋を寒くするような敵意と悪意があった。
しかし、その声にすらバード機は何の反応を示さなかった。
まるで死んだかのように。
『ちょっと待てやゴラァァァァ!』
無線に流れた荒々しい声は、トリガーを引き掛けたティアラを凍りつかせた。
驚いて振り返った先には、つい先ほど痛めつけたはずの若い男がいた。
『おれの女になにしやがる!』
複数の高機動ミサイルに追いかけ回されていたロックは、そのミサイルの隙間を縫ってティアラに接近していた。バード機をいたぶっていたティアラが振り返った時、目の前に居たロック機は、巨大な大錘を振りかざしていた。
『……えっ?』
ティアラは短い言葉を発した直後、なんら身動きできずに固まった。
ロック機の振り込んだ大錘は文字通りのジャストミートだ。
ティアラの左脚付け根辺りを直撃し、一撃で左脚部が破壊されちぎれた。
『オッラァァァ!!!!』
持てるスラスター推力の全てを使って右へとスピンしたロックは、遠心力の全てをつぎ込んで大錘を振り込んだ。
先端重量20トンに及ぶ大錘はスラスター加速による遠心力とあわせて、壮絶な一撃をティアラ機に打ち込む。衝突衝撃は速度の二乗に比例して大きくなる。そして純粋な力の大きさは速度と質量の乗算だ。
大錘の最重量部が叩き込まれた背面のエンジンパックが一撃で機能を失った。
漏れ出た燃料に引火したのだが、ロックは迷っていなかった。
『ウッラァァァァ!!!」
縦方向へと鋭いスピンを見せたロック機は、その大錘でティアラ機の右肩辺りに強烈な一撃を入れた。ランチャーに装填されていた予備の高機動ミサイルが押しつぶされ、連鎖的に爆発し始める。
その破片を全身に受けてなお、ロックの激しい怒りは収まっていなかった。背面からAI制御で襲い掛かってきた高機動ミサイルを全て大錘でなぎ払い、その反作用まで使って振り上げ方向へ一撃を入れた。
『くたばれやゴルァァァ!!!!』
右脚部の付け根から左肩方向へ向けて逆袈裟での一撃がティアラ機を襲った。
股関節部が一瞬にして破壊され、同時に機体前面の重装甲が木っ端微塵に破壊されてしまった。巨大なクラックが機体に走り、コックピットカバーが吹き飛んだ。
振り上げた大錘の重量をスラスターで強引にねじ伏せたロックは、直上から振り下ろす方向で強烈な一撃を叩き込んだ。ウルフライダーシェルの頭部ユニットが原形を留めないほどに破壊され、胸部ユニットへとめり込んだ。
『何とか吼えてみやがれクソババァ!』
振り下ろした大錘のメインシャフトは歪みきり、堅牢強固なはずの大錘先端には様々な破片が突き刺さっている。クロモリとタングステンで鉛をジャケットし、その周辺を劣化ウランで固めた超硬質な大錘の一撃は、原形を留めていないティアラ機の右側面へと叩き込まれた。
右腕は肘部分から完全に切断され、次の一撃で機体中央部のフレームがグニャリと歪んだ。それでも大錘を振りかざしたロックは、機体中央部目掛けてその大錘を振り下ろした。
『ッシャァァァ!!』
飛び道具としての機能は無い。
自動でホーミングしたり、或いは迎撃したりする機能も無い。
光の速さで戦場を迸り、敵機を破壊する事も出来ない。
大錘とはそんな武器だ。
だが、使う者が使えば、その威力は想像を絶するものとなる。
重装甲で鳴らす最初のシェル、ドラケンはそのフレーム余力が相当あるものだ。
しかし、ロックの叩き込んだ一撃は、シェルのフレームを完全に破壊していた。
『サンディ!』
『ロック!』
ベルとエディが同時に叫んだ。
それと同時に各所で壮絶なドッグファイトを演じていた両軍の各機が一斉に戦闘をやめてロックとティアラ『だった』シェルのところへ集まり始めた。
『ロック! 待て! 待つんだ!』
ティアラ機のコックピット目掛け物凄い一撃を打ち込み掛けていたロック。
だが、そのシェルの動きをウッディ隊長が止めた。ただ、大錘の持っていた運動エネルギー自体を吸収しきらず、ウッディ機自体も振り回される始末だった。
『サンディ! サンディ! 返事をして! サンディ!』
ワイングラスとコメットの両機がティアラ機を牽引してその場を離れた。
そして、ロック機との間に割って入るように楽器トリオが立ちはだかった。
『止めねぇでくれウッディ隊長!』
『いいから待て!』
『ぶち殺してやる!』
猛烈に沸騰しているロックはウッディ隊長の制止を振り切りそうな勢いだ。
同じように止めに入ったリーナー隊長がロックの背中についた。
『落ち着けロック!』
『止めねぇでくれリーナー。あいつを!』
全く止まる気配の無いロックは2機掛りの静止を振り切りそうな勢いだ。
だが、そこへ意外なところから声が掛かった。
『あなたの仕事はこっちでしょ?』
ハッと驚いて辺りを確かめたロックは、すぐ近くにブラックウィドウがいるのに驚いた。そして、そのシェルの前にはバード機が居た。
『帰って彼女を抱き締めてあげてね。そうしないと……』
ブラックウィドウはバード機をフッと押し出してロック機へと押し付けた。
そのバード機を受け止めたロックは、戦闘空域にもかかわらずコックピットから飛び出てバード機のコックピットを開け、中へと飛び込んだ。
『あなたの知らない彼女が出て来ても、その手を離しちゃダメよ。わかった?』
『え? それって……』
『人間は弱い生き物だから、僅かな苦痛と感情的な沸騰が人格を切り分けるの』
コックピットの中で低いうめき声を発しながら機体を痙攣させているバード。
そのバードの身体を抱き寄せたロックは、遠慮なく力一杯に抱きしめた。
『バード! バード! しっかりしろバード!』
気がつけばウルフライダーたちは飛び去っていた。
バード機は満身創痍だが、その原形はしっかり留めている。
だが……
『バード! バード! しっかりしろ! 俺だ! 分かるか!』
鈍い声でウーンと唸るばかりのバードは漆黒の闇の中にいた。
熱も光も感じない黒い炎の中で、死神の影を見ていた。