ウルフライダーとの死闘・前編
~承前
──来た……
バードは内心で叫んでいた。
レーダーパネルに表示された敵影は全部で11だ。
──あれ?
おかしい。
パイドパイパーは全部で12機のはず。
一機足りないのは……
『隊長のお姉さんって出撃出来ないのかな』
スケルチでこっそりと話を振ったバード。
その話しを聞いていたロックもこっそりと言葉を返した。
『らしいな』
敵シェル全機を改めてサーチしたバード。
だが、その数は何度数えても11だ。
『あの銃とバラのシェルだよね』
『確かそうだった筈だ。ソロマチン少佐は黒衣の未亡人だ』
一瞬の重い沈黙。
その後に流れたのは小さな溜息。
『もしそうだとしたら…… 隊長も辛いね』
『だから隊長は……』
戦力的には味方が一機でも多い方がいい。
それはもう厳然たる事実だ。
だが、テッドは出撃前にバードとロックの同行をギリギリまで迷っていた。
戦力的な話や戦闘能力としての問題もあるのだろうが……
『……ああいうのを含羞の人って言うんだね』
『随分と古風な言い回しだけど、まぁ、そうなんだろうな』
もっと信用してほしい……と、バードはそう思った。
次々と敵機を撃墜できるレベルになったバードだが、やばり経験は浅い。
火と鉄の試練を乗り越えたが、まだまだ隊長たちのレベルには届いていない。
だけど信用はして欲しい。
やる気と努力だけで乗り越えられる実力差では無い。
だが、困難に挑んでこそ技は磨かれる。
危険に身を晒してこそ精神は成長する。
――凪の海は船乗りを鍛えない……か
エディが常日頃から口にしている言葉を胸中で反芻したバード。
その胸の内は波頭逆巻く嵐の太洋だった。
「来たぜ来たぜ!」
「ヒャホーイ!」
「会いたかったぜベイビー!」
一瞬誰の声だかバードは把握し損ねた。
ピエロのシェルとは相対距離100少々だ。
僅か3秒後に超高速ですれ違ったシェルは、やはり11機だった。
「各機! 上手くやれよ! 勝手に死ぬんじゃない! いいな!」
エディの熱い声が響き、全機が大きくターンオーバーした。
ロックとバードはその最後尾に陣取り、各機の動きを観察していた。
『やっぱり1機足りないね』
『確定だな』
散開して行く隊長たちは、同じように散開を始めたパイドパイパーに挑んだ。
先頭を切り突入したブルはツインソードに狙いを定めたらしい。
『ツインソード! 今日こそケリをつけるぞ!』
『誰かと思えば醜いブルドッグか!』
『会いたかったぜ!』
一気に距離を詰め至近距離で実弾を撃ったブル。
その実体弾頭の全てをかわし、ツインソードはブルへと肉薄した。
至近距離で激しく打ち合う2機は一歩も引かずに激しい機動を行なっている。
『そらっ! 踊ってあげるわよ!』
『光栄だね! アッハッハ!』
なんとも楽しそうに踊っているブルだが、腕前としては互角だとバードは思う。
そして、ブルの死角を突くようにワイングラスのシェルが現れた。完全に見えないアングルから一撃を放っているのだが……
『それはちょっと酷いな』
『男をひっぱたいた回数だけ女は株が上がるのよ!』
『なら正面から叩いてやれよ。そりゃ無粋ってもんだ』
ワイングラスの放った砲弾をアリョーシャが撃墜し、ブルとの連携モードだ。
2対2での激しい戦闘に周囲は様子見だが、そこへ介入したのは楽器マークが描かれた3機のシリウスシェルだった。
『おっと! トリオが参戦だぜ!』
『ウッディ! ロニー! 行くぜ?』
『おっしゃおっしゃ! 燃えてきたっすよ!』
ブルとアリョーシャの死角を狙うピアノとヴァイオリン。そしてフルート。
その攻撃を妨害する為にウッディ隊長とヴァルター隊長が突っ込んでいく。
射撃直前の2秒を邪魔してしまえば、超高速の砲弾は当らない。
『ヘイ! ハニー! 何処狙ってんだベイベー! 俺のハートはここだぜ!』
どう見たってシェルの機動限界を超える急激なターンを決めたヴァルター。
その強い遠心力で機体の各部から様々な物がちぎれて飛んだ。
『ちょいとそこのダメ男! もうちょっと鏡見てから出直してきな!』
気の強そうな女の声が飛ぶ。
ただ、その声は遠心力と戦っているのがはっきりとバードにも分かった。
レプリとはいえ生身の身体で急激な戦闘機動は耐えられない。
『そちらの綺麗なお姫様! おいらのプレゼントを受け取っておくれよ!』
限界ギリギリの急激な機動を行なっている敵機に対し、ロナルド隊長は遠距離からの狙い撃ちをしている。実体弾頭なので迎撃の時間があるのだが、それを迎撃したのは流星マークのシェルだった。
『ぼうや! 良い女は正面から口説くものよ?』
『へぇ、そりゃどうも。ただ、あいにくおいらは小心者でさぁ』
『なら、もうちょっと男を磨いて出直しといで!』
猛烈な弾幕を放ちながらコメットマークが突っ込んでいく。
ロニー機は複雑な急旋回を複数回重ねた酷い回避軌道をとっていた。
三次元的なねじり動作を加えるその軌道は、AIの自動照準を外す為だ。
『ちょこまか逃げ足が速いねぇ』
『いい女に追っかけられるのは男冥利って奴っすぅ~!』
ロニーを追跡するコメットシェルは、一旦離れたように見せかけてブルとアリョーシャを牽制した。そして、その軌道の自由度を大きく削ってからヴァルターとウッディに軽く一撃を入れてロニーを追った。
逃げるロニーも回避軌道を取りつつ、ブルに向かって一撃を放とうとしていたツインソードに向かい、猛烈な勢いでモーターカノンをぶっ放している。それぞれが広い宇宙空間を縦横無尽に飛び交いつつ、手近な敵機から攻撃していた。
――これが……
――集団高速戦闘……
今までBチームで何度もこれを行なってきた筈だが、それは相手との錬度に明確な差がある時だけだった。だがこれは違う。違うのだ。コントロールの技量が互角なら、その生死の境を分けるのは……
――運だ!
双方が続々と乱戦に身を投じていくのだが、その最後の段になってシリウス側にブラックウィドウが出てきた。まるで人ごみの中を泳ぐように機体を制御し、流れる水の様に弾幕をかわして接近していく。
『女郎蜘蛛が出てきたぜ!』
『おっかねぇおっかねぇ!』
「おぃテッド! 出番だ!』
アチコチから隊長達の声が響く。
遠距離近距離を問わず、猛烈な砲火が交差している。
その全てをかわしながら、ブラックウィドウは戦場を横切って行った。
『ちょいとそこの旦那さん。この辺りに渋い男が居たんだけど、知らない?』
声を掛けたのはエディ機らしい。同じように戦場を横切って飛んでいる。
まるでスレッドだとバードは思った。まるで針穴を通すようなモノだ。
全ての砲火が交差するそのど真ん中を、一切変針せず真っ直ぐに飛んでいる。
『さぁ、知らないなぁ…… 悪いが他を当ってくれ。待ち合わせに遅れてしまう』
エディが飛んで行った先には大きなベルのマークのシェルがいた。
鳴り響くベルのマークを背負ったそのシェルは、一際美しく輝いていた。
『女を待たせる男は振られるわよ?』
『悪いな。ちょっと通り雨で手間取った』
『その雨、硬くなかった?』
『さぁ…… 当ってないから分からないなぁ』
なんとも歯の浮くような会話だが、コックピットでそれを聞いていたバードは全身が粟立つような錯覚に陥った。戦闘モニターの中にオーバーレイされているベルのシェルは、その前方に急激なベクトルフラワーを咲かせ始めた。
――凄い加速……
生身で耐えられるような代物ではない。
それはまるでロケットそのものだ。
『はっはっは! 随分とまぁ活発なお姫様だ!』
『ダメな男から逃げてるウチにね、鍛えられたのよ!』
そのベルのシェルは、ベクトルフラワーの範囲を悠々とはみ出しターンした。
どう見たって機動力の限界を超えているターンだ。
身体は強靭なレプリでも脳が耐えられないと思うほどだ。
視界はブラックアウトし、状況は見えなくなる筈。
だが、ベルのシェルは猛然と撃ちかけ始めた。
その持てる火力の全てを使い、雨霰と言わんばかりに砲弾をバラ撒いている。
しかもその砲撃は決してメクラ攻撃では無い。精確に敵を狙って放たれていた。
『おぃおぃ! 危ないじゃないか』
『あら、ごめんなさい』
旋回の最中にも猛烈な勢いでベル機は砲を撃っている。
真っ赤な線を引いて伸びていく砲弾は、エディ機へと降り注いでいる。
相変わらず真っ直ぐに、ただただ真っ直ぐに飛んでいるのだが……
『やれやれ。雨だな』
まるで傘でも差す仕草でエディは迎撃した。
超高速な砲弾の全てをかわすのではなく迎撃したエディ。
――人間ワザじゃない!
ゾクリと震えを覚えたバードは辺りを見回した。
すぐ近くにはロックが居た。
『あれ!』
『ありえねぇ!』
『だよね!』
上ずった声で手短に会話しつつ、バードは気を練った。
まるで大縄跳びに飛び込もうとする様にタイミングを計った。
飛び込むタイミングを逸すれば、全方向から一斉に撃たれる筈だ。
正面に注意を払いつつ背面の攻撃を躱す。
そんな変態染みた機動なんて出来そうに無いし、試してみようとすら思わない。
だが、負ける気はしない。
勝つ気で行くと言う意味では無く、端から負けるつもりで喧嘩はしない。
どんな場面だって勝負事は時の運だが、自分居出来る事を精一杯やるだけだ。
『何処から掛かる?』
『やる気満々だな』
『せっかく来たんだから!』
『俺には過ぎた女だな』
バードの言葉に軽口を返したロック。
少し言い過ぎたか?と一瞬だけ不安になったのだが……
『あなただって銃撃戦の鉄火場にソード一本で斬り込むのにねぇ』
バードの声はどこか呆れているようにも聞こえた。
そして、少し安心したロックが『それとこれとは……』と言いかけた時――
『俺のハニーがいねぇぞ! 何処行った! ヘイ!何処に居るマイスウィート!』
ジャン隊長が怒り狂ったように空域を横切っていく。
その動きはまるで怒り狂った蜂のようだ。
『ちょいとそこの渋いおじさん!』
『あたし達もお目当てにフラレてヒマしてんのよ。お茶しない?』
ハイヒールとルージュのマーク。そしてティアラのマークのシェルが現れた。
やや距離を取って戦闘機動をとるその2機は、ジャン隊長機へ襲い掛かった。
『おいおい かわいこちゃん達。あんまりガッつくと火傷するぜ!』
上下から捻り込むように挟み撃ちにするシリウスシェル。
その動きは完全に息の合ったものだった。
ジャン隊長は限界機動を大幅に超える急旋回を行い、ギリギリで回避した。
その急旋回は一度や二度では無く、ロックオン警報がなる都度のものだった。
『へぇ、やるじゃない!』
『良いダンスだわ! 私と一曲踊ってくださいな』
ジャンの正面からはハイヒールのシェルが。背面はティアラが。それぞれ一気に襲い掛かっていく。ジャン機は激しくスピンしながら脱出を図るのだが、何処へ逃げても被射撃ゾーンに陥っていた。
こうなったら撃たれた砲弾を躱すか撃ち落とすしかない。広い戦闘エリアでこれをやられた場合、逃げ場を作るのは相当難しいのだが……
『ロック!』
『よっしゃ!』
ジャンへと襲い掛かるティアラマークのシェルに狙いを定め、バードは真っ直ぐに突撃していった。そのやや後方に付きフォローに回るロックは、実弾では無く荷電粒子砲を構えた。
『ジャン隊長! 支援します』
ロックの声が響き、同時に荷電粒子砲をロックは放った。
戦場に閃光がほとばしり、全機の動きが一瞬だけ止まった。
『ロック! ロックか!』
『隊長!』
『荷電粒子砲は使うな! 実弾でやれ!』
『イエッサー!』
テッド隊長に咎められたのだが、それでもジャン機が窮地を脱出するには良いタイミングだった。良い所で茶々を入れられたティアラは、優雅な動きで大きくRを描いて旋回し、ロックに襲い掛かった。
『あらあら、こっちは随分とお若い坊やね』
クスクスと上品な笑い声が漏れる。そこに割って入ったのはエディの声だ。
どこかでベル機と激しい戦闘をしているはずだが、それでも見ている筈だ。
『ロック! 貴婦人のドレスは踏むんじゃないぞ!』
『エディ!』
『舞踏会で恥を掻かせれば一生恨まれるぞ!』
一瞬だけ『え?』と素っ頓狂な声を発したロック。
そこへ襲い掛かってきたティアラは上品に笑った。
『お姉さんが筆下ろしさせてあげますわよ』
オホホホと控えめな笑い声が流れる。
だが、そんな声とは裏腹に、ロック機はチェーンガンを猛烈に浴び始めた。
必死で回避しようと複雑な機動を行うが、断続的に何度も被弾している。
『ダメよそれじゃ。ベッドの上じゃもうちょっと落ち着いて』
声とは裏腹に、その被弾は続いていた。
両脚部や背中など、続々と豆鉄砲の一撃を浴びている。
そこを必死になって旋回し脱したロックだが、ティアラは笑うだけだった。
『お上手お上手! 次は前からいらっしゃいな』
ティアラの妖艶な声が響き、ロックはとにかく弄ばれていた。
何処へ逃げても撃たれる状況だが、ロックの脳内でブチッと何かが切れた。
『ッチキショォ!』
開き直ったロックは真っ直ぐにティアラを追った。
正面からバリバリと被弾を受けつつ、ロックはバーニアを全開にして迫った。
荷電粒子砲を構えていたが、それをハンガーに引っかけて取り出したのは……
『っざっけんじゃねぇぞ!』
大錘だ。
それを大きく振りかぶり、一気に迫っていった。
『ウフフ…… 若いって良いわぁ』
一気に接近したロック機の強烈な一撃を躱したティアラは、文字通り踊る様にロックにの周りを飛び回り、そして、まるで両の頬に手を当てるようにロック機を掴んだ。
『ぼうや。おねぇさんの所にいらっしゃいな。一人前にしてあげるわ――
だがその言葉が終わる前、ティアラ機の腰部辺りに直撃弾が当たった。
全周バーニアノズルを護る長いスカート装甲が変形し、機動力を僅かに殺いだ。
『あー! すいません! ウチの旦那が粗相しませんでしたか?』
バードは女の意地と根性でいきなり襲い掛かっていた。
若者らしい無鉄砲さの戦いとも言えるのだが、女の情念の方が強い。
『あら、可愛い奥様がいらっしゃるじゃない。年増女に用は無いわね』
上品そうな笑い声が消えさり、アハハと豪快なあばずれ笑いが響く。
バードはロックとティアラの間に割って入り、軌道が交差する進路を取った。
『ッセイ!』
拳を握りしめ至近距離まで迫ると、ティアラ機の背面バーニアを殴りつけた。
文字通りの素手喧嘩で一撃を入れたバード。
ステンマルク隊長に言われたからじゃ無く、女の意地をバードは見せた。
『良くやった!』
『大したもんだ!』
『将来が楽しみっす!』
隊長衆から一斉に褒められつつも、バードはやや怒気を含んだ声で叫んだ。
『人の男に手を出さないでよ!』
『あらあら。余裕の無い女は怖いわねぇ』
ウフフと妖艶に笑ったティアラの声が無線に流れた。
『男なんて流れる雲と一緒よ。絶対捕まえておけないんだから』
何ともつかみ所のない言葉を吐いたティアラ。
だが、そこから先、バードは言葉を発する余裕が一切無かった。
本物の魔女がどういう存在か。
バードは初めてそれを体験するのだった。