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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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バトルドール退治

~承前






「なんだよ! 今日もドラゴンライダーかよ!」


 明るい声で笑ったヴァルター隊長。

 その声に返答を返したのはテッド隊長だった。


「こいつも久しぶりにシリウスを飛びたいだろうからな」

「だけどドラケンじゃ…… まぁ、中身はオージンだろうけど」


 ウッディ隊長も声を掛ける。

 中身は大きく進化したタイプ04オージンだろう。

 機体各部に付いているスラスターは稼動範囲が大きいらしい。


 だが、デザイン的な古さと威圧感は現代のシェルとは大きく違う。

 見た目の迫力は全く違うのだ。


 ――あのシェルだ……


 バードの目は、テッドが搭乗するダークグレーのシェルを捉えていた。

 黒い炎が描かれたそのシェルは、最初に実用化された戦闘用シェルだ。


 タイプ01ドラケン。

 北欧圏地域言語の一つで、ドラゴンを意味する。

 しかし、そのシェルの方には、あのオオカミのマークが書き込まれている。

 そしてこの日、そのオオカミマークには大きく斜線を引いてある。


 それはつまり、撃墜宣言。

 あるいは、生かして返さ無いという意思表示だ。


「先ずは前菜をいただこう。向こうもヴェテランの筈だ。手抜かりなく……な」


 エディの言葉に隊長たちが笑い出した。

 それはどれも立派な士官と言うべき姿では無く……


「お前ら、テッドの子供たちが見てるんだ。格好良く、行儀良くやれよ」


 ブルの言葉も少々呆れ気味の色を帯びる。

 だが、それは厳しいかというと、実際そうでも無く……


「親はお手本見せなきゃいけねぇよなぁテッド」

「散々見せてきたつもりなんだけどな」

「なら、お手並み拝見といきますか!」


 バードもロックも咄嗟には声の主を聞き分けられない。

 だが、その会話の雰囲気は、自分たちBチームその物と言うべき空気だ。

 緩くて柔らかくて、そして気負っていない。


 どんな相手にでも対処出来ると言う自信が、それを支えているのだろう。

 幾多の試練や鉄火の地獄を踏み越えてきたからこそ、少々の事態には動じない。

 強い精神力と豊富な経験に裏打ちされた余裕だとバードは思った。


「まぁ、あいつらは生かして帰さない。ロック、バード。遠慮無くやれ。いいな」


 テッドの声にゾクリとした感触を覚えたバード。

 一瞬の間を置いてロックが応えた。


「イエッサー!」「了解!」


 シェルのコックピットパネルに表示される戦域情報が切り替わった。

 敵の存在を示す赤い雲が遙か彼方に表示されている。


 ――距離……

 ――4300……


 毎秒35キロを翔ぶシェルならば、これ位の距離は指呼の間だ。

 バードは荷電粒子砲のセーフティを外し、加速器の加圧を始めた。

 仮想計器として浮かぶインパネ内の表示が変わり、グリーンランプが灯る。

 小さく『よし……』と呟き、併せてモーターカノンの発火電源を入れた。

 チェーンガンの油圧はしっかり来ているから問題ない。


 背負ってきた高機動ミサイルは静電気の影響を受けてる様子がない。

 強い静電気で相互通信が影響を受け、ターゲットロックに支障を出す事がある。

 なまじ高機動なだけに、メクラ発射で成り行き弾道では味方が危ない。


 ――まぁ……

 ――この人達なら大丈夫だよね……


 常識や想像の範囲と言ったものをいとも容易く踏み越えていく腕利き達。

 いつぞや体験した人間の限界を大きく越える能力は、理解の範疇を超える。


「さぁ、来たぞ。先ずはご挨拶という所か」


 アリョーシャの声が無線に流れる。


「アレックス! 先制攻撃して良いか?」

「行儀良くやれって言ったろうに!」


 アレックスって誰だ?と一瞬考えてアリョーシャの事だとバードは気が付く。

 それを言ったのは、恐らくウッディ隊長だろう。


 ――普段のキャラと違いすぎる……


 面食らいつつも編隊の最後尾で様子を伺うバード。

 隣を飛ぶロックはシェルの背面に括り付けた大錘の様子を確かめて居た。


「それ、使うの?」

「最後は肉弾戦だぜ」

「そうだけどさぁ……」


 そんなふたりの会話にステンマルク少佐が割って入った。


「最後の肉弾戦は正解だが道具は無しだぜ。最後はステゴロさ」


 やや前方を飛んでいたステンマルクは右腕を突き出し見せた。

 スレ違いザマに敵シェルを殴るとか言う戦闘は曲芸レベルだ。


 ――ムリッ!


 内心でそう叫んだバード。

 だが、無線の中は違う空気だった。


「スレ違いザマに殴れるわけがねぇって思ってんぜマルク!」


 そんな茶々を入れたのは、恐らくオーリス中佐だろう。

 何とも軽い調子だが、あの中佐もヴェテラン中のヴェテランだ。


「殴れるって! 俺得意だから」

「そんなん一発芸レベルっしょ! おれにゃ無理っす!」

「お前だって散々やったろうに!」


 アハハハハと笑い声が溢れている。

 すぐ目の前に。指呼の間を切った所に敵シェルが居るにも拘わらず……


 ――凄い……


 言葉を失って成り行きを眺めていたバード。

 敵機まで残り1000を切った辺りで、編隊が散開を始めた。

 誰も何も言ってないのだが、まるでそれが当然であるかのような動きだ。

 美しいまでの連係機動は、積み重ねてきた幾万もの経験が成せるワザだろう。


 ――あれ?


 距離を取って変針したことでチラリとアリョーシャのシェルが見えた。

 その肩には、得物を咥えたオオカミのマークがあった。


 ――いつもと違う……


 あれ?と訝しがりつつ辺りを見れば、反対サイドにはブルのシェル。

 その肩には返り血を浴びてなお、牙を見せるオオカミ。


『あれさぁ……』


 バードはスケルチでロックを呼んだ。

 ロックもロックでその意味を理解したらしい。


『隊長達の気合の元だぜ』


 バードとロックはここに来てそのマークの意味を理解した。

 これは、ウルフハンターのマークなんだと。

 シリウスに来て最初に遭遇した、あのオオカミマークのシェルに対するモノだ。


 シリウス独立闘争委員会とか言う組織の直属と言うが、その中身は察しがつく。

 狂信的に隷属する精神的な奴隷集団で、必要な結果の為に磨り潰される役目だ。

 そんな連中に対するカウンター勢力の誇示であり、威嚇でもある。


 命知らずなトンデモ集団は人類史ではいて捨てるほどあるが、それに対するハンターなんだと、そう意思表示するためのモノだ。


 ──隊長も言ってくれれば良いのに……


 テッド隊長はどこかあの集団を毛嫌いしている。

 生かして帰さないと言い切るだけの何かを経験しているのだろう。

 その中身までは分からないが、中身は大体察しがつく。

 きっとシリウスの地上で何かがあったのだと、そう察しがつく。


 ――シリウスの事をもっと聞いておけば良かった……


 バードの脳裏にキャンプアームストロングで分かれた両親の姿が浮かんだ。

 シリウスで生まれ育った両親ならば、その実態を知っているかも知れない。


「どうせ良い事じゃないよね……」

「なんか言ったか?」


 ボソリと呟いたバードにロックが反応した。

 何かを言い返そうとしたとき、先頭にいたヴァルター隊長が初弾を放った。

 漆黒の闇を切り裂いて荷電粒子の閃光が迸る。


 次の瞬間、少々離れたところで敵シェルが大爆発した。

 まだ距離があるのだが、ヴァルター隊長は外さなかった。


「一機目!」


 距離はまだ700程度。

 すれ違うまで20秒はかかる。


 ――前衛の攻撃ターンね……


 バードは自分ので番をジッと待った。

 逆さV字の編隊になっているそのドン詰まりにバードはいた。

 両翼にはヴァルター隊長とロナルド隊長がいる。

 その突出した2機が次々とシェルを撃破している。


 ――凄い……


 やや後方に位置するエディ達も射撃を開始した。

 閃光が飛び交い、次々と敵機を撃破していた。

 あっという間に『32機目だ!』とオーリス隊長が叫ぶ。

 効率的な攻撃が続き、バードは自分の出番が無いかと不安になった。


 だが……


「そろそろ来るぜ」

「……だね」


 気がつけばサブコンがクロックアップしていた。

 視界の中に戦闘支援情報が浮かび、敵機の機動限界花が見えた。

 荷電粒子砲を構えれば狙う敵機が拡大され、点では無く面を狙う事になる。


 ――この辺り……


 バードも引き金を引いた。

 ギュン!と鋭い音が響き、荷電粒子砲が放たれた。

 ほぼ光速で飛ぶその塊は一瞬にして敵機を崩壊させた。

 バラバラと飛び散りながら崩壊していく姿にバードは不思議な感慨を持った。


 ――あっけない……


「やったぜ! ブラヴォー!」


 いきなり祝福の声が飛んだ。

 この声はジャン隊長だとすぐに分かった。

 陽気なラテン系を絵に書いたような人物だ。


「おいおい! その子はテッドのチームだぜ?」

「こんくらい出来て当たり前だぜ!」


 なんとも口さがない冷やかしが飛び、バードは一瞬だけ気を揉んだ。

 だが、ヴァルター隊長とロナルド隊長もまた喜んでいるのは間違いない。


「まぁ、こんなもんだろうな」


 最後に口を開いたテッド隊長は、どこかホッとした様子だった。

 無事に任務を果たせると言う部分で安心したのかも知れないが……


 ――ッ!


 猛烈な速度で敵機とすれ違ったバードは、一瞬だけゾクリとした感触を受けた。

 それは、途轍もなく冷え切った、純粋な殺意を感じたのだ。

 底の見えない悪意とも言えるよな、そんな感触だ。


「反転するぞ!」

「ここからだ!」


 大きく網の様に広がった各機がターンオーバーを図る。

 速度差の大きい状態だが、戦域は広く大きい。


 ――あっ……


 バードは機の行き足を殺さぬよう細心の注意を払って軌道を変えた。

 そして、スラスターを使わずエンジンだけで変針する技量の意味を知った。

 いつぞやテッドが見せたその技術は、こんな場面で役に立つのだった。


 ――こういうことか……


 仕掛けが分かれば対応は容易い。

 一気に変針し追い縋ったバードは、気が付けば編隊の先頭を飛んでいた。

 敵機は思ったほど速度が乗っておらず、簡単に追いついている。

 後方から撃ちかけるのは気が引ける行為だが、奇麗事を言っている余裕は無い。


 ――ごめんね……

 ――戦争なんだ……


 後方から次々と発砲し撃墜し続けるバード。

 気がつけばロックが隣にいて、同じようにバリバリと撃っていた。

 新型の荷電粒子砲は連射が効くタイプなのでありがたい限りだ。


「バード! 上手方向!」

「オッケー!」


 ロックのフォローを受け一気に15機程度を撃破したバード。

 後方から隊長軍団の猛烈な射撃が行われていて、迂闊に変針出来ない状況だ。


 ――どうしよう……


 こうなったら一気に突き抜けるしかない。

 速度を落とさず、さらに加速する方向でエンジンを吹かした。

 ジリジリと上昇する速度計の表示を見つつ、バードはエンジン推力を維持した。


 断熱圧縮を起こす大気が無い世界だ。

 熱によるダメージは考えなくても良いし、心配する必要も無い。

 ところが、切実に深刻なのは微笑デブリの衝突だ。

 小さなネジ一つでも、それが秘める運動エネルギーは洒落にならない。


 ――嫌な音……


 シェルのコックピットを包む装甲は、極稀だがキーンと音を発する時がある。

 それは、相対速度50キロを超える状態で衝突した微笑デブリの蒸発音だ。


 大きなモノであれば装甲を貫く危険性があるのでシェルが自動回避を行なう。

 だが、そのレーダーでも捉えきれない微笑デブリは絶対的に存在する。

 そして、乱戦になればなるほど、その自動回避が命取りになる。


 人間の判断が導き出す機動と違い、機械が判断する機動の遷移は予測が付く。

 極々単純なアルゴリズムで、最も安全な所へ逃げるからだ。


 ――嫌な感じね……


 機体の装甲を叩く微少デブリの音に表情を顰めたバードは、気合を入れ直した。

 もはや気合と根性しか無い。叩ける時に叩き、そして一気に方をつける。


 ちらりと見た戦域戦略情報には、敵の残存数が32とあった。

 あのウルフマークのシリウスシェルは脇目も振らずにコロニー軌道へと突入しようとしている。


 ――自爆でもするつもりかな……


 ふと、そんな疑念が頭をもたげた。

 シェル同士の戦闘を避け、地球側艦艇にダメージを与える作戦だ。


 ある意味で非常に割り切った戦い方だ。

 だが、余力の無いシリウスでは必要なのかも知れない。


「残り30だ!」

「一気にケリをつけるぞ!」


 テッド隊長の声にヴァルター隊長が答えた。

 そして、後方から猛烈な閃光が飛び交った。


 ――すごい……


 目を焼かれるような閃光の奔流が視界を埋め尽くし、次々と爆発が発生した。

 バードが追い越していたシリウスシェルは続々とスクラップに変わっていった。


「よっしゃよっしゃ!」

「さすがっす!」


 ジャン隊長とロナルド隊長は相変わらずだとバードは思う。

 視界の中にはシリウスシェルの姿がなく、突入してきた敵機は全て撃破した。


 ――これで終わり?

 ――そんなわけ無いよね……


 訝しがったバードは、無意識にロックを探した。

 やや離れた位置に居たロックは、ターンオーバーの準備をしつつ接近してきた。


『まだやると思うか?』

『多分ね』

『だよなぁ』


 苦笑を噛み殺し、スケルチの内緒話をしながらロックが笑った。

 こんなに手早く終わるなら、隊長達が呼び出されるわけがない。

 正直言えば、この敵ならBチームでも楽勝だ。

 

『なんで隊長達が呼び出されたんだろう』

『そりゃ決まってんじゃねぇか』


 スパッと言葉を返したロック。

 バードはその言葉を待つ。

 その前にエディの声が無線に流れた。


「さて、そろそろメインディッシュが来るぞ」


 本番を宣言するエディ中将の声に全員が『イヤァッホォ!』と気勢を上げる。

 そして、続々とターンオーバーを決めて再び速度を上げ始めた。


『メインディッシュねぇ……』

『あいつらが来るんだろ?』


 ロックもバードもネタは分かっていた。

 あのピエロのシェルが来る。シリウス最強チームがやって来る。

 並のパイロットじゃ為す術無く撃破される、とんでも無いチームが襲来する。


 地球側の猛攻でセトは機能を失い、コロニーからは毒ガス装置がなくなった。

 シリウス側には反撃のイヴェントが必要なのだ。だからこそ……


「ロック、バード。くれぐれも無理をするな。改めて約束しろ」


 エディの声音は心配度300%マシだった。

 ハッキリと『勝てないだろう』と言われる様なモノだ。

 だが、それは逆に挑戦のし甲斐がある敵という事だ。


「ハッキリ言うぞ。私が育て上げたこの連中でも互角な相手だ。場数と経験を積み重ねた男達で、ギリギリ見合うかどうかなんだ。だからハッキリ言う。良いようにあしらわれ敵わないと判断したら、大人しく退場しろ。無理や無茶でどうにかなるモノでは無い。ガッツと気合で挑んでも、この場合はただの蛮勇だ」


 エディの声が本当に心配しているんだとバードは思った。

 もちろんそれは隊長達の共通する心配事だった。


「俺やヴァルターやロニーも出来ればフォローしてやりたいが、恐らく自分の敵で手一杯だ。だから勝手に死ぬな。良いな」


 テッド隊長までもがそう言った。

 今まで何度か対戦しているはずだが……


「イエッサー!」


 ロックは元気よく応えた。

 そしてバードも……


「了解しました。頑張ります!」


 おいおい……

 アチコチからそんな声が漏れたのだが。


「よろしい。では、始めよう。ここからが本当の戦いだ」


 エディの宣言が無線に流れた。

 戦域情報には、敵を示す高速飛翔体が11機。

 赤い点で表示されているのだった……

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