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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
163/354

ウルフライダーとの死闘・前編

~承前






 ──来た……


 バードは内心で叫んでいた。

 レーダーパネルに表示された敵影は全部で11だ。


 ──あれ?


 おかしい。

 パイドパイパーは全部で12機のはず。

 一機足りないのは……


『隊長のお姉さんって出撃出来ないのかな』


 スケルチでこっそりと話を振ったバード。

 その話しを聞いていたロックもこっそりと言葉を返した。


『らしいな』


 敵シェル全機を改めてサーチしたバード。

 だが、その数は何度数えても11だ。


『あの(ガンズ)(・アンド・)バラ(ローゼズ)のシェルだよね』

『確かそうだった筈だ。ソロマチン少佐は黒衣の未亡人(ブラックウィドウ)だ』


 一瞬の重い沈黙。

 その後に流れたのは小さな溜息。


『もしそうだとしたら…… 隊長も辛いね』

『だから隊長は……』


 戦力的には味方が一機でも多い方がいい。

 それはもう厳然たる事実だ。


 だが、テッドは出撃前にバードとロックの同行をギリギリまで迷っていた。

 戦力的な話や戦闘能力としての問題もあるのだろうが……


『……ああいうのを含羞の人って言うんだね』

『随分と古風な言い回しだけど、まぁ、そうなんだろうな』


 もっと信用してほしい……と、バードはそう思った。

 次々と敵機を撃墜できるレベルになったバードだが、やばり経験は浅い。

 火と鉄の試練を乗り越えたが、まだまだ隊長たちのレベルには届いていない。


 だけど信用はして欲しい。

 やる気と努力だけで乗り越えられる実力差では無い。

 だが、困難に挑んでこそ技は磨かれる。

 危険に身を晒してこそ精神は成長する。


 ――凪の海は船乗りを鍛えない……か


 エディが常日頃から口にしている言葉を胸中で反芻したバード。

 その胸の内は波頭逆巻く嵐の太洋だった。


「来たぜ来たぜ!」

「ヒャホーイ!」

「会いたかったぜベイビー!」


 一瞬誰の声だかバードは把握し損ねた。

 ピエロのシェルとは相対距離100少々だ。

 僅か3秒後に超高速ですれ違ったシェルは、やはり11機だった。


「各機! 上手くやれよ! 勝手に死ぬんじゃない! いいな!」


 エディの熱い声が響き、全機が大きくターンオーバーした。

 ロックとバードはその最後尾に陣取り、各機の動きを観察していた。


『やっぱり1機足りないね』

『確定だな』


 散開して行く隊長たちは、同じように散開を始めたパイドパイパーに挑んだ。

 先頭を切り突入したブルはツインソードに狙いを定めたらしい。


『ツインソード! 今日こそケリをつけるぞ!』

『誰かと思えば醜いブルドッグか!』

『会いたかったぜ!』


 一気に距離を詰め至近距離で実弾を撃ったブル。

 その実体弾頭の全てをかわし、ツインソードはブルへと肉薄した。

 至近距離で激しく打ち合う2機は一歩も引かずに激しい機動を行なっている。


『そらっ! 踊ってあげるわよ!』

『光栄だね! アッハッハ!』


 なんとも楽しそうに踊っているブルだが、腕前としては互角だとバードは思う。

 そして、ブルの死角を突くようにワイングラスのシェルが現れた。完全に見えないアングルから一撃を放っているのだが……


『それはちょっと酷いな』

『男をひっぱたいた回数だけ女は株が上がるのよ!』

『なら正面から叩いてやれよ。そりゃ無粋ってもんだ』


 ワイングラスの放った砲弾をアリョーシャが撃墜し、ブルとの連携モードだ。

 2対2での激しい戦闘に周囲は様子見だが、そこへ介入したのは楽器マークが描かれた3機のシリウスシェルだった。


『おっと! トリオが参戦だぜ!』

『ウッディ! ロニー! 行くぜ?』

『おっしゃおっしゃ! 燃えてきたっすよ!』


 ブルとアリョーシャの死角を狙うピアノとヴァイオリン。そしてフルート。

 その攻撃を妨害する為にウッディ隊長とヴァルター隊長が突っ込んでいく。

 射撃直前の2秒を邪魔してしまえば、超高速の砲弾は当らない。


『ヘイ! ハニー! 何処狙ってんだベイベー! 俺のハートはここだぜ!』


 どう見たってシェルの機動限界を超える急激なターンを決めたヴァルター。

 その強い遠心力で機体の各部から様々な物がちぎれて飛んだ。


『ちょいとそこのダメ男! もうちょっと鏡見てから出直してきな!』


 気の強そうな女の声が飛ぶ。

 ただ、その声は遠心力と戦っているのがはっきりとバードにも分かった。

 レプリとはいえ生身の身体で急激な戦闘機動は耐えられない。


『そちらの綺麗なお姫様! おいらのプレゼントを受け取っておくれよ!』


 限界ギリギリの急激な機動を行なっている敵機に対し、ロナルド隊長は遠距離からの狙い撃ちをしている。実体弾頭なので迎撃の時間があるのだが、それを迎撃したのは流星(コメット)マークのシェルだった。


『ぼうや! 良い女は正面から口説くものよ?』

『へぇ、そりゃどうも。ただ、あいにくおいらは小心者でさぁ』

『なら、もうちょっと男を磨いて出直しといで!』


 猛烈な弾幕を放ちながらコメットマークが突っ込んでいく。

 ロニー機は複雑な急旋回を複数回重ねた酷い回避軌道をとっていた。

 三次元的なねじり動作を加えるその軌道は、AIの自動照準を外す為だ。


『ちょこまか逃げ足が速いねぇ』

『いい女に追っかけられるのは男冥利って奴っすぅ~!』


 ロニーを追跡するコメットシェルは、一旦離れたように見せかけてブルとアリョーシャを牽制した。そして、その軌道の自由度を大きく削ってからヴァルターとウッディに軽く一撃を入れてロニーを追った。

 逃げるロニーも回避軌道を取りつつ、ブルに向かって一撃を放とうとしていたツインソードに向かい、猛烈な勢いでモーターカノンをぶっ放している。それぞれが広い宇宙空間を縦横無尽に飛び交いつつ、手近な敵機から攻撃していた。


 ――これが……

 ――集団高速戦闘……


 今までBチームで何度もこれを行なってきた筈だが、それは相手との錬度に明確な差がある時だけだった。だがこれは違う。違うのだ。コントロールの技量が互角なら、その生死の境を分けるのは……


 ――運だ!


 双方が続々と乱戦に身を投じていくのだが、その最後の段になってシリウス側にブラックウィドウが出てきた。まるで人ごみの中を泳ぐように機体を制御し、流れる水の様に弾幕をかわして接近していく。


『女郎蜘蛛が出てきたぜ!』

『おっかねぇおっかねぇ!』

「おぃテッド! 出番だ!』


 アチコチから隊長達の声が響く。

 遠距離近距離を問わず、猛烈な砲火が交差している。

 その全てをかわしながら、ブラックウィドウは戦場を横切って行った。


『ちょいとそこの旦那さん。この辺りに渋い男が居たんだけど、知らない?』


 声を掛けたのはエディ機らしい。同じように戦場を横切って飛んでいる。

 まるでスレッド(そり)だとバードは思った。まるで針穴を通すようなモノだ。

 全ての砲火が交差するそのど真ん中を、一切変針せず真っ直ぐに飛んでいる。


『さぁ、知らないなぁ…… 悪いが他を当ってくれ。待ち合わせに遅れてしまう』


 エディが飛んで行った先には大きなベルのマークのシェルがいた。

 鳴り響くベルのマークを背負ったそのシェルは、一際美しく輝いていた。


『女を待たせる男は振られるわよ?』

『悪いな。ちょっと通り雨で手間取った』

『その雨、硬くなかった?』

『さぁ…… 当ってないから分からないなぁ』


 なんとも歯の浮くような会話だが、コックピットでそれを聞いていたバードは全身が粟立つような錯覚に陥った。戦闘モニターの中にオーバーレイされているベルのシェルは、その前方に急激なベクトルフラワーを咲かせ始めた。


 ――凄い加速……


 生身で耐えられるような代物ではない。

 それはまるでロケットそのものだ。


『はっはっは! 随分とまぁ活発なお姫様だ!』

『ダメな男から逃げてるウチにね、鍛えられたのよ!』


 そのベルのシェルは、ベクトルフラワーの範囲を悠々とはみ出しターンした。

 どう見たって機動力の限界を超えているターンだ。

 身体は強靭なレプリでも脳が耐えられないと思うほどだ。

 視界はブラックアウトし、状況は見えなくなる筈。


 だが、ベルのシェルは猛然と撃ちかけ始めた。

 その持てる火力の全てを使い、雨霰と言わんばかりに砲弾をバラ撒いている。

 しかもその砲撃は決してメクラ攻撃では無い。精確に敵を狙って放たれていた。


『おぃおぃ! 危ないじゃないか』

『あら、ごめんなさい』


 旋回の最中にも猛烈な勢いでベル機は砲を撃っている。

 真っ赤な線を引いて伸びていく砲弾は、エディ機へと降り注いでいる。

 相変わらず真っ直ぐに、ただただ真っ直ぐに飛んでいるのだが……


『やれやれ。雨だな』


 まるで傘でも差す仕草でエディは迎撃した。

 超高速な砲弾の全てをかわすのではなく迎撃したエディ。


 ――人間ワザじゃない!


 ゾクリと震えを覚えたバードは辺りを見回した。

 すぐ近くにはロックが居た。


『あれ!』

『ありえねぇ!』

『だよね!』


 上ずった声で手短に会話しつつ、バードは気を練った。

 まるで大縄跳びに飛び込もうとする様にタイミングを計った。

 飛び込むタイミングを逸すれば、全方向から一斉に撃たれる筈だ。


 正面に注意を払いつつ背面の攻撃を躱す。

 そんな変態染みた機動なんて出来そうに無いし、試してみようとすら思わない。


 だが、負ける気はしない。

 勝つ気で行くと言う意味では無く、端から負けるつもりで喧嘩はしない。

 どんな場面だって勝負事は時の運だが、自分居出来る事を精一杯やるだけだ。


『何処から掛かる?』

『やる気満々だな』

『せっかく来たんだから!』

『俺には過ぎた女だな』


 バードの言葉に軽口を返したロック。

 少し言い過ぎたか?と一瞬だけ不安になったのだが……


『あなただって銃撃戦の鉄火場にソード一本で斬り込むのにねぇ』


 バードの声はどこか呆れているようにも聞こえた。

 そして、少し安心したロックが『それとこれとは……』と言いかけた時――


『俺のハニーがいねぇぞ! 何処行った! ヘイ!何処に居るマイスウィート!』


 ジャン隊長が怒り狂ったように空域を横切っていく。

 その動きはまるで怒り狂った蜂のようだ。


『ちょいとそこの渋いおじさん!』

『あたし達もお目当てにフラレてヒマしてんのよ。お茶しない?』


 ハイヒールとルージュのマーク。そしてティアラのマークのシェルが現れた。

 やや距離を取って戦闘機動をとるその2機は、ジャン隊長機へ襲い掛かった。


『おいおい かわいこちゃん達。あんまりガッつくと火傷するぜ!』


 上下から捻り込むように挟み撃ちにするシリウスシェル。

 その動きは完全に息の合ったものだった。


 ジャン隊長は限界機動を大幅に超える急旋回を行い、ギリギリで回避した。

 その急旋回は一度や二度では無く、ロックオン警報がなる都度のものだった。


『へぇ、やるじゃない!』

『良いダンスだわ! 私と一曲踊ってくださいな』


 ジャンの正面からはハイヒールのシェルが。背面はティアラが。それぞれ一気に襲い掛かっていく。ジャン機は激しくスピンしながら脱出を図るのだが、何処へ逃げても被射撃ゾーンに陥っていた。

 こうなったら撃たれた砲弾を躱すか撃ち落とすしかない。広い戦闘エリアでこれをやられた場合、逃げ場を作るのは相当難しいのだが……


『ロック!』

『よっしゃ!』


 ジャンへと襲い掛かるティアラマークのシェルに狙いを定め、バードは真っ直ぐに突撃していった。そのやや後方に付きフォローに回るロックは、実弾では無く荷電粒子砲を構えた。


『ジャン隊長! 支援します』


 ロックの声が響き、同時に荷電粒子砲をロックは放った。

 戦場に閃光がほとばしり、全機の動きが一瞬だけ止まった。


『ロック! ロックか!』

『隊長!』

『荷電粒子砲は使うな! 実弾でやれ!』

『イエッサー!』


 テッド隊長に咎められたのだが、それでもジャン機が窮地を脱出するには良いタイミングだった。良い所で茶々を入れられたティアラは、優雅な動きで大きくRを描いて旋回し、ロックに襲い掛かった。


『あらあら、こっちは随分とお若い坊やね』


 クスクスと上品な笑い声が漏れる。そこに割って入ったのはエディの声だ。

 どこかでベル機と激しい戦闘をしているはずだが、それでも見ている筈だ。


『ロック! 貴婦人(レディ)のドレスは踏むんじゃないぞ!』

『エディ!』

『舞踏会で恥を掻かせれば一生恨まれるぞ!』


 一瞬だけ『え?』と素っ頓狂な声を発したロック。

 そこへ襲い掛かってきたティアラは上品に笑った。


『お姉さんが筆下ろしさせてあげますわよ』


 オホホホと控えめな笑い声が流れる。

 だが、そんな声とは裏腹に、ロック機はチェーンガンを猛烈に浴び始めた。

 必死で回避しようと複雑な機動を行うが、断続的に何度も被弾している。


『ダメよそれじゃ。ベッドの上じゃもうちょっと落ち着いて』


 声とは裏腹に、その被弾は続いていた。

 両脚部や背中など、続々と豆鉄砲の一撃を浴びている。

 そこを必死になって旋回し脱したロックだが、ティアラは笑うだけだった。


『お上手お上手! 次は前からいらっしゃいな』


 ティアラの妖艶な声が響き、ロックはとにかく弄ばれていた。

 何処へ逃げても撃たれる状況だが、ロックの脳内でブチッと何かが切れた。


『ッチキショォ!』


 開き直ったロックは真っ直ぐにティアラを追った。

 正面からバリバリと被弾を受けつつ、ロックはバーニアを全開にして迫った。

 荷電粒子砲を構えていたが、それをハンガーに引っかけて取り出したのは……


『っざっけんじゃねぇぞ!』


 大錘だ。

 それを大きく振りかぶり、一気に迫っていった。


『ウフフ…… 若いって良いわぁ』


 一気に接近したロック機の強烈な一撃を躱したティアラは、文字通り踊る様にロックにの周りを飛び回り、そして、まるで両の頬に手を当てるようにロック機を掴んだ。


『ぼうや。おねぇさんの所にいらっしゃいな。一人前にしてあげるわ――


 だがその言葉が終わる前、ティアラ機の腰部辺りに直撃弾が当たった。

 全周バーニアノズルを護る長いスカート装甲が変形し、機動力を僅かに殺いだ。


『あー! すいません! ウチの旦那が粗相しませんでしたか?』


 バードは女の意地と根性でいきなり襲い掛かっていた。

 若者らしい無鉄砲さの戦いとも言えるのだが、女の情念の方が強い。


『あら、可愛い奥様がいらっしゃるじゃない。年増女に用は無いわね』


 上品そうな笑い声が消えさり、アハハと豪快なあばずれ(クソビッチ)笑いが響く。

 バードはロックとティアラの間に割って入り、軌道が交差する進路を取った。


『ッセイ!』


 拳を握りしめ至近距離まで迫ると、ティアラ機の背面バーニアを殴りつけた。

 文字通りの素手喧嘩(ステゴロ)で一撃を入れたバード。

 ステンマルク隊長に言われたからじゃ無く、女の意地をバードは見せた。


『良くやった!』

『大したもんだ!』

『将来が楽しみっす!』


 隊長衆から一斉に褒められつつも、バードはやや怒気を含んだ声で叫んだ。


『人の男に手を出さないでよ!』

『あらあら。余裕の無い女は怖いわねぇ』


 ウフフと妖艶に笑ったティアラの声が無線に流れた。


『男なんて流れる雲と一緒よ。絶対捕まえておけないんだから』


 何ともつかみ所のない言葉を吐いたティアラ。

 だが、そこから先、バードは言葉を発する余裕が一切無かった。

 

 本物の魔女がどういう存在か。

 バードは初めてそれを体験するのだった。

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