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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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出撃志願


「さて、そろそろ緊張も切れた頃だろうからリラックスしていいぞ」


 エディに変わり作戦説明を行うようになったブルは、そんな言葉を吐いた。

 緊張しすぎていても良い事など何も無いが、緊張緩和のし過ぎも良くない。

 適度に緩め、そして大事な所ではギュッと手綱を締めて掛かる。


 そのバランスを取得してしまえば、必要な結果を素早く得られる様になる。

 時間は誰にでも平等で、それは敵にも味方にも分け隔て無くと言う意味だ。


 作戦を素早く説明し、深く理解させ、作業の時間を長く取れるようにする。

 そう言った細かな積み重ねを一つ一つ丹念に行っていけば、自ずと結果は付いてくるモノだ。


「ここからは必要になる結果についてだ。まぁ、あまり難しく考え無くて良い」


 ブルはモニターを切り替えて作戦進行のフローを示した。

 最終的な到達点はシリウスの地上へと降り、敵の中枢を無力化することだ。

 参謀本部のお偉方は、その時間的経費を4年と見積もっている。


 ――4年も時間掛けたらソロマチン少佐ヤバイじゃん……


 なんとなく内心でそう独りごちたバード。

 エディは太陽系に居る時点で3年と口にしていた。

 つまり、1年分の予定を巻き上げなければならない。


 参謀本部の中では4年と言っているが、自分の手駒には3年と言い切っていた。

 つまり、その1年は自分たちが不断の努力をする事によって達成する事になる。


 ――エディは鬼だわ……


 ブルの作戦説明をある意味上の空で聞いているバード。

 映像は全て記録しているし、音声も録音している。

 後になって改めて見返せば済むことだ。

 それより。


 ――今日も話し込んでる……


 作戦説明の間、チラリと見たエディとテッドはずっと話し込んでいた。

 常に朗らかな表情のエディだが、テッドは慢性的に機嫌がよろしくない。

 どこか不満げな表情を浮かべ、何が面白くないのか、口はへの字だった。


「……ねぇ」

「ん?」


 隣に座っているロックを呼んだバード。

 ロックは目だけチラリとバードを見た。


「隊長……」


 足を組み、膝に乗せていたバードの指がテッドをチョイチョイと指さした。

 その僅かな動きにロックが視線だけを動かす。


 露骨に不機嫌そうな顔をしているテッドをエディが慰めているようだ。

 苦虫を噛み潰したような顔のテッドは、眉間に深い皺を刻んでいた。


「あぁ……」


 ロックは溜息混じりにこぼした。


「……今日もご機嫌斜めだぜ」











 ――――――――3000年 2月3日 午前11時

           戦闘指揮艦 ジョン・ポール・ジョーンズ バトルルーム(作戦会議室)










 ――――まだ納得いかないか?


   ――いや、納得はしているさ


 国連軍のネルソン級戦闘指揮艦は、シリウスエリアに3隻全てが入っていた。

 そんな戦闘指揮艦の2番艦。ジョン・ポール・ジョーンズは、かつてのアメリカ独立戦争で武勇伝を作ったアメリカ海軍の父の名だ。


 ――――じゃぁ、何が不満だ?


   ――出来るものなら、この手で……


 ――――そりゃぁ…… 難しいな


 眉間に皺を入れているテッドと、朗らかな表情のエディ。

 そのコントラストにロックとバードは微妙な表情を浮かべている。


 シリウスにおける戦闘はまだ始まったばかりだ。

 しかし、バード達とテッドでは意味が違うのを気が付かないわけでは無い。


 戦闘指揮艦ジョン・ポールの中には巨大な会議室が5カ所用意されている。

 その一番大きな会議室は、巨大なすり鉢構造のものだった。

 多くの士官や下士官を飲み込み、一斉に戦闘手順を説明することが出来る。


 ただ、それでもこの場では収容人数に余裕が無い。

 士官達は椅子に座れるが下士官たちは周辺に立っていたり、或いは床に座って見上げていた。

 そんな彼らの手前、バードとロックは会話するのも憚られる状態なのだが……


 ――――だが……


 エディはどこか軽い調子で笑っている。

 それはまるで冷やかすようでもあり、また、慰める様でもあった。


 ――――これ以上巻き込むのは良い事じゃない

 ――――それは分かるだろう?


 ノイズキャンセリングと超指向性集音で会話を聞こうとしているバード。

 ブレードランナーが持つハンターとしての装備は、こんな時でも有用だ。


   ――あのふたりは特別だ……


 コクコクと頷いたテッドは、小さな声で漏らした。

 その続きの言葉を上手く聞き取れなかったのだが、言っている内容は分かった。

 話しを聞いていたエディが嬉しそうに笑っているのだ。

 そして。


 ――――私には孫のようなものだ


   ――なら、殊更に可愛いものでは?


 ――――勿論だとも。それに、手の掛かる子ほど可愛いのさ


 エディの目がチラリとロックを見た。

 その僅かな機微に驚いてバードは険しい表情を浮かべスクリーンを見る。

 だが、その最中にも視線が来ているのに気が付いた。


   ――見られてる……


 その眼差しの主が誰だかはすぐにわかった。


 心のどこかに温もりを感じさせる存在。

 常に安心と信頼と、そして庇護を感じる存在。


 この超絶に厳しい環境で何とかやってきたバード。

 そんな彼女にとって、テッドの存在は特別を通り越していた。


「そろそろ来そうじゃねぇ?」

「……なにが?」

「例の連中」

「連中?」


 唐突に切り出したロックは、指先でエディ達を指さした。

 その動きにバードは『……そうだね』と小さく漏らした。


 まだシリウスに来てウルフライダーとは接触していない。

 トンデモ集団と言うべき彼女らは、どこかで牙を磨いているはずだ。


「ヘカトンケイル直属の独立中隊なんですってね」

「そりゃ俺たちも一緒だろ」

「……そうだね」


 シリウスにおける効率的な運用を目指し、国連軍は再編成が進んでいた。

 その内部で、第501中隊は参謀本部直属隷下の独立野戦中隊となった。

 第1第2グループに別れたサイボーグ隊は、事実上、エディ中将の手駒だ。


 様々な補給や整備に優先権を持っているが、その分だけ仕事はハードになる。

 それは今までの戦闘だけで無く海兵隊暮らしでバードは学んでいた。


 だからこそ。

 ミッションはハードで仕事もハードだからこそ。

 プライベートはリッチでエレガントに過ごしたい。

 気を抜ける時には遠慮無く気を抜いて、グッタリしたい。


 僅か12名で使っているハンフリーの艦内は、B中隊の支援に特化されている。

 宇宙空間とは言え、自由気ままに過ごせる私室を持てるのは凄い事だった。


「さて、地上における攻略目標の優先順位だが……」


 殆ど話しを聞いていないバードは、記録をサラリと掠ってみた。

 ブルの話の要点は3つ。


 シリウスへは3つの降下ポイントを予定している。

 工場地域の攻略は後回し。市民生活への影響が大きすぎる。

 ヘカトンケイルでは無く独立闘争委員会(C.I.S)の排除が最重要。

 真っ当と言えば真っ当な話だが、ぞれぞれの断面では激戦が予想されている。


「いつ如何なる時代であっても、先ずは制空権が重要だ。そして、補給ルートの確保と備蓄スペースの管理。我々は約10光年を出張ってきているのだから、圧倒的に不利だ。前回のシリウス戦闘ではコロニー工場を上手く使ったが……


 ブルは不意にエディを見た。

 その言葉が途切れたことにより、全員が一斉にブルを見ているのだが。


「……嫌な予感」

「バードが言うと洒落にならねぇ」


 バードとロックは顔を見合わせた。そして、二人してエディを見る。

 そのエディは、険しい表情を浮かべアリョーシャやテッドを見ていた。


「高級将校向け通信だね」

「エディの手下ばかりが頷いてるぜ」


 ロックの言葉で改めて周囲を見たバード。

 エディと視線を交わしたヴァルター隊長やロナルド隊長が頷いている。

 やや奥に居たオーリス隊長とステンマルク隊長が椅子から立って部屋を出た。

 ややあってウッディ隊長やジャン隊長がロナルド隊長と共に部屋を出た。


「……出撃だ」

「なんで分かる?」

「テッド隊長と顔を見合わせたヴァルター隊長が頷いてるもの」


 ロックは改めてヴァルター隊長を見た。

 キツイ表情ではあるが、どこか楽しげに笑って居るようにも見える。

 そして、テッド隊長へ小さく手招きしてから、スッと立ち上がった。

 同じタイミングでエディも立ち上がり全員の視線を集めていた。


「諸君、ちょっと急用が出来たので出掛けてくる。戦略説明は後日仕切り直しだ。各自資料に目を通し、そして問題点を洗い出してくれ。2日後に再度のミーティングを行う事にする。解散だ」


 ブルとアリョーシャ。そして、テッドとヴァルターを待たせておいてエディは部屋を出て行った。その姿に全員が敬礼を送る。


「ねぇロック!」

「ん?」

「……デートしよう」

「俺に誘わせろよ」


 ニヤリと笑ったロックはバードに手を差し出した。


「踊りに行こうぜ」

「うん!」


 振り返ったバードはチーム内無線を使ってテッドを呼んだ。


『テッド隊長!』

『……バードか。どうした?』

『連れて行ってください!』

『……ん?』

『出撃ですよね?』

『そうだ。面倒な相手とやり合う』

『行きたいんです!』『隊長。俺も行きます』


 バードとロックは声を揃えて出撃を志願した。

 その声音に迷いや戸惑いは無かった。


『自分の技量を確かめたいんです。何処まで出来るのか』

『俺もです。足手まといにならないレベルまで上達したか確かめたい』


 そんなふたりの言葉に『バカ言ってんな!』とペイトンが言った。

 スミスも『足手まといじゃなく、邪魔するべきじゃ無いだろ』とぼやく。

 だが、テッドは黙っていた。間違い無くエディと相談していると思った。


 5秒間の思案を1時間にも感じたバードとロック。

 瞬間的なことだが、クロックアップでは無い時間延伸を感じた。


『ロック。バード。気合いが入っているのはよく分かった』


 テッド隊長では無くエディの声が聞こえ、バードはグッと拳を握りしめた。

 次の言葉が重要だ。吉と出るか凶と出るかは、この一言に掛かっている。


『面倒なのが敵だ。邪魔になると判断したら後退しろ。決して無理はするな』


 エディの言葉は優しかった。

 それは、間違い無く祖父の優しさだとバードは思った。


『約束だぞ?』

『はい!』『了解です!』

『この約束を破ったら懲罰大隊行きだからな? いいな?』


 冗談めかした言葉だったが、エディは心配しているのだ。

 それはバードもロックも理解していた。


 長年戦ってきたエディ麾下のオリジナルメンバーにしてみれば、バードやロックはまだまだ経験の浅いアマチュアのようなものだ。幾多の死線と言うが、テッド隊長を含めたエディの手駒達の潜った数は、数えきれるモノでは無い。

 あの海兵隊第1遠征師団で現場を預かるティアマット大佐のように、生身で500回降下を行う猛者が居る現場だが、テッド隊長は一桁多い5000回だ。


『出撃を許可する。ガッチリと喧嘩装備を決めろ。決して相手を侮るな。徒手空拳で猛獣と戦うと思え。15分後にシェルで出撃する。持てる限り重武装だ』


 エディの言葉が流れる中、ヴァルターはブルやアリョーシャと部屋を出た。

 そして、ロックとバードが解散する士官達の間をすり抜けテッドの元へ行く。


「無茶をするなよ」

「はい!」「もちろんです!」

「行くぞ」


 テッドに続いて部屋を出たロックとバード。

 そのふたりに仲間がエールを送った。


『生きて帰って来いよ』

『隊長達の邪魔すんなよ』


 出口で振り返ったバードの目は、心配そうに見ているライアンを捉えた。

 小さくサムアップで『行ってくる』の意志を示したバード。

 その背中をアナは驚愕の目で見ていた。

 もちろん、ダブやビッキーもだ。


「あのふたりは特別なんだよ」


 ボソリと呟いたダニーが肩を揺すって笑う。

 どこか自嘲気味に、卑屈な笑いにも見えるのだが……


「特別って?」


 ダブはやや首を傾げてダニーに尋ねる。

 それは、特別扱いされる事への憧憬とも言えるものだった。


「まず、俺たちBチームの中でも指折りに適応率が高い」


 ダニーは医者らしく、その辺りから遠い所から話を進めた。

 だが、ギリギリ90%を越えているダブにしてみれば……


「バードは100%越えだからな」

「100%越え?」

「そうだ。生身よりもサイボーグに適応してるのさ」


 不思議なことを言ったダニーはダブも反応が楽しそうだ。

 そして、その隣に居たビルも楽しそうにしていた。


「しかも、あのロックはとんでも無い問題児だったのさ。それをテッド隊長が鍛え上げてあそこまでになった。実際、斬り込んでいく時の度胸と割り切りの良さはチームの中でも1番だ。そしてバードは女って部分もあってか、角度の違う割り切りを見せる事が多い。男とは基本的な考え方その物が違うのさ」


 物事の思考手順という部分で論ずるビルは、何とも楽しそうな雰囲気だ。

 絶対的な部分での技量ならば隊長衆に敵うわけがないのだろう。

 だが、それに物怖じせず、ガンガンと体当たりでぶつかっていく姿勢だ。

 それはヴェテランな隊長達にしてみれば、楽しいものなのだろうと思えた。


「はやくついて行けるようになりたいです」

「俺もです」「私も……」


 ダブの言葉にビッキーとアナが口を揃えた。

 その勇ましい姿は、ドリーをして『将来が楽しみだ』と思わせるものだった。

 ただ……


「まぁ、努力あるのみだな」


 腹の中とは裏腹に、少し厳しい言葉を吐いたドリー。

 凛とした表情で部屋の出口を見ていたアナは、決意を新たにしていた。

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